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風太の想い

 風間俊太は今日、恋に落ちた。相手はうすぐもちゃん。あだ名しか知らないその子の顔を思い浮かべてはポヤンとしていた。

 隣のクラスの友達に会いにいったときに、小説を熱心に読んでいるボブの女の子に一目ぼれした。とてもきれいな子だ。ドキドキしながらそのクラスの友達からあだ名だけ聞き出せた。

「風太、どうした? ほほが緩んでいるぞ」

 自分のクラスに戻ると小学校の頃からの友達の浅井幹人が俊太の腰を蹴りながら言う。ちなみに、風太とは風間俊太の真ん中を取って縮めた俊太のあだ名。

 「いや、ははは」

 ポヤポヤした頭で返事がまともにできてない。事情の呑み込めない幹人は薄気味悪い気がして首を傾げながら自分の席に行く。風太は自分の席にすわるとシャーペンをくるくる回しながら

 「うすぐもちゃんって言うんだ……ふふふ」

とほほ笑んでいた。

「目がぱっちりしてたなぁ、なんていう本、読んでたのかなぁ……ふふふ」

 その笑顔は優しさに満ちていた。いや、もともと優しさの塊と言われる風太。初めての恋に落ちている今は生まれてきた中で一番優しい顔をしている。

 斜め前の席にいる幹人に話しかける。

「なぁ、うすぐもちゃんって知ってる?」

 聞かれた幹人は眉毛をピクリとあげる。

「あ? 隣のクラスのか? あいつ、ちっとも笑わなくて不気味だな」

「えー、そうかな……」

 不満そうに風太が言うと、そんなことに気づかず幹人はさらに言う。

「3分空き時間があったら本を読んでる感じ。友達も少ないんじゃない?」

「そーかなー?」

 返事しているときも、風太はポヤンとしている。幹人の言葉の半分は聞けてない。

 まずは友達になれないかな……。

「幹人、うすぐもちゃんのことを知ってるなら紹介してくれ」

「え、まじか」

「まじだ」

 それを聞いた幹人は、うーん、とうなった。

「俺もそんなによく知ってるわけじゃないんだよ。うすぐもの友達を紹介するから、その子から聞いてくれ」

 それを聞くと、風太は机をバン、と叩き、嬉しそうな顔になった。

「よっしゃー!!!」

 風太の声はとても大きく、クラスが一瞬、静かになった。幹人も驚いた。風太にとって、話せる機会ができた、それだけで進展だった。

 一時間目の授業が終わると、二人は隣のクラスへ向かう。

「星蘭! ちょっといいか?」

 その呼びかけに、ピンクの髪の女の子が振り向き、元気にこちらに来る。

「こいつにうすぐもちゃんを紹介してやってくれない?」

 星蘭と呼ばれた女子はそれを聞くとちょっと口をとがらせてこう言った。

「えー……これで何人目だろ……ま、いいけど。」

「え、そんなにモテるの? うすぐもちゃん?」

 幹人が驚いて聞く。

「うん、ほかのクラスの子限定なんだけどね。彼女、美人だからねぇ」

 首を傾けて言う星蘭もなかなかな美人だった。これは好みの問題か。

「うすぐもちゃーん!」

 本から目を上げるとうすぐもは急ぐ風でもなく、風太の前に来た。

「初めまして。風間俊太です。みんなからは風太と呼ばれています」

 うすぐもは表情を少しも変えずにこくりと頷いた。小さな声で「薄井雲です」とだけ言うと黙ってしまう。

 ああ、黙っていても絵になる。きれいだ。風太はここで話を広げればいいものの、うすぐもの顔を見ていたら何も言えなくなった。

「私、本、読みたいんで失礼します」

 うすぐもはあっさりと自分の席に戻っていった。宣言どおり本を読み始めるうすぐも。風太は今日のところはフルネームが知れただけでも満足だった。

 その後、風太は毎日隣のクラスに遊びに行った。前からの友達に話しかけ、そのついでのようにうすぐもに話しかける。

「おはよ、うすぐもちゃん」

「おはようございます……どなたでした?」

「星蘭さんに紹介してもらった風太」

「あぁ……ごめんなさい、星蘭の紹介、いっぱいで誰が誰だかわからなくて」

「そんなに紹介されてるの?」

 こくりと頷くうすぐも。

「名前しか知らないからどの人がなんて名前かわからなくて。それと、自分から話してくれたの、風太さんだけでした。顔、覚えました」

 よ、よっしゃ! 風太は笑顔になった。

「ほかの子たちは紹介されてから来ないの?」

「来ない人とか、来てもまた星蘭ちゃん交えてとか。自分から来たの、風太さんが初めて。ほかの人、何がしたかったのかまったく不明」

 ま、いいですけど。とうすぐもはそれだけ言うと黙る。

「ね、毎日、声かけに来てもいいのかな?」

 風太は少し不安げに聞く。

「あ、はい。どうぞ」

 表情を変えることなく答えるうすぐも。風太は、ぱぁぁぁぁ! っと顔が明るくなった。

「じゃ、またくるね!」

 きょうはこれで十分! 顔を覚えてもらった。僕、進歩してるじゃん! 風太は浮かれていた。


 それから毎日、うすぐもの教室に通う風太。うすぐもは相変わらず無表情だったが、ポツポツと自分のことを話してくれるようになった。

 お父さんが近所の喫茶店のオーナーだと聞いた。風太は頭の中で地図を浮かべた。いくつかある中で、気になった店がある。……店名の意味を調べたらもしかしたらわかるかも。

 フランス語の店があった。ル・ニュアージュ。電子辞書を開いてスペルを入れてみる。意味は『雲』……薄井雲。ビンゴだ。偶然に全然知らない人が何の由来もなしに雲という店名にはしないだろう。

 その日、風太は放課後にル・ニュアージュに行ってみた。きっと、うすぐもちゃんが……。

 まさに、うすぐもはその店でオムライスセットをほお張っていた。

「いたぁ!」

 風太は思わず叫んでいた。自動ドアのほうを向いたうすぐもは無表情だったものの、内心かなり驚いていた。えっと、いたって、私のこと? 一応、知り合いが来たのでうすぐもは頭を下げた。

「あ、あの!」

 風太は大チャンスだと思っていた。

「うすぐもちゃん、相席していいですか?!」

 内心ドギマギしながら、うすぐもは小さく頷いた。

「お、オムライス、好きなの?」

「う、うん、ここのオムライスが好きなの」

 風太はうすぐもと出会えたことに対して、うすぐもは見つけられたことに対して緊張していた。そこに、店員がお冷とおしぼりを風太の前に置く。

「すみません、僕もこのオムライスセットください」

「かしこまりました。しばしお待ちください」

 風太は店員さんに笑顔でぺこりと頭を下げる。うすぐもはこんな風太の態度に好感を持った。店にいると、お客さんで横柄な態度をとる人をよく見かけてた。下手すると客なんだから何でも許されるというようなことをする人も。風太からはそんな雰囲気は一切感じず、むしろ店員さんに感謝していると感じられた。

「あ、どうぞ続けて食べててください」

 風太は笑顔で言う。……この人、ほんとに笑顔しか見たことがない。まだ出会ってそれほど経ってないけど。うすぐもは風太にちょっと心を許し始めていた。

 うすぐもちゃん、オムライス好きなのか。そうだ、お弁当に特製オムライスを作って食べてもらおう! 風太は勝手に決めた。

 風太の分のオムライスセットが運ばれてきた。いい香りがする。とろとろの卵にかかったケチャップ、見るからにおいしそうだ。

「いただきますっ!」

 風太はスプーンを取ると大胆にすくい、口いっぱいにほお張る。ハフハフ言いながら食べ、飲み込むと、大きな声で言った。

「うまい!」

 その一言を聞いたうすぐもは少し口元を緩ませた。とても珍しいことなのは風太は知らない。

 うすぐもは先に食べ終わったが、風太が食べ終えるのを待っていた。特に何かを話すをわけでもなかったが、おいしそうにオムライスを食べる風太を見ていると心が暖かくなった。

 風太は食べ終えるとうすぐもに聞いた。

「うすぐもちゃん、ラインしてる?」

「うん」

 うすぐもの返事を聞いた風太はメモ帳に自分のIDを書いた。

「良かったら登録してよ! 無理にとは言わない。嫌だったら捨ててくれていいから」

 うすぐもはメモを受け取ると、カバンにしまった。

 風太が財布を出したのを見るとうすぐももスマホを取り出す。二人はそれぞれの伝票を持ってレジに向かった。

「え、うすぐもちゃん、払うの?」

「うん、どうして?」

「ここ……お父さんのお店じゃないの?」

「そうだけど……」

「自分で払うの?」

「お母さんが払うようにって。店員価格だけどね。ここでオムライス食べたいから、明日、マックの面接受けてくる。お小遣いじゃ足りないから」

 うすぐもは言わなくてもいい情報まで言う。まだ誰にもバイトのことは言ってなかった。 

「そっか。じゃ、面接受かったらマックに食べに行くよ!」

 うすぐもはなんとなく嬉しかった。相変わらず顔には出さなかったが。

 二人は店を出ると、家が反対方向だったため、店のドアの前で別れの挨拶をする。風太は元気よく手を振り、うすぐもは胸の前で手を振る。

 風太はうすぐもが角を曲がるまで見送ろうと、後姿を見ていると、そのうすぐもの後ろを距離を保ってついていくチャラ男数人がいることに気づいた。……何となく嫌な予感がする。

 風太はチャラ男たちの後をゆっくりついていく。

「いいじゃん、あの子」

 リーダー格らしき男が言う。

「声かけてみる?」

 仲間が不気味な笑みを浮かべて言う。

 うすぐもちゃんの危機だ! 助けないと!

「あのー、そこのお兄さんたち?」

「あ? なんだ、おら」

 風太は雰囲気が悪くならないように笑顔で言った。

「その子のお父さん、めっちゃ怖いですよ~……」

 チャラ男たちは風太の笑顔を見ながらうざそうにしていた。

「なんだ? なにが言いたいんや、兄ちゃん」

 男たちはゆっくりと、柄悪い歩き方をしながら風太に近づく。

「え? 言葉そのままですよ?」

 笑顔を崩さずに風太は言うが、ちょっと怖いと感じていた。それを感じ取ったリーダー格は風太をにらみつけると低い声で言う。

「へ~、で? お前はどうなんだよ?」

「ど、どうって…………」

 場所が悪かった。人通りの少ない道。電灯も少ない。

「強いのかぁぁぁぁぁ!!!」

 リーダー格はそう叫ぶと風太の顔を指輪をした手でいきなり殴った。かなりの激痛が顔に走る。だが、風太は抵抗できなかった。ほかのチャラ男たちも風太を蹴飛ばしたり殴ったりする。フルボッコにされ、抵抗せず地面に丸くなっているとチャラ男たちは飽きたのか去っていく。

「ちぇっ、さっきのねぇちゃん、いなくなっちゃったじゃん」

 よ、よかった、うすぐもちゃんは守れた……。

 風太はいろんなところの痛みを我慢しながら自宅に向かう。頬に違和感を感じて手で触ると、血が出ていた。とりあえず、ハンカチを当てておく。

「あーあ、かーさんになんて言えばいいかな、この傷」

 重い体を引きずるように歩いて家まで帰る。薬箱を勝手に探っているとそこへ来た母にギャ~!! と言われてしまう。鏡で見たら結構大きな傷になっていた。

 母は風太のほほを消毒し、ガーゼに薬を売るとそれをサージカルテープで張り付けた。

「何したの!」

「女を守ったの!」

 風太の思い切った即答に母は驚いたが、「えらい!」と肩をたたいて称えた。叩かれた肩の痛いことったら……。

 風太は自分の部屋に向かい、着替える。姿見に映った自分の体、そこら中に青あざがあった。

 うすぐもちゃんがケガするより、僕が傷だらけのほうがいいや。

 体を曲げるだけで痛みは走ったが、うすぐもを守れた満足感が勝っていた

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