03-04-07 過去と未来の境界
ママンたちがお話を始めた。
俺とバズは土下座の姿勢のまま黙って聞くしかできない。
そんな状況です。
「あらあら、ハーロックさん。
一体どこに行ってらしたんですか?
私たちは随分と探したんですよ?
私は別に旅に出る事がいけない事だなんて言うつもりはありませんが皆に一言も断らずに出かけてしまうなんて家族に対して酷い行為だとは思いませんか?
どうなんでしょう。ハーロックさん。」
「そうよ、ハーちゃん。
なんでお姉ちゃんに黙って行っちゃったの?
お姉ちゃんは三日も泣いちゃったわ。
出かけるんならお姉ちゃんも誘ってくれればいいのに。」
「ええと、なんと言いますか。そう!
こう若い情動の暴発とでもいいましょうか突発的に思いついてしまった結果の事で御座いまして決して家族に対してなんら思う事が有るわけではありません。ええ! 」
俺は苦しい言い訳を始めたが二人の追及は止まらずそれから一時間近く正座させられたまま説教を受けた。
もう俺の足はどこかに行ってしまったような感じになっている。
俺の返答も最早なにを言ってるのか分からなくなってきた。
隣りで一緒に正座していたバズはもう意識が飛んでいるようで白目を剥いている。
そこでようやくヘルが話に割り込んできた。遅いよもう!
泣いちゃうからね!
「奥さま、お嬢様。
もうそろそろハーロック様の事を勘弁してさしあげてもよろしいのではと思いますがいかがでしょうか。」
「あら。そういえば誰かと思っていたらヘルさんなのね。
随分とお姿がお変りになりましたわね。
全然気が付きませんでしたわ。」
「えっ、ヘルさんでしたの?
まあ立派な騎士様にお成りになったんですね。
とても羨ましいです。私も騎士になりたいですわ。」
おっ、ヘルに関心が移ったぞ。
今のうちにこの場をさりげなくお暇しなければ命にかかわるぞ。
バズはほっとこう。
役に立たないポンコツはいらん。
三人がおしゃべりに夢中になり始めたのでこの場を緊急脱出だ! スクランブルダッシュツだ! ダダッダー!
そーっと後ろに下がり立ち上がりかけたところに誰かが俺のしびれまくった足に抱き着いてきた。
ノォーーーーッ!
なんとか叫ぶのを堪えて足元を見るとそいつはファンロックだった。
なにしてくれやがりますのこいつは!
もう一度ファンロックをにらむ勢いで見るとこいつ目に涙を溜めていやがる。
おいおいまた泣くのか?
もう結構大きくなったのにまだそんな感じなのか。
もうちょっと成長しなさいよ。
お前がこの領地を継ぐんだぞ。
そんな事じゃ兄ちゃんは安心して後を任せられないぞ。
今にも泣きだしそうなファンロックの口を押えてゆっくりと扉の方に引きずっていってそのままリビングの外へと出た。
そっと扉を閉めリビングから少し離れてからファンロックの口を押えていた手を離した。
途端にこいつは俺に文句を言ってきた。なんなの一体?
「兄ちゃん酷いよ! なんで僕を置いて旅に出ちゃうんだよ!
おかげでママンたちの相手を僕一人でやらなきゃならなくなって大変だったんだからね!
今度は僕も連れて行ってよ! 」
「はあ? なに言ってんだよおまえは?
そんな事出来る訳ないだろ?
ただでさえまだ子供なのに領主の勉強も途中だろ。
俺だって一応それを終えていたから旅に出られたんだからな。
まだその勉強が終わっていないんだからおまえに旅に出る資格はないぞ。」
「嘘だ! 兄ちゃんはそんなの関係なしに旅に出ていたんだって知ってるよ!
父ちゃんが言ってたもんね! 」
あのバカなに口走ってんだよ!
役に立たんばかりか邪魔までしてくるとはどんだけだよ!
「まあその可能性は一応はあったが勉強を終えていたというのは本当だぞ。
おまえも旅に行きたいならそのくらいこなしてから言えよな。」
「うっ。ま、まあそれはそうかもしれないけど。
とにかくママンたちの相手を僕に擦り付けないでって話だよ! 」
「まあ、それは済まんかったとしか言えんな。
だったらおまえも王都の学園とかに通うか?
今からそれが出来るかどうかは分からんが親父に聞いてみろよ。」
「えっ! そんな事出来るの?! だったら僕絶対に行きたい!」
「いや。出来るかどうかなんて知らないよ。
まあとにかく親父に聞いてみな。
でも今はちょっと無理かもしれないが。」
ファンロックはバズと話すというのでそこで別れた。
俺はリビングの方を向いてまだ三人のお話が終わってないのを確認すると自分の部屋に引き上げた。
久しぶりに自分の部屋に帰ったんだがなんだかそうは思えなかった。
一年近く旅をしていたはずだがちょっと出かけていただけのような気がする。
これはあれかな。ママンたちが平常運転だったことでそう思ったのかもしれんな。
もしかしてそれを狙っていつもの感じで俺を迎えてくれたのか?
まあそうであってもそうでなくてもどっちでも良いか。
とにかくくつろげる我が家に帰ってきたことのほうが大切だ。
しばらくゆっくりしよう。
そうして俺は寝転んだ自分のベッドの寝心地を楽しんだ。
+ + + + +
旅の途中で自分ちに寄ってもう四日ほどが過ぎた。
俺の身体は思っていたよりも結構疲れが溜まっていたのかなんと熱が出て寝込むことになってしまった。
俺自身も驚いたが家族ももっと驚いたみたいで付きっきりとはいかないまでも結構な頻度で看病に来てくれていた。
おかげでママンたちの怒りもどこかに行ってしまったみたいで熱様様って感じだ。
しかしこれでまた旅に出る時になんか言われないか?
まさか出るなとは言われないにしてもなんか起こりそうな気がする。
すんなり出ていけたらいいがどうなるか今から心配だ。
ヘルはすぐに家の皆とは打ち解けられたみたいで今はバンドナに付いて回って家事を色々教わっているみたいだ。
特に料理に関しては力を入れていて俺の好みなんかを熱心に聞いているらしい。
なんかメイド騎士っていうのに憧れでもあるのかね?
まあ飯が美味くなることに異存はないので好きにしてくれればいいよ。
ファンロックの奴は親父に学園に行きたいと言ったらしいがどうなるかは分からん。
ファンロックまでいなくなったらママンたちの機嫌がどうなるか皆目見当がつかないからな。
ここは慎重にならざるを得ないんだろう。
まあゆっくり考えてくれ。
サーラとガッシュは家に帰って結構変わったと家族に驚かれたらしい。
そうか? そんなに驚くほど変わったか?
俺には旅に出る前と比べても大して変わったとは思えないんだがこれも近くにいるから気づけないとかなんだろうか。
まあこれからも扱いは変えないつもりだから関係ないか。
リーナは結局ガッシュの家に厄介になる事になったのでそれからの事は良く分からん。
聞いたところによるとなんかガッシュの嫁にどうだとかいう話が持ち上がっているみたいだ。
おいおい、ガッシュ。大丈夫か?
なんか勝手に外堀を埋められて知らないうちに結婚が決まってたりしそうだぞ。
まあ自分で色々頑張ってくれ。俺は祝福するぞ。
フリオペラは家でゆったりと静かな時を過ごしている。
こいつも旅は結構な負担だったみたいで俺ほどとはいかなかったがちょっと体調を崩したらしい。
まあそれももう治ったみたいで俺ん家で優雅な暮らしを満喫しているみたいだ。
一応バズ達には隣国の偉いさんの子女だからと言っておいたがまさか王女だとまでは思ってはいないだろうがそれなりな扱いだ。
俺ももう体調も復帰してきたのでそろそろまた旅に出る準備をしようかねえ。
そんな時に忘れていたモノが帰ってきた。
そうバリセローたちの事だ。
「ついに追いついたぞ!
やっぱり自分の家に寄ってるんじゃないかと思ったら案の定だ!
俺から奪ったものを全部返せ!
この泥棒共め! 」
ちょっとサーラ達と今後の予定を話し合おうと屋敷の門を出てすぐのところで小汚い男にいきなり怒鳴りつけられた。
ヘルも一緒にいたので出る前からこいつがいる事は分かっていたからなんて言ってくるかと思っていたがなんとも普通だね。
まあそれじゃあお話し合いを始めますか。
「あの、どなたですか?
他人の事を泥棒なんていうのは止めてください。
衛兵に付きだしますよ。」
「なんだと?!
衛兵に付きだすのはこっちのほうだ!
それに俺はバリセローだ!
忘れたとは言わさんぞ! 」
「ああ。バリセローさんでしたか。
容貌が変わっていたので気が付きませんでした。
その点は済みませんでしたね。
ですが衛兵に付きだすとは穏やかじゃありませんね。
なにかありましたか? 」
「なにかじゃない! 全部だ! 私の持っていた物を全部返せ! 」
「全部と言われましても私はあなたのものなんて一つも持っていませんよ。
まあフリオペラさんは預かっているといえばそう言えなくもないですが。」
「じゃあ私の馬車はどうしたんだ!
どこにやったんだ!
あれの中に私の全財産が入っていたんだ! 」
「えっ、あの馬車ですか?
あれは確か取られないようにしたと思ったんですけどどうしたんだったかな?
ヘル、どうしたか覚えてる? 」
「はい。マスター。
あの馬車は近くの街の役所に一時預かってくれるようにしたはずですがその後どうなったかは確認しておりません。」
「だそうですよ。
あの俺たちが会った街に預けてきたようですので取りに行けば戻ってきたと思うんですが取りにいかなかったんですか?
それなら俺たちに言ってきてもどうしようもないですね。
自分で取りに行ってくださいとしか言いようがありません。」
「なんだと? そんな事は知らんぞ!
おまえが置いていった手紙にはそんなことは書いてなかったぞ! 」
「え? そうでしたか?
ちょっとその手紙を見せてもらえませんか?
もしそうなら謝罪するしかありませんがこちらの落ち度ですね。」
「手紙なんかもう持ってないわ!
だが確かにそんな事は書いてはいなかったはずだ!
書いてあったのなら取りに行っていたはずだからな! 」
「ですがもう手紙は持っていないんでしょう?
だったらそれは証明できませんよね。
このことはもう水掛け論になりますから止めましょう。」
「くそ! その事はもういい!
だったらなんで俺たちを置いて行ったんだ?
俺たちを護衛するって言うのが契約内容だったはずだ!
それなのに俺たちを置いていくなんて契約違反だ!
慰謝料と賠償を要求する! 」
「えっ?! それを言いますか?
バリセローさん。こちらこそ慰謝料と賠償を請求しますよ?
あなたは契約する時に重大な事実を隠匿してましたよね?
隣国の王女を誘拐しているという事を。
そして隣国の兵士に追われているという事も。
その事はこの国では罪にはなりませんが護衛依頼に関する契約違反にはなりますよ。
それを隠匿していた事でもしかしたら俺たちは隣国の兵士に対して殺害や傷害を負わせてしまっていたかもしれません。
そうなると最悪国際問題にもなりかねませんでした。
そんな事を俺たちに押し付けようだなんてあなたは衛兵に逮捕されてもおかしくありませんよ。
それをしないで護衛依頼の破棄で済まして只放っておいただけなんて俺たちはあなたに感謝されても良いと思うんですがね。
どうでしょう? 今ここで衛兵を呼んで逮捕されますか? 」
「な、なんだと?! そんなバカな事があるか?! 」
「はあ。もういいか。
おい、バリセロー。
おまえはなにか勘違いをしているようだが俺の事を誰だと思っているんだ?
俺は一応だがこの国の貴族であり領主であるバズロック・ロリングストンの嫡男だぞ。
手紙にもそう名乗ってあったはずだし現にお前はここに来ているよな?
そしてここはそのロリングストンの領地だ。
俺がおまえたちをこの場で無礼打ちで切り捨ててもなにも罪になんて問われもしないのを分かってて言っているのか?
さっきから俺はお前たちを切りたくてうずうずしているんだけどなあ。
もう俺の我慢も限界が近いようだ。」
「ひっ?! ひぃぃーーっ! 」
「ふん、もういい。
好きなところに行きな。
お前が俺たちの事を甘く見て捨て駒にしようとしたのが運の尽きだったな。
だがもう俺たちのそばには近寄るなよ?
今度は俺も我慢ができなくなるかもしれんからな。」
そう言うとバリセローと御者だった男は後ろも見ずに駆けだしていった。
まあもう会う事も無いだろうな。
「良かったんですか? あれで? 」
「まあ家の前を汚すことも無いだろう?
それにヘルたちがいてくれれば仕返しに来てもすぐに分かるだろ? 」
「まあそうですが。マスターは甘いですねえ。」
『アマーーーイ! 』
「ぷっ、ヘルツーなんだよそれ? あははは。」
俺の笑い声は村の喧騒に消えていった。




