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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第四十六話 冒険の終わり

 あれ程に彼女達を脅かしていた『下忍マスター』の男の首が、あっさりと宙を舞い。

 それに続いてセディルの小柄な身体が、糸の切れた操り人形のように地面に崩れる瞬間を、エリーエルは、アンナと共に目撃していた。


 クレイム伯爵家を陥れ、皇帝殺害の汚名を着せたウォルドーズ伯爵の放った刺客達は、驚異的な戦力を持っていた。

 『マスター』とも呼ばれるレベル15の下忍が率いる、レベル7以上の下忍が十二人。

 例え、相手がマスターレベルの戦士であろうとも、十分に殺し得る戦力差だった。


 対して、エリーエルを護るのは、別荘の管理人をしていた下忍の男ライガと、その弟子のレベル1の少年セディルだけ。

 敗北を確信したエリーエルは、自分の身柄と引き換えに、彼らの命だけは救おうとした。

 如何に屈辱であろうとも、この場の将は自分なのだから、負けた以上は、兵を護らなければならない。

 彼女は、そう覚悟したのである。


 だが、その必要は無かった。

 襲い来る下忍を、ライガは素手で皆殺しにした。

 彼は、素手で敵の首を刎ね飛ばしたのだ。

 それは、下忍に出来る業ではない。

 そんな事が出来るのは、現代では失われた職、『忍者』と成った者のみ。

 単なる別荘の管理人に過ぎない、とエリーエルが思っていた男は、『伝説の忍者』だったのである。


 そして、そのライガのオマケで、彼女と同じレベル1の少年セディル。

 彼もまた『忍者』であった事を、エリーエルは今、この戦いの最後に理解したのであった。

 敵と、セディル自身の死によって。


 「う、嘘ですわよね、平民……。冗談は止めて、お、起きなさいっ! 命令ですわっ!」


 大地に仰向けに倒れ、四肢を出鱈目に伸ばした彼に、何かに怯えるような口調で、エリーエルがいつもの強気な命令を下す。

 セディルの無礼に幾度も形の良い眉を顰めて来た彼女は、これも普段通りの悪質な冗談なのだろうと、そう思いたかったのだ。


 しかし、セディルは動かない。

 虚ろに開いた黒い瞳が木々の枝葉を見上げ、胸に開いた深い傷口からは、多量の血が溢れ出て来る。


 「セディル……君……」


 呆然とした様子でセディルに近付いたアンナは、地面に膝を突き、彼の様子を見る為、そっと指を這わせる。

 『下忍装束』の上から、首筋を触る。

 脈動は感じられず、その身体はピクリとも反応しない。


 「そ、そんな……」


 エリーエルよりは長く生きるアンナは、死者の身体に触れた事がある。

 両親と夫の死を、彼女は看取って来たのだ。

 だから、判った。

 彼はもう、死んでいる。

 死者には、『回復魔法』も『回復薬』も、傷を癒す効果を発揮しない。今の彼女達には、セディルに出来る事は何も無いのだ。


 「ア、アンナ……、平民は?」


 エリーエルが、セディルの様子を見るアンナに声を掛けると、彼女は悲しそうな顔で首を横に振った。彼女の切れ長をした緑色の瞳から、涙が一筋零れ落ちる。


 「平民……、お前まで、死んだのですの……」


 常日頃から、エリーエルは彼の事をただの『肉壁』に過ぎない、と宣言していた。

 高貴な彼女の身を護る、名誉ある盾の称号。

 彼女にとっては、その程度の意味であったとしても。

 しかしその肉壁としていた者が、肉の壁として実際に今、命を落とした。


 「ハァッ!」


 高鳴る胸の鼓動、喉に絡む重たい息、蒼い目を大きく見開いて、少年の遺体から視線を外せなくなる、エリーエル。

 父や兄達に続いて、見知った者が、また彼女の目の前で死んだのだ。


 「グエッ、ゲホッ、ゲホッ!!」


 エリーエルはその場に手と膝を突いて、今朝食べた物を吐き出した。胃が痙攣し、その中身を全て彼女の喉に送り込む。

 胃酸が喉を焼き、胃の内容物を全て吐き出し切っても、尚、嘔吐感が込み上げて来る。

 身体が震え、まともにものを考える余裕も無い程に、エリーエルは激しく動揺していた。


 「お嬢様……」


 その少女の背を、同じ悲しみを共有するアンナが優しく撫でる。

 彼女もセディルの事は、彼が五歳の時から知っている。

 幼い頃から、自分に良く懐いて来た少年だった。

 夫も亡くし、子供もいないアンナにとっては、身近にいたエリーエルとセディルが可愛い我が子のようなものだったのだ。

 その一人の子が死に、彼女はエリーエルと同じく、また一人身内を亡くしたのであった。


 「……間に合ったようだな」


 セディルの遺体の側で呆然としている彼女達の下へ、ライガが静かに姿を現した。

 彼は、死兵と化して時間稼ぎに徹した下忍達を、全て倒し、ここまで疾風のような勢いで急行して来たのだった。

 到着した現場で、ライガは首無し死体と成った下忍マスターの男と、弟子であるセディルの死体を目にし、全ての事情を察した。

 敵はセディルが【即死攻撃】のスキルを発動させて倒したが、同時に彼も殺されてしまったという事実を。


 「何が、間に合ったの、ですか、管理人っ!?」


 だが、敵に足止めを喰らっていたとはいえ、セディルの死に間に合わなかったライガのその言葉に、エリーエルは噛み付いた。

 吐瀉物に口元を汚し、正常な思考も回復していない今の彼女の声は、麗しく歌う天使というよりも、追い詰められた獣のそれに近かった。

 その目は怒りによってギラつき、息をフウフウと荒げ、胸元を拳で強く抑えている。


 「……お嬢様を連れ去られる前に『間に合った』、という意味です」


 そんな彼女の前でも、ライガは動揺を見せはしなかった。

 例え最後にして唯一の弟子が死んだとしても、今の彼女達の混乱に、彼が巻き込まれる訳には行かないのだ。


 「平民は、死にましたわ。わたくしを……、護って……」

 「そういう仕事を、こいつはお父上から依頼されたのです。そしてこいつは、その仕事を冒険者として引き受けた。金貨十枚という、前金を受け取って……」


 金貨十枚『200シリス』。

 それが、セディルの受け取った前金。

 エリーエル護衛の為の報酬だった。

 それは、レベル1の冒険者への報酬としては、破格の金額。

 報酬を受け取った以上、冒険者とは時に命を掛けてでも、その依頼を果たさなければならない職業なのだ。


 「こいつは、自分の仕事を果たしただけです。死は、その結果の一つに過ぎません」

 「死ぬのも、仕事? それが冒険者だと言いますの?」

 「まあ、ここまで真面目に仕事を果たすのは、本気で冒険者をやっている奴だけですが……」


 一口に冒険者と言っても、その実情は色々だ。

 その職業に誇りを持っているプロもいれば、ただ飯の為に働くゴロツキ同然の者もいる。

 そうでなくとも普通以下の冒険者ならば、ここまで事前の想定から変化してしまった仕事ならば、放棄して逃げ出すのも当たり前だった。


 ライガは、改めて死体と成って転がる弟子の姿を見つめた。

 少なくとも彼の弟子は、彼が教えた冒険者としての心構えを、無にはしなかったようである。


 「お嬢様がこいつの仕事に満足したのなら、いつか伯爵様に代わって、後金を支払ってやって下さい」


 セディルに支払われた報酬は、まだ前金だけ。

 約束の後金の支払いは、エリーエルが安全な場所まで逃げ切った時に発生する。


 「平民のお墓に、お金を添えろと言いますの?」

 「このまま死んでいたら、そうして下さい。もしも生き返ったなら、直接渡せるでしょうが……」


 そうライガが言うと、エリーエルはハッと顔を上げ、目を大きく見開いた。

 混乱していた頭が働き出し、思考が正常化して来ると、彼女はまだ全てが終わっていない事に気が付いた。


 「そ、そうですわっ! 蘇生させれば、良いのですわ!」


 その答えを思い出し、彼女の表情が一気に明るくなった。

 この世界に存在するいくつかの系統の神秘の力、『魔法』。

 その一つ、『僧侶系魔法』には、死からの蘇生を可能とする魔法があった。

 『病死』や『寿命死』でない限り、彼女の父や兄達のように頭部を破壊されていない限り、魔法による蘇生を執り行えば、死者は生命を取り戻して蘇るのだ。


 「出来るのですか、そんな事が?」


 その可能性は知っているが、一般人のアンナにとっては、余り馴染みの無い話なので、彼女の様子は不安気だった。

 蘇生魔法を使える僧侶は、数の少ない高位の者であり、その魔法の行使を願うには、寺院に多額の寄付を行なわなければならない。

 魔法による蘇生処置とは、貧しい庶民にとっては、手の届き難い場所での出来事なのである。


 「出来ますわよ、高位の僧侶の方々なら、何人か知っていますものっ!」


 エリーエルの就く『賢者』という職は、魔術師系でありながら、僧侶系の魔法も習得し使用出来る。

 その為、賢者と成るには神への信仰心も要求される。

 天使である彼女は、『天空におわす正しき統治の神』、『天空神ウル・ゼール』を信仰の対象として選び、かの神に帰依していた。

 神を祀る寺院にも出入りし、友人のクラリッザと共に頻繁にお祈りしていたのだ。


 「管理人、平民をすぐに寺院へ……」

 「出来ません」


 しかしエリーエルの望みを、ライガはバッサリと切り捨てた。


 「誰に蘇生を頼むのですか? まさか寺院の大司教様、と言い出す気ではありませんな、お嬢様」

 「そ、それは……」


 ライガに指摘され、エリーエルも口ごもる。

 今の自分達の立場では、もう帝都に戻る事は出来ない。

 当然、そこにある寺院を訪ねて大司教に蘇生を頼むなど、以ての外だ。


 「それでも、誰か、蘇生魔法を使える方を探せば……」

 「誰かいますか? それともお嬢様が使えると?」

 「………………」


 冷徹なライガの言葉に、悔しそうに俯き、唇を噛むエリーエル。

 まだレベル1の彼女では、僧侶系魔法は、『魔法レベル1』の回復魔法でさえ使う事は出来ない。

 自分一人ではどうする事も出来ない現実に、彼女は打ちのめされる。


 「蘇生が成功する確率の事も、魔法学院で習った筈です」


 そして蘇生魔法といえども、行使すれば必ず成功するという代物ではない。


 「職に就いていない『レベル0』の者なら、百回に一度。『レベル1』の者でも、十回に一度でも成功すれば良い方です」


 成功確率を左右するものは、対象と成る者と行使する者のレベルとスキル、それに能力値。

 レベルの低い者程生き返る可能性も低く、種族としては【生命強化】【幸運強化】を持つ、人間と小人族の蘇生確率が、比較的高かった。


 「……俺の知る者は、五割以上の確率で蘇生出来る筈でした。だが、二回続けて蘇生に失敗し、この世から消えた……」


 苦い記憶を脳裏に映し、ライガは何かを押し殺すような声でそう語る。

 魔法が成功するか否かは、あくまでも確率の話。

 成功する時は成功するが、失敗する時には、失敗するのだ。


 「では、この平民はもう生き返らない、とお前は言いますの? 試す事もせずに?」


 そんな事は、勿論エリーエルも知っている。

 彼女は賢者と成る為、魔法に関する様々な知識を、魔法学院で学んで来たのだ。

 だが、今彼女が聞きたいのは、そんな話ではなかった。

 確率を云々するよりも、実行が先だと考えるエリーエルは、顔を上げてライガを睨む。


 「そうですな、こいつの『凶運』なら、もしかすると或いは……」


 蘇生の確率が低い事に変わりはないが、ライガはセディルの持つ『異常な資質』について、気が付く事があった。

 その低い確率を最初に引き当ててしまう、出鱈目な引きの良さが彼にはあるのだ。

 エリーエルの言う通り、それに掛けてみる価値は確かにある。


 しかしそうなると、問題は蘇生魔法を使える僧侶の手配であった。

 僧侶系魔法、第七レベル魔法【通常蘇生】を使える者なら、最低でもレベル10が必要になる。

 最高位の第十レベル魔法【完全蘇生】ともなれば、使えるのはマスターレベルに到った者だけである。

 それだけの高位の僧侶となると、当然の様に数が少ない。


 「……蘇生魔法を使える僧侶には、一人、心当たりがあります。その僧侶の下へ、こいつの死体を運べば、儀式を行って貰えるでしょう」

 「本当ですの? そんな方が、寺院以外の場所に居ますの?」


 僧侶の多くは、各地の寺院で生活している。

 そうではない、巡礼の旅に出ている僧や冒険者をしている僧侶もいるが、そうした者は、今回のような緊急時には見つけるのが難しい。


 「寺院から出て、今は隠棲している僧侶ですよ。しかし……、問題もある」


 ライガは太い眉を顰め、あらぬ方向に視線を向ける。


 「あの爺さん、まだ生きているのか?」


 問題とは、その僧侶の年齢だった。

 彼がその老僧と最後に会ったのは、もう十五年も前の話。

 その時、かの人物は既にかなりの高齢だったのだ。

 その僧侶が、今も生きているという確証だけは、彼でも得られるものではなかった。




 セディルを生き返らせる為、高レベルの僧侶のいる村に向かう事を決めたライガ達は、戦場の後片付けを急いだ。

 死んだセディルの周りには、色々と荷物が転がっていたからだ。

 一般魔法【大袋】の使用者が死ぬと、その中身は死体の側に現れる。『収納鞄』を持っていた場合、契約者が死んだ状態で他者が触れると、その中身が出てしまう。

 『収納鞄』は、中身が空の状態でなければ、他人が持ち運ぶ事は出来ないのである。


 その散らばったセディルの荷物を、ライガは自分の鞄に移し替えてから、彼の死体に一般魔法の第八レベル魔法【防腐】を掛けて、保存処置をした。

 後は、その死体を運搬用の『死体袋』に納めれば、『収納鞄』に入れて持ち運ぶ事も可能だった。


 「管理人、聞きたい事がありますわ」


 セディルの死体を袋に入れているライガに、エリーエルが近付いて来た。

 側にいるアンナに口元を拭って貰い、水を一口飲んで一先ず心と身体を落ち着けた彼女は、唇を真一文字に引き結んでいた。


 「何でしょうか?」


 何を質問されるのかは見当を付けていたが、ライガは敢えて彼女にそう訊ねた。


 「お前は……、あの『忍者』ですの?」

 「そうです。俺は忍者です」


 ライガは、あっさりとその事実を認めた。

 今更、隠し立てする必要も無いからだ。

 目の前で見たとはいえ、改めて本人がそれを認めた事で、エリーエルは大きく息を吐いた。


 「お前は、下忍ではありませんでしたのね? それではお前のレベルは、一体いくつですの?」

 「下忍を名乗っていたのは、方便です。面倒な事には、巻き込まれたくなかったので……。俺の名は、ライガ・ツキカゲ。職業は忍者で、レベルは22。今となっては世界唯一の忍者、『ザ・ハイマスター』ですよ」


 そう事実のみを、ライガは淡々と語った。


 「レ、レベル22っ!?」

 「ハ、ハイマスターッ!?」


 その数値に、その呼び名に、エリーエルとアンナは驚愕した。

 職に就いた者は、その才能と修練によって、レベルを上げる事が出来るようになる。それでも、九割以上の者が、レベル10以下で生涯を終えるのが普通だった。

 そしてそれを超え、レベル15に到った者は『マスター』と呼ばれる。


 このレベルの者に成ると、国家的にも重要人物として扱われ、軍の幹部や魔法学院の高導師、寺院の大司教、盗賊ギルドの長などの重職に就く事も珍しくない。

 身分が平民であっても、国家に高待遇で仕官する事も可能に成るのが、一般的だ。

 それ故、立身出世を目指す冒険者は、必死でレベル上げに挑むのであった。


 そんなマスターレベルをさらに超えし者こそが、『ハイマスター』。

 レベル20に到った者である。   

 レベルを16以上に上げる為には、大量の魔素が必要になる。

 そんな魔素を得るには、修行だけでは途方もない時間が掛かり、1レベル上げるのに、十年以上掛かる事もざらだった。


 ハイマスターと呼ばれる者は、真の才能と命を賭した魔物との戦いを掛け合わせ、ようやく到達出来る『超人の領域』にいる者なのである。


 「……忍者という職は、失われた筈ですわ……」


 衝撃の事実を知り、エリーエルは忍者の男にそう訊ねずにはいられなかった。

 忍者という職は、もうこの世に無い筈ではないのかと。


 「俺が『最後の忍者』なのです。忍者の職は、俺の死と共に、世界から永久に失われる筈でした……」


 ライガ・ツキカゲは、その技を受け継ぐ最後の男。

 あのまま何も無ければ、彼は静かに森に消え去って行ったのだ。


 「七年前、こいつが俺の前に現れなければ、そう成る筈だったのです」


 死体袋に納まった少年の死体を見下ろし、ライガはそう語った。

 その穏やかに終結する筈だった運命は、ある日、幼児の姿をした『禍』が現れた事で一変したのだ。


 「それでは本当に、この平民はお前と同じ忍者なのですの?」

 「そうです。こいつはあの日、妹と共に俺の前に現れ、強引に俺に弟子入りした。最初はただの暇潰しだと思っていましたが、こいつは忍者と成る修行の日々に最後まで耐え抜き、たったの七年で、本当に忍者に成ってしまった……」


 そしてライガは、『最後の忍者』ではなくなった。

 若いセディルが上手く蘇生されさえすれば、老いた彼が死んでも、忍者の職はこの世にあり続けるだろう。


 「………………」


 俯いたエリーエルが、黙って死体袋を見つめる。

 そこに納まるのは、物言わぬ骸と化した平民の少年。

 幼い頃、彼女の家の別荘に勝手に住み着いた、野鼠のような無礼な子供が、いつの間にか伝説の忍者に成っていた。


 その少年は、依頼人が死んでも依頼を放棄せず、彼女からすれば僅かな前金だけの為に、命を掛けて依頼を果たし彼女を護った。

 彼は、交わした契約を遵守したのだ。

 それらの事実は、エリーエルの中にあったセディルのへ評価を、大幅に上方修正させる程の価値を示したのであった。




 戦いの後始末は、終わった。

 セディルの鞄や袋から飛び出した荷物を収納し、彼の死体を納めた袋も鞄に入れる。

 下忍達の死体は、捨て置いた。

 放って置いても、その内に野犬にでも食われるのだろう。

 もしもの蘇生で情報漏れが発生する事は防ぎたいのだが、処分する手間が惜しいのだ。こういう時の為に、『堕天使の黒血』は重宝される。


 唯一、戦利品として、下忍マスターの小人族の男が持っていた、魔法剣の忍者刀『骨斬り+3』だけはライガが回収した。

 セディルが生き返れば、彼の武器に使うのに丁度良かったからだ。

 そして彼らは、蘇生魔法を使用出来る僧侶のいる村へ、急ぐ事にした。


 「管理人……、いえ、『ライガ』。あの下忍達は、何者なのです?」


 男の子の格好に外套を纏ったエリーエルが、ライガにそう訊ねた。

 彼への呼び名が、変わっている。

 それは奇しくも、クレイム伯爵が、彼に頼み事をした時と同じであった。

 この親子は、『認めた者』に対しては礼儀を惜しまないのだろう。


 「……判りません。ウォルドーズ伯爵の配下なのは間違いないのでしょうが、あいつらは、個人の下忍ではなく、組織として鍛えられた『忍軍』の者達でした。それも、『ホウライの忍軍』とは、全くの別物です」


 大陸東方の地ホウライ、その国にも忍軍はある。

 と言うよりも、忍軍などと言うものは、下忍の職の発祥地であるホウライでしか、組織されていない筈なのだ。

 しかし、ライガはここで確かに、ホウライの忍軍以外の忍軍と戦った。


 「どうやら、ウォルドーズ伯爵は、非合法の勢力を動かせる力を持っているようですな」

 「非合法の勢力?」


 それは世間知らずの箱入り娘である、エリーエルの想像力の限界を超えるであろう、世界の裏側。


 「世の中には、そんな者達の組織があるのですよ。『暗黒騎士団』『闇の魔法学院』『邪神教団』『暗殺者ギルド』……。恐ろしげな名前だけが語られ、実態は誰も知らない闇の勢力、というものが……」


 世界の闇に蠢く、謎に満ちた邪悪の勢力。

 冒険者をしていた頃のライガは、幾度かそんな者達との擦れ違いや遭遇、そして戦いを経験していた。

 闇の世界とも全く無縁では無かった彼でも、それらの勢力の実像を全て知っている訳ではない。


 「そ、そんな者達が、いるのですの……?」


 初めて知る世界の闇に、戦慄するエリーエル。

 彼女の一家と皇帝の命を奪った男には、とんでもない裏の顔があったのだ。


 「あの下忍達は、俺でも見聞きした事の無い『闇の忍軍』なのかも知れません。他にも手駒を揃えているのだとしたら、ウォルドーズ伯爵……、相当手強い男のようだ」


 ライガの語る、事件の黒幕の真の実力。

 ハイマスターの錬金術師に、戦いに優れた邪悪な兵隊達。


 「………………」


 その自分との絶望的な力量の差に、エリーエルはただ黙り込む事しか出来なかった。




 出発の前、僅かな時間。

 エリーエルは、ライガとアンナから少し離れた木陰で、立ち木に額を押し付けて震えていた。

 多くの犠牲者が出た。

 真の敵が誰か判っていても、今の彼女では手も足も出せない。

 相手は今や帝国の中枢に食い込み、隠然たる影響力を持ってしまっているのだから。


 仮にエリーエルの婚約者だったアレイファス皇子や、その父である新皇帝に即位するエンドレイス、或いは彼女の貴族の友人達がクレイム家の無実を信じてくれたとしても、今の時点で彼らを頼る事は出来ない。

 敵は既に、皇帝の命をも奪っているのだ。

 皇子や新皇帝の命とて、容赦はしないだろう。


 エリーエルも、ライガの話を聞いてそれは理解した。

 だから、彼らを頼れない。

 頼ってはいけないのだ。


 「オーネイルお父様……、シリアルド兄様……、エヴンス兄様……」


 汚名を着せられ処刑された亡き父の名を、兄達の名を涙と共に絞り出す。


 「それに……、ミルファウス皇帝陛下……、『お祖父様』までッ!!」


 その『禁断の言葉』を、エリーエルは思わず口にしてしまった。

 幸い、聞いたのは、名も知れぬ樹木だけ。

 秘密を知る家族と皇帝の前でしか許されない、その『呼び名』を耳にした者はいなかった。


 この一連の騒動で、彼女は『血の絆』を持つ、全ての『家族』を失ったのだ。


 




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