03-07-02 本戦一回戦第一試合
昼飯を食って闘技場に戻ってきたがまだ試合までの時間は余っているようなのでホールの対戦表をちょっと見ていく事にした。
やっぱり第一試合は俺とビッグの対戦だった。
二戦目は知らない奴とベスだな。
という事は俺が勝つと二回戦目はベスとの対戦か。
これはどうしようかね。
一回戦目に俺が勝っても次のベスとは戦ってもしょうがないよな。
どっちが強いとかを確認しても強さの方向性が違い過ぎているからそれが分かっても大した意味がないだろうし。
うん。これは一回戦目に勝ったらそこで棄権するか。
その方がベスが自分の強さを周りと比較するという目的を達成するのに邪魔にならないしな。
ベスも二回戦目を休めるならその後の試合で少しは有利になるんじゃないか?
まあ本人はそんな事は望んではいないかもしれないが俺からの特別プレゼントだ。
有り難く受け取ってほしい。
四試合目にラムドが出て後は六試合目からリーナ、ガッシュ、ヘルという順番だな。
ガッシュはヘルと当たるかもしれないのか。
まあご愁傷様としか言えんな。
うん? そう言えばヘルは俺の対戦相手と先に当たる事を前提に出場することにしたんだからもうその可能性はなくなったし出る意味がなくね?
ヘル。本戦にも出るのか?
『そうですね。どうしましょうか。
ガッシュさんの為になるにはやはり私は勝ち上がらない方が良いんでしょうね。
それじゃあ一回戦で私と当たる相手選手の手の内を出来るだけ出させてガッシュさんの参考になるようにでもしましょう。
私は粘って最後に負けてしまえば今後の勧誘も減るかもしれないですから上手く負けないとですね。
それで良いでしょうか。』
おう。そうだな。
ヘルは予選でちょっとはっちゃけ過ぎていたからもう疲れて実力が出せなかったとか言う感じにしたらどうだ?
それなら違和感も少なくて皆も騙されてくれるんじゃないか?
『はい。そういう方向で行きましょう。
予選であんなにはっちゃけるなんて私もちょっと浮かれていたみたいですね。
反省です。』
ホントにな。まあヘルはそこらの奴等は相手にならないことが証明出来たんだから無駄ではなかったと思って置けば良いよ。
さてと、それじゃあそろそろ控室に行くか。
放送室から回って行かなくても良くなってると良いんだがどうなってるかな。
俺の願いが通じたのか控室の外にはもう人だかりは無くなっていた。
俺達が中にいないのが分かったからとかかね。
それか会場の係員とかに怒られたとかかもしれん。
まあ部屋に無事に入られればどっちでも良いか。
ぞろぞろと控室に入って落ち着く間もなく本戦一回戦一試合目の開催がアナウンスで告げられて俺は慌ただしく舞台に向かう事になった。
控室から試合場に繋がる扉を開けて外に出て舞台に目を向けるともう既にビッグの奴は舞台の上で腕を組んで今か今かと待ち構えていた。
おいおい。いつから待ってたんだよ。
俺達と別れてからそのまま舞台に向かったとかなのか?
なんか見た感じそのようだな。
それにもうウォーミングアップも済んでいるようで体から湯気が立っているのも確認できた。
うん。こいつは戦うって事に関しては素晴らしく紳士的なんだな。
でもなあ。それを他の事にも生かせなければそこ迄の奴にしかなれないぞ?
まあ今回俺との試合で色々身を持って理解してくれれば先もあるだろう。
まあその為にも俺はこいつを完膚なきまでに倒さなければならない訳だがな。
俺もそろそろと舞台に上がり奴と対面した。
本戦では審判員も舞台の上にそのまま居続けて判定するようなんだけどさっきの俺の戦い方を見てなかったのか?
俺は念の為に一応聞いておいた。
「あのう。俺の戦い方だと貴方がここで判定するのは大分危険なんですけど分かってますか? 」
「はい。了解しています。
ただ相手選手に先入観を与えないようにギリギリまで遅らせてですが対処しますので貴方は気にせずに戦ってください。」
「はあ。そうですか。」
なんだか俺のフラッシュに対する方策があるようだな。
俺みたいにサングラスでも掛けるんだろうか。
まあいい。彼がそう言うならそれを信じよう。
ビッグの奴もなにか対策をしてきているのかと様子を窺ってみたが特になにも用意しているようには見えない。
こいつってば対戦相手の戦い方とかには興味がないのだろうか。
俺が不審げな顔で自分を見ているのに気が付いたのか奴は俺に話しかけてきた。
「うん? なんだ?
ああ、俺がお前の魔術の対策を一つもしていないのが不思議なのか?
あんな子供騙しの魔術ごときでは俺は微塵も揺るがない!
あんな物はただ目を瞑っていれば良いだけだ!
後はお前の気配を察知してそこに攻撃を加えればお前は真っ二つだ! ガハハハハ! 」
「ええ~? 今そんな事バラしちゃって良いの?
黙っていれば不意をつく事も出来たのに。」
「フン! そんな必要等ない!
俺のこの剣さえ有れば勝ちは自ずとこちらに転がってくると決まっているんだ! 」
「そんなもんかねえ。まあいいか。
じゃあ俺もこの試合では光の魔術を使うのは止めておくと宣言するよ。
その方が公平だし負けた時に目を瞑っていたからだっていう言い訳も出来ないだろう? 」
「フン! お前の方こそ負けた時の言い訳作りじゃないのか? 」
「フフフ。そう思っていたら良いよ。
じゃあそろそろ始めるとしましょうか? 」
そう言って審判員の方を向くと彼も頷いて右手を上にサッと掲げた。
「それでは本戦一回戦第一試合を開始する!
始め! 」
そう言って彼は腕を勢い良く下に振り抜いた。
+ + + + +
皆は俺が長々と奴とくっちゃべっているのをなんか変だなあと思っていたかもしれないね。
まあそれにはやっぱりちゃんとした理由があってやっていたんだ。
いわゆる時間稼ぎという奴だな。
俺が審判員に魔術対策について聞いていた時奴はそんな事はもう知っているぞという雰囲気をプンプンとさせていた。
だから俺は今迄の戦法が通じないものとして別の戦法に切り替えることにしたんだ。
だけどそれにはちょっと時間が掛かるからそれ迄の時間を稼ぐ為に無駄に長話をしていたって訳だな。
その切り替えた戦法っていうのはママンや姉さんが得意にしている搦め手で戦意を失わせるというものだ。
まず杖の魔石を操作して空気中の成分からリラックス効果のある物質を発生させて辺りに漂わせることにした。
空気中の成分だけで上手く作れるかと少し不安だったが濃度は薄いがどうにか合成することが出来た。
これを辺りに撒き散らしながら次は奴自身の魔石に命令をして脳内物質のメラトニンを作らせることにした。
メラトニンっていうのは脳に作用して睡眠を誘発する物質だね。
これは昔魔獣の群れとの戦闘で披露したレーザー光を使っての光通信で奴の目から信号を送り込み作用させる方法を取った。
その為には奴に目を閉じてもらっては困るので俺はわざわざフラッシュを使わないと宣言した訳だ。
そして今回は前と違って昼間なのでレーザー光線も他人の目には余りハッキリとは認識されないから俺がそんなのを照射しているのはばれないだろう。
まあ奴には俺の杖が太陽の光をキラキラと反射しているようにしか見えないんじゃないかな?
メラトニンは血圧を下げる効果もあるので奴は直ぐに興奮状態から回復するだろう。
更にまだまだ被せていくぞ!
次は奴の魔石に熱を吸収してエネルギーに変換するように命令だ。
これにはプロミネンス・コードと同じくコキュートス・コードと名前が付けてある。
カッコイイ名前だろ?
名前付きの必殺技だと言っても今回は魔獣戦の時のように身体から火を噴くみたいに極端な現象が起きる程ではなく精々二、三度体温が下がる程度の作用だがこれを甘く見てはいけない。
下手すると低体温症になってしまってもおかしくないからな。
でもまあ奴は今カッカカッカと頭に血が上っている最中だからそんなに直ぐには酷くはならないだろう。
とここまで色々やっておいてから審判員に試合の開始を促した訳だ。
試合開始の掛け声を聞いた奴は直ぐ様動こうとしたようだが何故か身体に力が上手く入らないようで急にフラフラしだした。
顔色も急激に悪くなって真っ青だし遂には身体もブルブルと震えだしてしまった。
なんとか剣を杖のようにして倒れるのだけは堪えているようだがもういつ気を失っても不思議じゃない状態だろう。
俺は奴を睨んで一体どうしたんだ? という顔をしながら声をかけた。
「おい! さっき迄の勢いはどうしたんだ?
ブルブル身体を震わせやがって。
そんなに俺のことが怖いのか?
だったら済みませんでしたと謝れば許してやらんこともないぞ?
どうだ? 」
「ク、クソ。一体俺の身体はどうなってやがる?
ハッ?! ま、まさかこれはお前の仕業なのか?! 」
「ククク。今頃気づいたのか。
そうだよ。その通りだ!
俺の魔術でお前の体の自由を奪ったんだよ!
だから言っただろう?
お前は俺に手も足も出ないってな!
ワーッハッハッハッハ! ザマーミロ! 」
「ク、クソッ! こんなのってありかよ?!
こんなのは試合なんかじゃないっ!
おい、審判! 奴の魔術を止めさせろ!
俺に普通に戦わせろ! 」
「いえ。私には魔術の使用に関してなにも感じられませんでした。
即ち現在の貴方の体調不良は自身による不手際によって起きているようにしか見えません。
ですからこちらの方に魔術の使用云々に関して要請することは特にありません。
それよりも貴方の方こそ戦わないのなら失格になりますがよろしいですか? 」
「ク、クソーッ! この悪魔めーっ!!
死ねぇーーっ!! 」
そう言って奴は剣を無理矢理振り回してこちらに向かって来ようとして一歩足を踏み出したと思ったらそのまま前のめりに倒れ込んでその後はピクリとも動かなくなってしまった。
俺は一瞬呆気に取られたが審判員の方を向くと彼も俺の方を向いて首を横に振って試合の終了を宣言した。
「それまで!
勝者! ロック=ザフリーダム! 」
「「「「エエエエェーーーーッ?!」」」」
なんだか俺が勝ったようだがなんとも言いようがない勝ち方だったな。
本当は奴がもう少し頑張って動いて俺がスタンガンで倒すというのが想定していた勝ち方だったんだけど奴は結構打たれ弱かったという事なんだろうな。
まあ奴は攻撃特化だったみたいだしこういう事もあるだろう。
なんか端から見るとただ話し合っていたと思ったら急に一方の選手が倒れてそれでお終いって感じだ。
これが武闘大会の試合だとは到底思えない呆気ない幕切れだったよな。
おっと。それよりさっきから奴はピクリとも動いていないが死んでないだろうな。
もし死んでたら俺って失格になるのか?
審判員も彼の様子を確かめているようなので俺も近寄って見てみたらどうやら息はしているようだ。
ただ目を剥いて失神しているのは見ただけで分かったので一応は一安心だな。
審判員も安堵したのか救護員を呼んで奴を搬出して行った。
まあこれで俺と奴との間で起こった騒動も一応の決着が着いたって事だろう。
まあ、周りの奴等の中にはこの決着に納得できない奴とかもいるかもしれないがこれは俺とビッグの二人だけの問題だったんだから文句は一切受け付けんよ。
なんだか観客席からやけにブーイングがするがこうなったのはビッグが打たれ弱いからなんだからあっちに言ってよね。
大体ブーブー言ってるのは賭けでもしていた奴らじゃないか?
賭け事はどっちかが勝てばどっちかは負けるもんなんだよ!
そんな事も分からんなら賭け事なんてするな!
今回の試合でも俺に賭けた奴は大穴で万馬券じゃないのかよ?
いや、予選を見た後なら俺に賭けた奴が大勢いてもおかしくないんじゃね?
だったら儲けた奴もそんなに多くないか。
そんな事を考えながら控室に引き返すと俺の顔を見て皆は呆れたような感じだ。
ええ~? 皆もあの勝ち方は納得出来ないって言うの?
そんな事言われてもあれは相手が勝手に自滅したようなもんだろう?
いやまあ俺も技の重ね掛けはちょっとやり過ぎたかなとは終わった後に思ったけどもあんなに効果的だとは知らなかったんだから仕方ないだろう?
まあ今度他人に使う時はもう少し手加減しようとは思っているんだからそれで良いんじゃね?
ヘルもそう思うだろ?
『ハイハイ。
やらかし同士で傷を舐めあいましょうね。マスター。』
そんな事するか! もう!
+ + + + +
本戦二試合目のベスはなんとか相手にスピードで上回って数で圧倒して辛勝していた。
だけど相手選手も結構強いんだなあと感心してしまった。
ベス達とやり合える奴なんて滅多にいないと思っていたんだけどそうでもないんだな。
認識を改めないといけない。
ベスも控室に帰ってきてから口が重くてなにか思う所が有ったみたいだ。
四試合目のラムドはなんと負けてしまった。
相手は対人戦に慣れているようで殆ど魔獣としか戦ってこなかったラムドはフェイントに面白いように引っかかってしまっていた。
うーん。ラムドってば素直過ぎるんだよなあ。
もっと小狡い考え方が出来るようにならないと今よりも上達しないぞ。
これは性格を変えないと駄目かもな。
六試合目以降の皆はヘル以外は順調に勝ち進んでいた。
リーナとガッシュは安定して強いね。
それになんか戦い方が凄く似ているような気がする。
これはあれですかね。婚約者同士だからですかね。
まあ冗談は置いといて実際は流派的な括りで言って同じ位の力量だからなんだと思う。
いつも魔獣に対しても一緒に立ち向かって行っていたからというのもあるんだろう。
お互いの事が良く分かっている感じだ。
最後にヘルの試合だが俺との会話通りに相手の手の内を晒すように誘導して時間一杯まで粘って最後にポカをやってしまった風に偽装して負けていた。
あんなに長時間粘られたら相手の今の状態は疲労困憊でぐったりしているんじゃね?
こりゃ次の試合でガッシュに凄く有利になってしまったな。
あ、試合に時間制限があるなんてこの試合で初めて知ったよ。
他の試合はそんなに時間が掛からずに決着していたからね。
まあそんな感じな本戦一回戦でした。まる。




