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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第十九話 忍者への道

 「師匠、忍者に成ると、どんなスキルを得られるんですか?」


 森の中の館の中庭で、セディルはライガから冒険者の基礎知識と職について学んでいた。

 レベルの恩恵、魔素への適性、各種スキル、老化抑制効果、それに転職について等々。

 そしてセディルは、師であるライガがレベル21に到った最強の忍者、『ザ・ハイマスター』であった事も知ったのであった。


 「忍者の職に就いた者が得られる『職業スキル』は、七つだ。これは各種の職の中では、かなり多い方だろう」


 職業スキルは、『戦士』のように全く得られない職もあれば、四つ五つと複数のスキルを得られる職もある。

 中には、性別や武装、種族を制限するありがたくないスキルがあるのも、職業スキルの特徴だった。


 「ふんふん、それで僕が得られる七つの職業スキルって、どんなのですか、師匠?」

 「それはこれからの修行の中で、追々説明してやる。まずは、忍者に成る為に必要な基礎訓練をやり抜く事だ」


 職に就く為には、既にその職にある先達から指導を受け、様々な訓練や修行で能力値を高め、技術や知識を得て行く必要がある。

 『戦士』なら武具の扱いを学び、『盗賊』なら罠の見つけ方や外し方、鍵の開け方や隠密技術等を教えられる。

 『僧侶』は心身を鍛えて神々への信仰心を高め、『魔術師』はひたすら学問と魔術の知識を蓄える。


 「それらの職の中でも、忍者の修行は一際異彩を放っている。ただ技術や知識を得るだけでなく、肉体と精神そのものを改造し、ただの『人』から、非情の殺戮機械である『忍者』へと、そいつを作り変える修行が必要になるからだ」

 「修行による、精神と肉体の改造ですか?」

 「そうだ。まずは、それに耐え抜いて貰うぞ」


 ライガの黒瞳が、深い闇と金色の光を同時に瞬かせる。

 それは、これから行われる修行の過酷さと狂気を、共に示すものであった。


 「望むところです、師匠!」


 覚悟を決めていたセディルでも、その眼光には一瞬身体を震わせた。それでも、彼にはもう退路は無いのであった。




 それから、数か月間。


 セディルは、ひたすら特殊な呼吸法と瞑想の鍛錬を課された。

 遍く大気の中に溶け込んでいる魔素を呼吸で取り込み、肉体の隅々にまで行き渡らせるのが、この修行の目的だった。


 「空気だけを呼吸するのではなく、魔素を肉体に取り込む為に息を吸うのだ。吐く時は当然、空気だけを吐き、魔素は吐くなよ」


 最初は無茶苦茶な事を言われていると感じたが、数か月も続けていると、徐々にコツも掴めて来た。

 セディルは、大気から呼吸で取り込んだ魔素を全身の血管に流し、神経を刺激させ、筋肉で弾けさせる事をイメージ出来るようになっていた。


 「魔物連中の多くは、自然にこれが出来るらしいな。あいつらは、魔素を取り込む事で、食事を取らずとも生きて行けるらしいぞ」


 普通の動植物とは違い、『魔物』と呼ばれる存在は、多かれ少なかれ魔素の影響を必ず受けている。

 彼らはその巨大で強靭な身体を、食事に頼らずとも魔素だけで維持出来るのだ。


 「じゃあ、師匠も食べなくても平気なの?」

 「人は魔物とは違うからな、俺も腹は減る。まあ、二、三日食わずとも動きに支障が出ない程度には鍛えてある」


 忍者といえども飯は食べる。

 しかし、空腹の影響を魔素で緩和する事は可能だった。

 それからもセディルは、魔素を吸収する呼吸法と、それを身体中に巡らせ、全身に薄い布を纏うイメージを得るまで修行を続けた。


 「魔素の流れは、常に求め続けろ。呼吸した魔素を肺から臍の下に溜め込み、そこから頭や手足、指の一本一本までに流し込むのだ。魔素を纏い、固めた四肢はそのまま十分な凶器となる。鋼の武器同様に、敵の肉を裂き、骨を砕き、甲冑をも貫く」


 魔素を帯びた忍者の手足は、武器と同じ威力を持つ。纏われた魔素は、濃い油を塗ったように身体を覆う為、戦闘で血肉が付着しても、すぐに振り払える。

 敵が接触毒を持っていたとしても、浸透を防ぐ効果もあるのだ。

 その一撃は、マスターレベルともなれば、魔法剣の刃と同等の鋭さを獲得する。


 「慣れさえすれば、この効果は眠っていても息をするように自然と行えるようになる。レベルが上がれば、さらに威力も増して行く。レベルが低い内は、忍者でも専用武器を持った方が、攻撃力は高いだろう。だが、レベル11を超えたならば、素手でも十分な打撃を敵に与えられる」


 忍者には、忍者の専用武具や装備品がある。

 それを扱う為のスキルが、【忍装備可】のスキルであった。


 『忍者刀』を初めとした近接武器、投擲武器の『手裏剣』、忍者用の装束、各種の忍者専用装備品。それらは今でも大陸東方の国『ホウライ』で作られ、商人達によって西方でも専門店で販売されている。

 無論、それらを購入し使用するのは、現代では『下忍』だけである。

 特殊な諜報能力と盗賊よりは高い戦闘能力を持つ下忍は、西方でも重宝された。

 その結果、今では西方人の下忍も多く世にいる為、需要には事欠かない。


 「でも師匠、魔物の中には、普通の武器じゃあ殺せなくて、倒すのに、銀製や魔法の武器が必要な奴もいるんでしょ?」


 様々な特殊能力を持つ魔物の中には、極めて魔法的なものも存在する。

 肉体を持たない霊体や、強烈に呪われたアンデッド、人が病により魔物に変じた『人獣』、高位の悪魔や天使達。

 そういった者達の中には、魔力を帯びた武器でなければ傷一つ付けられない者もいるのだ。

 そうした敵と戦う場合には、冒険者は魔力を宿した銀製の武器や魔法の付与された武器を用意するか、魔術師や僧侶の魔法で、一時的に武器に魔力を付与して貰う事で対処する。


 「そんな者と戦う為に、『忍者系忍法』の中には、四肢に魔力を宿す術が存在する。それに、マスターレベルに達すれば、魔素を纏うこの五体が自然と魔法の武器と同様の物に変わる。通常武器が通用しない相手でも、問題なく殺せるぞ」


 ライガが腕を伸ばし、軽く関節を鳴らす。

 その太くてゴツイ指先の一本一本に、魔素が濃く漲っている。それを見れば、セディルにも彼が冗談ではなく真実を言っているのが良く判った。

 忍者に成る為の肉体改造の先には、まだまだ多くの可能性が残されているらしい。


 (それなら、僕は僕の知識を修行に応用しよう。師匠や、この世界の人が知らない知識や発想。それが、僕だけの武器なんだ)


 セディルは、呼吸と瞑想に集中しつつも、忍者の新たな修行技術を考察して行くのであった。




 セディルに課された忍者の基礎修行は、延々と続いて行く。

 季節が移り変わり、年を越してもそれは変わらない。

 呼吸と瞑想の修行を続けつつ、セディルは忍者に必要な知識を口頭で伝授された。それらは紙に書き残す事は許されず、全てその場で暗記しなければならなかった。

 魔素を取り込む呼吸に慣れて来ると、今度はそれを水の中で行わされた。森の中にある川の中に入り、水中の魔素を呼吸して耐えろという無茶を要求される。

 ライガと共に山中を駆け抜け、忍者専用の武器や道具の使い方を学ぶ。

 忍者戦闘の模擬訓練では、ライガに指一本も触れられず、セディルは数えるが嫌になるまで土を舐めさせられた。


 普通の人間にこの速度と過酷さの修練を行なえば、普通なら身体が壊れるか、心が壊れてしまうだろう。

 だからこそ、忍者に成るには転職を経るにしても、マスターレベルに到る程の前提能力値が要求される。

 ライガが天才的な才能があっても、最初から忍者に成るには二十年以上掛かると言ったのも、この肉体改造の狂気を思えば当然だった。


 しかし、その狂気の修行にも幼児のセディルは、まだ耐えていた。

 厳しく辛い呼吸法を根気強く続け、圧倒的な実力差のあるライガにも必死で喰らいついて来る。

 その様子を、ライガは無表情で見つめ続けていた。

 彼はただ淡々と、セディルに忍者の修行を課して行った。


 修行はほとんど休み無く続き、中断されるのは、夏が近づいた僅かな時間。

 即ち、館にクレイム伯爵一家がやって来る時だけであった。

 尤も、その時はその時で、セディルは伯爵令嬢エリーエルから、下僕として扱われる数日間を過ごさなければならない。

 なかなかに、気の休まる暇は無いのであった。




 季節は巡り、冬が訪れる。

 ジーネボリスの冬は、雪はそれ程積もらないが、寒さは厳しい。冬の間は、家に籠って温かく過ごすのが、この地方の人々の暮らしであった。


 「忍者に成りたいのだろう?」

 「判っていますよ、師匠。やりますよ、やれば良いんでしょ!」


 そんな環境でも、セディルの修行は中断されない。


 雪が薄っすらと降り積もり、森全体が白砂糖を塗したケーキのように飾られた中、で、セディルは寒さに震え、鼻水を啜りながらも山中を駆け抜けていた。

 身体には毛皮の防寒着を着込んでいるが、その日は冷たい強風は吹いていた。常に動き回っていないと、凍えてしまうだろう。

 そのセディルの前を散歩するように軽やかに駆けるライガはというと、いつもの薄い服しか着ていないというのに、全く平然としている。


 「うううぅ~、師匠~、忍者に成って『忍法』を使えるようになれば、僕もこの寒さに耐えられるようになるんですよね?」


 一時休息の為に、森の奥にある洞穴の中に入ったセディル達は、焚き火を起こして暖を取っていた。

 パチパチと火の粉を弾けさせる小枝にかじかんだ手を翳しつつ、セディルはライガに訊ねた。


 「忍者に成っただけでは、『忍法』は使えんぞ。最低でも、レベル2に成らなければ、第一レベルの忍法すら発動しない」


 バキッと枝を折って焚き火に放り込み、ライガは赤々と燃える炎を見つめた。


 『魔法』、それは魔素を媒介にして発動する神秘の力。

 魔術師と呼ばれる者は、古代から伝わる『力ある言葉』で魔力を紡ぎ、事象に変化を齎して超常の力を行使する。

 僧侶達は、超越者たる神々への信仰を糧とし、神の代行者としてその力を顕現させる。

 世に知られる魔法は、この二系統が圧倒的に有名だが、失われた職、忍者に就いた者は忍者独特の魔法を行使する事が出来たという。


 それが、『忍者系忍法』と呼ばれるものであり、職業スキル【秘伝忍術】によって忍者が得る力の一つであった。


 「忍者は、上位職だからな。全ての忍法を使いこなすにはレベル20、即ちハイマスターに成る必要がある」


 通常、僧侶や魔術師といった基本職とそこからの派生職にある者は、マスターレベルに達した段階で、魔法レベルも上限のレベル10に達し、全ての魔法を発動する事が出来るようになる。

 だが、上位職と呼ばれる強力な職では、マスターレベルに到ったとしても、魔法を全て習得する事は出来ない。

 マスターレベルからの転職でも行っていない限り、上位職の者が魔法レベルを10にするには、ハイマスターに到る必要があるのだ。


 「忍者系忍法は、魔術師系や僧侶系とは大分違った魔法なんですよね?」

 「そうだな。そもそもその発生や行使の仕方が、それらとは根本から異なる」


 念じるだけで発動する一般魔法を除いて、他の魔法の行使には、通常『呪文』の詠唱が必要とされる。

 魔術師は、古代から伝わる『魔法語』の呪文を詠唱し、手指で印を描き、魔術を発動する。

 僧侶は、神への祈りを呪文として唱え、奇跡を発現する。

 いずれの魔法も『言葉』を発する必要があり、もし何らかの原因で言葉が話せなくなったとしたら、これらの魔法は使用不可能となるのだ。


 「忍法の使用には、一般魔法と同様に言葉は不要だ。体内の魔素を練り上げ、念じる事によって忍法は発動する。僧侶系の第三レベル【沈黙空間】の魔法で、周囲の音の伝達を止められ、『沈黙』状態に置かれたとしても忍法なら発動可能だ。忍法を封じるには、魔力の流れそのものを封じる必要がある。尤も、忍法の効果はいくつかのものを除いて、忍者本人にしか現れないものが大半だ。それを考えて、使わねばならん」


 忍法を行使するのに、呪文の詠唱は不要だった。

 それに必要なのは、呼吸と集中。

 しかしその反面、僧侶系、魔術師系には当たり前のようにある、味方を援護する系統の魔法が一つもない。

 他者に影響を与える忍法は、敵を攻撃したり拘束したりするものだけなのだ。


 「今師匠が、全然寒そうじゃないのも、忍法の一つですよね?」

 「ああ、そうだ」


 ライガは今、自分に一つの忍法を発動させている。

 忍者系第三レベルの忍法【環境適応】。この忍法によって、忍者は灼熱の砂漠だろうが極寒の氷原であろうが、快適に過ごす事が出来る。

 忍法とは、呼吸によって取り込んだ魔素の力と自身の魔力を反応させ、肉体の力を極限まで引き出す強化型魔法なのであった。


 「はあぁ~、僕も早く忍法使いたいな~。師匠みたいなハイマスターになれば、空を飛んだり、他人に変身したり出来るんですよね?」


 忍者の使う忍法は、今ではお伽噺や民間伝承の類いとして、世間では面白可笑しく伝えられている。

 その中には、突拍子もない話として馬鹿にされるようなものもあった。


 「忍者は石になって眠るって、本当ですか?」

 「……本当だ。忍者系第九レベル忍法【石像変化】を使えば、肉体を石化して、歳月を経らない眠りに就く事が可能になる」


 攻撃した対象を毒や呪いで『石化』する攻撃は、魔物が持つ能力として広く知られている。

 巨大な鶏の姿に、蜥蜴の脚と尾を持つ『コカトリス』。毒蛇の髪を持つ美女で、凝視した相手を石に変える『メドゥーサ』や、邪眼と毒血を持つ八本脚の大蜥蜴『バジリスク』等が有名だろう。

 そうした攻撃で石にされた者は、肉体の時間が停止し、僧侶系第六レベル魔法【石化治療】で、石化を解除するまでは、老いる事もなく石像であり続ける。


 「【石像変化】の忍法で石になった場合は、僅かに意識が残る。忍者は、任意でこれを解除する事が可能だ」

 「へー、事実上のタイムカプセルですね」


 石になっても、自分の意志で何時でも元に戻れるなら、時を跳び越える事すら出来るだろう。


 「……お前は、いつも訳の判らん事を言うな?」

 「僕の言う事は、気にしたら負けですよ、師匠。お話の続きをどうぞ」


 身体が温まって来たセディルは、鼻水を拭ったすまし顔でライガに話の先を促す。


 「……俺の師は、その【石像変化】の忍法で石と化し、二百年近くも眠り続けていた男だった」


 セディルの言う通り、気にしたら負けだと悟ったのか、ライガは己の過去のエピソードの一つを語り始める。


 「師匠の師匠ですか? じゃあ、その人は、師匠の前の最後の忍者ですね?」

 「そうなるな。俺があの人に出会ったのは、下忍のマスターに成って間もない頃、十八歳の時だった。古い石窟の奥で、あの人は眠っていた。俺に気付いてあの人が起き上がり、対峙した瞬間に判った。この男が伝説の忍者なのだと、な」


 ライガは、過去のその時を幻視していた。

 憧れの存在に邂逅した、その日の事を。


 「次の瞬間、俺はあの人の前に跪いて、弟子入りを懇願していた……」


 若いライガの実力を見抜いたのか、寿命を悟って眠りに就いていた老忍者は、彼を自分の技を受け継ぐ者として認めてくれた。

 それから、ライガは老忍者の下で転職修行を積み、二年後にレベル1の最後の忍者に転職したのであった。

 そこまで語って、ライガも気付いたらしい。

 大きな黒い瞳をくわっと見開き、セディルが彼を見つめていた。


 「なんだ、じゃあ師匠も、僕と全く同じだったんだ」

 「……………」


 自分の語った過去と、セディルがライガと出会い、弟子入りを願い出た経緯は大変良く似ていた。

 それを悟り、ライガは苦虫を噛み潰したように顔を顰める。セディルと自分が、結局同じ事をしていると認めるのは、心底嫌な様子であった。


 「ねえ師匠。その師匠の師匠って、やっぱり強かったの? 師匠よりも?」


 そしてセディルは、気になる事を訊ねた。

 伝説に於ける、最後の忍者が持っていた実力を。


 「師のレベルは、29だった。俺は結局、師の実力には届かなかったな……」


 洞穴の壁に背中を預け、ライガが土の天井を見上げる。

 彼が若かりし頃に抱いた夢は、夢のまま終わろうとしていた。


 「レベル29の忍者! 凄い人がいたんですね。どうやって、そこまでレベルを伸ばしたんだろう?」


 五十歳代のライガですら、まだレベルは21でしかない。

 過去の偉人達は、どのようにしてレベルを上げていたのだろうか、セディルは不思議に思う。


 「普通なら、難しいだろうな。だが、彼らが生きた時代には、特別な事情が存在した。だから短い人の人生でも、そこまでの高レベルに己を鍛え上げる事が出来たのだ」

 「特別な事情?」

 「超越者が用意した、『試練の迷宮』というやつだ」

 「迷宮……」


 その言葉に、セディルはぞくっと身体を震わせた。寒さゆえではなく、歓喜の熱意によってだ。


 「この一千年の間に、二箇所。それは現れた」


 世界には、『文明崩壊』以前に栄えた魔法文明の遺跡が、無数に存在している。その中には、残された財宝が眠り、同時にそれを奪われぬよう守護者の怪物や狡猾な罠が張り巡らされていた。

 冒険者と呼ばれる者達は、そうした遺跡に挑み、怪物を倒し、罠を潜り抜け、財宝を手に入れる。

 その過程で冒険者は魔素を獲得し、レベルを上げるのだ。


 「だが、試練の迷宮は、そうした遺跡とは一線を画す。まず規模が違う。それは想像を絶する巨大な建築物で、強大な魔法の力で守られ管理されている。入口から中に入ると、内部には魔物が尽きる事無く湧き出し、宝や罠が無数に配備され、侵入者を誘うと同時にその命を容赦なく奪って行く」


 それは、まさに無限の蟻地獄。

 入り込んだ者は、余程の強者でなければ生き残る事が出来ない、死の迷路。


 「しかしその反面、試練の迷宮には奇妙なルールが存在する。なぜか入り口付近の魔物は弱く、奥へ進めば進むほど、出て来る魔物が徐々に強くなって行く、という法則を持っているのだ」


 それは確かに奇妙なルール。

 普通、侵入者を阻止する為には、入り口にこそ最強の番人を配置して置くものだ。それではまるで侵入者を呼び込み、鍛えてやろうという何者かの意図が見えてしまう。


 「そんなルールがあるから、『試練の迷宮』なんて呼ばれたんですね」


 余人にとっては奇妙なルールではあるが、セディルにとってそれは、良く知る迷宮の形態だった。

 即ち、ゲーム会社が、プレイヤーを楽しませる為に作る、ダンジョン攻略ゲームのルール。

 レベルも上げられず、すぐにキャラクターが死んでしまうようなゲームでは、誰も楽しむ事は出来ない。戦術と戦略に基づいて攻略すれば、ちゃんと先へ進めるというのが面白いゲームなのである。


 「そのようだな。兎に角、そんな形態の迷宮が過去に二度、このレイドリオン大陸に出現した。それが七百年前に現れた、『神の塔』。そして三百年前に見つかった、『奈落都市』だ」


 神の塔は、エゼルティール海に突き出た、オリブール半島にある天空神の聖地に出現。奈落都市は大陸中央部、現在の小国家群の中心にある交易都市の地下に発見された。


 「この二箇所の大迷宮には、大陸中から多数の冒険者が集まり、攻略を目指して挑んだという。多くの犠牲者は出たものの、今までの常識では考えられない程の速さで、マスターやハイマスターに上り詰める者も続出した。そして、神の塔では【祝福されし勇者】が、奈落都市では【白百合の剣聖】が率いる当時の最強パーティの手によって、迷宮の最深部にいた支配者が討ち果たされた」


 それはまさに、人類最強の冒険者達による偉業だった。

 レベル30を超える勇者と剣聖を筆頭に、戦いに参加した全員が、レベル26を超えていたからこそ成し得た奇跡だ。


 「そんな凄いパーティが挑んだ、迷宮の支配者って何だったの、師匠?」


 過去に行われた、その壮絶な戦いに想いを馳せ、セディルは先人達が挑んだそれらの存在について知りたくなった。


 「神の塔の最上階には、『神の化身』がいたそうだ。奈落都市の最下層には、始祖の巨人の一柱『奈落の巨人』がいたらしいな」


 いずれも名前を聞くだけで、その恐ろしさが伝わって来る、最大最強クラスの怪物だった。


 「俺の師は、剣聖と共に奈落の巨人と戦ったパーティの一員だったそうだ。その迷宮があったからこそ、極限まで己を鍛え上げる事が出来たのだろう」


 試練の迷宮では、冒険者達は絶え間なく続く戦いに身を置く事になる。

 そこは冒険者達をふるいに掛け、多くの脱落者を生み出す魔窟ではあるが、同時に短期間でレベルを上昇させ、莫大な富を手に入れられる挑戦の場でもあるのだった。


 「その二箇所の迷宮も、支配者が倒された後は、もう廃墟しか残っていないらしい。だから現代の冒険者がレベル20以上を目指すには、地道に冒険と鍛錬を繰り返すしかない」


 それを行ない、ライガはレベル21までは到達した。

 しかし彼はそこで冒険に行き詰まり、師のレベルに届く事も超える事も出来なくなった。


 「そんな迷宮が、過去にはあったのか……。でも、過去にあったなら、これから何処かに、ポコッと現れる可能性はありますよね?」


 試練の迷宮の話を聞き、これから忍者に成る予定のセディルは、大いに期待した。

 もしもそんな場所が何処かに見つかったなら、すぐに飛んで行って探索に身を投じるだろう。彼は早くレベルを上げて、目指すべき道を行きたいのだから。


 「前に現れたのが、三百年前だぞ、次がいつかなど誰にも判らん」


 数百年無かったものが、突然この時代に現れると期待する程、ライガももう若くはなかった。


 「大丈夫ですよ、師匠。それでも僕は、責任を持って師匠を超えますから。目指すのは、最強の忍者です!」

 「……………」


 セディルが朗らかに口にするその台詞は、過去にライガも口にしたものだった。

 口にするだけなら、簡単な台詞。

 だが実現は、不可能に近いのが現実。


 「好きにしろ……」


 だから老いたライガが幼いセディルに言うべき言葉は、それしかなかったのである。

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