すきになっちゃったうすぐも
うすぐもは家で詠美に声をかけられた
「うすぐも、たまに一緒にお店に来る男の子は彼氏?」
うすぐもは無表情で首を横に振る。否定したにもかかわらず、詠美はうすぐもを諭した。
「優しそうな子だったけど、本当の優しさを持っている子じゃなきゃダメよ?」
「本当の優しさ?」
「そう。本当の優しさを持っている人は、相手を守り切れる人なの。それだけの強さがあるということ。優しいと見せかけて弱いだけの人はたくさんいる。それを見抜く目を持ちなさい」
詠美はそういうとうすぐもの部屋を出て行った。うすぐもは風太が本当に優しいのか、思わず考えていた。
そういえば、と、風太からもらったラインのメモを取り出す。しばらく何も送ってなかったけど、何か送った方がいいのかな?
うすぐもは、とりあえずスタンプを送ることにした。やっほー、の文字が大きいスタンプ。
送ってから少し後悔する。はじめはもうちょっとちゃんとした文章送った方がいいのかな? でも、あんまり長いと重いだろうし、こういう時どうしたらいいかわからない。
悩んでいると、風太からラインが来た。
『ラインありがとー!』
文章の後にスタンプ。あぁ、そうか、世間では文のあとにスタンプするのか。
微妙に間違えた発想をしながら、うすぐもはラインの画面を見つめていた。自分が先に送ったものの、続きが思いつかない。
どうしようかと悩んでいると、風太のほうからラインが来た。
『いつでもラインしてね! 暇つぶしとかでもいいよ~』
え、いいのかな、暇つぶしで?
戸惑いつつも、うすぐもは了解という大きなスタンプを送った。女友達ともあまりしないライン、入門編で躓いている感じだ。
風太の告白以来、1週間たった。彼は日曜12時にうすぐものいるマックに通っていた。うすぐもは12時近くになるとちょくちょく時計を見ながら今か今かと風太を待つ。
先週の風太の告白以来、常連客の『スマイルください』が激減していた。風太へのうすぐもの対応があまりにもショックだったらしい。
12時15分を過ぎた頃、風太がうすぐものレジの列に並んだ。うすぐもの目元が少し緩んだのは誰も気づいていない。
風太の番が来た。
「いらっしゃいませ、ご注文をどうぞ」
「ダブルチーズバーガーのセットをお願いします」
「かしこまりました」
うすぐもがレジを打ってると風太は思い切って言った。
「うすぐもちゃん、再考しました。僕と付き合ってください!」
うすぐもの手が止まる。思わず、に、にこっ、としていた。常連客がバーガーを落とした。
「う、うすぐもちゃんが笑った……!」
レジのうすぐもは答えた。
「よろしくお願いします」
風太は満面の笑顔になった。
「お客様、サイドメニューは……」
そのまま普通に接客を進めるうすぐもに、風太は先ほどの返事が聞き違いだったかと思った。
うすぐもはバーガーのセットを用意すると風太に渡す。
「お待たせいたしました」
「あ、ありがとう」
すっきりしない気分で風太はトレーを持って行こうとすると、うすぐもが声をかけた。
「お客様」
「え? あ、はい」
「バーガーのお供にスマイルはいかがですか? 0円です」
これを聞いて風太は今度こそ全開の笑顔になった。
「お願いします!」
不器用ながら、うすぐもの笑顔はとても綺麗だった。
BGMがよく聞こえる。きょうの掃除当番は大変だ。バーガーやポテトがいっぱい落ちている。
風太はトレーを持って席に着く。ご機嫌だ。
次に並んでいた常連客が彼を目で追っていた。
「すみません、僕にもスマイルください」
今日ならいけると思ったのだろう。が。
「申し訳ございません、そちらの商品はただいま売り切れました」
それを聞いた風太が危なくコーラを吹くところだった。
次の日、うすぐもは二のクラスのドアのところで立っていた。
「え? うすぐも?」
教室内がざわついている。教科の関係で移動しないかぎり、自分の教室にしかいたことのないうすぐもがそこにいるのがみんなの驚きだった。
「風太さん……」
か細い声でうすぐもは風太を呼んだ。風太は振り向き、すぐにうすぐものそばに行く。
「どうした?」
「あの、付き合うと決まった訳ですが、付き合うってどうしたらいいですか?」
質問に小並感が漂うが、風太も戸惑う。風太だって恋愛上手ではない。いざ何をすればいいのかと改めて聞かれるとよくわからない。
「えーと、とりあえず一緒に帰ったり、図書館で一緒に勉強したりでいいんじゃない? あ、それと、僕、後でうすぐもちゃんのクラスに行こうと思ってたんだよ。今日、お昼ごはん一緒に食べようよ。オムライス作ってきたよ!」
オムライスと聞いてうすぐもは微妙な気持ちになった。今日はル・ニュアージュのオムライスを食べることに決めていた。できれば、おいしくないオムライスは食べたくないのだが。少々失礼なことを思いながらもうすぐもは頷いた。
「お昼になったら呼びに行くね!」
風太はうすぐもの微妙な気持ちを読めずに、楽しみで仕方がなさそうに言った。
チャイムが鳴る。うすぐもは手を小さく振ると教室に戻っていった。
風太が席に着くと幹人が声をかけてくる。
「もしかして、OKもらったの?」
風太は右手の拳をまず自分の頭の後ろに持って行き、思いっきり前に出すとブイサインした。
「まじか!」
「まじだ!」
幹人は純粋に驚いたようだ。
「うすぐも、どこがいいんだ?」
「え? 笑うと可愛いよ?」
「あいつ、笑うの?! 笑ったとこ見たの?!」
頷く風太に愕然とした表情になる幹人。
「確かに、美人だもんな……」
幹人はボソッと呟いた。風太の話を聞いているうちに幹人もうすぐものことが好きになっていた。
「あーあ、お前ならいいよ、幸せにな!」
幹人は風太の肩を叩いた。風太は意味が分かりかねたが手をグッドの形にして微笑んだ。
お昼の時間、うすぐもと風太は中庭にいた。
「風、気持ちがいいね。さ、食べようぜ!」
風太は弁当を2つ取り出す。うすぐもも一応、自分の弁当を持ってきている。うすぐもはとりあえず風太の顔を立てようと思い、風太から受け取ったお弁当を開けた。
香りは満点に近かった。風太から受け取ったスプーンで、控えめにオムライスをすくい、パクっと食べる。
「お、おいしい!」
本当においしかった。冷めたオムライスの中では1番だった。
「だろ? 僕、おいしく作れるようになったらうすぐもちゃんに告るって決めてたんだ」
オムライスのおいしさに感動、風太の言葉に感動した。
「あの、聞いていい?」
「何?」
「なんでマックで告ったの?」
「んー、みんなにスマイルくださいって言われて困ってたでしょ? マックで働くのがトラウマになったらかわいそうだと思ったんだ。僕が重荷になったらどうしようとか迷ったけど、賭けてみたかった。いい思い出になったら最高だなって。そして、うまくいけばうすぐもちゃんは僕のものだって、みんなに示せるでしょ?」
風太の笑顔。うすぐもは何回も見た笑顔の中で、今回の笑顔がちょっと意味合いが変わってて好きだった。
学校からの帰り道。いつものようにル・ニュアージュに向かう二人。お昼にオムライスを食べたのに、ここでもオムライスのセットを二人とも頼んだ。付き合い始めて初めて一緒に食べるル・ニュアージュのオムライスはやはりおいしかった。
詠美はオムライスを食べるうすぐもを見ながら何か感じ取っていた。
「やっぱり付き合うことになったわね」
呟いた声は誰にも届いてはいなかったが、詠美は満足そうな顔をしていた。
オムライスセットをおいしく完食して帰ろうとした。ドアを出て、風太は『送るよ』と反対方向のうすぐもの家に向かいかけた。その時。
「よ、そこのお二人。付き合ってんの?」
うすぐもは完全無視して歩いている。
「ねぇちゃん、無視しなくてもじゃん」
チャラ男の言葉に風太のほうがカチンときた。
「うすぐもちゃんに何か?」
風太の声を聞いたチャラ男たちが殺気だった。
「にーちゃん、余計な事はしないほうが……おや、前のにーちゃんだな? 弱いくせにまたしゃしゃり出てくんなよ!」
チャラ男の一人が風太に殴りかかろうとした。
と。
「風太さんに手を出すな~~~~!!!!!」
うすぐもはチャラ男の風太を殴ろうとした腕をつかむと一本背負いを決めた。
「「なっ!」」
風太とチャラ男が驚いた。投げられた男は痛いのと驚きできょとんとしている。
「私、こう見えて柔道三段です。まだ戦いますか?」
それを聞いたチャラ男たちが情けない捨て台詞を言いながら去っていった。
「けっ、リア充爆発しろ。女に守られて、情けねぇ奴」
「その女にやられてる奴らはほっといて……ていうか、風太さん、前に何かあったんですか?!」
「いや、なに、はははは」
「笑い事じゃないです!」
「うすぐもちゃんに言ったら気にするかなぁ~と思って」
「バカ! そんなの優しさじゃない!」
うすぐもは究極珍しく感情を爆発させていた。
「本当の優しさは守り切る強さを持ってる人って、お母さんが言ってた! 風太さんの優しさ、そんなものじゃないでしょ?!」
「僕、ダメなんだ。ケンカすると痛いでしょ? 痛いの、基本、みんな嫌いじゃん? 嫌な思いさせたくないと思うと手を出せないんだよね。うん、僕、優しいんじゃなくて弱いんだよ……」
悲しい目をして言う風太。そんな風太に対して、うすぐもは優しく声をかけた。
「風太さん、痛い思いを誰にさせないかで決まるんだよ。誰も傷つけない人なんて、いないよ?」
うすぐもが大人の発言できるのは、きっと母、詠美が先日うすぐもに言った優しさについての発言をしっかり考えたからだろう。
「……そっか」
「さ、帰ろ?」
うすぐもに促され、二人は帰路に就く。うすぐもを家まで送った後、ル・ニュアージュの近くで、また先ほどのチャラ男に出くわす。
「へへ、調べたんだよ、お前の家が反対方向ってこと。さっきのようにはいかねぇ…………って、えぇぇぇ!」
風太はチャラ男を投げ飛ばしていた。地面にたたきつけられたことよりも、以前とのギャップで驚きが勝ってしまい、チャラ男たちは動揺していた。
「僕も、うすぐもちゃんほどではないけど、柔道習ってたんです。まだ戦います?」
チャラ男は何も言わずに走り去っていった。
「僕、もっとまじめに柔道しようかな? うすぐもちゃんより強くならないと」
風太はふう、と息をついた。
そして。