03-02-04 旅の宿屋の一室で
ヘルが大興奮してうるさいのでもう完全に無視して店員と後の事を話し合う。
俺は当然動甲冑を買う大金なんか持ち歩いてなどいないので宿屋に取りに来てもらわないとならない。
店員もそれは想定の事のようだったのでついでに動甲冑も持ってきてもらうことにした。
さすがにここでヘルの宝玉をはめてみることは出来ないしそれでいいですと言っておいた。
へルがいつ届くのか聞けとうるさいので聞くと今日はもう運ぶことが出来ないので明日の朝一番に持っていくという。
それまでこの興奮状態のヘルをなだめて過ごさないといけないのかと思うとがっくりとくる。
それにこれでハーロック銀行は倒産だ。
もう金を貸すどころか逆に借りなければいけないかもしれない。
皆になんて言うか。憂鬱だ。
浮かれたヘルと落ち込んだ俺のコンビで宿屋に戻ると皆がさっそく金を貸してくれと言ってきた。ああやだなぁ。
「ええと、ハーロック銀行は多額の不良債権を購入してしまって現在資金繰りに困っている状態です。ですので他者にお金を貸し付けることは今後もう出来ません。今までご利用ありがとうございました。皆様の今後のご活躍をお祈りしております。」
そう言って深々と頭を下げると皆が愕然としたような顔でこちらを見てきた。すまんねぇ、みんな。
全部パンロックが悪いんや!
全部あいつの所為であいつのお陰だ。
俺たちは奴に完全に振り回されている。
すべてが奴の策略のように感じる。
まるで未来の俺たちの事を見透かしているみたいだ。
なにかのボードゲームの上を歩かされている駒のようにも見える。
こういう考えは俺たちにはまだまだ経験が足りていないことの証明に他ならない。
足らないのなら積むしかない。
それがこの旅に出た理由なんだがそれさえも奴の掌の上のように感じる。
それともこれは領主の家に生まれた者か転生した者の典型的な行動なのかもしれない。
奴が通った道と同じ道を俺も歩いているだけなのか。
そんなサイクルを俺たちは延々と繰り返しているということなのか。
取り敢えずそんな不毛なことを考えていてもしょうがないので現実に戻りますか。
俺は愕然としている奴らにこうなったいきさつを話してやった。
すると皆はことのほか好意的に受け止めてくれてヘルにお祝いを言ってくれた。
ヘルもいつもよりテンションが高いのかいつまでも皆と話していた。
あ、リーナにもヘルの事は旅に出る前に説明しておいたのだが村出身の者の遺伝かなんか知らんが簡単に受け入れられていた。ホントそれで良いのかね君たち。まあいい。
+ + + + +
そんなこんなでうるさい夜も明け朝になった。
この中で一人だけテンションが高い人は放っておいて今日来る動甲冑が本当にヘルが言うように使える物なのかどうか確認しないといけないだろう。
他の皆は好きなことをしてていいよと言ったら皆も見てみたいから一緒に待っているとのことだった。まあしたいようにすればいい。
皆にそう言って道具屋が来るのを待っているとほどなくしてやってきた。
ヘルはテンションが上がりすぎてもう何を言ってるかよく分からない状態になっている。AIでもこんな事になるのか?
まあそれは置いといて。
道具屋にお金を渡し動甲冑を受け取ったらヘルが早くしろとうるさいので早速宝玉を収められるのか試してみることにした。
腰のスイッチを押して動甲冑をメンテナンス状態にして接続する部分を調べてみると確かにこれはこの宝玉のための構造になっているようだ。
少し内部のほこりなどを除きいよいよ宝玉を収めてみる。
宝玉を両手で持ち頭部の何もない空間に載せてみると固定用の部品が勝手に動きガチンと音がしてびくともしなくなった。
あ、これもう外れないんじゃないかと思って焦っていたら急にファンが回るような音がして空気が至る所から吐き出されるようになった。
そして内部に見える部品の所々にある小さなランプがチカチカ点滅しだして警報のような音がビービーと鳴りだした。
これはもしかして開いてるのが閉まるのかと離れると思った通り閉まりだした。
静々と開いていたのがゆっくりと閉まっていきそして完全に閉じるとプシューという空気の抜けるような音が最後にして動きはおさまった。
それからしばらくしても音沙汰がないのでヘルに呼びかけてみた。
「おいヘル、どうした? 動かないのか? 応答しろよ!」
『はい。すみません。今この動甲冑の基本システムの初期化をしている最中なのでしばらくは動きませんね。終了したら声をかけますのでそれまでお待ちください。』
何だ? さっきまでの興奮はもうおさまったのか? それに外部に音声も出せないのか?
『はい。今は初期化の方に能力を振り分けているので精神的な変動は落ちついています。それと音声は初期化が終わるまでは無理ですね。もし出来ても音が内部にこもってよく聞こえないでしょう。初期化が終われば機体に付いているスピーカーが使用できると思うのでそれまでお待ちください。』
そうなのか。じゃあ皆には当分動きがないと俺から言っとくか。
俺が皆に今の状況を伝えるとそれぞれが好きなことをしだした。
俺も何かするかと考えているとヘルが話しかけてきた。
『マスター。ちょっといいですか? 』
うん? なんだ? 別にいいけど?
『この機体の動作をつかさどっているサブシステムに少し情報が残っていました。
この宝玉はこの機体専用なのは間違いありませんが少々事情が込み入っているみたいです。
残っている情報によるとパンロック氏に設計図を渡されてこの機体を作ったらしいのですがこれに合わせて彼が用意したメインシステムが入った宝玉の方がうまく作動しなくて完成を断念したようです。
そして宝玉はほかの用途に使うのか持ち帰られたらしいです。
ですがおかしいと思いませんか。
この宝玉には機体の操作をさせるためのAIをもし乗せるとしたら数体分の格納領域の空きがあると前に言いましたよね。
ですからAIにこの機体の操作をさせるのなら失敗するはずがないんです。
事実私はあと少しで起動できるところまで来ていますし問題なく達成できるでしょう。
パンロック氏は何故完成しかかっていたのに失敗だと言ってやめてしまったのか。
ここで考えてもらいたいのはこの宝玉つまり杖が見つかった時にこの宝玉の中にはパンロック氏の記憶が入っていたというところです。
つまり彼が目指していたのはただのAIが機体を動かすというのではなく誰かの人間の記憶を持ったこの宝玉が機体を動かすという事だったんじゃないでしょうか。』
そうだな。奴の考えそうなことだ。
事実この機体に自分の記憶を持ったものを乗り移らせるのに失敗したら次は人間の脳に無理矢理に乗り移らせようとしたんだからな。
だがそれも今のところ上手くはいかなかったみたいなんだけども。
奴は何故そんなことにこだわっていたんだろうな。
あとおかしなところと言えば奴が乗り移るとしたら何で女性型の機体にしたんだ?
変身願望でもあったのか? いやもしかするとおかまだった可能性もあるのか。
はっ、俺がおかまになっていたかもしれんのか? 気持ち悪っ!
『そうですね。そこが気になりますね。もしかしたら彼は誰か女性の記憶を持った機体を作りたかったのかもしれませんね。』
オイオイ、おかま疑惑の次はストーカー疑惑かよ。
まるで疑惑のデパートみたいだな。
だがもしかすると嫁さんか娘の事だったかもしれんな。
家族に不幸があってなんて言うのは精神がおかしくなる原因の典型的な物だろ。
そうだと考えると奴の事も少しはかわいそうな奴なんだなと思えてきた。でも根拠は何もないけどな!
『そうですね。総合ネットワークの記録にも家族の事は残っていません。ここから先は憶測にもなりませんね。』
ヘルがそう話を締めくくっていると同時に機体からヘルの音声がかぶせて聞こえてきた。別々に動くのかよ。
「機体の初期化作業が終了しました。機体の起動作業を続けて開始します。』