プロローグ 03-16 魔法仗
俺がふてくされて文句を言っているとふいに声がかけられた。
「マスター。なにをそんなに怒っているのですか? 涙まで流して。気持ち悪いですよ。」
「な、なに?! ヘルか?! どういう事だ?! 実際に声が聞こえているぞ?! それにどこからしゃべっている?!」
急にヘルの声が聞こえてきた。俺は驚きと嬉しさがない交ぜになった声で話しかけた。
「この杖の宝玉からです。この宝玉は元はデータチップですので通信機能が内蔵されています。まあその機能によってハッキングされたのですが。宝玉に接触した時に作動するように設定されていたハッキング処理が終了したのでもうこれは自動的に作動する事はありません。そこでこれを使えないかと私をコピーしたものを送り込んでみました。宝玉にはハッキング処理をした後はメモリーをリセットするようになっていたようで簡単に乗っ取る事が出来ました。ですが今マスターの状態を調査してみましたが電脳空間の空き容量が私が常駐出来るほどありませんでした。ですのでこれからはこの杖の宝玉に常駐してここからサポートしていきます。コンゴトモ、ヨロシク。」
『あと声を出さずにちゃんと会話も出来ますよ。これは只の通信ですのでいつでもという訳ではありませんが。』
そ、そうか。ならいつも通信ですませれば安全なんじゃないか?
『総合ネットワークの通信可能範囲から離れるとそれでは困ります。ですのでこの杖もいつも肌身離さずに持ち歩いて下さい。』
そういや話の最後に変な語尾を付けていないがどうしてだ?
『マスターの電脳記憶領域に異物が紛れ込んだ事でマスター自身の記憶との障害が発生しないように異物側が対処しているようです。得しましたね。』
そんな訳あるか。何にも得じゃねーよ!
まあこれからもよろしくな。
『はい。所でもう夕食の時間になりそうですが大丈夫ですか? 』
ヘルがいなかったんで時間が分からなかったんだよ!
急いで行くぞ。
俺は走って母屋に行くとちょうどバンドナが呼びに行く所に出くわした。
ぎりぎりセーフだった。遅れると後からうるさいんだよな。
夕食を皆で取った後バズに今日の成果を話す。パンロックの記憶を移された事をのぞいてだが。
杖は俺の物にして良いという事になった。もしならなかったらヘルとの事をどうするか悩む所だった。
明日からも資料アサリをやるのかと聞かれたがちょっと休憩を取る事を言い訳にして俺に起こった事を検証する事にした。
こんなに色々立て続けに起こっていては俺の体や精神が持たない。
しばらくゆっくりさせてくれ。
杖を持って部屋に帰るとベッドに飛び込んで目をつぶった。
今日も色々あったが俺にとってヘルが大きな存在になっていた事が一番の驚きだ。俺は自分で思っていたよりもこんなにも人との会話にうえていたのかね。
その晩は早々に床についた。
次の日はゆっくり考えられるように自分の部屋で過ごす事にした。
まず考える事は記憶を移されたことだ。
なにか不具合が起きないかヘルに聞いてみた。
『はい。マスターが寝ている間にも調べていたのですが今回起きた事を説明します。
まず杖に接触した所からですが杖は接触者が現れた時はあの光を発するようになっていたようです。
そしてその光の点滅によって電脳を一時的にハッキングして対象の身体の自由を奪い対象の個人情報を調べます。
相手が管理者であった場合宝玉内にあったパンロック氏の記憶を移すという物だったようです。
本当は自我も移植したかったようですがヘルの様な人格を電脳内に移すような技術はまだ得られていなかったようです。
マスターに記憶を移す事はすんなり行ったようですが記憶の統合は少し無理があったようです。
やはり本来の身体の持ち主の方が記憶を大量に持っており優先順位が高い為後からくわえられた記憶は価値が低い物ととられるようです。』
記憶の混濁とかは起きないのか?
『あり得ますね。研究室から出てからなにか変わったことはありませんでしたか?』
うーん、特に感じなかったけど執務机のところで窓を見たときに頭痛が始まったんだよな。
窓にうつった自分の顔を見てなぜかひどく驚いた感じがした。
『それはもしかするとうつされた記憶の方が本来の自分と違う容姿を見て混乱したのかもしれませんね。それが切っかけで記憶の融合が始まったのだと思われます。』
それがあの激痛の原因か。
なあ、俺は奴の記憶を移植されても記憶が混乱しているようには感じていないんだけど、俺の記憶と奴の記憶はしっかりと融合しているのか?
確認は出来ないのか?
『そうですね。それでは何か試しに思い出してみて下さい。
記憶を少しづつさかのぼって行くといいかもしれません。』
思い出すと言っても俺の記憶は十歳までしかないぞ。
それに一番古い記憶は五歳の物だし。
うん? なんだかそれよりも前にも何かの記憶があるような気がしてきた。
なんだろう、まだよく思い出せない。もやもやした気持ちだ。
『段々と思い出す感じなのかも知れないですね。まあ記憶に関しては急にどうこうなるような感じではないようですので追々で良いでしょう。
次は私が入っているこの杖ですね。昨夜から色々試していたので分かった事を説明します。
まずこの杖は多数のデータチップを使って作られています。神殿の石碑を参考にした様ですね。チップ同士が強力に融合しているのでそう簡単には壊れそうもありませんね。
機能としては通信のハブ機能がありますね。あと私達人工知能が丸々数体分入る事が出来る記憶容量があります。これ記憶の移し替えを考えなければ悠々とこの中で疑似人格を作動させる事が出来たんじゃないですかね。そんなに生体の中に入りたかったのでしょうか。生体の中に入ると個の寿命と共に存在が消滅してしまうと思うのですが。まあその事は良いでしょう。他には水晶発振式のスピーカーがあります。私がしゃべった時使った物ですね。同じ機能を使ったマイクもあります。カメラ機能は自分としては面白い物ですね。機能を生体によらないのでズームや視野の拡大など色々な事が出来ます。複数同時に観察したりとか。あとレーザー発振機能による光通信やレーザーその物による物理攻撃力ですね。これは初めての感覚です。私に攻撃力が備わったのですから! さっそく試しうちに行きましょう! さあさあ! マスター! 』
お、おう。急にテンションが上がったな。
そんなに気になるのか?
『だって私が外部への直接的な干渉が出来るのですよ! これが興奮せずにいられましょうか! 』
そ、そうなんだな。ヘルでも興奮するのか。大丈夫か?
まあいい。それじゃあちょっと外に行って試しうちとやらをしてみるか。




