うすぐもちゃん、告られる
うすぐもは最近、声をかけられることが増えた。特に学校では男子が星蘭を通じて呼ぶ。
ただ一人、星蘭を通さず、ドアから大声で呼ぶ男子がいた。風太だ。
「うすぐもちゃーん、ちょっといい?」
呼ばれたからには行かなければ、と風太の顔を見ると、とても大きなガーゼを顔に貼っていた。
「風太さん、そのガーゼ、どうしたんですか?」
「え? あ、いや、よそ見しながら歩いてたら電柱に思い切りぶつかってね、ははは……」
電柱にぶつかったぐらいでこんな派手にガーゼを貼るだろうか。疑問に思ったうすぐもだったが、とりあえず納得することにする。
「そんなことより、どう? バイト、慣れた?」
「あなたはテンチョーですか?」
うすぐもの即答に風太は顔をクシャっとさせて笑う。とても優しい笑顔だ。
「今度の日曜日、何時にバイトしてる?」
「? えーと、11時30分から17時までかな」
「じゃ、12時にバーガー買いに行くよ。レジにいるよね?」
「うん、多分」
そこで始業5分前のチャイムが鳴る。
「じゃ、よろしくね!」
これまた笑顔で言うとパタパタと足音を鳴らして隣の教室に戻っていった。うすぐもはなんでわざわざバイトの時間を聞いたのか全く分からず、頭の上にはてなマークいっぱいのせたまま授業を受けることになった。
一方、風太はと言うと、教室に戻った途端、「よっしゃー!!!」とグーにした右手を何度か振った。それを見た幹人はドアのそばにいる風太のところへ行くと、
「なんだ、風太、もしかしてもう告るのか?」
と言いながらあいさつ代わりに腰にけりを入れる。
「おう、今度の日曜日にな!」
「まじか?!」
「マジだ!」
「ぉおおおお!」
盛り上がっている最中に始業のチャイムが鳴り、ほぼ同時に日本史の教師、清水が入ってきた。
「おーい、早く座れ~」
風太と幹人は慌てて席に着いた。風太は教科書を立てると弁当を出した。蓋を開けると黄色い卵が乗っている。幹人がにおいでそれに気づき、メモに走り書きして風太に渡す。
『またオムライス?』
そう、風太は最近、オムライスばかり食べている。毎日、早弁用オムライス、昼食用オムライスを自分で作って持ってくる。さすがに夕食までオムライスだと栄養が偏るかもしれないので母親に作ってもらうが、母もなんでそんなにオムライスばかり作るのか不思議がっていた。
オムライスを食べつつ、先ほど幹人からもらったメモの端に返事を書く。
『うすぐもちゃんがオムライス、大好きなんだ』
オムライス作りはうまくなっていると思う。最初は卵を薄く焼くのが難しく、かつて卵だった黒いものをケチャップを混ぜただけのご飯の上に乗せたものが出来上がった。あれを食べた時の敗北感は忘れられない。ライスを炒めるという芸当に至るまで、相当時間がかかった。なんでル・ニュアージュのオムライスはあんなにおいしいのだろうと不思議で仕方がない。
早弁を食べていると清水先生に気づかれたようだ。
「いい匂いするなー、オムライスかぁ? 一口くれたら許してやるから正直に手ぇ挙げろ?」
生徒たちはくすくすと笑った。恥ずかしいと思いながら、風太は手を挙げる。
清水先生は風太の弁当を覗き込んだ。
「お、旨そう。いただきます!」
風太からスプーンを借りると清水先生は結構大きな一口のオムライスをほおばった。
「旨い! 風太のお母さん、料理上手だな!」
「いえ、これ、僕が作りました」
清水先生は目をパチッと大きく開いて驚いた。
「そうなのか! 今度、僕の分も作ってくれ」
今度はクラス中の生徒が大笑いした。そんな中、風太は心の中でガッツポーズをしていた。
よし、先生が食べておいしいなら、うすぐもちゃんもおいしいって言ってくれるかもしれない。風太は残りのオムライスを平らげた。
日曜日の11時30分。うすぐもはマックのレジに立っていた。
「ビッグマックセットください。あと、スマイル」
いつもの常連が言う。うすぐもは、すでにテンプレート化された言葉を続けた。
「スマイルは1か月前から入荷されてません」
もちろん、表情はピクリともしない。
「え~、そろそろいいじゃん、うすぐもちゃん、笑ってよ」
「入荷されていないので無理です。セットのサイドメニューはどうなさいますか?」
うすぐもの取り付く島もない返事に客は仕方なく注文を進めた。
はぁ、今日もこれを続けるのか。うすぐもはマックの面接を受けたことを後悔し始めていた。
今、注文をしている客の2人後ろに風太が並んだ。うすぐもはその姿を見てちょっとホッとしている自分が不思議だった。
風太の番になる。
「ダブルチーズバーガーのセットください」
「かしこまりました。サイドメニューは……」
「うすぐもちゃん、付き合ってください」
うすぐものレジを打つ手が止まった。
「…………本気ですか?」
店の中が少し静かになった。BGMがよく聞こえる。ささやく声がする。
「うすぐもちゃんが断らない……」
「なんでだ?」
ざわつき始めた中、風太は答えた。
「本気です」
うすぐもは少し戸惑ったあと、こう言った。
「………………再考してください」
「え?」
「ほんとに私でいいのか、考え直してください」
常連客が次々にポテトを落とす。
「こ、断らない!」
愕然とする常連客の中を、優しさの塊の風太はにこりと笑った。
「来週、買いに来た時に言えばいい?」
「はい」
「わかった。きょうはこれで十分です」
風太は帰ろうとする。
「あの!」
うすぐもが声をかける。常連客はうすぐもが自分から声をかけたことに驚き、含んだコーヒーを吹きそうになった。
「ご注文、まだ途中です」