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バレンタイン  作者: 麻酔
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バレンタイン・アフターデイ

 「ちゆりちゃん、昨日のバレンタインデーはどうだったの?」

 横から唐突に。

 そんな質問が豆鉄砲の豆の如く飛んできた。鳩が豆鉄砲をくらったよう、とは今の私のことを指すのだろう。鳩の気分を味わったのは初めてだぜ。

 まぁ。

 今はチーズケーキを味わってるんだけどな。

 というのも、私たちの現在位置は家庭科室。

 味わっているチーズケーキは私の隣にいる一学年下の友達──十府やつこ(私はやっこちゃんと呼んでいる)と共に焼いたものである。因みにやっこちゃんは料理部で、今日は彼女に呼ばれて料理部の手伝いに来たのだった。

 その日のメニューがデザート系のときに呼んでくれるんだよね。その辺り、私のこと分かってくれてるよな、やっこちゃんは。

 彼女に感謝しながら、聞かれたことに答える。

「んー……と、チョコをあげたら──あー……、そいや因縁ふっかけられたな」

 昨日のことを思い出しながら答えつつ、チーズケーキを口に運ぶ。うん。うまひ。

「えっ、ちょっ、どーいうことなの、お兄ちゃん!」

 私の答えを聞いたやっこちゃんが対面に座っていた兄に向かって叫び、

「えっ、ちょっ、どーいうことだよ、ちゆり!」

 と、その兄(私のクラスメイト。名は十府木綿)が私に向かって叫んだ。

 ん。さすが兄妹、息の合ったことで。

 私は感心しながらチーズケーキを堪能する。

 ……て言うかさぁ。

「なんでお前がいるんだよ」

 私はじろりと木綿を見た。

 バドミントン部のエースだろ、お前。

 エースがこんなところで油売ってていいのかよ。

 チーズケーキ堪能してていいのかよ。

「うっ、そ、そんな睨むなよ。やつこが今日は部活でデザート作るって言うから」

「言うから?」

「……っ、たっ、食べに来てやったんだ!」

「なんで上からの物言いなんだ」

 開き直りやがって。

 まぁ、いいけどよ。

「そんなことよりお兄ちゃん! 因縁ふっかけたってどういうこと!?」

 やっこちゃんがテーブルから身を乗り出して兄を問い質す。

「ふっかけてねーよ! つか、俺ら普通にありがたく受け取ったつーの! ちゆり、お前ちょっとちゃんと説明しろよ!」

 言いながら、木綿が私を見るのに倣って、やっこちゃんも私を見る。私は両サイドから責められる形になった。

 ……ははは、さすが兄妹、怒っても顔そっくりなのなー。

「んー……とな、昨日──」

 詰め寄る兄妹に、昨日の出来事を話した。

「なにそれ」

「なにそれ」

 兄妹二人は同時に言って、揃って怪訝な表情になった。

「私もよく分からないんだよな……。彼女らが何をしたかったのか……」

 ただ。

 ただ、嫌な予感だけはするんだよな……。

 彼女の目に見たあの感情は羨望……もしくは嫉妬だろうし。それに私をどついただけで気が晴れるような感じじゃなかったしな。

 つか。

 むしろ悪化した気がする。

「……もしかして」

 ふと、何か思い付いたようにやっこちゃんが言う。

「もしかして、チョコを渡せなかった腹いせとかだったりして」

 やっこちゃんが兄と私と交互に見た。

「うん? どゆこと?」

 木綿が首を傾げる。

 私も頭上にはてなを浮かべた。

「ちゆりちゃんがチョコをあげたお兄ちゃん達の中に、その人が渡したくても渡せなかった相手がいたのかもって」

 ははぁ。なるほど。

 逆恨みってやつか。

 ……でもなぁ。

「それならなんで私なんだ? 木綿たちにチョコあげた子なんて、不特定多数、たくさんいるはずなのに」

 私に目をつけた理由が分からん。

「ちゆりちゃんに限定する理由か……」

「ちゆりに限定する理由……」

 両サイド、兄妹揃って黙り込む二人。

 ……やべ、考え込ませてしまった。

「あー……、えーっとな、多分、そんなにマジに考えるような理由じゃな……」

「あ。分かった」

 ぱっと顔を上げてやっこちゃんが私を見る。

 えっ、なに?

「ちゆりちゃんだけが、お兄ちゃんたちと距離が近いから、なのかも」

「はい?」

 それは……どういうことなん?

「だからさ、ちゆりちゃんがお兄ちゃんたちと仲が良いから嫉妬してつっかかってきたんじゃないかなーって」

 えぇー……?

 まさか、そんな理由でぇ?

「女の子の考えることが分からない……」

「いや、お前も女の子だろ」

 呟いたら即行で木綿につっこまれた。

 いやさ。

 同じ女の子としても分かんないのよ。

 そんなことで嫉妬する気持ちがさぁ。

 だってさ、ただのトランプ仲間だぜ?

 普通、仲間とか友達とかに嫉妬するか?

 んー……──あ。

 なるほど。

 これが価値観の違いってやつか。

 野郎五人と一緒に遊ぶのが私にとっては普通でも、あの因縁つけてきた子にとっては嫉妬するほど羨ましいことだってことか。

 こと、その視点が『恋愛』である場合。

 色恋沙汰、私は嫌いなんだけどな。

「…………」

 うわぁ。

 面倒くさい展開になりそうだなぁ。

「…………ちゆりちゃん、あたし、嫌な予感がするんだけど」

 うん? 嫌な予感?

「めんどくさそう、じゃなくて?」

「うん……めんどくさそうっていうのもあるけど……その、いじめられたりとかされないかなって」

 いじめぇー?

「いや、やっこちゃん、それは考えすぎだって」

「そうそう、やつこ考えすぎ。こいつ、いじめられるようなタマじゃねぇって」

 おい、それは言い過ぎでないかい?

「何もなければいいんだけど……」

 尚も心配そうにするやっこちゃん。

 あぁ、まずい。やっこちゃんの心配性が発揮されてしまう。

「だ、大丈夫だって。ほら、やっこちゃん、チーズケーキ早く食べないと部活時間、終わるよ」

「うん……」

 私が皿を寄せて促すと、やっこちゃんは気のない動きでフォークをチーズケーキに向けた。

「じゃ、俺も部活に戻ろうかな」

 いつの間にか己の分のチーズケーキを平らげていた木綿が立ち上がる。

「あ、ちょっと待って」

 私は慌てて木綿を引き留める。

「ん? なに?」

「部活に戻るついでにコレ、しいちのとこに持ってって欲しいんだけどさ」私は風呂敷に包んだチーズケーキ(ワンホール)を木綿に渡す。「んで、昨日のお礼だって伝えてもらっていいか?」

「あー、なるほど。おけ、分かった」

「お兄ちゃん、途中でつまみ食いしないでよ」

「しねぇよ!」

 妹の念押しに兄が即座に否定する。

 仲の良い兄妹だよなぁ。

「ったく、俺そんなに食い意地はってねぇっつーの」

 ……いや。

 ここに食べに来てる時点で立派に食い意地のはったキャラは確立しているぞ。

 そう思ったものの、口にはしなかった。

「じゃあな」

 木綿が軽く手を上げて別れを告げて、家庭科室を出る。

「おう」

「またあとでね、お兄ちゃん」

 私も手を上げて応じ、やっこちゃんも手を振って木綿を見送った。

「さて、と。残りは半分ずつ持ち帰ろうか」

 私はチーズケーキを食べることを再開したやっこちゃんがこくこくと頷くのを見てから、手早くチーズケーキを包んだ。

 それからは使った食器を片付け、料理部部員であるやっこちゃんの本日の活動内容記録の記入を手伝ってから、私は家庭科室をあとにした。




「ちゆり……」

 校門を出る際、後ろから声を掛けられた。

「おう、甘ちゃん」

 振り返ると、柔らかい笑みを浮かべた甘ちゃんの顔があった。どうやら帰るタイミングが被ったらしい。

「今帰り……?」

「うん」

 頷いて答える私に、甘は少しだけ顔を寄せて、すん、と鼻を鳴らした。

「甘い匂いがする……」

「ん? あぁ、今日はやっこちゃんに呼ばれて料理部でチーズケーキ作ったから」

 やべぇな、制服に匂い付いちゃってんのか。

 家帰ったらファブっとこ。

 あ、そだ。

「甘ちゃん、チーズケーキ大丈夫だっけ?」

「うん……? 大丈夫だけど……」

「じゃあこれ、お裾分け」

 私はチーズケーキの包みを甘の前に出した。

 甘はきょとんとした顔で受け取る。

「いいの……?」

「おう」

 今日はやっこちゃんに呼ばれたから読書部休んじまったしなー。ちょっと後ろ暗かったし、詫びってことで。

「ありがとう……」

 甘は礼を言って、チーズケーキの包みを大事そうにカバンに入れた。

「………………」

 甘ちゃんって時々天然を出すよなぁ。

 それ、チーズケーキじゃなかったら形状崩壊必須だぞ……?

 まぁ、甘ちゃんらしくていいけどさ……。

 今度あげるときはコンビニ袋でも用意しとこう……。

「じゃー、甘ちゃん。また明日な」

「うん……また明日……」

 軽く手を上げてお互いに別れの挨拶を交わしてから、それぞれの家路へと足を向けた。

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