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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第八話 これからの事 

 「今後の事だがな……」


 朝食を終え、男がセディルとセディナにこれからの話をする。


 「お前達は、ただの流れ者の子供で、行く当てのなかった孤児という事にする。それなら別に珍しくもない事だからな」


 この世界も決して楽園ではなく、貧困や災害に苦しむ民衆は何処にでもいる。

 生活苦から口減らしに子供が森に捨てられる、などという話も普通に聞かれるのだ。

 男はセディルとセディナもそうした子供達として扱い、偶然自分が見つけて育てる事にした、というシナリオを世間への説明の為に用意する事にしたのだ。


 「まあ実際その通りですから、それで良いですよ」


 セディルも男に同意する。

 自分達の身元を証明する術がない以上、そのシナリオで押し通すしかない。


 「俺はこの別荘の管理人として、クレイム伯爵に雇われている」


 男の立場は、あくまでもこの館の管理人。セディルの弟子入りを許したとはいえ、優先すべき仕事があるのだろうと、セディルは聞き入る。


 「だが、特にやる仕事は無い。館の掃除や修繕は、定期的に伯爵家の使用人や職人達がやって来てやって行く。食料や生活必需品も、伯爵家に出入りしている商人が運んで来る。俺がやるのは、自分が使った分の部屋や厨房、風呂や便所の掃除くらいだ」


 しかし実態は違うようだ。

 男はこの館にただ住んでいるだけで、具体的な管理は何もしていないらしい。


 「盗賊や山賊連中が偶に来る事もあったが、そいつらの始末が仕事と言えば仕事だったな」


 森の中に立つ一軒家で貴族の別荘ともなれば、無法者達にとっては略奪の標的になりうる。彼は、この館の番人も務めているのだ。


 「もしかして、そのお気の毒な人達は?」

 「邪魔だったから、森に捨てた」


 そしてそんな事を企んだ浅はかな連中は、全員森の中で獣の餌になったらしい。

 当然と言えば、当然の結末だろう。


 「ねえ師匠、ひょっとしてあの熊が僕達を襲おうとしたのって、人の血肉の味を知っていたからじゃないの?」

 「そうかも知れんな」


 別荘の管理人と称する男は、悪びれる様子もなくあっさりとそう言った。

 普通、臆病な熊は滅多に人を食べる為に襲ったりはしないものだが、この辺の獣達は、人肉を喰い慣れていたのだ。


 「厄介な自宅警備員なんだね、師匠って」

 「何だ、自宅警備員とは?」


 聞き慣れない言葉を耳にし、男が訊き返す。


 「ううん、何でもないよ」


 すまし顔でセディルは、首を横に振った。その正確な意味を彼に知られるべきではない、と思ったからだ。


 「……セディル、弟子にすると言った以上、お前はここに置いてやる。だがな、お前は兎も角として、俺は『女の子』を育てる事は出来ん」


 男が視線をセディルから、セディナに移す。

 いきなり男から鋭い視線を向けられ、セディナはビクッと身を震わせて兄にしがみ付く。


 「それじゃあ、セディナはどうするんですか?」


 本物の忍者に弟子入り出来たのは嬉しいが、妹を放逐されるのでは再考するしかない。セディルの表情が、少し強張る。


 「お前の妹は、知り合いに預ける」


 それでも男は、女の子であるセディナを引き取る事をキッパリと拒絶した。


 「俺の昔の仲間で、冒険者を引退した後に大富豪の商人と結婚して、その奥方に納まった女がいる。あいつなら信用出来るし、お前の妹も不当に扱われたりはしないだろう」


 男がセディナを預ける先として提示したのは、引退したかつての仲間の元へであった。

 彼らが冒険者パーティを解散してから随分と時が流れているようだが、その女性とは今でも付き合いがあるのかも知れない。


 「お兄ちゃん、セディナお兄ちゃんと離れたくないよ、一緒にいたいよ……」


 妹が涙目でセディルに抱き付く。

 生まれの事情でセディルが兄であり父親代わりだったセディナは、兄と引き離されると聞き、恐怖と不安で震えていた。


 「うん、僕もセディナと離れるのは辛いよ。でもね、今の僕達は子供だから、保護者には逆らえないんだ」


 保護者だった母親から見捨てられ、逃げ出さざるを得なかったが、少なくともこの男は彼らの身の振り方を考えてくれている。

 今の時点ではこちらから何も返す事が出来ない以上、その意向に背く訳にも行かない。


 「師匠、その人は本当に信用出来る人なんですよね?」

 「そうでなければ、俺も女の子を預けようとは思わん」


 セディルの懸念を払拭するかのように、男は力強く断言した。

 余程に、信用の実績がある仲間なのだろう。

 師匠からそう断言された以上、弟子となったセディルに逆らう事は出来ない。


 「判りました。セディナはその人に預けます。でも、出来れば直接その人に会って、妹の事をお願いしたいんですけど……」


 それでも、妹を預ける相手の事を直接見て置きたかったセディルは、男にそう願ってみた。


 「それは難しいな、そいつの暮らしている場所は、隣国のロルドニアの王都だ。この時期なら、ちょうど近くの街にそいつの旦那が経営する商家の交易商隊が、品物の仕入れにやって来る。その隊に俺の手紙と一緒に、お前の妹を預ける」


 その商隊なら、男とも何度か遣り取りを行っており、確実に相手の彼女に話が通る実績があるとの事だった。


 「そうですか」


 ここから隣国の都までは、結構な距離がある。大人でも、徒歩で一月近くは掛かるだろう。

 今のセディルがその人と会う事は、どう考えても無理なのだった。


 「街には、明日の朝出発する。今日は、その為の準備を手伝って貰うぞ」

 「はい、師匠」


 妹との別れは辛いが、この世界の街を見られるのは嬉しいというセディルは、セディナを抱き締めて落ち着かせつつ、ささやかな旅路に想いを馳せた。

 それからセディルは、昨日男が狩り殺した熊肉の処理を手伝う事になった。

 解体したのは二メートル半もある大熊だったので、肉の量も多く、三百キロ以上はありそうだ。


 「こんなに一人で食べ切れるんですか、師匠?」

 「余るようなら、街の肉屋にでも売るさ」


 そう言いつつ、男は肉切り包丁で熊肉を手頃な大きさに捌いて行く。

 一人暮らしの男が食べるには、いくら一般魔法で保存出来るとはいえ、明らかに熊一頭分の肉は多過ぎる。

 男は、二人を助けたのは狩りのついでだったと言っていたが、当初の狩りの対象は熊ではなかったのだろう。

 やはり男は、兄妹を助ける為に熊を殺してくれたのだ。

 切り分けた肉を、男は大きな壷に入った茶色いペースト状をしたものに漬け込んで行く。

 それは紛れも無く、前世でセディルが慣れ親しんでいた調味料、『味噌』であった。


 「……何で、味噌があるの?」


 見慣れていた分、ここでは違和感のある調味料の登場に、セディルが首を傾げる。


 「味噌を見るのは初めてか?」

 「えーと、はい……」


 少なくとも村の実家では見た事が無く、生まれ変わってから味噌を目にするのは初めてだった。


 「これは、大陸の東方にある国『ホウライ』で生まれた調味料だ。その国の商人が、ここ西方での商売を通じて、東の産物を売り込んでいる」


 どうやら男は味噌が気に入っているらしく、わざわざ東方の商人の店から購入しているらしい。


 「そこが師匠の出身地なんですか?」

 「俺は生まれも育ちも、西方地域だ。だが血の源流を辿れば、東方の島に行き着くらしいな」


 男の顔や肉体の特徴は無国籍だが、その祖先は東方からの移住者だった。

 一千年前の文明崩壊時まで、レイドリオン大陸の東の大海には大きな島が存在していた。

 独特な文化を持った民族が暮らす島国であり、この地こそが戦士系前衛職の上位職『侍』や『忍者』、その他いくつかの独特な職の生まれた場所とされているのだ。


 (ふむふむ、ようするに日本みたいな設定の国が、大昔にあったって事だよね。使われているホウライ語って、完全に日本語だし……)


 セディルはその地の言語や基礎知識を、自分の中で紐解いてみた。

 その東の島国は、文明崩壊時に海へと沈んでしまったそうだが、島が沈む前に脱出した者達が大陸の東側に移住し、新たに国を再興した。

 それが、ホウライ国なのだ。


 古い神の血を伝える『御子』と呼ばれる者を権威の頂点とし、武力と権力を『将軍』と呼ばれる者が取り仕切る形で、祭政一致の国家を構成している。

 そしてこの国に於ける戦士階級こそが、『侍』と呼ばれる職に就く者達だった。


 戦士系の上位職と看做される侍は、独特な武具に身を包み、さらには『魔術師系魔法』まで使いこなす強力な職である。

 上位職であるが故にその職に就く者は多くはないが、下位職として『野武士』があり、こちらは魔法は使えないものの、侍同様に専用装備を使いこなす事が出来る。

 ホウライは、この侍と野武士の職に就く者達で構成された強力な戦士の一団、即ち『武士団』を擁し、それを侍の長たる『将軍』がトップに立って率いている。


 このホウライでも忍者は既に失われてしまった職だが、その下位職『下忍』は存在しており、国家に属する『忍軍』と呼ばれる諜報機関も存在する。

 ホウライの下忍達は、国の内外の様々な場所に派遣され、国家の為に情報収集を行っていると噂されていた。

 距離が離れている為に、西方の国々との外交関係は活発ではないが、侮れない国力と武力を持つ事で知られている国なのだ。


 この国で作られる、絹織物、綿織物、茶、陶器、漆器、工芸品、珍しい食材といった様々な交易品は、交易商人の手によって陸路遥々運ばれて来る。

 お互いに遠い異国の産物を商う事は、大きな儲けになるらしく、民間では昔から大規模な商隊を組んで相互に交易を行なって来た。

 その結果、民間では人々の行き来が活発になり、侍や下忍の職も徐々に西方地域に広まって行った。今ではホウライ国出身者以外の侍や下忍も、決して珍しい存在ではない。

 侍や忍者の専用装備品も、大きな街でホウライの商人が店を構えて普通に流通させているので、西方でも問題無く手に入れる事が出来る。


 「俺の遠い祖先も、遥か昔にホウライからやって来て西方に住み着いたようだ。そいつが偶々下忍で、代々その技を受け継ぎ、俺もガキの頃から親に技を仕込まれていた。それだけの事だな」


 男は自分のルーツを淡々と語った。

 ホウライとは違い、西方では忍者も下忍も国家に属すると決まっている訳ではなく、自由に活動出来る冒険者の職の一つでしかない。

 男の先祖達も、フリーの冒険者として活躍していたのだろう。


 「俺も随分昔だが、ホウライには行った事がある。そこでも、幾度かの冒険をこなしたものだ」


 普通の人が西方の端から大陸の東の端まで行くには、街道を徒歩で進んで約四ヶ月。

 この世界では、一日が概ね二十四時間、一月が三十日。一年が十二ヵ月、三百六十日なので、大陸の西方と東方はお互いに易々と行き来出来る場所ではない。


 「なかなか面白い国だったぞ。食い物は美味いし、火山の麓には温泉もあった。『大荒野』や山地から現れる魔物との戦いで鍛えられた侍達は、手強かったしな。街も大きく整備され、西方では見られない色々珍しい場所も多い」


 珍しい事に、男が少し郷愁を漂わせるような話し方をする。

 生まれも育ちも西方地域の男だが、自らの血のルーツを伝える場所には、何かを感じ取ったのかも知れない。

 少なくとも、ホウライの料理の味は気に入ったらしく、男が暮らす館の厨房には、東方の調味料が揃っていた。


 「やっぱり、師匠は最高です。僕にとっても、これは嬉しい驚きです!!」


 生まれ変わって五年。

 それは、慣れ親しんだ味から別れていた時間でもある。

 セディルは厨房で目にした、いくつかのガラス瓶や陶器の壷の中身を確かめて、その黒い瞳を輝かせた。


 「うんうん、砂糖や塩、胡椒、酢、香辛料全般に、『醤油』に『味醂』、それに『鰹節』に『昆布』に『穀物酒』もあるね。こっちには、『白米』もだ!」


 ウキウキした声を出しながら、セディルは穀物袋の中に手を突っ込んだ。中に入っていたのは、見知った白米であった。

 温和ではあるが少し涼しいジーネボリスでは、気候的に作られていないが、西方でももっと南で気温が高く、水が豊富な地方では米が栽培されているらしい。

 この国でこれらの調味料や食材を揃えるには、かなり出費が嵩む筈だ。

 三食食べられるだけでも幸せとされる世界で、食に拘るのは究極の贅沢である。

 しかし伯爵家に養われている今の男には、気に入った食い物くらいしか必要とする物がない。

 その為、貴族とは違い一般的な雇われ人であるにも関わらず、その基準とはかけ離れた贅沢な食生活を送っているのであった。


 「師匠って、お金持ちなの?」

 「……一応、冒険で稼いだからな。死ぬまで、好きに食うくらいの蓄えはある」


 その日暮らしを余儀なくされる冒険者がいる一方で、成功した冒険者の手には多額の報酬が転がり込む。

 男は冒険者として各地の遺跡を巡り、魔物を倒して財を得ていたのだ。

 それにここで暮らしている限り、住居にもその他の消耗品にも困らない。

 男にとってこの館は、居心地の良い場所であり、同時に魂を腐らせる牢獄でもあるのだった。


 ここで食べる分と街の肉屋に売る為の余りの熊肉を切り分けると、男は鍋に肉を入れて料理を始める。

 香味野菜を加えて味噌で煮込み、肉の獣臭さを押さえる調理法を披露した。


 「美味しいよ、お兄ちゃん!」

 「そうだね、セディナ」


 食堂のテーブルで彼の横に座るセディナも、熊肉を美味しそうに食べている。

 昨日セディル達を食べようとしていた熊が、今は鍋になって二人に食べられているのだから、不思議なものであった。

 男が森に捨てた盗賊達の死肉を喰っていた熊かも知れないが、この際気にしてはいけないと、セディルは思う。


 弱肉強食。 


 それが、これからセディルの歩む道程になるのだから。

 そうしてセディルは、その日一日男の仕事を手伝い、明日の出発に備えて用意を整えたのであった。


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[一言] セディルの師匠に対する口調が、敬語だったりタメ口だったりとぶれぶれなのが気になります。
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