03-02-03 旅の街中で大興奮
ヘルを連れて杖の売っていそうな所をうろついていたらさっき話していた件で納得できることが一つあった。
それは総合ネットワークが使えなくなって住民から文句を言われなかった事についてだ。
店で売っている物を見てみるとすぐに分かったことなんだがほとんどの物が他の物との違いを売りにしている。
つまり個性を重要視しているのが一目でわかった。
これを見て納得したのだが多分こうなった歴史的な理由はこうだろう。
昔、総合ネットワークがまだ使われていた頃は皆がスキルを貰っていた筈だ。
そして優秀な鍛冶や製作のスキルが大勢に付与されて物がどんどん作られて街は潤ったのだろう。
物がなかった最初の頃はそうだったに違いない。
しかし物があふれてくると事態は一変する。
それは皆が他人と違う物が欲しくなるからだ。
だが街には同じような物だけしか売っていない。
何故か? それはしごく簡単なことが理由だ。
作っている人がみんなスキルの機能のおかげで高品質だが同じ仕様の物しか作れないからだ。
それはそうだろう。その為のスキルなんだから当たり前だ。
そもそもスキルと言うものは同じ物を大量生産する事を可能とする為に人に付与される機能だ。
特別なものを作れるスキルは少数の人にしか付与されない。
前に語った剣術と剣士の事を例に挙げても分かる通り特別は少なく普通は多い。
そして人々は気づいたのだ。スキルに頼っていたら創造的な物などは絶対に作れないと。
そしてそんな上を目指す者たちはスキルを得る事をやめていったのだろう。
それが発端になって現在の状況になっていったのだ。
それに気が付いたのがいつなのかは分からないが総合ネットワークの支部がなくなっても誰も気にしないようになるよりもはるかに昔の事だろう。
それはとりもなおさず総合ネットワークがスキルを得ることの弊害に関して事態を放置していたからに他ならない。
つまりは総合ネットワークの自業自得なのだ。
この考察をヘルに伝えるとヘルはしばらく本部との通信にかまけて俺の呼びかけにもおざなりな返事しかしなくなった。
なので俺も黙ってウインドウショッピングをしていたら道具屋の店先に防具屋でもないのに不釣り合いな鎧が飾ってあるのに気づいた。
ところで今ヘルは俺が背負っているカバンに布に覆われた状態で収まっている。
これは宿屋に置いておくともしかしたら通信が届かないこともあるかもしれないための安全策だ。まあ念の為だ。
ヘルが外の状況を見るのは俺の胸ポケットから覗いている中継器を通して行っている。
ヘル。こんなところに鎧が、それも女性用の見た目も綺麗なのが売っているなんてこれは実用じゃなくて観賞用なのかね?
『そうですね。そうかもしれないですね。マスター。』
オイオイ、ぞんざいな返事だな。
まあ一度ちゃんと見てみろ。魔道具なのかネームプレートも付いてるぞ。なにかの機能が付いているのかね。
『はぁ。分かりましたよ。…………。
マスター! ネームプレートの詳細をよく見て下さい! これはパンロック氏の要請で製作したと書いてあります! それにこれはただの鎧じゃないですよ! 動甲冑ですよ! キマシタワー! 遂に私の時代がキマシタワー!! 』
お、おい。どうした? ヘル? 大丈夫か?
『なにのんきなこと言ってるんですか! はやく! はやく購入して下さい! 売り切れたらどうするんですか! 』
オイオイ、こんなの売り切れる訳ないだろ。何をそんなに慌てているんだ。それにこれの値札を見てみろ。いくらだと思っているんだ。そうそう買える奴などいないぞ。まあ今の俺たちならギリギリ買えるかもしれんが。ま、まさかマジで言ってるのか? 違うよな?
『当たり前です! マジのマジマジですよ! 私が冗談を言ったことがありますか! 』
いや、いつも言ってるが。
そんなに良い物なのか? サーラかリーナに着せるのか?
『なにバカなこと言ってるんですか! 私が着るに決まってるじゃないですか! 動甲冑と言うのはいわゆるパワードスーツの事ですよ! これがあれば私も皆のように歩き回れるんですよ! 世界のどこまでも一人で行く事が出来るんですよ! 最高じゃないですか! 』
えっ、パワードスーツ? これが? こんなのがこの世界にはあるのか? 古代遺跡の話じゃないのか? パンロックはそこまで到達していたのか?
『そうですよ! これは実用には至らなかった試作品のようです! つまり一品物です! 早い者勝ちですよ! だから早く買ってください! もう何でも言うこと聞きますから! 』
今なんでもって言った?
よし、なら買うか。
だが出来るだけ安く済むように値切るぞ!
これホントに値段がバカ高いんだからな。
しかしパンロックの杖を売ってパンロックの動甲冑を買うとはこれはわらしべ長者か何かか?
次々とパンロックの物を取り換えていくのか?
『なにバカなこと言ってるのですか? 動甲冑を手放す事があるわけないじゃないですか! これはもう私の体なんですからね! ですから私の体を早く手に入れてください! 一生のお願いです! マスター! 』
ああもう、分かったから。だが一生ってどこからどこまでの事だ? まあいい。
今から店員に聞いてみるから少し静かにしててくれよ。
「あのー、この鎧は売ってるんですよね? どんな物何ですかね? 」
「ああこれ? これは鎧じゃないよ。これは昔の技術者か誰かが試しに作った鎧の人形だよ。
ちょっとだけ動くけどそれだけだよ。」
「へえ、どんな風に動くのか見せてもらえませんか? これっていつからここに置いてあるんですか? 」
「いいけど、今は忙しい時間帯だからもう少ししたら見せてあげるよ。あとこれは結構な期間置いてあるねぇ。仕入れてきたのは別の奴だったからどんな経緯で仕入れてきたのかは今は分からんな。じゃあちょっと待っててくれよな。」
何か店員の態度が優しい。これは不良在庫がさばけるチャンスだとか考えているのか? だったら安く値切る事が出来るかもしれんな。よしよし。
それとヘル、これ元々ここに置いてあったんじゃないみたいだぞ。
たまたま今ここで巡り合ったからいいけれどもしかしたら一生出会えなかったかもしれんのか。これはここで買うという運命なのかもしれんな。
『そうですよ! 天が我に味方したんですよ! あぁ、はやく動くところが見たいです! 』
そうこうして待っているうちに店員が動くところを見せてくれることになった。
動甲冑はある程度の動きを音声で行わせる事が出来るようだ。
これ単体で結構な重量があるみたいで人力で移動させる事は難しいみたいなのでその為か?
見せてもらった動きは単なる歩きだったがこれが出来るだけでも優秀な方だろう。昔のロボットはそれさえも満足に出来なかったみたいだしな。
動甲冑の動きをつぶさに見ていたヘルが腰のところになにかのスイッチがあるのを見つけた。
ここにスイッチがあるという事は動甲冑の使用者が自分で押すためにあるものだと分かる。
店員もこれは知らなかったみたいで彼に断ってスイッチを押してみることにした。
なにかあった時の為店員がスイッチを押してみると動甲冑が縦に亀裂が入ったかのように真ん中から左右に開いた。
中が見えるようになったが中には機械や配線なんかがいっぱい詰め込まれていて人はもちろんなにかを追加で入れる隙間なんかないように見える。
これはヘルのぬか喜びかと思ったらヘルはさらに興奮しているようだ。
『マスター! 頭部を見てください! ちょうど今の私がぴったり収まるような空間があいてますよ! これはもしかしてもしかすると! 』
ヘルの興奮は収まるどころかさらに高まっていく。
ヘルの言うように頭部にはあのキモイ宝玉がすっぽりとはまり込むような空間があいている。
もう正直に言おう。これ絶対にこの宝玉に合わせた作りになってるだろ!
なんだよ! だからか! だからこの宝玉はこんなキモイ造形になってるのか!
また分かりやすいことしやがって! このパンロックの野郎が!!
俺は店員に値切りに値切って動甲冑を何とか安く購入した。
『ヤッタ――――――――――――――――――――――!! 』




