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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第二十八話 帝都の中心

 クレイム伯爵から頼まれた仕事を果たす為、必要な下準備をすべく、セディルとライガは帝都の下町にやって来ていた。

 そこにはライガの昔の舎弟にして子分だった男、現在はウッドチップと名乗る胡散臭い獣人の男の店があったのだった。


 「それでアニキ、あっしに頼みたい仕事って、何でやんすか? 忍者のアニキの十二年ぶりの仕事となれば、あっしも張り切るでやんすよ」


 軽薄な笑みを浮かべるウッドチップだが、ライガに感じている恩義は本物のようだった。

 それに彼は、ライガがただの『下忍』ではなく、失われた筈の『忍者』である事を知る、数少ないライガの関係者だったらしい。


 「必要な物は、『情報』と『隠れ家』だ。三、四人で潜伏出来る場所が帝都の中に欲しい。本命を一つに、後は囮をいくつかだ。場合によっては無駄になるかも知れんが、念の為にな」


 ライガは、今は怪しげな『何でも買取り屋』を営んでいる昔の舎弟に、非常時の隠れ家の手配を依頼した。

 最悪の襲撃事件が発生した場合、エリーエルを連れて屋敷を脱出し、クレイム伯爵側の勢力が事を治めるまで潜伏する必要がある為だ。

 それも一箇所ではなく複数個所を用意し、デコイとなる隠れ家で敵対勢力を撹乱する事も視野に入れた注文だった。


 「へっへっへっ、そんな事なら、お安い御用でやんす。あっしだって、この街で二十年は仕事して来やしたから、あっちこっちに目や耳がありますんで」


 伊達に裏の職歴を転々として来た訳ではないらしく、ウッドチップは帝都の裏組織それぞれに伝手を持っているらしい。


 「『廃棄地区』には、勝手に住み着いている住人も多いでやんす。帝都の人口には数えられていないやつらが、今では平気で一、二万はいるでやんすから隠れ家なんて、十でも二十でも用意出来るでやんすよ」


 帝都の到る所に見られる廃棄地区は公的には無人とされているが、実際には人が住み着き暮らしている。下町同様、後ろ暗い下層民達のスラム街になっており、帝国政府からも半ば放置の状態に置かれていた。

 その為、怪しげな住民がある日何処かに住み着いたとしても、誰も気にせず関わり合いになろうとはしない。

 隠れ潜む場所には、事欠かない区域なのだ。


 「手配が済んだら、地図を用意しろ」

 「へいへい、受け渡す場所は、あっしの女が経営している酒場で良いでやんすね?」

 「……ああ、構わん。だが、お前の女という奴が信用出来るのか?」


 舎弟の女と聞き、胡乱げな眼差しを向けるライガ。過去の経験から、そこだけは信用し辛いらしい。


 「へっへっ、アニキ。あっしだって、昔のあっしじゃありませんや」

 「女絡みでドジを踏んで鼻や耳を削がれていた頃から、成長したとでも言うのか?」

 「その節は、ルナセイスの姐さんには大変世話になりやした」


 ウッドチップは、遠い目を過去に向けて故人を偲んだ。ライガの亡き妻、彼女がいなければ今頃彼は、不具者となってスラムの片隅にでも転がっていた事だろう。


 「情報の方も、その酒場で渡せるでやんすが、アニキはどんな事を知りたいんでやんすか?」

 「帝国政府と皇宮の動き、それに帝都の裏組織の動きだ。奥まで突っ込んだ情報とは言わん。だが、表面上だけでも見られる動きの情報が欲しい」


 これから帝都で何が起こるのか。

 それに対して、各組織はどのような対応を見せるのか。

 エリーエルを安全に庇護する為にも、最低限それだけは知って置かなければならなかった。


 「話が漠然としていやすけど、これから何か起こるんでやんすか? 今のところ帝都の裏組織は落ち着いているでやんすよ? 皇宮の方でも、皇帝陛下の体調が悪いだの、譲位が近いだのっていう誰でも知っているような噂しか、あっしも聞いてないでやんす」


 今の帝都は、比較的平穏であった。

 皇帝の体調不良と譲位の噂こそ飛び交っているものの、それらは帝国そのものが揺らぐような話ではないからだ。


 「もしもの話だ。何も起こらなければ、それまでだな。お前は金だけ貰って置けば良い」


 帝都で起こるかも知れない騒動の規模は、クレイム伯爵の敵の出方次第となっている。

 終わってみればただの取り越し苦労だった、という結末も十分に考えられるのだ。


 「へっへっ、判ったでやんすよ、アニキ。あっしの方でも、情報は集めてみるでやんす」


 カウンターに置かれた金貨袋を手に取り、ウッドチップは隠れ家の用意と情報収集を引き受けた。

 これでセディルとライガは、最悪の状況でもエリーエルを逃がせる場所を確保出来る事になったのだった。


 「他に何か御用はありやすか、アニキ?」

 「ああ、ついでにこいつを買取って貰え、セディル」


 そう言って、ライガはセディルに腰の『収納鞄』から取り出した物を渡した。


 「師匠、これって?」


 ライガから渡された物を両手の上に載せ、セディルが彼を見上げる。渡されたのは、紫紺色に輝く五個の『魔石』であった。


 「あの館の地下を調べた時、俺が出くわして倒した『フィギュア』達の魔石だ。お嬢様の戦利品はあの耳飾りだったが、お前の取り分はこの魔石で良いだろう」


 それは七年前の森の中の館の地下で、セディルとエリーエルが繰り広げたささやかな冒険の結末。

 子供達には不可能だった、さらに地下奥深くへの探索でライガが手に入れて来た物だった。


 「僕が貰っても良いんですか?」

 「それを売った金と伯爵に貰った前金で、装備を整えろ。丸腰のお前では、何の役にも立たん」


 その顔はいつもの鋼の無表情のままだったが、弟子への配慮を滲ませる彼の態度に、セディルはジーンと胸を熱くする。

 この七年間、セディルはライガの下で様々な武具や忍具の扱い、冒険道具の使い方を学んで来た。

 それらは全てライガの私物を一時的に借りた物で、当然セディルの所有物ではなかった。

 子供のセディルは一文無しの居候なのだから、当然の話だ。

 しかしついに、セディルは自分で使える金を得て、自分の装備を購入する日を迎えたのであった。


 「……判りました。この魔石は、ありがたく頂きます。師匠ありがとう」

 「………………」


 素直な感情で礼を言っても、ライガは何も答えなかった。この男にしては珍しく、照れを隠しているのかも知れない。


 「と言う訳で、おじさん。これ買取って下さい」


 セディルは店のカウンターの上に、五個の魔石を並べる。あの地下でフィギュアの核となっていたそれらの魔石は、全て『Lv10戦士』の物だった。


 「何か納得行かないでやんすけど、アニキの弟子なら、あっしの後輩も同じでやんすからね。出血大サービス! 1000シリスで買取ってやるでやんす」


 魔石を一つ一つ手に取り、その価値を調べたウッドチップが苦渋の決断をしているような顔で買取り価格を告げる。


 「1000シリス! へー、この魔石一個200シリスで売れるんだ」


 その値を聞き、セディルはまじまじと魔石を見つめた。

 フィギュアの戦利品である魔石は、それが高レベルの者のものである程、その価値も高くなるのだ。


 「大げさに言っているが、それは『Lv10』のフィギュアの魔石の適正な買取り価格だぞ」


 過去に多くの魔石を手に入れそれを売って来たライガには、初心者のセディルと違ってハッタリは通じない。

 その容赦の無い指摘が、買取り屋を貫く。


 「へっへっへっ、良いじゃないっすか、アニキ。子供には、社会勉強させないと駄目でやんす」


 悪びれる様子も無く、ウッドチップはカウンターの上に五十枚の金貨を並べる。

 クレイム伯爵からも仕事の前金で金貨十枚を受け取っていたので、これでセディルは合計して六十枚の金貨を手に入れたのであった。

 それが、今の彼の全財産。

 これから始める冒険に向けての、軍資金なのである。


 「では、隠れ家と情報の手配、頼んだぞ」

 「ヘイ、承ったでやんすよ、ライガのアニキ!」


 兄貴分からの仕事を引き受け、ウッドチップはニヤニヤとした薄ら笑いを浮かべて、二人を店外まで見送ったのであった。


 「師匠、あの人本当に信用出来るの?」


 店を離れ、下町の通りを歩きながら、セディルはさっき出会った胡散臭い男の事を、ライガに訊ねた。

 彼らは兎も角、事は伯爵家令嬢にして、帝国皇子の婚約者の安全に関わって来る話だ。その仕事に関係するのなら、第一に信用こそが重要になる筈なのだから。


 「人間性は軽薄だが、一応信用は出来る。それに裏社会の危険性を嗅ぎ分ける、独特の嗅覚を持つ男でもある」


 その人格は、ライガも保障しようとはしなかった。しかし仕事の上では、信用の置ける男らしい。

 実際、この仕事を成し遂げるには、この街の裏社会を知る者の情報は有用になる。

 彼の中身がどうであれ、仕事さえキチンとしてくれるのならば、セディルも文句は無かった。


 「それに俺を裏切ればどうなるか、あいつが一番良く知っている筈だからな」

 「………………」


 さらりと告げられた、その言葉。

 それだけで過去の彼らの関係は、セディルにも何となく察しが付いた。


 (うん、間違いないね。あの男、師匠だけは絶対に裏切れない)


 それを悟り、セディルもこの件に関しては、ウッドチップの仕事を信じる事にした。

 彼らは、先輩後輩の垣根を越えて共通の認識に到達していたのだ。

 『この男だけは敵に回してはならない』という絶対の真理に。




 隠れ家と情報を得る算段を付けたセディルとライガは、下町から帝都の中央市場の近くまでやって来た。

 そこには無数の店舗が立ち並び、広々とした大広場にたくさんの天幕や屋台が設置され、ありとあらゆる物が売り買いされていた。


 北方山岳地帯のドワーフ集落で作られた鋼の武器や防具、ジプティール産の貴重な絨毯、大海を越えて船で大陸南方より運ばれて来た各種の香辛料、ヘルトーラ産の馬具、ロルドニアの香水といった高価な品々が店内に並べられている。

 食料品を扱う店ならば、各地の名産のワインや蒸留酒の樽が並び、色々な種類の穀物や豆の詰まった袋が連なり、豚や牛、鶏や羊の肉が吊るされ、サドラス湖やキルベッツ海で水揚げされた魚や貝、甲殻類等の水産物が捌かれていた。


 勿論、売られている物はそれらだけではない。細々とした物を数え上げれば、切がないだろう。

 それら全てが、ジーネボリス帝国の豊かな国力を人々に実感させている。


 「師匠、そのお店もここにあるんですか?」


 しかし、セディル達が訪れようとしている店は、そうした普通の店舗とは一線を画す品々を扱う店であった。


 「そうだ。どうやら場所も変わってはいないようだ。もう見えるだろう、あれだ」


 ライガが指差した先、そこには立派な店構えを持った大きな建物が聳えていた。街の他の建築物とも違う、一種独特な雰囲気を持つ店だった。


 「遠く大陸東方の『ホウライ』からあらゆる商品を直輸入し、それらを総合して西方で商っている大商会、『ツクモ屋』のこの帝国に於ける本店だ。ここなら、侍や下忍が必要とする武具や忍具、様々な装備品も全て揃うだろう」

 「へー、やっぱり文化圏が異なるだけあって、存在感ありますね」


 その店、ツクモ屋の前にやって来たセディルは、そのどこか懐かしいような佇まいを見せる建物を見上げた。

 石ではなく木と紙で出来た建物、屋根には黒い瓦が蛇の鱗のように連なり、掲げられた木製の看板には良く見知ったホウライ語で『九十九屋』という店名が彫られている。

 流石に従業員までもが全て東方人ではないようだが、この国の人々とは違う顔立ちの者の姿がチラホラと見受けられた。

 彼らはホウライ本国からやって来た、生粋の東方人なのだろう。


 二人は入り口に垂れ下がる暖簾を持ち上げ、店の中に入った。


 「おおっ!!」


 店内を一目見るなり、セディルは目を見開き驚嘆した。

 そこで目にした物全てが、前世の懐かしき記憶を刺激し、郷愁を想わせてくれる品々であったからだ。

 ホウライから遥々数ヶ月の陸路と水路を旅して運ばれて来た、様々な産物が店内に所狭しと並べられていた。

 漆器や陶器、絹織物や細々とした豪華絢爛な工芸品、お茶や酒、調味料といった食品のサンプル、それに『侍』や『下忍』が使うであろう独特の美意識で作られた東方の武具の数々。

 ここ西方地域の文化とは異なる意匠や機能美を持つそれらの品々は、この国の人々からも高く評価されているのであった。


 「いらっしゃいませ、ツクモ屋へようこそ」


 新たな客の来訪に気付き、店員の一人がセディル達に声を掛けて来た。


 「すいません、下忍の装備一式を買いたいんです」


 セディルが包帯を巻き付けた顔でにこやかに店員にそう告げると、彼は少し怪訝そうな表情を顔に出した。


 「はい、えーと、この坊やがですか? こちらの方ではなく?」


 店員は、ライガの方を見上げた。

 どう見ても、戦いの道具を必要とするのは子供ではなく、隣の大男の方に見えたのだろう。


 「俺は装備の補充だけで良い。一式必要としているのは、コイツだ」


 ライガがその鋭い視線だけでセディルを指し示すと、ようやく店員も納得したらしい。


 「承知致しました。では、こちらへ」


 店員の案内で、二人は店の奥へと向かう。そこには、来客を迎える為の座敷が用意されていた。


 「うわおっ、畳だっ!」


 座敷の床に敷かれていたのは、セディルにとって懐かしき畳であった。床の間には掛け軸が飾られ、座布団も置かれている。

 そしてここには、靴を脱いで上がるのだ。


 「なぜ、そんなにくつろぎ慣れている?」


 靴を揃えて脱ぎ、座敷に上がったセディルは、座布団の上で正座していた。店員が出してくれた煎茶の入った茶碗を両手に持ち、堂々と口を付ける。

 店員の心配りだった。

 この西方では、侍や下忍は必ずこの店を利用してくれる、ありがたいリピーターなのだろう。


 「何か落ち着くんですよ、この雰囲気。職に就いた影響ですかね?」


 ライガの胡乱気な眼差しをいつもの調子で煙に巻き、セディルはまったりとした気分で茶を啜った。


 「お待たせ致しました。下忍装束の一式、お持ち致しました」


 そうして待っていると、店員が注文した品々を持って座敷に戻って来た。両手で大きな朱塗りのお盆を持ち、そこに装備品が載せられている。

 まずは、『忍者刀』が二振り。

 侍の刀とは違い、反りの無い直刀だ。その刃は鋭く磨かれ、狭い場所での戦闘でも取り回しの良い長さに調節されている。

 セディルは【二刀流可】のスキルを得ているので、この二振りの忍者刀を両手にそれぞれ持ち、変幻自在の攻撃を行う事が出来る。


 「防具は、このサイズで合う筈ですが、ご不満なら細かい調節も行いますよ」


 一般魔法の最高位、第十レベルの魔法には【修復】という、破損した武具や道具を修理出来る魔法がある。その魔法を応用する事で、装備品のサイズを個人に合わせて調節する事は、それ程難しい事ではなかった。


 「ん~、あ、このままでも合いそうだ」


 セディルは用意された防具を一つずつ身に着けてみた。

 最も安い下忍にとっての初期装備と言える『下忍装束』は、急所部に硬い革や軽めの鎖帷子を縫い込み、機動性を殺さずに防御力を高めた忍者の為の黒装束だ。

 それに頭部を守る『忍び頭巾』を頭と顔に巻き、『下忍の手甲』を両腕に嵌め、『下忍のブーツ』を足に履く。

 いずれも魔力による強化は成されていない、ただの普及品なのだが、それらの装備を身に着けたセディルの姿は、まさに世に知られる『忍びの者』そのままであった。


 「うん、これぞ正しく、ザ・忍者って感じだ!」


 決して安くはないが、これらはあくまで普及品。忍者ハイマスターであるライガが持つ、伝説級の装備でも特殊な力を持っている訳でもない。

 それでもこの世界に転生し、忍者と成ったセディルが手にした、それが初めての武装であった。

 彼の心に、冒険と闘争への熱い想いが湧き上がって来る。

 思わず口元が綻び、握った拳に力が籠るのを止められなかった。


 他にも、忍者用の装備である『忍具一式』が座敷に並べられる。

 鉤の付いた細い縄や、万能ナイフとしても使える苦無型の『手裏剣』、投げると炸裂して煙を出す『煙玉』、探索の為の道具や鍵開け、罠外しを行なう七つ道具。

 それに、油紙に包まれた粘土の塊のような忍用携帯食。イザという時は、これだけでもしばらくの間は生き延びられる。


 「『収納鞄』って、ありますか?」

 「ええ、取り扱っております。普及品なら、300シリスです」


 『収納鞄』は見た目の大きさや重さを無視して、多くの物資を入れられる小型の腰鞄である。

 現代の技術で作られた普及品でも、一般的な水袋一千杯分もの収納力を持ち、そこそこ経験を積んだ冒険者なら誰でも購入する重要な魔道具であった。

 その収納力によって鞄の価値は変わり、効果を強化された物ならばその値はどんどん跳ね上がる。

 ライガが持っている古代に作られた収納鞄は、+4もの強化が成され、普及品の五倍もの収納力を持っている。これ程の品になると現代では作れない為、大金を出して競売で買うか遺跡に潜り自分で見つけるかしなければ、手に入れる事は出来ない。


 セディルが買った収納鞄は、勿論普及品だった。

 東方の技術で鞣された鹿革を使い、魔法技術で成形された頑丈そうな鞄だった。ベルトが付いており、腰にしっかりと固定する事が出来る。


 「では、鞄との『個人契約』を行なって下さい。そうしないと、これは使えませんので」


 持って来た鞄の中央、小さな赤い魔石が嵌っている場所を店員が指差す。


 「なるほど、ここに自分の魔素を登録して契約するんだ」


 聞いていた話と合致し、セディルが頷く。

 魔道具の中には魔素との相性や反発、魔術処理の関係上、一人につき一つしか装備して使用する事が出来ない品が存在する。

 そうした道具を使用するには、扱う個人との契約が必要になるのだ。

 収納鞄もその一つであり、使用するには自分の身を流れる固有の魔素を、一滴の血に代えて鞄に登録する必要があった。

 個人に契約された鞄は、中身が入った状態では他人が持ち運ぶ事は出来ない。

 もしも持ち主の手から鞄が離れ、それに他人の手が触れると、鞄の中身は全て外へと出てしまう。それにより自ずと持ち運び出来る荷物の量も、人数と鞄によって制限されるのであった。


 セディルは店員から銀の針を渡され、それで親指の先を突いた。小さな赤い玉のような血が、一滴だけ指先に滲み出る。

 それを鞄の赤い魔石に付着させると、血に含まれた魔素に反応し、魔石は僅かに明滅した後、赤から青へとその色を変えて行った。

 これで登録は終了し、この鞄はセディルにしか使えない物と成ったのである。


 「やっぱり、それなりの値段はするんだな~」


 忍者に必要な道具を一通り買い揃え、さらに武具の手入れ道具や収納鞄を購入した代金を支払うと、ライガに貰った魔石を売って得た金の半分以上が消えていた。

 これらの装備や道具は、現地生産されている物もあるが、中には大陸東方のホウライ国から交易隊によって運ばれて来た物もある。

 その為、普通にこの地で買える革鎧や短剣等と比べると、忍者の専用装備はどうしても割高になってしまう。


 「まあ、それでもこのスタイルを捨てる訳には、行かないもんね」


 忍者には忍者の矜持がある。

 それは忍者の職が失われ、下忍のみとなった現在でも変わらない。

 その意志こそが、この西方の地にあっても忍者の姿を変えずにあるのだった。

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