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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第十八話 修行開始

 初夏の日差しが暖かく、深く濃く茂った森林の奥で、様々な生き物達が躍動する晴れやかな季節。

 一年に一度のクレイム伯爵一家の来訪という行事を終えた、森の中の館。

 今その館の住人は、一人の男と一人の子供だけになっていた。


 「本当にやる気なんだな?」

 「勿論ですよ、師匠。さあ、忍者になる為に修行の開始です!」


 館の中庭で向かい合う忍者志望の五歳児セディルと、最後の忍者ライガ。

 張り切って修行に挑もうとする押し掛け弟子を、その師がハッキリと面倒臭い奴を見る目で見つめている。


 「仕方がない、教えるだけは教えてやる」

 「はい、お願いします」


 そうしてセディルは、中庭に広がる手入れをされた芝生の上に座り、ライガからの冒険者講義を受ける事になった。


 「職やレベルについて、何処まで知っている?」

 「まあ、基本的な事をちょこっとだけです」


 転生時に与えられた知識は、広く浅い基本的な情報なので、セディルも職やレベルについては出来るだけ詳しく知りたかった。


 「それなら、知るべきは『魔素』についてからだな」

 「『魔素』ですか」


 『魔素』は、この世界のあらゆる場所に存在する、超常の力の源となる元素の事である。

 魔素は世界で起こる全ての事象に関わっており、魔法の発動や魔物の発生、超常的な自然現象に到るまで、その影響は様々だった。


 「当然、人が職に就く事と『レベルアップ』にも、魔素は大きく関係して来る。人が生まれつき持つ魔素への適性を表す、『秩序』『中立』『混沌』の各属性によっては、就ける職と就けない職があるようにな。尤も、職に就いている者より、就いていない者の方が圧倒的に多い。何らかの職に就いて、1以上のレベルを持つ者は人口の二割以下だろう。それも、その大半が『戦士』の筈だ」


 ライガが職について、淡々と説明してくれた。


 『戦士』『盗賊』『僧侶』『魔術師』の四つの職の事を基本職と呼び、そこから様々な職が派生したり、複合したりして職は生まれている。

 その基本職の中でも『戦士』は一番就き易い職であり、多くの需要もある為に、最も就業者の多い職となっていた。


 「何しろ、魔素への適性を問われず、どの属性の者でも就く事が出来る上に、身体を鍛えて『筋力』の能力値を『12』以上にし、武器と防具の扱いを一通り学べば誰でも就ける職だからな。兵士や傭兵、冒険者は勿論、ただの村人でも徴兵に備えて就いている者はいる」


 戦士に成れば、大半の武器と防具を装備し、扱う事が出来る。

 レベルアップによる『HP』の増加値も、他の基本職よりも多く、それだけでも単純に死に難くなる。


 「セディル、お前の能力値は、全て18以上と言ったな?」

 「そうです」

 

 それは五歳児としては、異常に高い数値。

 通常、この歳なら1~3までが限度の筈である。


 「ならば、お前はもう武具の扱いを覚えるだけで、戦士に成れるだろう。間違いなく、史上最年少の戦士にな。訓練期間も、一月と掛からん筈だ。それでも、戦士に成る気はないのか?」


 ライガがセディルに、行く道を再び問う。


 「師匠、僕が成りたいのは史上最年少の戦士じゃなくて、世界最強の忍者です」


 いくら職への一番の近道と言われても、目的地が違うのでは、その道へと向かう事は出来ない。

 この瞬間、セディルは戦士への道をキッパリと諦めた。


 「……職に就くと、それぞれの職に応じた『職業スキル』を得られる」


 忍者に成る事を諦めない弟子を前に、ライガは話を続ける。


 「『スキル』は、その者の能力を決める特別な力だ。世界には様々な種族がいるが、誰もが生まれつき『種族スキル』を持っている。人間なら【生命強化】、エルフは【魔力強化】、ドワーフが【筋力強化】、獣人が【敏捷強化】、小人族も【幸運強化】だな」


 それぞれのスキルは、それぞれの能力値に補正効果を生み出し、それぞれの種族に特色を生み出している。


 「ああ、ちなみにあのお嬢様みたいな天使は、種族スキルを二つ持っているぞ。天使の種族スキル【精神強化】と、他の種族の強化系スキルのどれかをな」

 「へー、天使って言うだけあって、やっぱり凄いですね。強化系のスキルを二つですか」


 そんな特別扱いの種族ならば、エリーエルの増長も少しだけ判る気がした。


 「お嬢様の二つ目のスキルは、エルフと同じ【魔力強化】だそうだ。就く職に『賢者』を選んだのも、このスキルの効果を最大限に生かせる職だからだろう」


 エルフが持つ【魔力強化】は、魔法の力を増幅する効果を持ち、レベルアップ時には『MP』の成長に、『+1点』のボーナスを得られるスキルなのである。

 MPの成長ボーナスは【精神強化】でも得られる為、エリーエルはレベルアップ時に種族スキルだけで、MPの最大値成長に+2点のボーナスを得る事になる。


 「天使が尊重される訳ですね~」


 暢気に感心するセディルを、ライガは胡散臭そうに見つめる。


 「半人間で『悪魔の子』、お前の種族スキルも気になるのだが……」

 「僕はまあ……、天使と似たようなものですよ」


 ライガの疑問を、適当にはぐらかすセディル。

 彼が持つ種族スキルは、【能力強化】。

 六つの能力値に対応したそれぞれの種族の強化系スキル、その全てを網羅するという天外のスキルであった。

 その価値は、二つのスキルを持つ天使すら超えているので、このスキルの事はライガにも話す訳には行かないのである。


 「……戦士は、最も就き易い職ではあるが、他の職とは違って職業スキルは一つも得る事が出来ない。だから、ただレベルを得る為だけの職だと、揶揄される事もある。戦士を極めた者の恐ろしさも知らずに、な」


 職業スキルが得られないとはいえ、HPも高く、強力な武器や防具を扱え、レベルアップも早めな戦士は決して馬鹿にしても良い職ではない。

 将来の『転職』を視野に入れる者でも、最初は戦士を選ぶ者も少なくはないのだ。


 「戦士以外の職や、派生職、上級職に就くには、それぞれの職に適合する属性と能力値を持つ事が条件になる。盗賊なら、『敏捷』。僧侶なら『精神』。魔術師は『魔力』だな。より強力な職に就きたいなら、就く前に能力値を修行や勉学で高める必要がある」


 つまりは才能と努力。

 属性が合わなければ望みの職に就く事は出来ないし、能力値が足らなければ、職に就くまでに長い年月の修行が要求される。


 「属性は、生まれつきで変えられないんですよね?」

 「そうだ。属性は百人の赤子が生まれれば、中立の者が五十人、秩序と混沌の者が二十五人ずつくらいの割合になるらしい。まあ、こればかりは天の配剤だ」


 人の手が介在する余地のない、神の手の範囲の話だとライガは言う。


 「職の選択、装備の使用……、それにパーティを組むのにも、属性は関係しているんですよね?」

 「ああ、冒険者がパーティを組む時、属性は必ず考慮される。秩序と混沌の属性を持つ者同士を、同時にパーティに入れる事は、普通はしない」

 「魔素が、反発し合うから?」

 「そういう事だ。普通の場所ではそんな事は無いのだが、冒険者が挑むのは古い遺跡や地下の洞穴、秘境や魔境と呼ばれるような場所が多いからな」


 属性とは、魔素との適性や相性。

 魔素自体は何処にでもあるものだが、時にそれが濃くなり、澱み、濁る場所が現れる事がある。

 古い遺跡や地下洞穴、墓場や廃墟、聖域や呪われた場所等で、そのような現象は発生する。


 そうでない場所では、秩序と混沌の属性を持つ者同士が一緒に行動していても全く問題にならないのだが、そうした魔素の濃い場所でのみ、属性の違いが互いに悪影響を及ぼすのだ。

 相反する属性の者同士がパーティの中に居ると、その者達の体内の魔素と高濃度の魔素が影響し合い、反発して、仲間の動きを鈍らせる。


 「俺も経験した事がある。あの時はまるで水の中にいるように、身体が思う様に動かせなくなった。あの状況は、戦闘では致命的だ。冒険者である以上、魔素が澱むような場所への探索は避けられない。だから、冒険者がパーティを組む時には、魔素の影響を受けない中立属性の者を中心にして、秩序と混沌の属性を持つ者、選り分けられる不文律が出来上がっている」


 それは冒険者の不文律。

 冒険パーティは、魔素の影響を受けない中立属性の者と、それぞれ同じ属性の者達が組む事。

 遥か昔からの、必要に迫られ、現実に対処した決め事なのであった。


 「ふ~ん、魔素が澱む場所か。あれ、それじゃあ、あの地下室もそうなのかな?」


 エリーエルと二人で探索した、館の未知の地下室。

 あの時、セディルとエリーエルは意図せずして、パーティを組んでいた。それに、後からライガとアンナもやって来た。彼らもパーティの一員と看做されるのだろうか。


 「お前は、混沌属性なのだろう。お嬢様も混沌属性だ。俺もそうだし、アンナは中立だ。あそこも魔素が澱んでいる場所だったが、特に影響は受けなかったのだろう」

 「へー、偶然上手く行ったのか!」


 エリーエルとアンナの属性を教えられ、セディルは納得した。

 彼女らはセディルにとって、相性の良い人々なのであった。


 「次は、レベルアップについてだ」

 「はいはい」


 セディルはライガの話を、楽しそうに聞く。新しい知識を得る事は、純粋に嬉しいからだ。


 「職に就いた者は、レベル0からレベル1になり、条件を満たす事でそのレベルを上げる事が出来るようになる。職に就いていない者は、一生涯レベル0のままだが、な」


 職に就く事で、人は初めてレベルアップの資格を得るのだ。


 「レベルアップの条件は、魔素を己の魂に取り入れ、蓄積する事だ。魔素をレベルアップに必要な量、蓄積した後、十分な睡眠を取ると、その魔素は魂に定着する。学者連中が言うには、魂は魔素によってより高次の存在へと引き上げられ、強化される。その強化された魂を宿す事で、肉体も同じように強化されて行く。それは【ステータス】に、HPとMP、能力値の上昇という形で表される」


 強化された魂は、それを宿した肉体をも根本から変えてしまう。

 骨が、内臓が、筋肉が、腱が、血管が、皮膚が強化され、五感も鋭敏になる。

 魔法を習得出来るスキルを有するならば、職のレベルに応じて魔法レベルも上昇して行き、新たな魔法を使用出来るようになる。


 HPが増加し、常人なら即死するような衝撃にも、灼熱の火炎や極寒の吹雪にも、大量出血や激痛、致命的な猛毒にも耐えられる肉体に成って行くのだ。

 MPが増えれば、より強力な魔法を多数回使用出来るようになり、攻撃、防御、援護、回復と多彩な魔法を扱える。


 「レベルと能力値による強化は、そいつの見た目にも反する。男女差や体格差、自前で鍛えた筋肉など、レベルの前では飾りに過ぎん」


 ライガはレベルと能力値の恩恵を、そうハッキリと言い切った。


 セディルは、改めて師の肉体を見つめる。

 二メートルに達するその巨躯は、鋼の彫像のように分厚く鍛えられた筋肉がうねり、野生の猛虎のような俊敏さを秘めているように見える。

 しかしその人間凶器の如き肉体も、ライガが持つレベルと能力値の前では、本当にただの飾りに過ぎない。

 彼の肉体は、鋼の彫像よりも強靭で、猛虎よりも遥かに俊敏な動きを可能とするのだ。


 「魔素、つまりは『経験値』でもあるんですね」

 「何だ、経験値とは?」

 「こっちの話です。それで師匠、魔素を得る方法は、やっぱり怪物を倒す事なんですよね?」


 概念は多少違うものの、レベルアップの為にやる事はゲームと変わらない筈。そう確信して、セディルはライガに確認を取る。


 「ああ、そうだ。魔素は何処にでもあるから、地道に修業を積み重ねる事でも、少しずつ魂に蓄積されて行く。それこそ才能さえあれば、二十年、三十年、四十年と修行を重ねて、レベル15の『マスターレベル』に達する事は可能だ」


 訳の判らない事を言う弟子の言動にはもう慣れたのか、ライガは話を続けてくれた。


 「だが、そのやり方では、どうしても時間が掛かる。それでも構わないという者もいるが、もっと早くレベルを上げたいという者もいる。例え、その道が命懸けのものだったとしても、な」


 ライガの黒々とした鋭い目が、一瞬金色に輝いたようにセディルには見えた。

 問うまでもなく、彼は後者の道を選んだ男なのだ。


 「それは、戦いに身を投じる道だ。世界には、様々な怪物がいる。邪悪な亜人種、変異した動植物、凶暴な魔獣、魔法で作られた疑似生命体、死しても蠢く死に損ない、それに魔界の悪魔や古い種族である巨人やドラゴン、そして職に就いている者達だ」


 この世界は、人が全てを支配している訳ではない。

 人智の及ばぬ脅威は、世界のいたる所に蠢いている。


 「そうした全ての者が、魔素をその身に宿している。そいつらと戦い、その命を奪った時、その身に宿る魔素の一部が俺達の身体に入り込み、魂に蓄積される。効率だけで言うならば、地道な修行を一日やるより、ゴブリンの一匹でも斬り殺した方が、割が良い」


 怪物を殺して得られる魔素は、修行で得られるそれを上回る。

 レベルを上げる最も効率の良い手段とは、命懸けの戦いなのだ。


 「戦って、怪物を殺して、その魔素を吸収して蓄積する。その方が修行だけするより、レベルアップが早くなるって事ですね?」

 「そうなるな。適度な戦いと修行を併用すれば、マスターレベルに達する才能を持つ者で、十年から二十年でレベル15に成れるだろう」


 それでも掛かる時間は短いとは言えないが、若い内に強くなりたい者にとっては、魅力的な手段なのは確かだった。


 「尤も、時間を掛けて修業すれば、怪物を倒し続ければ誰でもレベルアップし、マスターレベルに辿り着ける、などという話はありえんのだ」


 ライガは、弟子に厳しい現実を突きつける。


 「人それぞれの、レベルの限界ですか?」

 「ああ、実際にはそれがある。レベルの天井というやつが、な」


 これもまた、努力と才能。

 個人によって、魂に蓄積出来る魔素の量や肉体強化の可能性は、異なるのだった。


 「職に就いている者は、世界中に大勢いる。だが、そいつらの半分はレベル5以下、九割以上がレベル10以下に納まっている筈だ」

 「へー、ほとんどの人は、レベル10以下なんですね」


 レベルアップによって力や魔法を得られるとしても、職に就く者の九割以上が、レベル11以上には到れず、足踏みを続けているのが現実なのだ。


 「マスターレベルに到れる者は、ほんの一摘み。レベル16以上に到り、レベル20、即ち『ハイマスター』に成れる者は、さらに数が絞られる」


 レベルアップの果てにある、真に選ばれし強者、それがハイマスター。

 レベル20に到った者である。


 「それじゃあ、最後の忍者の師匠のレベルって、やっぱりそれ?」


 気になるのは、ライガのレベル。

 今までの話の流れや、地下室での『Lv10戦士』のフィギュアとの戦いぶりから考察し、セディルは彼の回答を予想する。


 「そうだ、俺の今のレベルは、21。忍者のハイマスターだ」


 隠す事無く、ライガが自分のレベルを弟子に告げた。


 「レベル21、『ニンジャハイマスター』……。やっぱり師匠、凄い人ですね!」


 師のレベルを知って、興奮を抑えられないセディル。

 やはり彼への弟子入りを強引にでも頼み込んで、正解だったのだ。


 「レベルは、人にとって絶対的な存在力を示す。レベル10以下が大半と言ったが、レベル11以上になると、肉体そのものにも魔素による変化が起き始める。それが、『老化抑制』の効果だ」


 レベル11を超えると、肉体が歳を取る速度が徐々に低下し始める。

 その職のマスターと呼ばれるレベル15に到ると、その老化速度は半分にまで低下し、レベル20に到った時には、その者の老化は完全に停止する。

 即ち、『不老長寿』になるのである。


 「レベルによる老化抑制効果。ハイマスターに成れば不老長寿。つまり種の寿命を迎えるまで歳を取らない訳か……。それじゃあ、師匠って本当はいくつなの?」


 セディルが、ライガの顔を覗き込む。

 筋骨隆々とした肉体に乗っている顔は、どう見ても三十歳の手前くらいだろう。

 しかし、それが高レベルによる老化抑制の結果だとしたら、実年齢はその見た目よりも上である筈だった。


 「俺は、五十三だ」

 「五十三歳!? 二十歳以上も若く見えるよ!」


 レベルの効果をその目で確認し、セディルも驚く。老化抑制は、確かにライガの肉体を若く保っているのであった。


 「えーと、それじゃあ、若く見えたイルメッタさんも、結構歳なの?」

 「あいつは、俺より五歳年下だ。パーティを解散して結婚した時、あいつはレベル15だった。不老ではないが、歳を取るのは遅くなっているだろう」


 妹のセディナを預けた大商人の奥方、街で出会ったイルメッタは三十代の半ばくらいに見えたが、実年齢は五十に近かったらしい。

 マスターレベルに達している為に老化速度が半分になり、彼女は今でも若いのだった。


「レベル21以上になると、寿命自体が延びたり、少し若返ったりするとも聞くが、今はまだ余り実感が湧かんな」


 レベルを上げ、魂をより高次の存在へと成長させて行く事により、人は神にも近付いて行く。

 老化抑制は、その影響の一つに過ぎない。


 「マスターレベルまでは、修行だけでも達する事は可能だ。だがレベル16以上となると、修行だけで到るのはかなり難しくなる。それこそ1レベル上げるのに、十年以上も修行を積まねばならん」


 修行により魔素を魂に取り入れ、レベルアップを目指す道はある。

 しかしそれは、実戦によって得られる魔素の量には到底及ばないのだ。


 「レベル16、それにレベル21に到った時には、さらなる恩恵も得られる。種族とも職とも関係のない第三のスキル、『特殊スキル』を得られるのだ」

 「特殊スキル?」

 「得られるのは他の職に就いた者が得る、強化系のスキルが多い。だが、時に全く知られていない未知のスキルや、珍しい特徴のスキルが得られる事もあるそうだ。そいつ個人の特性や望みが強く影響する、などと言われもするが、定かではない。前例がそう多い訳でもなく、自分のスキルを明らかにしなかった奴が大半だから、良く判っていないらしいな」


 特殊スキルは、それこそ法則性を無視して得られる特殊なもの。

 レベル16に到った時に得られる、ボーナスなのだ。


 「だが、レベル21の俺も、確かに二つの特殊スキルを得ている。どちらも、取り立てて特殊というスキルではないが、な。だからこの話は、迷信ではない」


 既に特殊スキルを得ているライガは、確信を持って説明をした。


 「師匠の持つ、特殊スキルですか。どんなスキルを持っているんですか、師匠?」


 師の強さの秘密を知りたくて、ウキウキのセディルが訊ねる。


 「……一つは、【二刀流可】だ。『侍』や『人斬り』が持っているスキルだな」


 彼は意外とあっさり、自分のスキルを教えてくれた。

 相手が弟子だからと言うよりも、自分が既に現役を退いた人間だと考えているからだろう。


 【二刀流可】は、文字通り両手にそれぞれ片手武器を装備し、使用する事が可能になるスキルの事だ。

 本来は、侍や人斬りが有する職業スキルであり、彼らは二振りの刀を自在に扱い、敵への攻撃回数を増やす事が出来る。


 「へー、つまり師匠は盾を使わない代わりに、両手を武器に使えて、攻撃回数が一回増えるって事ですね」


 レベルが上昇すれば、その者の動きの速さからその体感速度は増して行く。その結果、一度の動作で敵に直接攻撃を当てられる回数も増えて行く。

 その効果は、戦士系の職に就いた者に特に顕著に表れる。

 どの系統の職でも、レベル1では一回攻撃しか出来ないが、セディル達が遭遇したフィギュアのように、レベル10にもなる戦士ならば、一度の動作で三回もの攻撃が可能になる。

 他の系統の職では、戦士系ほど早く攻撃回数が増えたりはしない。

 だが、それでもレベルが上がれば近接戦闘や遠距離攻撃でも、その力を役立てられるようになるのだった。


 「つまり今の師匠なら、素手でも最大で六回も攻撃出来るって事ですか。しかも忍者だから、その攻撃には一定の確率で『即死効果』も付くんですよね? 凄いなぁ~」


 ライガの戦闘能力を改めて数字で確認し、セディルが感嘆する。『Lv10戦士』のフィギュアをあっさり倒した彼の力は、やはり本物だったのだ。


 「じゃあもう一つは、師匠?」

 「……もう一つは、【二回行動】というスキルだ。珍しいと言えば珍しいかも知れんが、地味な効果のスキルだな」

 「へ?」


 ライガが教えてくれた、彼が持つもう一つのスキル。

 セディルの予想通りなら、それは相当に強力なスキルの筈であった。


 「えーと、つまり師匠は、他の冒険者が一回行動する間に、二回目の行動が出来るって事ですよね?」

 「そうなるな」


 それは単純に考えて、ハイマスターの忍者が二人に増えるのと同じなのである。地味で単純な能力ではあるが、ある意味最強に最も近いスキルかも知れなかった。


 「師匠、無茶苦茶強力なスキルですよ、それ」

 「そうだとしても、もう無意味なものだ」


 虚無的な様子で、ライガは己の力を否定する。

 どんな力を持っていようとも、この館で暮らすただの管理人でいる限り、彼がそれを振るう相手は熊や盗賊ぐらいしかいないのだから。


 「でも、良いな~、僕も欲しいスキルですよ、それ」


 ライガが持つスキルを知り、冒険者の未来の可能性を知ったセディルは、将来の自分に期待する。


 「その特殊スキル、レベル21までじゃなくて、レベル26やレベル31でも得られるんですよね? 今までの人類の到達レベルの最高は、いくつなんですか、師匠?」


 セディルが座っていた芝生から立ち上がり、ライガに迫る。

 いったいこれまでに、どこまで高いレベルに到った者達がいるのか、知りたくなったからだ。


 「この一千年間で人のままレベル30に到り、更にそれを超えた者が二人だけ存在する。レベル34に到った『聖騎士』【祝福されし勇者】と、レベル33に到った『侍』【白百合の剣聖】だ」


 それは、今も語り継がれる伝説の英雄達の事であった。


 「レベル30以上に到った、勇者と剣聖ですか。そこまでは、前例があるんですね?」

 「そうだな、前例と言えば前例だ。だが、この二人の場合は、かなり特殊な状況下で、このレベルまで達している。今現在の世界で、ここまでのレベルに到ろうとするのは、……無謀だな」


 ライガはなぜか、そう吐き捨てるように言い放つと、セディルから一旦顔を背けた。


 「師匠?」

 「何でもない。兎に角、レベル35に到った者は、少なくともこの一千年の間には一人もいない。過去には、『人』としての存在を捨て去り、『化物』に成る事で、それ以上の『力』を得た者はいるらしいが、な。失われた『古代の秘術』、というやつだ」


 人が人のままで達した、現在知られている最高レベルは、34まで。


 「マスターを『達人』と呼ぶなら、ハイマスター以上は『超人』だ。レベル30以上になったそいつらなら、『魔人』と呼んでも差し支えない。まあ、とんでもない奴らだったのだろう」


 超人に到っている筈のライガでも、勇者と剣聖の事は魔人と評する。

 彼も判っているのだ。

 この世界では、上には常に上がいるのだと。


 「でも、それなら僕が目指すのは、レベル35! いや、違うな。新しいスキルも欲しいから、僕はレベル36を目指しますよ、師匠!」


 しかしそんな話をしても、セディルにはとっては火に油を注がれだけの事。彼が目指す果て無き目標を、具体的に示すという結果になっただけだった。


 「……好きにしろ」


 遠き目的地を示してもめげない弟子の姿に、ライガは遠くを見るような目で対応した。彼にしては珍しく、複雑な内心が表情に滲んでいる。


 「えーと、師匠はマスターレベルの下忍から『転職』して、忍者に成ったんですよね?」

 「ああ、そうだ」


 ライガは、じっと自分の手を見る。それは数多の敵を屠って来た、並の魔法剣を以上の攻撃力を秘めた、殺戮凶器である。


 「普通、それ以外の手段で忍者を目指す事は、正気の沙汰ではない。最初から忍者を目指すなら、天才と呼ばれる者でも、基礎修行に二十年以上。才能が無ければ、百年修行しても忍者には成れない」


 それ程の過酷な条件を求められるからこそ、忍者という職は最強であり、そしてその過酷な条件こそが、職が失われてしまった原因でもあるのだった。


 「俺は十歳の時、下忍の職に就いた。それから旅と戦いに明け暮れ、十八歳の時にはマスターレベルに上り詰めていたな……」


 ライガは遠い過去へ、ふと記憶を戻す。

 職に就いて八年でマスターレベルに到るというのは、成長の速い下忍であっても、かなり速い方だろう。彼は、相当に過酷な十代を過ごして来たのだ。


 「職の中でも、複合した能力を持つ上位職に就く為には、より高い能力値が要求される。最初からその職に就く為には、生まれ持った才能と、必要な能力値まで引き上げる為の努力が必要不可欠だ」


 ここでもまた、問われるのは才能と努力。


 「暇と金を持て余す貴族でもない限り、平民はそんな事に費やす時間も無ければ、金も無い。だから、自分の才能で就ける職に手っ取り早く就いてしまう。そしてその職でレベルを上げ、能力値を高めてから本当に望む職への転職に挑むのだ」

 「時間とお金の節約ですか。現実的な選択ですよね」


 そのどちらもが、無限にあるものではなく有限なものなのだ。


 「だから、転職は一生に一度の大きな決断になる。考えなしにも、二度以上転職する奴がいたとしたら、そいつはただの馬鹿だ」


 転職は、ただ職を変えるだけの行為ではない。より上位の職に成れるというメリットがある反面、転職には大きなデメリットも発生するのだった。


 「転職すれば、どんな高レベルの者でも、レベルは1まで低下する。当然、レベルによって得ていた能力や補正を失い、同時に前職で得ていた職業スキルも全て失う。残るスキルは、種族スキルと特殊スキルだけだ」


 レベルの恩恵、それは攻撃回数の増加や老化抑制、魔法への抵抗力や蘇生の成功確率等、多岐に渡る。

 何年も掛けて得て来た筈のそれらの能力を失う事は、確かに大きな損失になるだろう。


 「それに、全ての能力値も10点減少する。この減少で能力値が0になれば、赤子と同じで動けなくなってしまう。だから転職するならば、最低でも全ての能力値が11以上はある事が、必須条件になる」


 能力値の減少、これも冒険者の能力に関わる重要な要素の為、その減少は大きな戦力の低下を引き起こす。


 「HPとMPは、転職してもそのまま変化しない。だが、転職する直前のレベルに戻るまでは、レベルアップしても、それぞれ1点ずつしか最大値が上昇しない。これには、スキルや能力値の補正も効かないな」


 HPとMPは、冒険者が生き抜く為の文字通りの命綱。この数値は、高いに越した事はないのだが、転職すれば一時的にその成長は鈍化してしまう。


 「転職する前の職で魔法を身に付けていたなら、覚えた魔法は失わない。だが、転職したその先の職が、その魔法を扱える職でないなら、新しい魔法は使えるようにはならないな」


 一度覚えた魔法は、転職しても失われない。

 しかし条件を満たしていなければ、次の職では新しい魔法を覚えられない。

 やはり転職は、計画的に行わなければならないのだ。

 ライガが生涯に二度も転職する者がいれば、ただの馬鹿だと言った事も、これなら頷けるとセディルは思った。


 「やっぱり、僕が行く道はこのまま師匠の下で、忍者に成る事ですね。師匠、宜しくご指導ご鞭撻のほどをお願いします!」


 師から一通りの職に関する話を聞き、セディルは自分の向かう道を改めて確信した。

 まずは修行を積んで、忍者の職に就く事。

 そしてレベルを上げる事。

 目指すのは、前人未到の最高レベル35を超え、レベル36に到る事。


 「僕は、目標を大きく持ちます。さあ師匠、次は忍者の話ですね!」

 「……………」


 セディルの前向きかつ、身の程知らずな目標を聞かされ、いつもは鉄面皮を崩さないライガの顔が、何か嫌なものを見た感じに少し歪んだ。


 師弟の対話と修行は、これからが本番なのである。

  


  

 


 

  


 


     


 


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