03-06-02 ファンタズム
出発の日の朝になった。
二組の車列は屋敷の敷地を出ると別々の方向に向かって進みだした。
ママンたちは東に進み俺たちは西に向かってそれぞれそちらにある門から王都を出る。
前に盗賊が王都に入るのを見張っていたのは中央門だ。
一般的に貴族以外は王都に入る時はそこからしか入れないからだ。
出る時はどこの門からでも出られるし元々貴族はそんな事には関係なく出入りできるから俺たちには関係ないね。
だから盗賊が王都に入り込んでいたのはどこか裏から入れるところがあるか貴族が手引きしたんじゃないかと思われる。
まあ済んだことはどうでもいいか。
後のことは義兄に丸投げだ。王太子と好きにやってくれ。
俺たちは西門から続いている街道で一路西に向かって旅に出る。
向かうは一先ず前の旅で目的地だった西にある街だ。
そこで隣国に向かう方法や情報を詳しく調べてからその後の行動を決めることになっている。
西の大きな街に着くまでは街道を通ることにしているので魔獣とかの襲撃には特に警戒する必要はないだろう。
街道を進むのは俺達ばかりではなく結構大勢の人々が行きかっている。
今は東側の隣国が警戒されているのかこちらの方を商売の相手にしている人が増えているようだ。
まあそうなるのは自然なことだよね。
のんびり進む俺たちだが二人ほど張り切っている奴らがいる。
まあ言わずと知れた新規加入組の二人だ。
他の三人はもう慣れたのか全然力が抜けた感じで話しながらとかして歩いているが新しい二人は無駄に力が入っているみたいだ。
全然魔獣とかが襲ってくるような気配なんかは感じられないのになにを警戒しているのかキョロキョロと辺りを見回している。
そんなことしていて首が疲れないのかねえ。
まあ自分たちがしたいようにすればいいよ。
そのうち皆のことが目に入って恥ずかしく感じてやめるだろう。
今は街道を通っているのでお昼はそこらにある食堂で取った。
余計な手間が省けるし距離も稼げるしね。
天気も良いので予定通りに馬車も進められるだろう。
+ + + + +
そんな感じでのんびり旅を始めて何事も特に起こらずもう少しで西の街に着きそうだ。
以前は盗賊が国中に散らばって悪さをしていたが王都でパレードを襲撃する為に集結したからか地方ではめっきり少なくなっているようだ。
衛兵が街道なんかを巡回することも多くなったみたいでちょくちょく見かけることもあった。
まあ結果的に状況は良くなっているようで旅も順調でいう事は無いね。
やっぱり最初に張り切っていた二人も今では落ち着いてのんびりに慣れた様子で歩いている。
ラムドはガッシュたちと話すことが多いがベスはなぜか俺に話しかけることが多い気がする。
話すことは他愛もないことが多いので特になにを話したとかの記憶もないが俺に話しかけてくるのはサーラくらいしかいなかったので新鮮ではあったな。
まあただの暇つぶしでしかないので俺の態度もぞんざいなものだったけどね。
ここ迄順調なのは今までの旅では無かったのでちょっと警戒する気持ちもあったんだけど結果的にそれは杞憂だったみたいですんなりと西の街まで辿り着いた。
街に入って取り敢えず宿を取って数日休養することにして解散した。
皆思い思いにすることがあるのか別れていった。
俺はいつも通りに宿屋のベッドに横になりこれからのことを考えることにした。
ヘルは総合ネットワークの支部に用があるといって出かけていったがいつも思うが直接会う必要なんてあるのか?
通信で話せるなら支部迄行かなくてもいいんじゃないの?
どんな理由があるのか知らないが直接情報交換した方が効率がいいとかいう事でもあるのかねえ。
まあ好きにしてくれ。
+ + + + +
ベッドに横になりながらうつらうつらしていたらいつの間にかもう夜になっていた。
いつもならヘルが起こしてくれていると思うんだが今日はなぜかまだ帰っていないのか部屋にはいなかった。
夕飯のいい匂いが漂ってきていることからもう夜なのかと周りを見回してみたが薄暗くて良く見えない。
懐に入れていたなんにでも使えるように調整していた魔石の棒を取り出して光を出すように命令して辺りを照らしてみた。
うん。俺が泊まった部屋で間違いない。
荷物も置いてあるしただ暗いだけだな。
部屋に置いてあった照明用のランプに灯を付けて取り敢えずベッドに腰かけた。
窓が開いていたが外はもう夜になりかけといった様子で外から人が騒いでいる声も聞こえてくるようになってきた。
いつもなら誰かが夕飯を一緒に取ろうと誘ってきていると思うんだがもしかして俺が熟睡していて反応しなかったからかおいて行かれたのかもしれんな。
まあ下の食堂に降りてみれば分かるだろうと部屋の戸を開けようとしたが鍵でも掛かっているのかびくともしなかった。
ははあ。そういうことか。
皆が呼びに来たときも扉がびくともしなかったので出かけているとでも思ったのかもしれないな。
この扉は鍵でも掛かるのかとよく見ると内側からしか掛けられないような閂型のものが付いていた。
あれ? 俺はこんな鍵をかけた覚えはないと思うんだけど思い違いか?
記憶をたどってみてもそんな覚えはないと思う。
寝ぼけて鍵をかけてしまったとかなんだろうか。
不審に思いながら鍵を開けて部屋の外に出るとちょうど従業員らしい男と出くわした。
男はウワアッと声を上げて驚いていた。
おい。そんなに驚くことはないだろう? 失礼な奴だな。
男は俺の顔をじろじろと見た後脱兎の如く走って下に降りていった。
なんだよ一体。俺の顔がどうかしたのか?
念の為顔をペタペタと触ってみたがなにか付いているという訳でもないみたいだ。
いやなにか違和感があるな。
そうか。肌がなんかやけにかさついている気がする。
ちょっと頬っぺたを擦ってみたらポロポロとなにかが落ちたような感じがする。
ウエッ? 嘘だろっ? 俺ってそんなに顔を汚くしてたか?
気になって触ると続けてなにかがどんどん剥がれ落ちていく。
俺は愕然として両手についたカスを見てみるとなんだか皮膚が剥がれているみたいだ。
手についたカスを払ってから皮膚が剥がれ落ちて奇麗になった部分を触ってみるとつるつるすべすべしている。
まるで赤ちゃんの肌のような手触りだ。
一体俺はどうなってしまったんだ?
なにか急に変な皮膚病にでもなってしまったのか?
いや。別に肌自体には特に問題は無いのか。
言ってみれば肌の新陳代謝が凄く良くなってしまったようなもんか?
ハッ?! と気が付いたがどうやら顔だけではなく体全体がそうなっているようだ。
服の中がカスでガサガサして気持ち悪くなってきた。
このまま下の食堂に降りるのは衛生的に不味いだろう。
一度部屋に戻って服を着替えて体全体を奇麗にした方が良いよな。
出たばかりの部屋に逆戻りしてベッドのそばで服を脱ぎ始めたがそこで気が付いたが服自体もなんかゴワゴワしているような感じだ。
まるで全然洗濯していない服みたいだな。
脱いだ服を一か所に纏めておいて替えの服を出そうとして探したが荷物の中に見つからない。
まあ先に体を奇麗にしてしまおうと布とタライと垢スリを用意して水桶を見てみたが空だった。
ええ~? 嘘だろう~? 裸になってから水がないことに気が付くなんて最悪だよ。
まあどうにかして水を用意することは出来ないこともないがちょっと時間がかかるな。
荷物の中から野営の時に使う事があるかと作って置いた水生成器の魔道具を取り出した。
大きさはこぶし大くらいの正立方体だ。
これは空気中にある水分を抽出して水を作りだす魔道具で俺がこんなこともあろうかと作って置いた物だ。
開いていた窓辺にそれを持っていき窓枠に置いて水の排出口の下にタライを置いてスイッチを入れるとちゃんと動き出して早速水が流れ出してきた。
だがタライ一杯になるのには大分時間が掛かるようだしちょっと椅子に座って今の状況を振り返って考えてみるか。
まず俺が部屋でうつらうつらしていたのはそんなに長い時間ではないと思う。
宿屋について部屋に入ったのは昼飯の後だったから長くて数時間のことだろう。
いつもは一緒にいるヘルが今日は総合ネットワークの支部に行くといって出ていってから一人でベッドに寝転がったんだよな。
アッ?! そうだよ! ヘルに連絡してみればいいじゃんか。
ばかだなあ。それにヘルツーもここにいるしなにを慌てていたんだよ。
まあ取り敢えずヘルツーがここにいたんだから聞いてみれば詳しく分かるだろうと呼び掛けてみたが返事がない。
えっ?! 何度か呼び掛けても全く反応がないのでヘルにも呼び掛けてみたがこちらも返事がない。
ヘルツーをどこかに落としてきてしまったかとベッドの上に放り投げたと思った短剣の鞘を確認するとちゃんと短剣が収まっている。
そう。短剣が収まっている。ヘルツーではない。
ヘルツーの短剣型宝玉ではなくただの短剣が収まっていた。
短剣を鞘から引き抜いてみたが何度見てもただの短剣だ。
一体どうなっている?! 頭が混乱してきたぞ!
体が変な状態になったというのならなにかのスキルで攻撃を受けたとかいう可能性もあるがヘルツーがいなくなったりヘルと連絡が取れなくなるということはまず起きないだろう。
俺は頭が熱くなって痒くなってきた。
そして頭を掻きむしるとフケが大量に出てきた。
魔道具で水が大分溜まってきたので手と顔を洗って残った水を頭からかぶってみた。
宿屋の人にはあとで謝らないといかんなと思いながら目を開けると目の前に現れた情景は今までいた部屋の様子ではない。
いや。ここはどこだと見回してみるとなんと俺はベッドに寝ている状態だった。
さっきまで立って窓辺にいて水を被ったところだった筈なのにベッドに寝ていて天井を見上げている。
目の前に広がる情景は部屋の天井だったようだ。
それに水を被った感触がまだありありと残っていて水に濡れているような気がするが髪を触ってみても濡れてはいないようだ。
これは一体どういう状態だ?
俺はただ夢を見ていただけなのか?
それにしてはやけに現実感のある夢だった。
体に感じた全てが普通に感じたし体を動かした感触も特に違和感はなかった。
窓の外から聞こえる音も声も現実のものだとしか思えないし体から出た汚れたカスの匂いもそうだ。
こんなことが本当に起こりえるのか?
『マスター! 大丈夫ですか?!
ツー! なにが起こってるんですか?!
直ぐに報告しなさい! 』
『え~? えっとお兄ちゃんはずっと眠ってたよ~?
別に危ないことは起きてないよ~?
あっ! もしかして夢を見てたのかも~? 』
「マスター。そうなのですか? 』
おう。ヘル、なんだかそうみたいだな。
なんか悪夢でも見ていたのかもしれん。よく覚えてないが。
『そうですか。安心しました。
それじゃあ私もそろそろ帰りますね。
なにか買って帰りますか? 』
いや、特にいらないよ。
ゆっくりでいいぞ。じゃあな。
俺の脳波が乱れたのを感知したのかヘルが慌てて通信してきた。
ヘルツーはただ夢を見て混乱してるんだな~くらいにしか思ってなかったようだ。
俺はヘルに大したことはないと言って安心させて置いたが本当は大したことだった。
これはもしかするとパンロックの経験したことなんじゃないかと思えたからだ。
その記憶を俺が追体験したのがさっきの事なんじゃないか?
あいつは記憶を残そうとしたり人に乗り移ろうとしたりいろいろ手を尽くしていたが生物学的な事にも手を出していたんじゃないか?
俺が見た夢では新たな皮膚が赤ん坊のように新しくなっていたことからもしかして若返りとかを模索していたんじゃないか?
奴のやりそうな事だが結果はどうなったのかは分からんな。
体は若返っても脳はそうでも無かったというのは有りがちだろう。
記憶の中で奴がいた部屋がこの宿屋のこの部屋だったとかいう奇跡的な偶然が重なった事から今回のことが引き起こされたのかもしれんな。
夢の中の部屋は現在のような趣のある感じでは無く新築っぽかったからな。
この宿屋を選んだのは確かに俺だがこの部屋に泊まることになったのはただの偶然だった筈だ。
やっぱりヘルとよく話し合っている因果律の関係かねえ。
俺が昔の記憶を持った転生者だということも関係しているのかもしれないな。
まあ今のところ修復不可能な問題にはなっていないからこのままでいるしかないがこの事は努力してどうにかなることなのかねえ。
まあ俺は俺なりにやっていくしかないか。
俺にはヘル姉妹や仲間の皆がいるしな。
きっとどうにかなるだろうと思うしかないね。
さあ。この後は隣国へ行く準備を色々やっていかなくちゃな。
パンロックのように生にしがみつく様なことに力を注ぐよりもより良い生き方を目指すことの方が大切だ!
皆もそう思うだろ?
(ああ、そうだな。)
えっ、誰?!