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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第十六話 脅威の人型兵器

 「な、な、な、何ですの、それはっ!?」


 森の中の館で見つけた、未知の地下室。

 大人達が寝静まった夜に、流れ者のセディルとクレイム伯爵家の令嬢エリーエルは、この場所に探検にやって来ていた。

 行き止まりの部屋に遭遇し、今夜の探索を打ち切って帰ろうとしていた時、部屋の片隅に放置されていた襤褸布塊が突如起き上がった。

 それは完全武装に身を固めた、長身の戦士。

 職にも就いていないレベル0の子供二人が、出会って生き延びられる敵でない事は、明らかであった。


 「敵ですよ、お嬢様っ! 早く逃げてっ!」


 セディルはエリーエルに叫ぶと同時に、即座に【照明】の一般魔法を発動させ、作り出した光球を戦士の男にぶつけた。

 光球に殺傷力など無いが、僅かでも目潰しになればと思ったのだ。


 「お前、なぜ魔法が使えますのっ!?」


 緊迫した状況の中、エリーエルは逃げるよりもセディルが魔法を使った事に驚いていた。

 五歳の彼女が、使えるだけでも大人に驚かれ賞賛された一般魔法の【照明】を、下民と見下していたセディルが使って見せたからだ。


 「今は、どうでもいい事ですっ!」


 セディルは叫びつつ部屋の中を移動し、いくらかの障害物を盾にしながら連続して光球を作り出しては、男の顔にぶつけまくる。

 しかし武装した男は、いくら光球をぶつけても怯む様子は微塵も見せない。

 邪魔な羽虫を追い払うように盾で光球を弾くと、右手に握った戦斧を、セディルに向かって素早く三回も振り回した。


 「うわっ!」

 「きゃああっ!」


 殺傷の意志を持って振られた鋭い攻撃に、セディルが思わず声を出し、エリーエルは短く悲鳴を上げた。

 幸いな事に、その攻撃はセディルの身体を捉えられずに、彼が盾にした古い机を木端微塵に粉砕するだけで終わった。

 宙を舞う埃やセディルの作った光球、それに障害物が邪魔になり、辛うじて狙いが逸れた様であった。


 「これ、手強いなんてものじゃない……」


 額に冷や汗を垂らしたセディルは、歯を食い縛り、無意識に拳を握り締める。

 重い戦斧を一息で三度も振れる剛力、全身の金属鎧と大きな円形盾、その僅かな動作から垣間見える油断のならない足捌き。

 謎の男はどう見てもただの駆け出し戦士ではなく、熟練の戦士の戦闘能力を持っていた。


 「お嬢様、空飛んでっ! 天井に逃げてっ!」


 部屋の入り口の方で立ち竦むエリーエルに、セディルは再び叫んだ。

 天使であるエリーエルは背中に霊体の翼を顕現し、その魔力で自由に空を飛ぶ事が出来る。下手に通路に逃げ込むより、彼女は上に逃がした方が良いとセディルは判断した。

 部屋の天井までは床から六メートルくらいあるので、そこまで逃げれば、男の戦斧では攻撃が届かない筈だった。


 「え、あ、そうですわっ!」


 言われて自分が空を飛べる事を思い出したエリーエルは、念じるように背中に力を込めた。

 一切の音も無く、彼女の背に半透明の白い翼が顕現する。

 仄かに光る翼が、薄暗い部屋の中で新たな光源となって彼女の姿を浮き上がらせた。

 天使の翼が僅かに羽ばたく動作を見せると、エリーエルの小さな身体がふわりと宙に浮き上がる。

 そのまま彼女は、天井近くまで舞い上がった。


 (これで取り敢えず、お嬢様は大丈夫。でも、僕は……、拙いよね)


 エリーエルを天井に逃がしたセディルだったが、彼自身は依然として絶体絶命の状況下にあった。

 辛うじて光球をぶつけながら動き回り、牽制を続けているが、所詮は時間稼ぎに過ぎない。

 今のセディルのHPは、10点だけ。

 男の戦斧が一度でも命中するれば、防具も身に着けていないセディルでは、その一撃でHPを0にされてしまうだろう。

 即ち、死である。


 (通路に戻るには、階段を使うしかない。でも……)


 部屋から出るには、張り出したテラスに上るしかない。

 テラスまでは、床から二メートル以上の高さがある。階段を使わなければ、いくらセディルが高い身体能力を持つとはいえ、飛び上がれる高さではなかった。

 だが、その階段までは些かの距離がある。そこまで行くには、男の攻撃を一度は掻い潜らなければならないのだった。

 セディル達が生き延びる為には、どうにか通路に逃げ出し、館に駆け上がって助けを呼んで来るしかない。

 今、館には伯爵家の護衛の騎士が来ているし、何よりライガがいる。


 (伯爵家の騎士はどうか知らないけど、師匠なら、この男にも絶対に勝てる)


 皆が寝静まった真夜中に、よりにもよって伯爵家の大事なお嬢様と二人で地下探索をやらかした上に、謎の敵に遭遇して彼女を危険に晒したと知られると、甚だ拙い事態になりそうではあったが、もう背に腹は代えられない。


 (やってやるっ!)


 セディルは男を牽制しつつ、何とか階段に近付こうとする。

 しかしそれを察知したのか、男は彼の逃げ道を塞ぐように駆け出し、階段の傍まで移動した。


 「何なのか知らないけど、ちゃんと知能はあるんだね」


 先回りされ、セディルは悔しそうに口元を歪める。

 これで、彼の脱出路は完全に塞がれてしまったのだ。


 「下民っ! 掴まりなさいっ!」


 その時、セディルの頭上でエリーエルの声がした。

 上を向くと、天井近くで滞空していた筈の彼女が降下して来て、セディルに向けて小さな手を差し出している。

 彼女は一人で逃げずに、セディルを天井まで引っ張り上げるつもりなのだ。

 それを目にした為か、戦斧を構えた男が猛然と二人に迫って来た。


 「くっ!」


 セディルはやむを得ず、エリーエルの手を掴んだ。天使の女の子の手が、悪魔の子の手をしっかりと握り締める。

 両手でセディルの手を掴んだエリーエルは、翼に精一杯の魔力を働かせて上昇しようとする。

 だが、余り重たい物はまだ運べないのか、子供二人分の体重を受けて、天使の翼の上昇速度は弱まっていた。


 「間に合わないっ!」


 この上昇速度では、男の戦斧が届く範囲まで逃げ切るのは難しい。

 そう判断したセディルは、咄嗟にエリーエルの手を振り払った。

 同時に、二人の離れた手と手の間を、分厚い戦斧の刃が空気を切り裂くような唸りを上げて通過した。


 「下民っ!」


 手を離された反動で、一気に天井まで舞い上がったエリーエルが真っ青な顔をして叫ぶ。

 セディルは着地すると、即座に床の上を前転するように転がった。

 男の戦斧が、まさに彼の首を刎ねようと横薙ぎに振られたからだ。

 埃塗れになりながらも、辛うじて攻撃を避けたセディルだったが、転がった先で部屋の壁にぶつかってしまう。


 「しまったっ!」


 壁際に追い込まれ、体勢も崩してしまっている。

 目の前には、無慈悲な目で戦斧を振り上げる戦士の男。

 セディルは、絶体絶命の危機を迎えていた。


 「えいっ!」


 天井近くにいたエリーエルが、男の頭を目掛けて何かを投げる。

 それは、彼女が履いていた赤い靴だった。

 靴は男の背中の鎧に当たったが、当然子供靴が当たっただけでどうにかなるような相手ではない。それでもエリーエルは、もう片方の靴も脱いで投げようとしていた。


 「そうだよね、足掻くなら最後までだっ!」


 エリーエルのささやかな援護だったが、男の注意を僅かに引く効果はあった。セディルは不敵に口元を歪めると、その僅かな隙で光球を生み出し、男の顔にぶつける。

 子供達による悪足掻き。

 だが、それもついに限界に達した。


 エリーエルの手に投げる物は無くなり、セディルが光球で牽制しても、攻撃が外れる事はない距離にまで男が近付いている。

 それでもセディルは何とか生き延びようと、両腕を前に出し、急所だけは庇おうとした。


 「駄目、駄目ですわ、下民っ! 逃げなさい、命令ですわよっ!」


 頭上に戦斧を振り上げる戦士の男。

 叫び声を上げ、宙に浮かぶ天使の女の子。

 それらの様子が、非現実的なまでにゆっくりとセディルの目に映った時だった。


 部屋のテラスの上から、光る矢が飛び出し、弾丸のような速さで男の背に突き刺さる。その衝撃に男も少しよろけたが、彼は即座に後ろを振り返る。


 「こんな夜中に、何をコソコソしているのかと思えば……」


 低く重い男の声が、地下の部屋に響く。

 セディルが、エリーエルが、戦士の男が、その声がした場所に視線を交差させた。

 部屋を見下ろす位置にある、通路へと繋がるテラス。

 そこに身長二メートルの偉丈夫と、青ざめた顔で震える夜着姿の女性が立っていた。

 ライガとアンナである。


 「師匠っ!」


 グッドタイミングでの援軍到着に、セディルが喜びの声を上げる。


 「管理人っ!? それに、アンナまで、どうしてですのっ?」


 突然現れた二人に、エリーエルは喜びよりも困惑を感じているようだった。

 しかしライガは、子供達の声を無視して敵の姿を凝視している。その手には、片手で扱える小型の石弓が握られていた。

 それも、三つの短弓が重なるように台座に配置された、特殊な連射式のボウガンのように見える武器だ。 ライガは、片手に握ったその石弓を無言で戦士の男に向けると、立て続けに引き金を引き絞る。


 ボウガンから何発もの光の矢が発射され、それが次々と男の身体に突き刺さる。刺さった矢は、同時に光の粒が炸裂するような衝撃と共に爆発し、消えて行く。

 男は素早い足捌きで飛来する光の矢を避けようとしているが、相手の動きを先読みしているかのようなライガの正確無比な射撃をかわす事が出来ない。

 合計六本の矢が男に命中し、その爆発と衝撃を受けて男は身体を仰け反らせ、部屋の奥へヨロヨロと後退して行く。


 それを見届けたライガは、ボウガンを腰の『収納鞄』にしまい込むと、テラスの床を蹴って部屋の中央へと飛び込んだ。

 対峙する武装した戦士と、普段着を纏った無手の忍者。

 何も知らない者が見るならば、武器を構え防具も装備した完全武装の戦士の方が、断然有利と映るだろう。

 戦士の男は戦斧と円形盾を構え、ライガを見ている。

 ある程度知能は持っているらしい謎の男は、今まで遊んでいた子鼠とは違う巨虎の出現で、戦うべき相手を即座に変更した。


 そして戦斧を上段に振り上げると、一気にライガに向かって突撃を掛ける。

 男の鉄靴に包まれた足が、地下室の床を蹴った瞬間、ライガが動く。

 それは武装した相手に対するものとしては、余りにも無造作な動き。

 であるにも関わらず、戦士の男が戦斧を振り下ろすよりも速く、男の胸板に突き刺さったのは、ライガの掌底の方であった。


 「ゴハッ!!」


 男の口から、初めて声が迸る。

 ライガの掌底は強大な戦鎚のような威力で、鉄の胸当てをべこりと陥没させると、相手の胸骨と肋骨を砕き散らす。

 さらに、ライガは床を軸足で踏み締め、男の顎に強烈な前蹴りを食らわせる。硬いブーツの爪先が男の顎を捉え、真上に跳ね上げさせた。

 レベル0の常人なら、それだけで顎と顔の骨が砕け、首の骨が引き千切れる程の衝撃だ。

 光る矢で受けていたダメージと合わせて、戦士の男のHPは0になり、男は床にガシャンと音を立てて仰向けに倒れ伏したのであった。


 「流石師匠っ! 強いっ!」


 セディルは、自分が手も足も出なかった相手をあっさりと倒したライガに、笑顔で近付いた。

 包帯の下でニコニコ顔をしたセディルが側に来ると、ライガは無言で彼の頭に拳骨を落とす。


 「ッッ!!!!」


 声に成らない悲鳴を、セディルが上げる。

 頭蓋骨が砕け散らないように、多分に手加減してあるとはいえ、そのハンマーのような一撃にセディルは目から火花が出そうになり、頭を手で押さえて床の上をのた打ち回った。


 「説明しろ」


 無情な声で、ライガが弟子を睨んだ。


 「ううう~、説明します……」


 たんこぶの出来た頭を擦りつつ起き上がり、セディルは少し涙目になって、ライガにここまでの経緯を説明し始めた。


 敵が駆逐され、天井からエリーエルも降りて来る。


 「お嬢様、お怪我はありませんかっ!?」


 夜着姿のアンナもテラスから階段を駆け下り、彼女の下にやって来た。


 「怪我なんてしていませんわ」


 そう言って強がって見せるエリーエルだが、見知ったアンナが来た事で気が抜けたのか、泣きそうになるのを必死に堪えているような顔をしていた。


 「良かった……」


 本当に怪我が無いのだと判り、アンナはホッと豊かな胸を撫で下ろした。

 彼女もエリーエルの事は、赤子の頃から良く知っている。

 身体の弱い奥方に代わって彼女の面倒を見ていた事もあるので、アンナはエリーエルの事を自分の娘のように心配していたのだった。


 「アンナ、靴を拾って来なさい」


 泣き顔を見られたくないのか、エリーエルはぷいっと横を向きつつ、さっき男に投げた靴の回収をアンナに命じる。


 「はい、お嬢様」


 その命令に逆らう事無く、アンナは部屋に落ちている彼女の靴を拾いに行った。


 「つまり、この場所に到る鍵と隠し階段を偶然見つけて、お前とお嬢様が、夜中に探検に来たという事か?」


 セディルの説明を聞き、ライガはぐるりと部屋の中を見回した。

 さっきの戦闘でセディルが作り出したたくさんの光球が、そのまま残って浮遊している為、今では部屋全体が真昼のような明るさに照らされている。


 「古い館だとは思っていたが、まさか地下にこんな場所があるとはな……」


 五年もこの館に住んでいたライガだが、開かずの間の書庫から地下施設に来たのは、当然初めての事だった。

 彼もこの館の地下室と言えば、厨房の下にある食糧貯蔵庫しか知らなかったのだ。


 「ところで師匠とアンナさんは、何でここに来たの?」


 あの男に襲われ、絶体絶命の状況にあったセディル達だが、この探検は大人達には内緒で始めた子供だけの冒険だった筈なのだ。

 タイミング良く二人が現れてくれたお蔭で生き延びられたが、なぜ彼らがこの場所に来られたのか、セディルは不思議に思った。


 「それは、その……。夕食の時に、お嬢様が妙にそわそわしていたのが、少し気になっていて……。私も一度はベッドに入ったのだけれど、それでも気になったから……、念の為と思ってお嬢様の寝室を覗きに行ってみたの。そうしたら、ベッドにお嬢様がいらっしゃらなくて……。心配して一階に行ったら、管理人さんが起きていたので、相談してみたのよ」


 エリーエルに拾って来た靴を履かせてやりながら、アンナが少し遠慮がちに、ここに来た事情を話してくれた。

 どうやら、エリーエルの挙動不審な態度を、彼女は見逃さなかったようだ。


 「お嬢様がいなくなったと聞き、すぐにお前の部屋を確かめたら、お前もいなくなっていた。だが、床に僅かに落ちていた埃の跡を辿ったら、あの『開かずの間』に辿り着いたのだ」


 足跡追跡なら、忍者であるライガの専門分野だ。

 まして、使用人達が掃除し終えていた筈の廊下に、目立つ埃が落ちていれば、彼の目には足跡が残っているのと同じに見えただろう。

 埃だらけの書庫を歩き回った結果が、上手い具合に手掛かりとして残されていたのだ。


 「後は、扉の鍵が開いていた部屋と、その中にあった隠し階段を見れば、お前達の仕業だと見当は付けられた」


 面倒な事をさせてくれると言わんばかりに、ライガがセディルを睨んだ。


 「生き延びられたのは、アンナさんの機転のお蔭だったのか」


 今回は、アンナの好判断に助けられた。

 エリーエルに靴を履かせ部屋着を整えているアンナを、セディルは感謝の気持ちを込めて熱い眼差しで見つめる。


 「……お前達が死ななかったのは、運が良かっただけだ。お前の悪運と凶運が、今回も事を引き寄せたのではないのか?」

 「えー、それはないよ、師匠。まさか何十年も誰も入った事のない館の地下室に、人がいて襲い掛かって来るなんて、単なる不運でしょ?」


 ライガにじろりと睨まれ、セディルは身の潔白を訴える。

 セディル自身は禍かも知れないが、彼が禍を運んで来ると誤解されるのは、心外なのだ。


 「でも、ありがとうございます、師匠。お蔭で、僕もお嬢様も命が助かりました」


 ライガに女の子と一緒に命の危機を助けられるのは、これが二度目。

 さらに弟子入りを許して貰ったり、この館に住めるように伯爵に話を通して貰ったりと、彼には世話になりっぱなしのセディルであった。


 「それにしても、師匠。この人はいったい、何なの?」


 大人達に内緒で地下探索にやって来たセディルとエリーエルが、地下で遭遇した謎の敵。

 地下室の襤褸布の下で、数十年間もの間誰にも知られずに横たわっていたらしい戦士の男に、セディルは視線を向ける。

 男はライガに倒され、今は床に仰向けに倒れ伏していた。胸当てが潰れ、兜の面貌も拉げた状態でピクリとも動かない以上は、死んでいるのだろう。


 「『人』ではない」


 床に転がる男を、ライガが冷めた目で見下ろす。


 「良く見ろ、これが『人』の死体に見えるか?」


 そう言って、ライガが男を指差す。

 地下室にいた皆の視線が、倒れたまま動かない男の屍に注がれる。


 「あれ?」


 見ていると、男の死体が徐々に崩れ始める。

 全身に纏っていた鎧も、手にしてた戦斧や円形盾も同様に色を失い、ボロボロとその形を崩し、細かい灰色の砂へと変化して行く。


 「砂? この男、砂男?」


 見る間に男の姿は装備品諸共消え失せ、人型をした砂の塊に変わり果ててしまった。


 「何ですの、これは?」

 「人間では、なかったのですか?」


 エリーエルとアンナも見た事のない現象だったのか、その光景に驚き、見入っていた。


 「これは、『フィギュア』だ」


 砂の塊に変わった男を、ライガがそう呼んだ。


 「『フィギュア』……、人形みたいなもの?」

 「そうだ。正確に言えば、魔術師が魔法で物体に仮初めの生命を与え、創造した『魔法生物』と呼ばれる物の一種らしいな」

 「そうだったんだ……」


 ライガの説明を聞き、セディルも納得した。

 『魔法生物』は魔力で動く疑似生命体であり、一度作り出されれば呼吸も飲食も必要とせず稼働し続け、創造者の命令に忠実に従う事で知られている。

 最も有名なのは、様々な素材を元に作られる『ゴーレム』と呼ばれる動く魔法像だろう。

 他にも『生ける鎧』や『生ける剣』、人造人間の小人『ホムンクルス』等が知られている。

 

 「俺も古代の魔法に詳し訳ではないが、遺跡探索で『フィギュア』とは数え切れん程戦って来た。その経験と仲間だった魔術師から聞いた話では、『フィギュア』は『ゴーレム』等と違って、人の姿と能力を強く模した特殊な魔法生物、職を持つ人型の魔物なのだ」


 砂山に変化した男と三人の女子供の前で淡々と説明しつつ、ライガはその場にしゃがみ込み、砂の中に手を突っ込むとそこから何かを掴み取った。


 「そして、これがフィギュアの『魔石』だ」


 ライガの手の平の上に、今のセディルの握り拳くらいの大きさをした、紫紺色に輝く石があった。


 「魔石?」

 「強い魔素を含有する石の事だ。フィギュアの身体の中には、必ずこれがある。フィギュアを破壊すると、その肉体や装備品は砂に戻るが、この魔石だけは残される。様々な魔法の道具を作る為の材料になるから、売れば金になる」


 手にした魔石を睨み、ライガは見慣れた輝きを測る。


 「さっきの戦いの手応え、それにこの魔石の価値から見て、こいつは『Lv10戦士』のフィギュアだったようだ」


 魔石はレベルの高いフィギュアの物ほど、その価値も高くなる。

 ライガは、長年の経験からその魔石の価値を割り出したのだ。


 「『Lv10戦士』っ! 僕達、大ピンチだったんだ!」

 「……良く助かったものですわ」


 自分達を襲った相手の脅威度を数字で知り、セディルとエリーエルは改めて戦慄した。

 フィギュアは人を模してある為に、人と同様に様々な職に就き、強さに応じたレベルを持っている。

 それにゴーレム等よりも簡単に作る事ができ、命令を聞き、それなりの判断力も有している。

 しかも、職によっては魔法まで使いこなす、便利で強力な魔法人形なのであった。


 しかしその反面、他の魔法生物なら持たない筈の弱点も、人を模したが為に備えてしまっていた。

 通常、魔法生物には効果がない魔法でも、フィギュアにだけは例外的に効果を与えられるものもいくつかあるのだった。


 「冒険者と違って、フィギュアは種族スキルや能力値の補正を受けないから、同レベルの冒険者よりはいくらか弱い。だが、『Lv10戦士』ともなれば、そのHPは80はある。お前達が瞬殺されなかったのは、奇跡だ」


 褒めているのか、怒っているのか判らない鉄面皮で、ライガが二人の子供に厳しい視線を向ける。

 その強い眼光と命を助けられたという事実に、セディルはおろかエリーエルでさえ、彼に反論出来なかった。


 「でも、どうしてそのフィギュアが、こんな所に居たんだろう?」


 セディルは、砂山と化した戦士のフィギュアを見つめて呟いた。

 このフィギュアは誰かが配置した守護者というよりも、捨てられて放置されていたかのように、この場所に転がっていたのだ。


 「そんな事は、もう誰にも判らんだろうな。フィギュアは一千年前の文明崩壊以前には、膨大な数が作られたそうだ。そいつらは今も、世界中の遺跡の奥で眠っている。まあ、魔法学院あたりには、今でもフィギュアを作り出す魔法や技術が伝えられている、なんて噂はあるがな」


 真偽までは知らん、と言ってライガはフィギュアの話を締め括った。


 二人の子供の初めての冒険は、謎の地下施設の発見と『Lv10戦士』のフィギュアとの遭遇を体験し、ライガに助けられるという結末を迎えた。

 辛くも生き延びた、セディルとエリーエル。

 二人の初めての冒険の味は、苦い物となったのであった。   

   

 

 

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