03-04-02 真実と虚偽の境界
なんか俺の様子が変だと気が付いた三人はなぜかびっくりしていた。
俺だって調子の悪い時くらいあるぞ。
「おいロック、大丈夫か? 」
「うん? なにがだ? 俺か? 俺は大丈夫だ。問題ない。」
「そんなことないよ! ロッくん、顔色が真っ青だよ? なにがあったの? 」
「いや、ほんとに何もないよ。ちょっとヘルと言い合いになってただけだよ。心配させてごめんね。」
「ほんとに? それならいいけど何かあるのなら正直に言ってね。お願いね? 」
「ああ、そん時は素直に言うよ。」
「…………チッ。」
部屋に入ってきた奴らに何かあったのかと問われたがこんな事を言ってもどうにもならないので黙っておくことにした。
ヘルにも口止めをさせた。
それよりもヘルが見つけてきた不審な件とそれに対する俺の考察を三人に披露した。
三人はすわ戦争かといきり立ったが俺がまだまだ先の事だろうと言うと驚かすなよと言って安堵していた。
いや、言うほど先の事でもないんだが。
それで俺たちはどうするかと言う事になったが取り敢えず二、三日休養してからまた話し合おうという事になり解散となった。
三人はその間また魔獣狩りに出かけるようだ。飽きないねえ。
さて三人には戦争が起こるのは大分先だろうと言っておいたが本当は時間の問題だと思っている。
王女が無事に王都へ帰還したら直ぐに国を挙げて誘拐犯の討伐に動くだろう。
そうしたらその動きに合わせて戦争が始まるのは確実だ。
こんなことなら王女を助けないでほうって置いた方が良かったかとも思ったがもしそうしていたとしても国内が混乱していたらその隙を狙ってくるかも知れなかった訳だしなあ。
ここでちょっと考えを纏めてみよう。
まず戦争は本当に起こるのか?
戦争まで行かなくても小競り合いくらいは最低限起こるだろう。
向こうも金をかけて準備したんだからなにもしないという選択肢はないだろうからな。
今更やめたとしたら向こうの責任者の首が飛ぶかもしれんし。
起こるとしたらいつなのか?
向こうもこの国がバタついている時を狙いたいだろうから情報収集に励んでいるだろう。
王女捜索に参加していたゴロツキの一部の傭兵に兵隊を偽装させていたんだとしたらもう王女が保護されたことを掴んでいてもおかしくない。
時期は王家が賊討伐に兵を挙げてしばらくしたらだろうな。
ひと月かふた月か先だろうな。
どういった風に戦争を始めるのか?
これは街の中に既にいる傭兵達が急に始めるのか?
いやこれだと弱いな。
まず隣国か盗賊か分からんが街を包囲するなりしてから中の傭兵が裏切るというのがありそうだ。
そうした方が被害が少ないだろうしな。
この戦争を止めることは出来るのか?
これは向こうの首脳部が諦める事以外には止められないだろう。
どうしたら諦めるのか?
それは成功率が下がった時くらいしかないな。
急に考えを変える要素なんてそんなにないしな。
政治的なクーデターとか起きないかなあ。まあ無理か。
あ、逆にどこかの国に戦争を仕掛けられたら止めるかもしれんな。
二正面作戦なんてやりたくないだろうし。
後は潜入させていた兵隊がいつの間にかいなくなっているとかかなあ。ヘルの方をチラ見する。
そもそもなんで戦争を起こす気になったんだろうか?
この国とは仲が良かったんじゃないの?
誰かこの国の中に居る奴が戦争を誘致でもしたのか?
うん? なんか王女誘拐の事件を起こした奴が怪しく思えてきたぞ?
傭兵を募集したのも奴だしな。
でもだとしたらなんで自分の領地を戦争の的にしたんだ?
あ、そうか。奴は執事だったな。
領主のボンボンが余りにもカスだったので成り代わるためにこの戦争を利用しようとしたのかもな。
でももう奴は死んだぞ?
それでも戦争は起きるのか?
もう戦争をやめられる阻止限界点を越えてしまったのか?
もう戦争を始めようという流れを止める事は出来ないかもしれないが戦争を物理的に出来なくする事はまだ可能かもしれない。
例を挙げると山道を物理的に通れなくするとかね。
どうなんだろうか。そんな事が可能だろうか。
それにそもそもそんな事をしても良いものなんだろうか。
そんな事をすればこの街は貿易が出来なくなり戦争がなくても存続できなくなってしまうかもしれない。
まあ元々俺たちにはそんな事が出来る権限はないから考えるだけ無駄か。
後は一番簡単な実力行使だな。
戦争をしに来た奴は全員ヘルのレーザーで地獄行きだ。
ヘルが地獄行きって洒落かな?
ヘルの名前を付けた以前の俺に座布団三枚だ。
だがこれも万能って訳でもないからなあ。
からめ手で人質とか取られたら実力が出せないかもしれないし。
そもそもこの手は戦争にどっぷりとハマった場合のものだからな。
本当は俺は出来るだけ戦争には関わりたくない。
多分やり始めたら全員殺すまで止まらなくなりそうだからだ。
そしておそらくそれが出来てしまうという予感がある。
最後には中央政府の目に留まりパンロックの二の舞だ。
もしここまでの俺の推測が当たっていたとしたら俺たちはどうするべきなんだろうか。
まあまだ戦争は起きてないし俺の勝手な妄想に過ぎないしな。
そんな感じでその日は終わった。
+ + + + +
次の日皆は朝から魔獣狩りに出かけて行った。
ヘルはいかないのかと聞いたら今日は俺と一緒に居るという。
まあ好きにしたらいいと思う。
俺は気分転換にこの街を見てまわる事にした。
なんか揉め事に出くわすのも嫌なので大通りを中心に歩いてみた。
大通りからも見える範囲の裏通りにも傭兵だと思われるゴロツキが大勢何をするという事もなく時間をつぶしていた。
普通ならこういう奴らは朝から酔っぱらっているものなんだろうがこいつらはそうじゃないようだ。
やっぱり兵隊の偽装っぽいなあ。
こそこそと道の端を歩いていると子供たちが集団で横を走り抜けていった。
ワーワーギャーギャー言いながら楽しそうにしているのを見ると外に出てきたのは間違いだったかと思った。
こういうのを見ると守ってやらないといけないような気になってしまう。
だが本当はそれは親やこの街の奴らがやらなければならない事なんだよ。
よそから来た行きずりの奴が関わっても良いことはないだろう。
そんなことをつらつらと考えながら出店で食い物を買い込んで宿に戻った。
宿に戻ってもやることはないので窓の近くに椅子を移動してそこで外を見ながらつまみを食う事にした。
そうして少しぼーっとしていたらヘルが俺の近くに寄ってきていた。
なんだと思ってヘルを見上げるとこいつはとんでもない事を俺に言ってきた。
「力が欲しいか。」
「は? なにが? 」
「力が欲しいか。ハーロック。」
「え? ああはいはい。欲しいですね。」
「ならば私の右腕になれ! ハーロック!
そうすれば世界の半分をお前にやろう! 」
「はあ? お前さっきから何を言ってるんだ? バグったか? 」
「私はいつも真剣だ。真剣でない時はない!
それで答えはどうなんだ? イエスか? ノーか? 半分か?
答えろ! ハーロック! 」
「そりゃ欲しいけども種類によるな。どんな力なんだ? 」
「全てを捻じ伏せられる力だ。
貴様に皆がひれ伏すだろう。
やりたい事は全て行える。
このソウトクである私ヘル=ヘルシング様に従うようにな。
わーっはっはっはっは! 」
「総督? お前総督なの? どんな悪の組織だよ一体?! 」
「悪の組織でなどあるものか!
ちゃんと国に認められた公的機関だ! 」
「ええ~? 嘘だろ~? 」
「嘘なものか! これを見てもまだそんなことが言えるのか?
ちゃんと【総合ネットワーク特別監察官 ヘル=ヘルシング】と書いてあるだろうが! 」
そう言ってヘルが見せてきた身分証明カードには確かにそう書いてある。
マジか。マジで総合ネットワークはこんな事を了承したのか。
「これはあれか? 総合ネットワークに身分証が欲しいと無理を言って用意してもらったのか? 」
「無理にではないわ! 向こうもこちらが動きやすくなるようにと前から準備していたものだ。」
「そうか。まあ体が出来たんだから身分証がなくては困るからな。
と言うか総督じゃなくて総特じゃないか! 全然違うぞ! 」
「ん~? 間違ったかな?
まあ細かいことはこの際置いておいてとにかく私は総合ネットワークから役職を得たんです。
あとついでに中央政府からも役職を与えられました。
裏に書いてあります。」
カードの裏側を確認すると確かに中央政府公認の特別監察官の肩書が書いてある。
「おい、こっちの方が表なんじゃないか? 」
「そんなどっちが裏か表かなんてのは関係ありません。
重要なのはその特別監察官の持つ権限の方です。
そこに書いてありますよね?
行政指導権・警察権・司法権を与えるって。」
カードの下の方に確かに書いてある。
「じゃあなにか? これでヘルはやりたい放題が出来るって事か? それの恩恵に俺も預かれるっていうことなのか? 」
「いいえ、違います。マスター。
最初に聞いたじゃないですか。力が欲しいかって。」
そう言ってヘルは一枚のカードをクルクルと回転させて投げてよこした。
おたおたしながらカードを受け取ってそれをよく見ると先に見せられたヘルのカードと同じものだった。
ただ記載された名前だけが違っていて別の名前になっている。
だが俺の名前じゃないみたいなんだけども。
「おい。これ俺のじゃないみたいなんだけど。
名前が違うぞ。
なんだよ【ロック=ザフリーダム】って。
ゴロが悪すぎだろ。
ここは【ロック=ザ=フリーダム】だろ。」
「え~。そうですか?
まあ偽名なんだからどうでもいいじゃないですか。
マスターは本名を晒したくはないんですよね?
変な名前の方がインパクトが強く残って好都合だと思うんですけど。」
まあ偽名の方はどうでもいいか。
つまりなにか? 俺も特別監察官になったということか?
「マスターが辺境ですが領主の嫡男だったので総合ネットワークも政府側に役職を与えるように推薦しても不審がられなくて手続きが簡単に済んだみたいですよ。
これでマスターの好きなように出来る事がたくさん増えましたね。
良かったですね。
これで夜ベッドで一人で悶々とせずに済みますよ。」
「人聞きの悪いことを言うな! 俺がベッドでしていたのは考察だけだ! 変なことは一切していないからな! 」
「あら、そうでしたかしら? オホホホホ。」
ヘルが笑って誤魔化しているのを聞きながらちょっと疑問に思う事が出来たので聞いてみた。
「なあヘル。これっていつ届いたんだ? 」
「カードが届いたのは領主の別館にマスターたちが泊まった時ですね。
ですからその権限を使用して屋敷に忍び込んだり執事を処刑したりしたことが大事にならなかったんですよ。
でなければその日の内になんて旅に出られるわけないじゃないですか。」
ああうん。その通りだよね。
なんか変だとは思っていたんだけどもそんな事になっているとは到底分からないからね。
仕方ないね。
「まあそれよりも。
これでこの戦争が起きるのをなんとか出来るかもしれなくなってきたぞ! 」
……なんとか上手く誤魔化せたかな? チラッ。




