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バレンタイン  作者: 麻酔
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バレンタイン・アフターデイ(裏)

 十府木綿は家庭科室を出たあと、ちゆりから預かったチーズケーキ(ホール×2)の包みを手にグラウンドに向かった。グラウンドでは、複数の部活が活動しており、木綿はその中からサッカー部を探して、続けて鳥片しいちの姿を探す。

「お、いたいた」

 タイミングが良かったらしく、しいちはサッカーコートの脇にあるベンチで休憩を取っていた。木綿は早足でしいちの元へ駆け寄った。

「よっす、おつかれ」

 手を上げて声を掛ける。

「──っ、木綿? なんでここに?」

 木綿の姿を認めたしいちは、飲んでいたドリンクボトルから口を離して驚く。

「ちゆりからコレ頼まれてな」

 木綿は持っていたチーズケーキの包みを掲げて示してからしいちに渡した。

「ん? なんだ?」

 受け取りながら、首を傾げるしいち。

「昨日のお礼、だってさ」

「昨日…………あぁ、あれか」

 しいちは何か嫌なことでも思い出したように少し不機嫌そうな顔をした。木綿は、しいちがそんな顔をする理由を知っている。

「……なぁ、しいち。そのことで話したいんだけど、帰り、時間あるか?」

 そう言うと、しいちは不機嫌そうな顔を怪訝な表情に変えて木綿を見上げた。

 賢しい彼のことだ。木綿は、しいちがそれだけの台詞で察してくれるのを確信して待った。そうして案の定、木綿を数秒見つめたあと、何か府に落ちた様子で、なるほどな、と小さく呟やいた。

「……部活が終わったら正門のとこでいいか?」

「ん、サンキュ。じゃ、あとでな」

 木綿は、しいちが頷くのを見ながら踵を返し、体育館──バドミントン部に戻った。




 正門で落ち合った二人は、近くのファストフード店に入った。部活のあとと言うこともあり、空腹だった二人は、注文したハンバーガーを食べ終えてから話すことにした。そうして、トレイに包み紙や空の紙が残ったところで。

「……因みにこの件、ちゆりから話をしたのか?」

 しいちが、そう、話の口火を切った。

 どうやら自発的に本人が話をしたのかどうかが気になっていたらしい。その疑問を受けた木綿は、それもそうか、と思った。

 しいちはその場を目撃して止めに入った当事者だ。ちゆりがその絡まれたことに関して『相談』した相手が現場に居たしいちではなく木綿に相談──話したとなれば複雑な気持ちにもなろう。

 木綿は首を振って答えた。

「いや、料理部でやつこがちゆりに『バレンタインはどうだった?』って聞いたから、ちゆりがその答えに『因縁ふっかけられた』って答えてな。二人でどういうことか詰め寄ったら話してくれた」

「……なるほど」

 経緯を聞いたしいちは納得したように頷いた。因みにしいちは──というか、しいちを含めたトランプ仲間は、木綿がときどき妹に呼ばれて料理部に行っていることを知っている。

「それで、昨日のことがどうかしたか?」

「ん、いや、どうかしたというか……。話を聞いた妹が変な予感を持っちまってさ」

「変な予感?」

「予感っていうか懸念、なんだけどな。その、ちゆりに絡んだ連中がさ、ちゆりをいじめるんじゃないかって」

 木綿が言うと、しいちは疑うように眉間にシワを寄せた。

「……まさか」

「って、俺も思ったけど、やつこがあまりにも心配そうにするからさ……気になってよ」

 考えてみれば有り得なくもない。

 やつこの予想通り、木綿たちの中にその子たちがチョコを渡したかった──でも渡せなかった──相手がいたとして。それがもししいちだったら……。気に入らない相手が目の前でしいちに助けられた、それを目の当たりにした彼女らが、その悔しさ……羨ましさが引き金になってそういう行動に出る……その可能性がないとは言い切れない。

「そんなに気にしてたのか、やっこちゃんは」

「うん。チーズケーキを食べる意欲がなくなるくらいには」

「そうか……」

「んで、念のため、なんか対策みたいなものしといた方がいいんじゃないかって思うんだけど」

「そうだな……」

 しいちはそう呟いて、考えるように沈黙した。しばらくそうしたあと。

「……この話……生垣たちにも話した方がいいかもしれない」

 気付いたようにしいちが言う。

「へ? ……あー、あぁ、だな」

 今回の件は、(やつこの予想だが)バレンタインデーにちゆりから、木綿たちがチョコを貰ったことが起因しているらしいのだから、チョコを貰った彼らにも話を聞いてもらうのは道理なのかもしれない。

「生垣たちにメールして、明日の朝に集まってもらうか」

「そうなると、場所は教室じゃない方がいいかもな。ちゆりもたまーに早く来るときあるから」

「そうだな。それじゃあ、場所と時間決めたら俺が連絡するから」

「オッケー、んじゃー連絡係よろしく」

 話が一段落ついたところで。

「そいやお前チーズケーキどうしたん?」

 しいちがスポーツバッグ以外、何も持ってないことに気付いた。

「あぁ、チーズケーキなら部のみんなで分けて食べたよ。丁寧にサッカー部部員の人数分にカットされてた」

「は……? なんであいつがサッカー部の人数知ってんの」

「今日の朝、メールで聞かれたから教えたんだ」

「なんとまぁ、気の利いたことで……」

「それだけに俺はちゆりのあの男前な性格と言動が残念でならない」

「お前もか」

 実は、木綿もそう思っていた。

 黙っておれば、普通の女の子なのに男前な性格とそれに伴う言動が、それを粉砕する。

「……小さい頃からあんななのかな」

 ふと、木綿は言を落とす。

「どうだろうかな……もしかすると、憧れている人を真似ているってこともある…………あ」

 しいちが語尾で何か気付いたように声を上げた。と、同時に木綿も頭の中に思い当たる人物の顔が浮かんだ。

「あの人か……」

「あの人だ……」

 それぞれ呟いて、それぞれ顔を伏せた。

 その人物は、ちゆりが憧れるのも無理はない人物。女子ながら正義感が強く、それを貫く姿勢も強い。しかして反面、己に非を認めたときの姿勢も潔く、まるで武士のような人物なのである。男ですらその在り方に憧憬を覚えるのだから、ちゆりに対してそれをどうのこうのとは言えない。

「まぁ、あの人もあの人でキャラ確立してるし……」

「ちゆりの男前もキャラの内、かな……」

 話の落としどころを「しょうがない」ものとして、話を終えた二人は、食べ終えた後のトレイを片付けるとファストフード店を出てその場で別れ、それぞれの帰路に就いた。

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