うすぐもの受難
土曜日の午後3時、うすぐもはマクドナルドの面接に来ていた。
面接官は短髪めがね、うすぐものあまり好きじゃない笑顔を浮かべて話しかけてくる。
「薄井雲さん。かわいらしい名前だね! 愛称はうすぐもちゃんかな?」
「ありがとうございます。友達からうすぐもと言われます」
よく言われる言葉を聞き、うすぐもはにこりともせずにお礼を言う。
「……嬉しくないの?」
面接官はなぜかそう聞いてきた。
「何がでしょうか?」
「名前、ほめられて」
うすぐもは無表情で答える。
「私の名前がかわいいかどうかは私の価値観ではないので」
面接官はこめかみを右手の人差し指でポリポリかくと面接をつづけた。いくつか質問をされ、うすぐもは自分なりに丁寧に答えた。
面接官は頭を悩ませた。うーん、受け答えは100点。ただし、笑顔は0点。売り物じゃないとはいえ、うちにはスマイル0円が看板にある。こんな美人が笑ったら絶対に客が増えると思うのだがなぁ……。
「あのさ……笑えない?」
面接官は一応聞いてみた。
「無理して笑う笑顔には全く価値はないと思います」
ばっさりと切るうすぐもの答えに面接官はかえってすがすがしいものを覚えた。
これほど固まっている顔ならかえって面白がって客が増えるかもしれない。どうせ高校生、すぐにやめるかもしれないし、一時的な顧客増やしにはなるかもしれないな……。
「では、今度の水曜あたりに結果を連絡します」
面接官は心の中で採用を決めときながら、一応持ち帰ることにした。
「よろしくお願いします」
うすぐもは一礼すると店を後にした。あーあ、受かったらあの人の下で働くのかー。なんか、嫌だな……。
自分から面接をお願いしておきながら、うすぐもはアルバイトが始まる前から暗い気持ちになっていた。
そして、水曜、うすぐものスマホに面接に合格したとの連絡が来る。うすぐもの受難はこれから始まる。
うすぐものトレーニング期間が始まった。客の少ない時間に呼ばれ、うすぐもはレジに立っていた。
もともと要領よくこなせるうすぐも。レジはすぐに覚えられた。
ただ。
うすぐもは別のことに頭を悩ませていた。
「すみません、スマイルください!」
どちらかというと、客のほうが笑顔でそう言ってくる。完全に茶化している。
「そちらの商品は一か月前から入荷されておりません」
うすぐももその点ではぶれがなかった。
「え~、スマイルって入荷するものじゃないでしょ? ほら、看板にスマイル0円って!」
「あいにく、私のバージョンは入荷がいつになるか分からないです」
本当ににこりともせず、むしろ目が少し釣り目になりながらうすぐもは言った。
客があきらめ普通の注文をしてなんとかこなしたと思うと、次の客はもっとふざけていた。
「いきなりですみません、付き合ってk」
「丁重にお断りします」
初対面で告白とは何事だ。口だけが動くような表情で返事する。うすぐもは腹が立ってきた。先輩から習っていたときはこれほどではなかったが、一人でレジを任された途端、客はうすぐもをからかいだした。これも働く洗礼か。うすぐもはため息をつきながらレジを打っていた。
副店長がうすぐもの様子を見て声をかけてきた。
「薄井さん、キッチン入ろうか」
た、助かる! うすぐもは副店長の後についていく。
「大丈夫? たぶん、これからも、ああいうお客さん来るよ?」
心の中で、え~……、と呟きながら、うすぐもはキッチンの作業をする。
「君のような器用な子がいてくれるのは店としてはありがたいけど、苦痛になってるようだったらちゃんと言わないといけないよ?」
確かに苦痛だった。しかし、苦痛なのは店が悪いわけじゃない。意外と楽天家のうすぐもはしばらく無表情で過ごしていたら客が飽きるだろうと勝手に思っていた。
キッチン作業をしていると、聞きなれた声が聞こえてきた。
「ダブルチーズバーガーのセットください。テイクアウトで」
うすぐもはレジに顔を出したかったが、作業途中だから離れらえない。自分のタイミングの悪さが悲しかった。
大きなガーゼをほほに貼っている風太。うすぐもに会えなくて、残念なような、この顔を見られなくてホッとしたような、どっちつかずの感情を抱えながらダブルチーズバーガーのセットを受け取った。
「あのぅ、きょうは薄井さんはどうされましたか?」
風太をうすぐものファンだと勘違いした店員は適当に話をして風太を帰そうとする。(半分、間違いではないのだが)
会話が聞こえたうすぐもは作業を早く済ませようとする。バーガーをラップに包む作業なのだが、まだ慣れないため、急げば急ぐほど形が崩れそうになる。
「うすぐもちゃん、早くなくていいから丁寧に包むんだよ?」
副店長から言われ、丁寧に包む。風太はその間に帰ってしまった。うすぐもは少し落ち込んだ。風太の顔を見たらちょっと落ち着くかとも思っていたのに。うすぐもは自分が風太の心を許し始めていることにまだ気づいていなかった。