第十七話 それぞれの選択
「それで、この一件の首謀者はどっちだ? 話によっては、俺も弟子入りを考え直すぞ」
淡々とした無機質な口調が、ライガの本気度を表している。
下手な答を返せば、彼は本気でセディルに罰を与えるかも知れない。
(不味いな、ドジ踏んじゃったかも……)
セディルは、さっきとは違う冷汗を流しつつ、上手い言い訳はないものかと脳内を検索する。
この場所への探索にセディルを誘ったのは、エリーエルである。
半ば命令と同じ強引な誘い方だったが、冷静に考えればセディルはそれを断り、ライガにここの事を報告すれば良かった筈なのだ。
しかしセディルはそれをせずに、彼女の無謀な探検に付き合ってしまい、結果的にエリーエルを危険に晒してしまった。
彼自身、この世界に来て初めての地下探検という、冒険自体に誘われてしまった側面は否定出来ない。
セディルが首謀者なら、伯爵家に雇われている館の管理人として、ライガとしても看過出来ない事態になるだろう。
「管理人、まさかお前は、この下民がわたくしをここへ連れて来たとでも、思っていますの?」
その時、エリーエルが口を挟んで来た。
先程までの泣きそうな顔を、強引に元に戻し、昼間出会った時の傲慢で尊大な伯爵令嬢の顔をしている。
「それなら、お前は間違っていますわ! このわたくしが、こんな下民の言う事に従うなど、ありえませんもの」
そう言って腕を組み、自分の二倍以上もあるような大男を幼いながらも精一杯の見下す視線で威嚇する、小さくも高貴な女の子。
「この場所を見つけたのは、わたくしですわ。わたくしがわたくしの家の何処に行こうと、わたくしの勝手。この下民は、もしもの時の使い捨ての壁代わりに連れて来ただけですわ」
あくまで主導権は自分にあり、セディルは肉壁に過ぎないとエリーエルは言い切った。
(僕に、責任全部擦り付けなかったね……、お嬢様)
全ての責任を押し付けられる可能性も頭の中にあったセディルだったが、エリーエルの意外な一面を目の当たりにし、少しこのお嬢様を見直す事にした。
相変わらずのツンツンとした態度の彼女だが、自分の責任だと主張する事で、セディルを守っているのだ。
自分の責任を他人に押し付けない。
それが幼くとも、彼女の真っ直ぐな矜持なのだろう。
その言い分を、ライガは表情を変えずに黙って聞いていた。
エリーエルの側に立つアンナは、どうしたものかと困惑気味な様子で、彼女の小さな背中を見つめていた。
「……お嬢様が勝手にやったと仰るなら、俺もこれ以上言える事はありません。お嬢様のお尻を引っ叩く権限までは、伯爵様に頂いて下りませんので」
嘘か本当かは兎も角、そういう話にして置いてセディルを罰するなという彼女の意向を、ライガは汲み取った。
「この事は、お父様達には秘密にして置きなさい」
念を押すように、エリーエルがライガに命じる。
「でしたら、俺の言う事も聞いて頂きましょうか。ここの調査は、後日俺がやって置きますので、お嬢様達はここには立ち入り禁止です。宜しいですかな?」
この一件を伯爵に報告しない代わりに、ライガはこの地下室に立ち入らない事を約束するよう、エリーエるに求めた。
同時に、セディルにもその眼光で脅しを掛けて来る。その目は語外に、守らないならどうなるか判っているだろうな、と言っていた。
「……判りましたわ。約束しましょう」
彼女がこれ以上ごねれば、ライガは今夜の一件を全部伯爵に報告するだろう。
可愛く頬を膨らませつつも、エリーエルは彼の要求を渋々と聞き入れた。
「アンナも、良いですわね?」
「はい、お嬢様」
アンナも、彼女の無茶が治まるならと思い、沈黙を約束した。
「じゃあ、師匠。ここの鍵です」
セディルも書庫から地下通路へ到る隠し階段の鍵を、ライガに渡す。
「では、身体を洗ってさっさと寝て頂きましょうか。明日の日の出までには、まだ時間があります。アンナさん、お嬢様を浴室に連れて行ってくれ。他の連中に気付かれんようにな」
ようやく素直になった我が儘娘を風呂に入れるよう、ライガはアンナに頼んだ。
埃の舞う黴臭い地下室で動き回った為に、セディル程ではないにしろ、エリーエルも汚れていたからだ。
「ええ、判りました。さあお嬢様、上に戻りましょう。浴室で、お身体を洗います」
やっとここから出られると判り、ホッとした様子のアンナが笑顔でエリーエルの肩に手を添えた。
その瞬間、なぜかエリーエルの肩がビクッと跳ねる。
「お嬢様?」
「アンナ、お風呂には自分で行きますわ。お前の手は借りません。下民、ついて来なさい」
そして口を真一文字にキュッと結ぶと、ライガとアンナの方を見ずに早足で階段に向かって歩き出す。
アンナが慌てて彼女の後を追おうとするが、それも無視して地上へと急ぐエリーエル。
「どうしたのかな、お嬢様?」
「フッ、さあな。それでもお前をご指名だ、行って来い」
何かに気付いたように苦笑するライガに促され、セディルも彼女達を追って地上に向かう。
女子供が部屋から消え、残されたのはライガ一人。
最後の忍者の視線は、地下室の奥にある鍵の掛かった扉へと向いていた。
(書庫にあった古い蔵書、隠し階段と地下通路、放置されていた戦士のフィギュア……。どうやらこの扉の奥にも、まだ仕掛けがありそうだな)
冒険者としての現役は引退したライガだが、その勘はまだまだ錆び付いてはいない。
自分の塒の下にあった、未知への扉。
それを目にした時に、彼の胸の内で炭火のように燻る冒険心の炎が、僅かながらも揺らいでいた。
「フッ、これでは子供達を叱れんな」
自嘲するかのように口元を歪め、そう呟くと、ライガも地下室を出る。
探索は後日、ちゃんと準備を整えてから行う事を、彼は決めた。子供達とは違う、大人の仕事をしなければならないからだ。
セディル達は、地下通路を抜けて書庫に戻って来た。
随分、長い間地下にいたような気もするが、実際には小一時間程しか経過していない。何事も無ければ、軽い散歩程度の冒険だったのである。
「下民、お風呂にはお前もついて来なさい」
エリーエルはセディルにそう命じて、ずんずんと廊下を先に進んでしまう。
「お嬢様……」
アンナが小声で読んでも、相手にしない。
「仕方なさそうですね。アンナさん、僕が行きます」
その横でセディルが肩を竦め、早足でエリーエルの後を追う。
結局、二人が使用人用の浴室の中に入り、外でアンナが待機する事となった。
「少し待って下さいね、すぐにお湯を沸かします」
セディルは浴槽に三分の一程残っていた水に手を翳し、【発熱】の一般魔法を使った。すると、一分も経たないうちに、浴槽から湯気が立ち昇り始めた。
「……第四レベルの一般魔法、【発熱】ですわね。下民、やっぱりお前は、一般魔法を高いレベルまで、使えますの?」
地下室でセディルが【照明】の一般魔法を連発して見せたが、今ここでも別の魔法を使った事で、エリーエルの疑心は確信に変わっていた。
蒼い瞳から放たれる不審げな眼差しが、セディルを貫いて来る。
「まあ、一通りは使えます」
ここまで来ては隠す意味もないので、セディルは素直にその事実を認めた。
すると、エリーエルの白い顔が怒りなのか羞恥なのか判らないくらいに紅潮し、その長い睫毛に縁どられた大きな双眸が吊り上る。
「わたくしを、からかっていましたの?」
「えっ??」
何の事かと思ったが、昼間の書庫で、一般魔法の初歩である【照明】の魔法を使って得意気になっていた彼女の様子を、セディルはふと思い出した。
あの時は、五歳のエリーエルが魔法を使った事に感心し、褒め称えた筈だった。
「違いますよ、からかってなんていません。お嬢様の歳で魔法を使えるなんて、とんでもない才能だなあと、僕は驚きましたから」
多少盛りはしたものの、凄いと思ったのは事実なのだ。
「わたくしの才能が凄いのは当然ですわ、ではお前はいったい何なのですの? なぜ、お前はわたくしよりも、高いレベルの一般魔法を使えますの?」
ずいっと、エリーエルがセディルに詰め寄る。
「えーと、それは多分、才能と努力が全てかと……」
「才能と努力……、それは、わたくしよりも、という事かしら?」
エリーエルが使えない魔法を使える以上、才能と努力も彼女より上。そう判断したエリーエルの幼くも愛らしい顔が、愛らしいままに険しくなる。
「それは、まあ……」
その通りです、と言いたいが、それを言ってしまうと、大きくて鋭い角が立ってしまいそうで、セディルも怖かった。
さて何と答えようかと考えた時、ふとセディルの嗅覚が、ある臭いを嗅ぎ取った。
「ん、あれ、お嬢様?」
近付いて来たエリーエルの身体から、僅かに小便臭さが漂う。
エリーエルがハッとした様子で、後ろに飛び跳ねる。気付かれた事に気付き、彼女の顔が怒りと羞恥の赤から、一気に蒼褪めて行く。
「もしかして、漏らしちゃった?」
デリカシーに欠ける一言が、セディルの口から飛び出る。
それを聞き、青くなっていたエリーエルの顔色が再び赤く変わる。今度は間違えようがないくらい、明白な怒りの色だった。
どうやら先程のフィギュアとの遭遇と戦闘の恐怖で、エリーエルは失禁してしまったようだ。いくら天使の天才児でも、まだ五歳の幼女ではやむを得ない事態だろう。
「誰かに話したら、殺しますわよ」
凶悪な光を湛える瞳に涙を浮かべ、さらに凶悪な呪詛の言葉がその可憐な唇から紡がれる。
彼女が最上位の魔術師系魔法を使えたなら、間違いなくセディルに呪いの刻印を掛けて、強制的に沈黙を強いていただろう。
(本気だ……)
セディルは、額に汗を垂らして彼女の気迫に引く。
そして、彼の判断は素早かった。
「判りました。誰にも話しません。約束します」
即座に降伏を選ぶと、犬のようにその場に跪き、騎士のように沈黙を誓う。
「嘘では、ありませんわね?」
「僕は、契約や誓いに嘘は吐きません。それに、さっきお嬢様には助けられましたから」
その恩もありますし、とセディルは付け足した。
『Lv10戦士』のフィギュアに襲われた時、エリーエルは咄嗟にセディルの手を掴んで、宙に持ち上げようとした。
自分の手を取れるのは身分のある男性だけだと、セディルに触れられるのを拒否していたのに、彼の手を握って助けようとしてくれたのだ。
それに僅かな援護とはいえ靴を投げてフィギュアの注意を逸らし、ライガの追及にも、自分がセディルを連れて来たと抗弁してくれた。
どういう意図や感情がそこに働いたのかは兎も角、それでセディルが助かったのは事実。
「ありがとうございます、お嬢様。僕は、お嬢様の名誉はお守りしますよ」
そう約束するセディルに、エリーエルもようやく蒼い瞳から怒りの炎を消してくれた。
「ふんっ、下賤の者とはいえ、誓いは誓いですわよ。破ったら、死をもって詫びなさい!」
「はい、誓います」
セディルは、ハッキリと彼女にそう告げた。
「では、さっさとわたくしの身体を洗いなさい。もう、眠くなって来ましたわ」
彼の誓いに納得したのか、エリーエルは軽く満足気に頷くと両手を広げた。
その姿を見るに、服を脱がせて彼女の身体を洗うよう、セディルに命じているらしい。
「何をしていますの、早くなさい」
「えーと、僕が脱がして、洗うんですか? お嬢様のお身体を?」
「お前以外の誰がいますの?」
当然の事なのになぜ聞くのかと、エリーエルは不思議そうに小首を傾げている。
どうやら、自分の身体を自分で洗うという認識が、彼女にはない様だった。入浴時には、いつも使用人達が服の着脱まで、全てやってくれているのだろう。
しかも、彼女の中では、手を取る事と身体を洗わせる事の間には、何か明確な違いがあるらしい。
「面倒ですね~」
そう言いつつも仕方ないので、セディルは彼女の服を脱がし、裸にした。浴室内で、堂々と精巧に造られた人形のような裸身を晒すエリーエル。
彼女は、セディルに裸を見られても何とも思っていないらしく、平然としている。お互いに子供だからというだけでなく、セディルを犬や猫と同じようなものだと認識しているからだろう。
ここまで来ると、見事と言えそうな程の選民ぶりだった。
沸かしたお湯をエリーエルの身体に掛けてやり、埃と小便を洗い流すと、第五レベルの一般魔法【乾燥】で、身体から余分な水分を飛ばす。
波打つ金髪と下着、それに部屋着には第三レベルの【洗浄】を使い、綺麗にしてからお湯で濯ぎ、同じく【乾燥】の魔法で乾かす。
それらの魔法を手際良く使って、テキパキと自分の世話をするセディルを、エリーエルはじっと見つめていた。
「お嬢様、お風呂は終わりましたか?」
エリーエルの身体を洗い、身支度を整え終えた頃、浴室の外からアンナが声を掛けて来た。
「ええ、終わりましたわ」
地下に向かう前と同じく、清潔な姿になった彼女が浴室のドアを開ける。
「じゃあお休みなさい、お嬢様」
浴室を出るエリーエルを、見送るセディル。
今度は自分が身体を洗う為に、彼も服を脱ごうとする。そのセディルを、ドアの前で振り返ったエリーエルが睨むように見る。
「お嬢様?」
アンナは不思議そうな顔で、彼女に声を掛ける。
「下民、『誓い』は忘れていませんわね?」
「はい、覚えていますよ。大丈夫です」
セディルは了解の印に、握った拳から親指を上に上げて見せた。
「ならば、宜しいですわ」
つーんとした態度を取り戻したエリーエルが、軽やかな足取りで寝室に向かって走り出す。その後を、アンナが慌てて追い掛ける。
悪魔の子であるセディルと、天使の女の子であるエリーエルとの間に結ばれた最初の契約。
それは、『お漏らしを内緒にする』というものであった。
森の中の館にクレイム伯爵一家がやって来てからの数日間は、瞬く間に過ぎて行った。
ライガとアンナの沈黙によって、二人の子供のささやかでいて危険な遊びの事は、伯爵達に知られる事はなかった。
その後、ライガの調査によって、地下室の扉の先にもいくつか部屋があった事が判明した。
それらの部屋でライガは何体かのフィギュアに遭遇したが、問題なく撃破し、部屋の調査を終えた。
しかし特に目新しい物は発見されず、それ以上地下へ進む道は、魔力で厳重に封じられていてライガでも通る事は出来なかった。
調査を終えると、ライガは開かずの間の鍵が見つかった事と、隠し通路の先の地下室の事をクレイム伯爵に報告した。
伯爵も見た事のなかった書庫と地下室の存在には驚いていたが、珍しい書物の発見には喜び、何冊か自宅に持ち帰る事に決めた。
そうして、今年の館への滞在の時は終わり、伯爵一家が街に帰る日が訪れた。
「これでアンナさんともお別れか~、残念だなぁ」
厨房でアンナの手伝いをしながら、セディルは隣に立つ彼女を見上げた。
「ふふ、そうね。でもこの館の手入れがあるから、年に何度かは他の人達と一緒に、私もここに来る事になるわ。その時には、またセディル君に会えるわよ」
スープの味見で小皿を舐めつつ、アンナが微笑む。
「それじゃあ、その日を楽しみに待ちますよ。僕は僕で、やる事があるし」
「やる事って……、管理人さんの下で修業して、『下忍』の職に就く事なのね?」
「はい、そうです。僕の夢は最強の冒険者に成って、世界中を冒険して巡る事ですから」
決してぶれない夢を語る男の子の姿に、アンナが苦笑する。
「夢、か。私の今の夢は、お嬢様の幸せを見届ける事くらいかしら」
アンナは遠くを見つめるような瞳で、過去に想いを馳せる。
「お嬢様の幸せですか?」
「ええ、そうよ。セディル君は、お嬢様の事をどう思う?」
「お嬢様の事……。うーん、……ちょっと、難しい子かな」
多少見直すところはあったのだが、自分に対する棘々とした突っ張った態度を見せられては、中々に評価は厳しくなる。
「クスッ、まあ気持ちは判るけれど、本当のお嬢様は、優しい子なのよ」
考え込むセディルの様子に、苦笑するアンナ。
エリーエルの事を赤ん坊の頃から見て来た彼女には、セディルとは別の見方があるらしい。
「私が去年夫を亡くして落ち込んでいた時、お嬢様は私の近くをよくうろうろしていたの。何をするでもなく、ただ近くに居ようとしてくれたのよ」
それは、とても不器用な慰め方だった。
だが、アンナにとっては微笑ましく、夫との死別の中で苦しんでいた時、彼女の存在は大きな救いになってくれた。
「私と夫との間には、子供は出来なかったから、今ではお嬢様の事を実の娘みたいに愛おしく想っているの」
彼女は未亡人だが、夫との間に子供はいない。両親とも死別し、今のアンナには家族と呼べる存在は誰もいないのだ。
「だから今の私の夢は、お嬢様が成長して、素敵な人に巡り会って、お幸せになる姿を見る事。それだけなのよ」
そう言ってほほ笑むアンナの姿に、セディルは聖母の姿を幻視する。
「少なくとも、お嬢様はもう幸せだと思いますよ」
家族に愛され、アンナにも愛されるエリーエルは幸せだと、セディルは思う。
家族に捨てられ、村中の人に殺されそうになった彼だからこそ、より一層それらの幸せを強く実感出来た。
「そうね、そうだと良いわね」
「そうですよ、寧ろお嬢様は、その幸せに感謝するべきです」
そうでなければ、贅沢過ぎる。
ウンウンと頷き、セディルは無駄と知りつつも、エリーエルに多少の謙虚さを願うのであった。
そして、伯爵一家が森の中の館から出立する時刻が近付いた。
館の中庭にある四阿に、セディルとライガ、それにエリーエルの姿があった。
「それでは、あの扉の奥には、まだ通路や部屋が続いていましたのね?」
「そうです。それに何体かのフィギュアにも、遭遇しました」
発見された地下室への立ち入りを禁止された二人に、ライガが改めてそこを調査した結果を教えてくれた。
「やっぱり、奥はもっと危険だったんだね。でも、もうその危険も排除したんでしょ、師匠?」
さらに地下へと続く部屋があると知り、セディルが早速好奇心を燃やしてライガに訊ねる。
「言って置くが、あの地下室への立ち入りは俺の許可がなければ、今後とも禁止だぞ。弟子と言い張る以上、俺の命令は守って貰う」
再び地下探索に行きそうなセディルを、ライガはじろりと睨み、鋭い目線で威嚇する。
「はい、判りました師匠」
今回は色々とライガにも迷惑を掛けたので、大人しく言う事を聞こうと、良い子を演じるセディル。
「管理人、それで奥には何がありましたの?」
大人しくなった弟子を疑わしげに見ていたライガに、柳眉を顰めたエリーエルが質問する。
「地下の部屋には、何体かのフィギュアが居ましたが、それ以外に特に目を引くような物はありませんでしたね。ただの廃墟の部屋です。だが、一つだけ見つけた物があります」
ライガは見えない場所から【大袋】の一般魔法を使って、手の平の上に地下室で見つけた品を取り出した。
「……箱?」
それは彼の大きな手の平の上に乗る、小さな箱であった。特に装飾もされていない、木彫りの小箱である。
「これが、地下室の奥の隠し戸棚に置いてありました」
そう説明して、ライガは手の上に小箱を、エリーエルの前に差し出した。
「これはお嬢様の物です。罠が無い事は確認済みですので、お手にどうぞ。今回の冒険で得た、お嬢様の戦利品です」
「わたくしの戦利品……」
それは冒険に挑んだ者だけが手に入れる事の出来る、ささやかな報酬。
ライガから小箱を受け取り、エリーエルはその蓋を僅かに震える小さな手で恐る恐る開けた。
箱の中に入っていた物は、一対の銀製の耳飾りであった。
古い時代の物であるにも関わらず、銀色の輝きには些かの曇りも無く、飾りの中心には虹色に煌く石が嵌め込まれている。
「へー、こんな物が、奥にあったんだ。僕達で見つけたかったな~」
無礼にも、隣でセディルが一緒にそれを覗き込む。
だが今回ばかりは、エリーエルも咎めなかった。
自分達の力で手に入れる事の出来なかったお宝だが、それでも初めての冒険の結果、二人はこれを手に入れたのだ。
「どうやら、何らかの『魔法の品』のようです。もし身に着ける気がおありなら、賢者の奥方様に『鑑定』して貰ってからにして下さい」
様々な力を付与された魔法の道具の中には、身に着けた者に不利益を与える『呪われた品』も存在する。 それらの道具の安全を確認し、能力を明らかにするには、賢者の持つスキル【物品鑑定】の力が必要なのだ。
賢者はそのスキルの力によって、鑑定用の魔法を使わずとも、物品に込められた魔素を読み解き、その道具の能力や『真名』を正確に知る事が出来る。
エリーエルの母エミーシャは賢者の職に就いているので、この物品の鑑定を行う事が出来るのだった。
「ええ、そう致しますわ」
魔法の耳飾りを手にし、エリーエルがつんとおすまし顔をして見せたが、小鼻がぴくぴくと可愛らしく動いているのを、ライガとセディルは見逃さなかった。
必死に顔に出さないようにしているが、嬉しさを隠し切れていないのだ。
「さて、そろそろ出発の時間のようです」
見ると、館の前に馬車が停まり、伯爵一家も玄関先に出て来たところだった。
今年の一家団欒の静かな時は終わり、彼らは本来の役目である貴族社会の一員として振舞うべき場に戻らねばならないのであった。
そしてそれは、幼いエリーエルですら例外ではない。
彼女は家族の下に向かおうと一歩を踏み出し、そこで一度立ち止まってくるりと振り向くと、セディルの方を見た。
「下民、やはり高貴なわたくしには、冒険など似合いませんわ。わたくしはクレイム伯爵家の娘として、一族の繁栄と、お父様やお母様、お兄様達を大事にしなければなりませんの。その為に、わたくしは立派な貴婦人を目指しますわ」
エリーエルは、初めて出会った時と同じ強い光を秘めた蒼い瞳で、セディルを見つめる。
そこにはもう、彼を冒険に連れ出したお転婆な女の子はおらず、傲慢で尊大な貴族令嬢がいた。
彼女はセディルとの軽率な冒険を反省し、皆が求める高貴なお姫様をやると腹をくくったのであった。
「はい、そうして下さい。まあ、僕は立派な冒険者を目指しますけどね」
自分達の道が交わらない事を確認し、セディルは笑顔でエリーエルを見送る事にした。
これから彼が挑むのは、果てしない修行と実戦の日々。
貴族社会で華やかに暮らすエリーエルとは、生きる世界が違うのだ。
「ふんっ、ではまた来年ここに来ますわ。それまで、この館をしっかりと守りなさい。良いですわね、『平民』っ!」
言うべき事を言い終えると、エリーエルはいつもの見下す視線と言葉をセディルに投げつけて、伯爵達の下へと歩み去った。
「ん? 僕の呼び名、変わってた?」
エリーエルが去り、セディルはふと彼女の最後の一言を思い出す。
彼女が自分を呼ぶ時の言いざまが、下民から、平民に変わっていた。
「気に入られたな」
ボソッと、ライガが呟く。
その瞬間、セディルの背筋にぞわぞわとする悪寒が走った。
それは果たして、幸運なのか、凶運なのか。
そしてこの年から毎年、夏が近づくとエリーエルが館にやって来て、セディルは彼女の下僕として扱われるのであった。




