03-05-09 オウディーエンス王国の終局
ある貴族の結婚式にフリオペラ姫が出席するという情報が入って来て街の酒場で管を巻いていた俺たちの耳にも届いた。
姫は普段は学園の寮に住んでいるのが分かったので俺たちは一度は面会を申し込んでみたが知らない人だからと許可が出なかった。
それならばと外出する機会を待ったが全然外に出て来ない。
まあそんなに遊び惚けるほどお金が余っている訳でもないのだから当たり前だろう。
もう姫が人質になっている訳ではないという事が分かったので無理に奪還する必要もないのではと自国の上司に確認の手紙を出したが返事が届くのは二か月以上先のことだ。
それまでの間ただ待っていても仕方がないので力仕事などで日銭を稼ぐ日々を送っていた。
姫が学園の寮にいると分かる前に王国のパレードを襲撃するという作戦に参加したが俺は陽動の方に回っていたので事の成り行きは良く分からないがどうも失敗したらしい。
一年前から王国と戦争を始めるということで先遣隊として傭兵に扮して潜入していたのでずっと国の自宅には帰っていない。
もういい加減軍の部隊としては成り立たない人数しか残っていないので一度国に帰って部隊を再編した方がいいと思うんだが自分の勝手な判断ではそれも出来ない。
だから今日も酒場で管を巻いていたという訳だ。
その情報は馬車の配送を手伝う仕事に出ていた仲間が仕入れてきたもので結婚式の当日に馬車を予約して来た者の名簿に姫の名前で学園に迎えに来て欲しいと書いてあったらしい。
姫と連絡を持つ千載一遇の機会なんだが馬車の配送は襲撃などの心配から手伝いの者には一切関与できないようなので当日に馬車を追いかけてそこで接触するしかない。
当日に学園に数か所ある門に全員で手分けして張り込んで結婚式の行われる貴族の家を特定した。
姫がもう貴族の屋敷の中に居る事は分かっているので後は侵入して接触するか出てくるのを待つかを皆で話し合ったが帰りの馬車を特定出来るのか分からないので強引だが屋敷へ侵入することになった。
もう屋敷への侵入なんて盗賊紛いの事にも慣れてしまったな。
隣の貴族の敷地から屋敷の裏側への侵入に成功した。
裏口にそっと近づいて戸締まりを確認すると鍵は掛かっていなかった。
扉をそっと開いて中を確認しても近くには人はいないみたいだ。
遠くの方から談笑する声が聞こえてくる。
今は結婚式のパーティの最中か。
ここ迄勢いで来れてしまったんだがこの後はどうするかまだ決めていなかった。
良く考えると姫もパーティに出席しているんだから誰にも気づかれずに接触する方法は殆どないな。
こうなったらもう強攻策を取るしかないかと考えていたら屋敷を外から回り込んで様子をうかがいに行っていた奴が姫はバルコニーの席にいて上手くすれば接触出来るかもしれないと言う。
だがそれには誰かが反対側の屋敷の中でおとりとなって人目を引く必要があるだろう。
仲間の中で一番上等な服を着ていた奴が姫と接触する役になった。
くそっ。俺も一番良い服を着てくれば良かった。
まあ仕方ない。その大役は奴に託そう。
それより人目を引く方法をどうするか。
剣を使って襲撃なんてしたら姫に嫌われて話も出来なくなるかもしれない。
なにか穏当で差し障りのないことで人目が引けないか。
そうだ! こんな手はどうだ?
仲間に聞いてみても中々面白い余興と見られないこともないだろうと意見が一致した。
フフフ。戦争をしに来た俺たちが結婚式でこんなアホなことをやる羽目になるとはな。
この世はまだまだ面白いな。
さて、一丁派手な芝居の幕を開けてやるか!
~ ~ ~ ~ ~
姉さんの結婚式も終わりが近づいてきた。
ちょっと中弛みして来たところなんでここで一発面白いことでも起これば場も盛り上がるだろう。
そんな感じで中の扉に目を向けるといきなり十人程の男たちが会場へ乱入してきてこう叫んだ。
「ちょおっと待ったーー! 俺達はこの結婚を認めないぞー! 」
「「「そうだ、そうだー! 絶対に認めないぞー! 」」」
「もし彼女と結婚したいのなら俺たちに勝ってからだー! 」
「「「そうだ、そうだー! 俺たちに勝ってからだー! 」」」
男たちがそう叫ぶとパーティ会場は騒然としだした。
ここで俺がマイク型拡声器を取り出して張り切って実況を始めた。
「おおーっと! ここでこの結婚に反対する連中が乱入してきたー?!
彼らの言い分にも一理あるかー?
確かに彼らくらいは倒せないとこれから新婦を守る事なんて到底出来ないぞー!
ここは新郎に頑張ってもらって皆を倒して名実共に夫婦と認められなければ収まらないぞー! 」
そんな事を俺が言っている間にヘルとガッシュたちが会場の隅のテーブルを横に移動させ始めて少し広い場所を作りだした。
そして姉さんが旦那のラクセスをそこへ引っ張って行き背中を押し出して激励した。
「あなた、頑張って全員を倒してね。期待しているわ。」
姉さんのニッコリ笑顔で送り出されて義兄はなんとも言い難い顔をしている。
そして乱入してきた連中の中から一人が躍り出てきて叫んだ。
「まずは俺からだー! 覚悟しろよー! 」
ヘルが厨房から拝借してきたフライパンと擂粉木でカーンと鐘の音を上げて戦いは幕を切った。
「さあ遂に始まりました世紀の一戦。
一体どちらに勝利の女神が微笑むのか興味が尽きないですね。
解説のガッシュさん。」
「はい。どんな戦いになるのか注目しましょう。」
「ゲストのリーナさんはどうですか? 」
「はい。彼の体を見るに大分鍛えてきているようですね。
これはどういう結果になるか分かりませんよ。」
「もう試合が始まっていますが両者はまだ様子見のようで動きがありません!
おおっと! ここで挑戦者がいきなり殴りかかっていったー?! 」
+ + + + +
時間を少し巻き戻そう。
俺は最初は侵入して来た奴らをどうしようかと悩んだが良く考えたら姉さんたちのスキルでどうにでも好きに出来るんじゃないかと気が付いた。
そうだよな。俺がジャンピング土下座をした時はいつの間にか操られていたしその事を全然異常だと気が付きもしなかったしな。
だからママン達に今の状況を説明して手伝ってもらう事にした。
まず屋敷の外にいた奴らを操ってもらい俺の考えた余興を演じてもらった。
奴らも今は穏やかで落ち着いた精神状態だが初めは大暴れをする気満々だったようだ。
やだねえ。直ぐ暴力に訴える奴らは。
俺の考えた余興はプロレスごっこだ。
それに結婚式には花嫁を奪う奴が現れるのは定番だしな。
ヘルにガッシュたちにも連絡してもらい会場の準備を頼んでおいた。
そしてママンに会場中に大概な事では驚かないように落ち着く香りを出してもらってから満を持して乱入者を招き入れた。
後は義兄に頑張ってもらって会場を大いに沸かせてもらうとしよう。
姫をこの国に招いたのはあなた達なんだから責任を取ってもらわないとね。
+ + + + +
結果的に義兄はボロボロになりながらも最後まで立っていた。
まあ相手は十人もいるんだから普通はそれでは済まないだろう。
相手も新郎だと分かっているので結構手を抜いてくれたみたいだった。
余興は大いに受けて皆の目を釘付けにしていたので侵入者たちの目的の姫との接触は人目を引かずに無事に行われたようだ。
ところで彼らは無断で貴族の屋敷に入って来ていたので本当なら衛兵に突き出すところなんだが俺が頼んだことにして不問にしてもらった。
まあ義兄たちが始めた事の後始末をしているということで同じ立場なんだからな。
今回は目をつむった形だ。
パーティが終わる前にママンに姉さんのスキルに興味が湧かないように全員に暗示を掛けてもらった。
プロレスの余興の時に行った暗示のおかげですでにもう暗示に掛かりやすいような下地が出来ていたので効果が強くなったそうだ。
これで姉さんの命も当分は安泰だろう。
式が終わると襲撃者たちはすっきりした顔をして素直に帰っていった。
ドローンで姫の事を監視していたヘルによると襲撃者の一人とこっそりと話し合った姫は今後も連絡を取れるように情報を交換していたようだ。
だが学園を辞めて隣国に帰るという事はしないらしい。
申し訳なさそうにその事を謝っていたという。
襲撃者たちは大人しい性格になるように暗示によって変えられたので隣国の奴らが起こす事件は今後は減るだろう。
これで姉さんに関することは全て片付いたので後は姫を学園に無事に返すことだけだな。
もう帰ろうとしていた彼女を引き留めて俺たちの部屋がある別館に連れ込んだ。
この屋敷で数日の間かくまう事にしたことを彼女にも話しておいた。
彼女は自分の素性が俺たちにばれていたことに凄く驚いていた。
普通は隣国の姫なんかを助けたりはしないものなんだろうが俺達は好きなように生きることを優先順位の一番に据えているんだ。
だから別に恩に感じる事などはないと言ったら呆れていた。
まあ俺たちはいつもこんなもんだ。
姫を保護するという政府の方の動きはそれを仕切っていた義兄が使い物にならなくなっていたので特になにも起こらなかったが油断は出来ないだろう。
うちも一応貴族だから王家に言われたら言うことを聞かなきゃならんだろうしな。
政府が態勢を整える前に姫をさっさとまた学園に押し込もう。
~ ~ ~ ~ ~
「おい。結婚式の後大分仕事を休んでいたがなにかあったのか?
もしかして子作りに励んでいたからとかじゃないだろうな。
そんな事だったら減給だぞ。」
「イタタ。そんな事ある訳ないじゃありませんか。
ちょっと体を痛めましてずっと寝こんでいたんですよ。
今日ようやく起き上る事が出来たので無理して登城したというのに掛けられる言葉はそんなものですか。イタタ。」
「はあ? そんなこと言われたって俺は事情を聞いてないんだから仕方がないだろう?
それでどういうことなんだ? 」
「はあ。まあ。ええと。
言ってみれば結婚に反対する男たち十人程と結婚を掛けて殴り合ったんです。
それで相手側は十人でこっちは私一人ですから当然ボコボコにされてしまったという訳です。」
「へえ。彼女に結婚を申し込んだ奴らが十人も押し掛けてきたのか。
それで結局結婚は出来たのか? 」
「ええ。どうもあれは余興の一つだったようで相手側には貴族の者はいなかったようです。
普通なら知っている者が一人くらいはいると思うんですがそうでもなくて身なりも普通っぽく体は軍人のような鍛え方をした者しかいませんでした。」
「ははあ。そりゃその家の警備員かなんかを使って仕込んだんじゃないか?
お前はその事を知らされてなかったんだろう?
だったらお前は相手の家族に嫌われてでもいるんじゃないか? 」
「ええっ? そんな感じでは無かったと思うんですがそうなんですかねえ。
自分は知らないところでなんか気に障る事でもしてしまったんでしょうか。」
「そうかもな。
もう嫁さんとは一緒に暮らしているのか?
だったら一度ちゃんと聞いてみたらいい。
わだかまりを持ったままだと後に尾を引くぞ。」
「そうですね。
帰ったら聞いてみる事にします。」
「まあ、これからは家族の為にも頑張れよ。
それよりも今は溜まっている仕事の方が問題だ。
こっちもしっかりやってくれよ。頼んだぞ。」
「ハイハイ。分かりましたよ。
新婚なんだから早く帰りたいんですけどねえ。
まあ仕方ないですか。」
~ ~ ~ ~ ~
姫様と結婚式の時に取り交わした方法によって連絡を取れるようになった。
俺達も肩に掛かるおもりが軽くなったからか最近は気分よく過ごしている。
姫様と繫ぎが出来たという続報を国の方にも送って置いたのでなにか新しい指示も来るだろう。
それまでは好きに過ごしてもいいだろうと皆と話し合った。
このまま戦争なんかやめて早く国に帰りたいもんだなあ。




