たくさんの神が夢見た世界
キン、とした痛みが頭に響いた。いやに体が重いし、沼の底を這いずっているような感覚。もしかして死んだのだろうか。
慧斗は最後に見た景色を思い出そうとして、重たい瞼をゆっくりと開けた。
「起きたのね、よかった。」
想像以上の光が目に飛び込むのと同時に、優しくて気高い声が耳を柔らかく撫でた。
目に映ったのは先ほどのきれいな髪の毛の美女だった。
顔立ちも大人びていて、芯の強さが感じられる。年齢は自分よりも少し上だろうか。
「えと……助けてくれ、て、ありがとう…。」
体調のこともあるが、このような美人を目の前にすると思わず噛みそうになってしまう。
「いいえ、気にしなくて大丈夫よ。」
彼女は研ぎ澄まされたような瞳で、しかし口元に少し笑みを浮かべてそう言った。
助けてくれはしたが、心は開かれていないらしい。やりにくい雰囲気だ。
とはいえ、今は二人しかいない。思い切って会話をしてみることにした。
「あ、オレは辰巳 慧斗。君の名前も聞いていいかな。」
あまりこのような自己紹介をする機会も少ないから、思わず声が上ずる。
それだけでなく女性と会話する緊張なのか、手汗までかいてくる始末だ。
そもそも返事をしてもらえるのか、とドギマギしながら待っていると、
「私はシャノン。ケイト、よろしく。」
「あ、ああ、シャノン。よろしく。」
さも当たり前かのように名前を返されて、先ほどまでの鋭さも少し和らいだ気がして、一気に肩の力が抜けてしまった。いや、まだ起き上がってもいないのだが。
改めて周りを見ると、ここは原っぱのようだった。日の光が差し込み、周りには色とりどりの花が咲いていて何となくいい匂いもする。
しかし、あの獣たちはもういないし、何ならコンクールの会場付近にこんな原っぱはあっただろうか。どれだけ移動したのだろう。どれだけの時間が―――
急に目が覚めて、思い切り起き上がると頭痛で倒れそうになった。
「ちょ、ちょっとシャノン。ここはどこ?ていうか、今何時!?」
頭を押さえながら矢継ぎ早にシャノンに質問を投げかける。
シャノンは急に起き上がった慧斗を見て、目を少し見開いているが質問には答えてくれた。
「ここはアクア・アウラという私が住む街のはずれ。今は、あなたが眠ってから半日ほど経ったかしら。」
アクア・アウラ。聞いたことのない地名だし、外国だろうか。でも外国にたった半日で、しかも気絶している人間を連れていけるとはとうてい思えなかった。
シャノンはふぅ、と一息漏らすと呆けている慧斗に向かって
「少し、思い出してみましょうか。」
と優しく声をかけた。
その日、慧斗はピアノのコンクールに出場する予定だった。
国内の小さなコンクールではあるものの、著名な音楽家も審査員として参加するふれこみで慧斗にとっては将来の足掛けとなる舞台でもあった。
「うおぉぉ、興奮する……!」
いつになく燃える慧斗は、同じくピアノを共に習ってきた幼馴染の鈴原 天音と共に控室に座っていた。天音は慧斗と比べてもピアノが上手くて、器量よしでちょっと臆病で人見知りの妹みたいな存在だった。
「おじさんとおばさん、来れなくて残念だったね。慧斗の晴れ舞台なのに。」
「まぁうちの両親は海外赴任してるしなー、審査員と天音が聞いてくれたらそれでいいわ。」
「そう、それであの場所に一人でいたってわけね。」
シャノンは妙に納得した面持ちでこちらを見据えた。静かな風に彼女の金色が揺れている。
「シャノン、教えてほしいんだ。あれはなんだったんだ?」
「そうね、ここに連れてきたからには教えるつもりなんだけど……」
だけど?何があるんだろう。と思った瞬間に慧斗の上に一人の美少女が覆いかぶさるようにして落ちてきた。ゴンっと鈍い音が響く。シャノンは目を見開いて口を覆っていて、落ちてきた少女はなぜか勝ち誇っている。
「お前がケイトか?続きについてはあたしが話そう!」
少女は偉そうに、自信満々に慧斗を敷いた状態でそう言った。
シャノンが口を開く。
「マリン。その状態だと、ケイトも聞けないと思う。」
押しつぶされた慧斗をきょとんとした瞳でマリンと呼ばれた少女が見た。
「じゃあ話すぞ。ちょっと長いけど、ちゃんと覚えろよ。」
マリンが言うには、この世界はいわゆる魔界と呼ばれる世界ということらしい。
慧斗は天界と魔界の抗争に巻き込まれて怪我をしたため魔界に連れてこられて治療を施された、ということだった。
しかしこの話にはおかしな点があるそうで、本来であれば天界と魔界の抗争に人間は干渉されないということなのだ。干渉されている時点で