め、女神様!
明菜は詠美を観察するようになっていた。
先日の、明菜が墓穴を掘ったのに優しく対応してくれた一件があって以来、この喫茶店で2番目に嫌いだったはずの詠美が本当はすごい人なんじゃないかと思い始めていた。
相変わらず仕事に対しては熱心とは言えない詠美。しかし、あの仕事熱心なオーナーが人事を任せる人だ、なにかあるのだろう。
ホールスタッフの三井の表情が暗い。
こういう時、明菜は自分がかかわるとかえって悪い方向へ行くのでかかわらないようにしている。
詠美が三井に声をかけた。
「三井ちゃん、あなたの得意なこと頼んでいいかしら?」
「あ、はい、何でしょう?」
「休憩用のお菓子、作ってくれる? あなたのお菓子、私、大好きなの」
「はい!」
お菓子作りと聞いて三井は嬉しそうにカウンターに入った。
あからさまに心配するでもなく気分を変えさせた詠美を、明菜はほんの少し好きになった。
店員に対してのこのような対応をいくつか見ているうちに、明菜は詠美のことが少しずつ好きになり、いつの間にか大好きになっていた。今までなんでこんなにいい部分を見なかったのだろうと自分を恥ずかしく思う明菜だった。
ある日、アイドルタイムに休憩することになった。スタッフはカウンター付近に集まり、三井の作ったちょっとしたお菓子とお茶をつまんでいる。
明菜がいつも通りテーブルを拭いていると、詠美が声をかける。
「明菜ちゃんもお茶にしない?」
明菜は詠美に声をかけられると、自然にほほが緩んだ。
「め……女神が言うのなら」
そう、明菜は崇拝対象とまではいかないものの、女神と呼びたくなるほど詠美を好きになっていた。
ホールにいた店員たちがきょとんとする。三井が思い切って聞いてみた。
「あの……明菜ちゃん、その、女神って?」
詠美も明菜の謎発言にみんなと同じように意味が分からずにいた。
「奥さんのことです」
「は?」
詠美が驚くのも無理はない。今まで、そんなそぶりを全く見せてなかった明菜が急に女神などと言うのだから。
「奥さんの優しさは女神そのものです」
「えっと、似つかわしくないからその呼び方やめて?」
詠美は顔を真っ赤にしていた。
この日から明菜は臆することなく詠美を女神と呼ぶようになった。
きょうは忙しかったのでちょっと遅めのまかないだった。詠美が明菜に聞く。
「明菜ちゃん、スパゲティーのソーセージ、よけた方がいい?お肉、嫌いだったでしょ?」
「女神が入れてくれるなら毒でも食べます」
「だから、女神っていうの、……それと、毒でも食べるは言い過ぎ」
返事した詠美に明菜は続けた。
「大丈夫です。神様も私が奥さんを女神と呼ぶことを望んでます」
「いやいやいや、どこから来るの、その根拠?! どんな宗教よ」
「宗教ではないですよ? 寄付とかはしませんし。ただ、女神のそばにいたいだけなんです」
このやり取りをバイトから帰ってきたうすぐもが聞いていた。……明菜姐さん、どうした? めっちゃ笑顔だし、そもそもなぜお母さんを女神と呼んでいる? 下手なコントより笑えそう。
「うすぐもちゃん、助けて」
あんまり助けてほしい感じでもなさそうに言う詠美。それに対して明菜は。
「大丈夫です。7割本気、3割冗談ですから」
「冗談3割かーい!!!」
独特の節をつけて答える詠美も悪い気はしていないようだ。