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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第三十一話 天使の婚約者

 「今日のあなたの誕生会は盛況ですね、エリーエル」


 エリーエルの隣の椅子に座った金髪碧眼の美少年が、紅茶の入ったカップを手にして上品に微笑んだ。

 その大人びた態度は、十一歳という彼の年齢からすると、子供らしくないと違和感を覚えるものだった。

 しかし大国の皇子としては、実に堂々としたものであり、隣のエリーエルと並ぶと一対の人形のように見栄えが良い。


 彼こそが『ジーネボリス帝国』の皇位継承者の一人であり、エリーエルの婚約者候補の一人でもある、アレイファス・ドナ・ジーネイア皇子である。


 「皆、あなたの事を祝福していますよ」


 同じテーブルに着く、理知的な眼鏡を掛けた銀髪の少年が、皇子の言葉に相槌を打つ。

 彼も皇子同様、子供らしからぬ知性を滲ませる瞳で、エリーエルを見つめていた。

 現宰相の孫であり、エリーエルという常識外れの天才を除けば、魔法学院でも屈指の秀才、マイレル・オードナーである。


 「まあ、中にはこれを機会にして、何とかクレイム伯爵家に取り入ろうって連中も多いみたいだけどな」


 そう言いながら大広間の方に睨むような視線を送るのは、少し野性的な風貌に生意気そうな表情を浮かべた赤い髪の少年、ジェスナー・フォーガス。

 他の少年達よりも一つ年上の彼は、帝国軍総騎士団長の末っ子であり、将来は戦場に立って武勇を示す事を夢見る、血気盛んな男の子であった。


 「うふふふ、それも全てはエリーエル様が、余りにお美しくて眩しいからですわ」


 甘ったるい声と明るい笑顔を同時に振り撒くのは、ふわふわした金髪が可愛らしい少女だった。

 彼女はエリーエルの女友達の一人で、寺院の大司教の娘、クラリッザ・ヘルス。

 天使に憧れる夢見がちな女の子で、見習い僧侶でもある為、寺院にも出入りしていた『賢者』のエリーエルとは昔から親しくしていた。


 誕生会の会場となっている大広間の外庭に面したベランダで、エリーエルと四人の友人は、一つのテーブルを囲んでささやかな休憩のお茶会を楽しんでいた。

 この場にいるのは、皆エリーエルと特に親しい人物達。

 彼女の後ろには、使用人の服を着たアンナが立ち、少し離れた場所には正装したライガと仮面を着けたセディルもいる。


 「ええ、わたくしも今日で十二歳に成りましたわ。少し早いですけれど、お母様が亡くなり嫡男のシリアルドお兄様がまだご結婚されていない以上、クレイム伯爵家の女主人はわたくしです。皆がわたくしに取り入ろうとするのは、当然ですわ」


 エリーエルもまた、歳にそぐわない妖しい光を蒼い瞳に宿して、友人達にそう告げた。

 今や、誰もが望む貴族の宝となった彼女には、怖いものは何も無いようである。


 「今日の誕生会の終わりに、お父様はわたくしの『婚約者』を発表致しますわ。そのお相手次第では、帝国が揺れ動くかも知れませんものね」


 自信たっぷりに今日の『メインイベント』の事を彼女が語ると、皆がハッと息を飲み、空気が冷えるような緊張が走った。


 「それは……、あなたはもう、その相手をご存知なのですか?」


 それでもすぐに平静を取り戻したアレイファス皇子が、出来る限り冷静を装った口調で彼女にそう訊ねる。

 マイレルとジェスナー、それに女性のクラリッザまで、真剣な眼差しでエリーエルを見つめている。


 「いいえ、存じません。お相手の事は、わたくしもまだ聞いて下りませんの。今日の発表は、お父様からの誕生日プレゼントの一つ、にさせて頂きましたから」


 カップの縁を白い指先でつーっと撫でつつ、意味ありげな笑みを浮かべるエリ-エル。

 皆の緊張が和らぎ、お互いの顔を見合わせ合う。

 この時点ではまだ、その決定が出ていない事に、彼らはホッとしたのである。


 「……では、あなたの婚約者に選ばれる者とは、やはりこの中の誰かなのでしょうか?」


 眼鏡の位置を直しつつ、マイレルが訊ねる。

 彼ら三人の少年達は、主君と臣下という立場を超えて皆友人として付き合ってはいるが、この一件に関してだけは、ライバルの関係にあった。

 即ち、皆がエリーエルを巡る恋敵なのである。


 「いよいよ、この日が来てしまったのですね。クラリッザは、少し哀しいですわ」


 常に無駄に明るい彼女が、シュンとした表情でテーブルを見つめる。

 いくらそれが逃れられない貴族の宿命だとしても、憧れの高嶺の花であるエリーエルが、誰かのものになる事を、クラリッザは嘆く。


 「まあ、判っちゃいた事だけどよ……、やっぱり気になるよな」


 ジェスナーも顔に複雑そうな表情を浮かべ、意中の少女へと視線を向けた。

 普段は自信たっぷりの少年も、この瞬間は少し不安そうな様子に見える。


 「ふふふ、わたくしを娶る事になる殿方は、今日のお誕生会の出席者の中にいる。わたくしもそれだけしか、承知しておりませんわ」


 場の主役である少女は、友人達に得意気にそう微笑みかけた。

 クレイム伯爵が決めたエリーエルの婚約者は、今日の会場の中にいる。

 つまりは、彼らも『候補者』という事なのだ。


 「ではあなたのお心は、誰を選んでいるのですか、エリーエル?」


 アレイファス皇子がまだ幼さを宿す端正な顔を彼女に向け、真剣な眼差しを注いだ。

 三人の少年達の中では、彼は最年少であるが、やはり帝国の皇子という立場もあって、他の二人からも一目置かれている。

 彼女が誰を夫に選んだとしても、決して妬みや恨みは持たない。

 そして彼女の夫となる男には、最大限協力し合うという約束が、彼らの中では取り決められているのだ。


 「わたくしの夫となる殿方を決めるのは、お父様ですわ。わたくしは、お父様がお選びになった方の下へ嫁ぎます」


 自分がクレイム伯爵家の重要な駒だと認識しているエリーエルは、友人でもある少年達の真摯な眼差しを、その光輝を放つ蒼い瞳に受け止め、その可憐な唇から絶対の言の葉を紡ぎ出す。


 「全ては、お父上がお決めに成ると?」

 「ええ、そこにわたくしの意志や感情は関係ありませんわ」


 雄々しくもキッパリとそう宣言し、迷いの無い瞳で皆を見つめるエリーエル。

 その迫力に、彼らは気圧されたかのように黙り込む。

 『天使』の魂を身に宿す乙女を妻に娶る事は、貴族男性にとっては最高の栄誉であり、それだけで家の格を高める偉業と成る。

 当然、彼らの後ろでは、そうしたドス黒い駆け引きも行われてはいるのだが、少なくともここにいる三人の少年達は、皆本気でエリーエルに恋をしている。

 それ故に、婚約者として『自分』を彼女に選んで欲しい、そう本音では皆が思っていた。


 そうした複雑な感情を胸に抱く少年達の想いを知ってか知らずか、今現在のエリーエルは、誰の恋心に対しても、それに応えようとする素振りすら見せようとはしないのであった。




 そんな少年少女達の遣り取りを、セディルは少し離れた所から生温い眼差しで眺めていた。

 側から見ているだけでも、三人の少年達がエリーエルに恋している事はすぐに判った。おそらく彼らは、打算抜きで彼女の婚約者に成りたいのだろう。

 しかしエリーエルの方はというと、少なくとも恋愛沙汰に関しては、彼らに興味を抱いているようには見えない。


 (完全に政略結婚と割り切るのは、まあ、しょうがないにしても……。もう少し、男心を操るような手練手管を覚えた方が、良いんじゃないかな~)


 セディルは、他人事ながらそんな感想を抱いた。

 その傲慢な態度や我が儘ぶりから、悪役令嬢みたいにも思える彼女だが、その実、男を手玉に取るような悪女の域には全く到っていないように思えるのだった。


 (変なところで人が良かったりするから、嘘でも愛しているなんて言えないのかな? 自分に正直で、他人に誠実。目一杯拡大解釈すれば、そんな感じだけど……)


 この七年の間で、エリーエルとセディルとの付き合いは、時間的にはそれ程長い訳ではない。

 だが、変に濃厚な時間を過ごした幼馴染の少女に対する、それがセディルの心配事であった。

 同じような感想を抱いたのか、隣に立つアンナは複雑そうな顔を見せ、ライガは彫像のように眉一つ動かさない。

 彼らの目で見る限りでは、多少の成長をしたとしても、エリーエルお嬢様はまだまだ『子供』なのであった。


 「ところで、平民。お前はなぜ、そんな物を被っているのかしら?」


 その時突然、エリーエルが待機していた三人の平民達の方を向いて口を開いた。

 自分の誕生会なので、ここまでは行儀良くしていたが、周りにいるのが友人達だけになったので、ふと気になっていた疑問を口にしたのだ。


 「はい、お嬢様。いつもの格好では、お嬢様の護衛として、皆様に失礼に当たるかと思いまして」


 問われたセディルは丁寧にお辞儀をしつつ、澱みなく答えを返す。

 いつものセディルは、包帯を巻き付けて顔を隠している。

 幼い時に母に命じられ、今も尚続けている一種の呪いだ。

 しかし貴族の子息令嬢が多数集まるエリーエルの誕生会に、警備任務とはいえ、そんな姿で出席する訳にも行かない。

 だからセディルは、伯爵家の壁に飾ってあった大陸南方の民族が作った石製の仮面を借りて、今はそれを被っていた。


 「素顔を晒すという選択肢は、ありませんの?」

 「お嬢様もご存じの通り、僕の顔は悪魔にそっくりですので、人前には晒せません。特に本日は、高貴な方々が大勢お来しのようですから、失礼な事は出来ません」


 自身にルーティーンとして課している、その習慣を、悪魔顔だからとして押し通すセディル。


 「……ふん、まあ良いですわ。それなら邪魔にならないように、もう少し離れていなさい。この場所では、護衛の必要はありませんわ」


 可愛く鼻を鳴らし、手を前に出して彼らを追い払う仕草をするエリーエル。


 (お嬢様、それはちょっと……)


 流石に婚約者候補の前での傲慢な振る舞いは、少しは慎んだら良いのにと、仮面の下で額に汗を浮かべるセディルであった。


 「彼らは、護衛なのですか? 何か不穏な事でもおありなのでしょうか?」


 見慣れない姿の男と少年の事を気にしていたのは、彼らも同じだったらしい。

 アレイファス皇子が、怪訝そうな顔でその二人の事をエリーエルに訊ねる。


 「この帝都で、不穏な事など何も起こりはしませんわよ、殿下。この者達は、我が家の別荘を預かる管理人と、そのオマケですわ。でも何故かお父様が、この者達を護衛としてわたくしに付けたのです」


 巨大なる帝国の本拠地であるこの街で、自分に害を及ぼすような事が起こる筈は無い、とエリーエルは信じている。


 「クレイム伯のご判断なのですか? それでは、やはり何かあるのでは?」


 その説明では納得しなかったマイレルが、さらに疑問を口にする。

 先程まで空気が微妙なものになっていたので、話が変わって皆もホッとしたらしく、この話題に乗って来たのだ。


 「皆が気にしていますわ、答えなさい平民。お父様は、何故お前達にわたくしの護衛を命じたのか?」


 流石にその空気を読んだのか、エリーエルが改めてセディルに護衛の理由を問う。


 「念の為に用心だけはするけれど、まさかそんな事、起こる筈が無い。という事態に備えています」

 「ですから、それは何ですの?」


 セディルの要領を得ない返答に、エリーエルの整った眉が不機嫌そうに跳ね上がる。

 今この場の主役は彼女なので、その命令に従わない事は不敬となるからだ。


 「それを語る権限を、我々は伯爵様から頂いて下りません」


 その時、表情一つ変えずに彫像のように立っていたライガが、一言、口を挟んで来た。

 少年少女達の疑問を、圧倒的な存在感と上位者の命令という言葉で、封じ込める。聡い彼らは、それだけで彼の言わんとしている事を理解した。

 護衛の理由については、クレイム伯爵から口止めされている。知りたければ伯爵に訊いて欲しい、と彼らは言っているのだ。


 「そっちの大きい男は、強そうだな。けど、その子供は役に立つのか?」


 武人を目指すジェスナーは、伯爵から直々にエリーエルの護衛を依頼された、二人の実力の方に興味を持ったらしい。


 「二人共、ただの『下忍』に過ぎませんわ。子供の方はと言えば、わたくしと同じ十二歳で、レベルもまだ1しかありません。護衛としては、甚だ頼りないものですわね」


 レベル1のセディルを、エリーエルは護衛ではなく、肉壁としか認識していない。

 それも事実であり、今の自分では襲撃者の相手は難しい、と自覚するセディルとしては反論も出来ない。


 「まあっ、その子は十二歳で、もう職に就いているのですね」


 それでも、セディルが十二歳で職に就いている事に、クラリッザは驚いていた。職に就くのは、『基本職』でも早くて十四、五歳くらいからが普通だからだ。

 彼らエリーエルの四人の友人達も、まだ誰も職には就いていない。

 十二歳で『賢者』に成ったエリーエルや、十歳で『下忍』に成ったライガなどは、本来、例外中の例外とも言える傑物達なのである。


 「ですが、所詮は下忍ですわ。わたくしは賢者に成りましてよ。『上位職』の賢者と『基本職』から派生した劣化職の下忍では、格が違いますもの」


 クイッと顎を上げ、威風堂々と自らの優位と偉業を誇る少女の姿は、寺院に飾られる女神像のように超然としていた。

 確かに、『盗賊系』から派生した忍者の代替とも言える下忍の職に就く事は、それ程難しい事ではない。

 『魔素』の適性が合い、能力値が必要な数値に達していれば、下忍の指導者の下で二、三ヶ月も修行を積めば、レベル1で職に就く事は出来るだろう。


 「下忍……、確か伝説に謳われる、あの『忍者』の下位職でしたね」


 聞いた話を思い出すように、アレイファス皇子が興味有りげに『その職』の名を口にした。


 『忍者』という職の存在自体は、それが失われた今も尚、伝説の中に残っている。

 三百年前、『奈落都市』の最深部で『奈落の巨人』を倒した、伝説の剣聖パーティに、後にライガの師と成った歴史上最後の忍者がいた事で、有名な民間伝承や英雄譚として語り継がれているのだ。


 「忍者といえば、何と言っても、人の首を素手で切り落とせるというのが有名ですね」

 「『ドラゴン』や『巨人』でも、一撃で倒す、という話を聞いた事がありますわ」

 「僕は、空を自在に駆け抜け、死んでも蘇るという伝承が描写された本を読んだ事がありますよ」


 この場に集まった高貴な少年少女達も、忍者に関する逸話を聞き知っていたらしい。次々と荒唐無稽とも言える眉唾な伝承が、彼らの口から飛び出して行く。

 実在の忍者が人々の前から姿を消して、既に二百年以上の歳月が経過している。

 今では忍者とは、こうして子供達が面白おかしく話す、誇張されたお伽噺の中だけの存在なのであった。


 (馬鹿げた話ばっかりだと思われているけど、実は全部本当。僕はまだ無理だけど、『忍者ハイマスター』の師匠なら、それを全部出来るんだな~)


 彼らが語る忍者の逸話を聞きつつ、セディルはお尻の辺りをムズムズさせていた。今此処にいますよと、言いたいが言えないジレンマに、少し居心地が悪かったのだ。

 隣のライガを見上げても、相変わらず鋼の無表情でそれらの話を聞き流している。

 彼らも、まさかこの場に『本物の忍者』がいるとは思っていないので、和気藹々と会話を弾ませていた。


 「でも、僕も職には早く就きたいですね。僕は『騎士』を目指して、鍛錬をしているのですけれど、先生からはまだ合格を貰えません」


 アレイファス皇子は、自らの細腕を撫でて溜め息を漏らす。戦士系の職に就く為に必要な『筋力』を、少年はまだ有していないらしい。


 「私は『魔法剣士』に成ります。上手く行けば、今年中には就けるかも知れません」


 魔法学院の優等生であるマイレルが選んだのは、剣と魔法の双方への適性を求められる職であった。この職に就いた者は、魔術師でありながらも戦士と同じ『剣』を武器に戦えるのだ。


 「俺は、父上と同じ『装甲騎士』だな。強くなって、この国を護るぞ」


 騎士団長の子ジェスナーは、騎士よりもさらに『重装備』が使用出来る職を求めていた。


 「私も将来は、『僧侶』の職に就きますの。エリーエル様と一緒に、お祈りしていますのよ」


 大司教の娘であるクラリッザは、見習い僧侶から、本物の僧侶を目指していた。


 そうして彼らは、未来への夢を語った。

 輝かしい才能とそれを伸ばす恵まれた環境を持つ彼らならば、その望みはいずれ必ず叶うであろう。

 友人達の間で最初にそれを叶えたエリーエルも、話を側で聞くセディルも、その結果を疑う事はなかった。




 「では、お集りの皆々様、ここで一つ、『重要な発表』を行なわせて頂きます」


 エリーエルの誕生会も終わりに近付いた時、会場にいた人々に向かい、場を取り仕切っていたクレイム伯爵が壇上から声を上げた。


 その一瞬、それまでざわついていた人々がピタリと沈黙し、彼へと視線を集中させる。

 そして再び、ざわめきが巻き起こる。

 皆、これから伯爵が何を語るのか、大方の予想を付けているのだろう。

 何よりも、その予想を裏付けるかのように、伯爵のすぐ側に、エリーエルが静々と歩み寄る。

 父娘が並んで立ち、客達を見回すと、会場はまた静けさに包まれた。


 「本日、我が娘エリーエルは十二歳と成りました。私にとっては、亡き妻の忘れ形見。無事にこの日を迎えられました事は、望外の喜びであります。さて、かねてより我が娘の下には、多くの方々から、求婚の申し込みがありました。私はクレイム伯爵家当主として、また一人の娘の父として様々に思い悩みましたが、今日、ここにお集まり頂きました求婚者の方々の中から、エリーエルの婚約者と成られる方を決定する事としました」


 決然とした表情で招待客達を見渡し、伯爵はこの場で、エリーエルの婚約者を発表すると語った。


 「「オオオオオッッ!!」」


 会場中がどよめきに覆われ、その視線が一斉に伯爵の隣に立つエリーエルに向けられる。

 その様々な感情を宿した視線を超然と受け止め、彼女は天使の微笑を浮かべる。

 その姿に、多くの若い貴族の少年達が、感嘆の溜め息を吐く。

 今日の誕生会に呼ばれた彼女への求婚者達は、両手の指の数を軽く超えているのだ。

 いずれも有力な貴族の子息達であり、天使を妻に持つ名誉を得る為、クレイム伯爵家との誼を結ぶ為、或いは本気でエリーエルに恋したが為、様々な理由を持って彼らは今この場にいた。


 (でも、もう結果は決まっているから、期待するだけ無駄なんだけど……)


 既に、この出来レースの結末を知っているセディルとしては、彼らの期待に満ちた目が、滑稽で痛々しく見える。

 伯爵としても、彼らを弄ぶつもりは全く無いのだろうが、現実は常に非情であった。


 クレイム伯爵は威厳を込めた眼差しで周囲を見回してから、娘の肩にそっと手を置き、エリーエルの耳元で彼女の婚約者と成る『その人物』の名を囁いた。

 彼女にだけ聞こえた『その名』を聞いた時、エリーエルは数瞬その蒼い瞳を閉じ、耳元を僅かに紅潮させる。


 「さあ、エリーエル。その人の下へ」


 伯爵が優しい目でそう促すと、彼女はその目を見開き、そこに宿す特徴的な光をさらに輝かせて、檀上から一歩前へ踏み出した。

 会場全体がシーンと静まり返り、皆の視線の全てが、一人の少女に向けられる。

 その注目と緊張の中を、エリーエルは堂々と歩む。

 そして彼女は、その人物の前に行き、完璧な動作で淑女の礼をした。


 「お父様は、あなた様をわたくしの婚約者に選びましたわ、アレイファス・ドナ・ジーネイア皇子殿下」


 エリーエルが辿り着いた先にいたのは、ジーネボリス帝国皇帝の唯一の孫にして、皇太子の第一皇子アレイファスの下にであった。

 その瞬間、会場の沈黙が破られる。


 「ううっ、エリーエル嬢は、やはりアレイファス殿下が娶られるのか!」

 「まあ、現実的に考えれば、この相手しか無かろうが……」

 「アレイファス殿下であれば、是非も無しか……くっ!」

 「素晴らしいですわっ! この国の皇帝家に、天使の乙女が加わるなんてっ!」


 悲喜劇こもごも、会場のあちらこちらから夢破れた者達の嘆きや、祝福の声が聞こえて来た。

 その注目の中にいる金髪の少年はというと、それらの声がまるで耳に入っていないかのように硬直し、その白い頬を薔薇色に染めていた。


 「こ、光栄です、エリーエル。あ、あなたが、本当に僕の婚約者に成って下さるとはっ!」


 さっきまでの落ち着いた余裕のある態度とは一変し、十一歳のアレイファス皇子は恋する少女を伴侶とする事を許された、歳相応の少年の嬉しさや戸惑いといった感情を露わにしていた。


 「おめでとうございます、殿下っ! それにエリーエル様もっ! これで帝国の未来は、お二人のものですわね!」


 大はしゃぎで最初の賛辞を送ったのは、クラリッザだった。彼女はいつものにこやかな顔に、満面の笑みを浮かべている。

 その周りには、婚約者選定に敗れた二人の少年もいる。


 「この結果は予想していましたが、実際にこの瞬間が来ると、やはり体温が上がりましたね」

 「ああ、参った」


 大きく息を吐き、残念ながらも晴れやかな顔を見せるマイレルとジェスナー。

 彼らはこの場でのわだかまりを棚に上げ、素直に友人であり、勝者であり、未来の主君である皇子を祝福する為に、パチパチと拍手を始める。

 それに呼応するかのように、会場中から拍手が鳴り響き、それはやがて若い二人を祝福する大喝采と成った。


 「では、今後とも末永く宜しくお願い致しますわ、アレイファス殿下」


 婚約者と成った少年にニッコリと微笑んだエリーエルは、その背から、光り輝く純白の天使の翼を顕現させた。

 実体を持たない光の羽根が何枚か周囲に飛び散り、ゆっくりと大気に溶けて消えて行く。

 その神秘的で神々しい光景に、会場中の人々が目を奪われ、息を飲んだ。

 本物の天使が目の前におり、彼らの未来の皇帝に祝福を与えんとしている。


 「ええ、勿論ですっ! 僕があなたを、必ず幸せにしますエリーエル」


 感激したアレイファス皇子が彼女に跪き、その白い手を取って、手の甲にそっと口付けする。

 それを見て、セディル達の側にいたアンナが、涙ぐんだ。

 赤子の時から娘のように可愛がって来たエリーエルが、幸せの階段を上る瞬間を見て、感激したのだろう。

 こうしてジーネボリス帝国の歴史に、新たに栄光と名誉の妃が誕生する事が決まったのであった。




 「これであのお嬢様も、片付くところに片付いたな」

 「めでたし、めでたしですね」


 その光景を、二人の忍者も壁際で見ていた。

 後の苦労は、あの皇子様が全て引き受けてくれるのだろう。セディルですら、肩の荷が下りたかのような解放感に包まれていた。


 「後は、どこかの『悪役令嬢』みたいに、皇子様に婚約破棄されて国外追放にならないよう、気を付けて貰わないと」


 折角ここまで来たのだから、変なトラブルは、セディルも嫌だった。

 仕事はスムーズに終えて、後金を貰いたいのだ。


 「何だそれは?」


 いつものように訳の判らない事を呟く弟子に、師が眉を顰める。


 「お伽噺みたいなものですよ。まあ、おめでたい場所で『呪いの言葉』は、これ以上言わないで置きます。後は伯爵様と僕達が、『仕事』を無事に終わらせれば、万事解決ですから」


 帝国にとっては吉兆だが、この瞬間から、彼らの真の冒険はスタートする。

 今だ知られざる『敵』が動き出すのも、この瞬間からなのだ。

 それを感じ取り、セディルは初仕事の護衛対象である少女を、仮面越しにしかと見つめるのであった。


    

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