03-07-03 本戦一回戦の途中の出来事
ベスの試合が終わってラムドの試合が始まる迄の間に俺が倒したビッグの様子をちょっと見に行く事にした。
あの後容体が急変して死んでしまっていたら後味が悪いからな。
奴は救護所に運ばれたようだったのでまだそこにいるんじゃないかと通り掛った係員に場所を聞いて行ってみる事にした。
救護所は結構な広さがあるホールのような場所でそこを衝立で仕切っているという仕組みだった。
沢山のベッドが並べられていて多数の怪我人や少数の病人が収容されているみたいで満員御礼状態だ。
なんかこれって普段病院に行けない奴とかがこれ幸いとここで診て貰ってるんじゃないか?
なんかそれも予定に組み込まれているのか今怪我したようでもない奴が大勢並んで診察を待っているのを見ても係員は特に文句を言っているようではない。
これも政府の福祉事業をついでにやってるとかなのかもね。
ちょうど横を通りかかった係員にビッグがまだいるか聞いてみるとまだベッドに寝ていて目を覚ましてもいないらしい。
あ、これは早くなにか対処しないと死んでしまうかもしれないな。
ベッドの場所を聞いて早速向かってみると衝立で良く見えないが誰かが横に付いているようだ。
えっ? こいつってば彼女とかがいるのか?
だったら一生体調を治さなくても良いかもしれないな。
そんな事を考えながら衝立の後ろからそっと向こうを覗いてどんな奴が見舞っているのか確かめるとそれはリックだった。
なんだよ。リックだったのかよ。
こんな事で嫉妬して俺ってアホみたいだな。
だったら特に気を使う事もないかと声を掛けてお邪魔しようかと思ったがちょっと何かが脳裏に引っかかった。
いや待てよ? もしかしてこいつらってそういう関係なのか?
俺は何故か不埒な考えを思い付いてしまったのでここはしばらく様子を見ることにしよう。(うん、そうしましょう。)
どこかの誰かが俺の考えに同意したようだ。
仲間を得た事で罪悪感も薄くなったので息を殺して二人の事を見守る態勢に移行した俺は杖の宝玉部分を衝立の影からそっと出して録画スイッチをオンにした。
宝玉が録画している映像をヘルツーに頼んでAR表示の画面に映してもらって確認しながら事態の進展をジッと待つこと数分で遂に動きがあった。
「う、う~ん……。こ、ここは、どこだ?
俺は、いったい、ど、どうしたんだ? 」
「ここは救護所だよ、ビッグ。」
「ああ、リックか。ここが救護所、だって?
という事は、俺は、負けたのか……。」
「ああ。完膚なきまでに完全な敗北だったよな。
なんだい? 試合の事を覚えていないのかい? 」
「あ、ああ。よく、思い出せない。
俺は、一体どうなっ、たんだ? 」
「そうか。覚えていないのか。
うーん。これは正直に全部話してしまった方が良い物なんだろうか。
なんか本当の事を聞いたらショックで立ち直れなくなりそうで怖いんだが。」
「大丈夫、だ。もう、心の準備、は出来ている。」
「そうか。だったら話すが落ち着いて良く聞いてくれよ。
えーと、どこから話すか。
ビッグが覚えているのはどこまでなんだ?
先にそれを教えてくれ。」
「俺が、覚えている、のは、そうだな。
奴が、控室を出て、来たところ、までだな。
それ以降は、もう分からん。」
「そうか、そこ迄か。それなら最初から話した方が良いな。
じゃあ取り敢えず俺の話を最後まで聞いてくれ。
聞きたい事があったら後で纏めてな。
えーと、奴が出てきた所からだよな。
まずお前が待っていた舞台に奴も上がってきて審判員となにやら一言二言会話をしていたな。
それが終わるとお前ともなにやら話し合っていた。
そしておもむろに審判員が試合開始を宣言したんだ。
それまでお前はいつ奴に襲い掛かるか分からないといった感じで臨戦態勢でいたと思うんだが試合開始の合図がされてもお前は一向に動く気配がなかった。
そして審判員と奴の二人になにか文句を言った後に遂に奴に切り掛かるかと思ったらそのままパッタリと倒れ込んでしまった。
俺はお前がまさか躓いて倒れるとは思わなかったから驚いて見ていたが舞台の上の二人も一瞬呆気に取られていたようで暫く動きがなかったな。
お前の事だから直ぐ様立ち上がる物と思っていたんだけれどどうやらお前は気絶してしまったようで審判員は奴の勝ちを宣言していた。
その後奴もお前の事を心配したのか審判員と二人で様子を確認していたな。
それでお前は気絶していて起きないからここに連れてこられて今に至るって所だ。
どうだ? なにか思いだしたか? 」
「ああ。まだ少し頭がぼうっとするが段々思い出してきたよ。ありがとよ。
そうか。俺はなにも出来ずに負けてしまったのか。」
「もう体調は戻ったのか? 立てるのか? 」
「いや、まだだ。体に力が入らない。
当分立てそうにない。
これはもしかしたら奴に呪いをかけられたのかもしれない。」
「ははは。そんな馬鹿な。
え? 本気で言ってるのか? 」
「ああ。本気だ。」
もう良いだろう。
ここで出ていかないと出るタイミングを失ってしまいそうだ。
俺はワザと大きな音を立てて衝立を動かしながら声を掛けた。
「ここにビッグがいるのか?
おっと、リックも一緒にいたのか。
どうだ? 体調は? 回復したか? 」
「ロックか。いやまだビッグの体調は回復してない様だ。」
「まあそうだろうな。
俺が掛けた魔術をまだ解いていないから当たり前だな。
どうだ? 魔術を解いて欲しいか?
もし解かなければ一生そのままだけどな。ククク。」
「…………。
分かった。俺の負けだ。
暴言を吐いた事を謝る。済まなかった。」
「おい、良いのか?
奴に解いて貰わなくてもなにか他に方法があるかもしれないぞ? 」
「いや、良いんだ。
ロック、お前本当はロリングストンの家の者なんだろう? 」
「えっ? そうなのか?
でも一番ビッグが疑っていたのになんで急に信じる気になったんだ? 」
「ああ、それは奴が使っていた魔術が【香倶耶姫 マリーシェ】の使っていた香りの魔術と同じ物みたいだったからだ。」
「なんだと?! 」
「ほう? 良くそれに気がついたな。
どうして分かったんだ? 」
「ああ。思いだした記憶に試合を始める前に舞台の上に甘い香りが漂っていた事に気が付いていて違和感を感じていたんだ。
その時点で魔術に気が付いていれば香りを嗅がないようにも出来たと思うんだが後の祭りか。
魔術の事は昔の絵本に詳しく載っていて甘い香りがしたら魔術に気を付けろと言うのが合言葉みたいになっていたぞ。」
わぁお。ママンの魔術ってバレバレですやん。
現在のママンのスキルの練度は当時よりも磨きが掛かっていて甘い匂いなんて全然しないが俺の真似っこスキルではそこ迄の事は期待できないからしょうがないね。
まあ香学士のスキルを使ったのは念の為程度のものだったので今後は使い所に気を付ければ良いだろう。
でもまた絵本かよ。
どんだけ他人の個人情報を暴露してくれれば気が済むんだよ!
終いにはフィールデン王国を訴えるぞ!
「まあ良いか。ここだけの話に出来るか? 」
「ああ、分かった。」
「俺も聞いていいのか? 」
「まあ一応リックも当事者だから良いが仲間とかには出来るだけ話さないでくれ。
それが守れるなら良いよ。」
「ああ。秘密にするよ。」
「じゃあ取り敢えずこれを見てもらった方が早いな。」
そう言って俺は本来の身分証を二人に見せながら話を続けた。
「これが俺の本当の身分証だ。
そこに書いてあるように俺はロリングストンの家名を持っている。
そして俺の仲間が言っていたように俺はバズロックとマリーシェの息子だ。
この国に皆で修行に来ていてそこで初めて親父達の昔の活躍を聞いてこのままだと色々余計な事に巻き込まれそうなんでワザと偽名を広めようと思って今回の事を計画したんだ。
まあビッグ達にはいい迷惑だったのかもしれないが最初にそっちが突っ掛かって来てくれたから考え付いた事なんだから半分はそっちの自業自得だよな。
ロック・ザフリーダムの身分証は自国で政府の仕事をする時に使う偽名用の物だから偶々持ち合わせていたんだ。
まあ二人に言える事はこの位か。
最後にビッグに掛かったままになっている魔術の効果を消しておくか。」
そう言って俺は杖をビッグの前に翳して奴の魔石に出していた命令を解除した。
杖の宝玉がピカピカ光るのを目を細めて見ていたビッグは光が収まると手の平を閉じたり開いたりして感触を確かめていたが暫くするとカッと目を見開いておもむろにベッドの上に立ち上がって叫んだ。
「ウオオーーッ! 体が元に戻ったぞーーっ!! 」
うおっ?! ビックリしたー。
こいつなにいきなりテンション上げてんだよ!
周りに迷惑だろうが!
なんかこいつうざそうだからこれ以上関わり合いにならないうちに退散するか。
「じゃあそゆことで! バッハハーイ! 」
俺はなにか言われる前にダッシュで救護所から逃げ出した。
逃げ足で俺に勝てるのはヘル位だね。
急いで控室に帰ったのでラムドが試合で負けるのを初めから見られたので良かったね! って負けて良かったもないか。
~ ~ ~ ~ ~
「彼奴には一杯食わされたな、ビッグ。」
「ああ、そうだな。
最初からあの身分証を見せられていればこんな顛末にはなってなかっただろうにな。」
「うん、まあそういう事だな。
だがこれもお前がなんにでも突っ掛かっていくから起きた事と言えなくもないぞ。
もういい歳になってきたんだから少し落ち着いて物事に対処するようにしろよ。」
「うるせーよ!
彼奴も言っていたが今回の事は半分だけ俺の所為だって事で良いじゃねーかよ。
こんな無様な姿を観衆に晒しちまったんだから今後は俺には仕事が回って来なくなるんだから追い打ちをかけるんじゃねーよ! 」
「ハハハ。まあそうなったら基本に立ち返って身体を鍛え直す為に修行の旅にでも出たらどうだ?
旅に出て戦う事以外の物事に対する心構えを養って来れば良い。
そうすれば自ずと仕事も戻ってくるだろうよ。」
「そうかねえ。まあ考えてみるか。
話は変わるがロリングストンっていう奴等はやっぱり半端なく強い奴だったな。
彼奴はまあ母親の方を強く受け継いでいるようだったが。」
「ああ、そうだな。
お前が文字通り手も足も出なかったんだからな。
ロックが言っていたように本名がばれると今以上に注目を集めてしまって修行の旅どころでは無くなってしまうのは確実だろうな。」
「でもこのまま勝ち上がってしまったら意味がないんじゃないか?
どうするつもりなんだ? 」
「さあなあ。なんか良い作戦でもあるんじゃないか?
ロックの事だから又なにか企んでいても不思議じゃないからな。」
「ワハハハ! そうだな!
次の奴の試合が楽しみだ! 」
~ ~ ~ ~ ~
ラムドが負けて控室に帰ってくるとベスの時以上に落ち込んでいてこのままだと暗黒面に落ちてもおかしくないような感じだった。
しょうがなく一応のフォローをして置くか。
「ラムド。なんで負けたのか分かるか? 」
「えっ? それはボクが弱かったからじゃないんですか?
違うんですか? 」
「皆はどう思う?
ガッシュ、どうだ? 」
「うん? そうだな。
前から思っていたんだがラムドは言ってはなんだがいつもの性格が戦いにも出過ぎていると思う。」
「具体的に言うとどういう事なんだ?
今後の為にも詳しく説明してやってくれ。
これはお前にも他人の事を理解するという修行になると思うぞ。」
「ああ、そうだな。
ラムドはいつも素直な性格でそれはとても良い事なんだろうが事他人との戦闘に対した時にはそれが欠点になってしまっていると思う。
つまりだ。素直な性格が災いして直ぐに他人に騙されてしまうという事だな。
だからフェイントに簡単に引っかかってしまっているんだが自分でも気が付いているんじゃないか?
どうなんだ? 」
「いえ。自分ではなんでか対人戦で手古摺ってしまっていていつも不思議に思っていました。
そういう事だったんですね。
だからいつもベスにも負けていたのか。
ベス! お前は前から気づいていて俺を陰で笑っていたんじゃないか?! 」
「ええまあ。気付いてはいたわよ。
でも母さんがラムドが自分で気が付くまで黙っていなさいっていうから黙ってたのよ。
別に意地悪で黙っていた訳じゃないんだからね!
勘違いしないでよね! 」
うわあ。物凄いツンデレを実際に目にする事になるとは思わなかったな。
まあでもベスの言う通りなんだろう。
バンドナはスパルタっぽいからなあ。
自分で気が付くまで放って置くというのも有り得る話だな。
まあでもこのままだと兄妹喧嘩に発展してしまいそうなので仲裁しておくか。
こんな時リーダーをやってるというのはめんどくさいね。
「ちょっと二人とも落ち着けよー。
ラムド。バンドナが言いそうな事だろう?
親子なら分かるよな?
ベスも親から言われた事だとしても後で謝って置けよ。
それよりも今はラムドの欠点をどうするかという方が先じゃないか?
どうなんだ? 」
「は、はい。そうですね。」
「済みません。家族の事で喧嘩してしまって。
私達も後で良く話し合って置きます。」
「うん、まあそれで良いだろう。
それでガッシュ。なにかラムドに良い対処方とかはないのか? 」
「う~ん。そんな事を急に言われてもなあ。
そういう性格を変えるっていう様な事が得意って訳でもないし俺には無理じゃないか? 」
「ロッくん。そういうのは一朝一夕には出来ないもんなんだよ。
性格を変えるなんてそんなに簡単に出来る事じゃないよ。」
いや、サーラ。それが有る所には有るんだよ。
もう分かってると思うがそれはママンと姉さんの香学士のスキルを使った洗脳だ。
一応俺も同じスキルを使える事は使えるが事が仲間の性格の矯正って話だからなあ。
もし中途半端に失敗したら目も当てられないし。
ここは最低でも姉さんに頼んだ方が確実だろうな。
もう今の段階で出来る事はなさそうみたいだしラムドに対しての駄目出しは終了だな。
「そうか。ならそういう事に詳しそうな人に出会う迄その事は一旦保留だな。
ラムドはそれまで自分自身で性格を変えられる様ならそれを試してみる事しか出来ないな。
でも自分の欠点が分かっているのといないのとでは全然違うんじゃないか?
これからは戦闘中にもその事に気を回してみるのも良いかもな。
さて、それじゃあそろそろリーナの試合の時間じゃないか? 」
「ええ、そうね。舞台の方をチラッと見てみたらもう終わったみたいよ。
さあ、次は私の番ね。相手はどんな奴かしら。
凄く楽しみだわ。クククク。」
なんだか悪の組織の女幹部みたいだが大丈夫なのかね。
変な所で不安になって来たよ。




