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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第十五話 地下への探索

 クレイム伯爵一家が、森の中の館にやって来た日。

 その日は、滞在の初日という事もあり、一家は夕食と入浴を済ませた後は、短い家族団欒を経てそれぞれの寝室へと向かった。

 館の二階にはいくつもの部屋があり、伯爵夫婦が主寝室を使い、二人の子息もそれぞれ別の部屋に入った。

 幼いエリーエルも、自分は立派なレディだからと主張して一室を確保していた。

 使用人達は一階の小部屋を使っているので、二階には上がって来ない。

 朝の早い使用人達も、伯爵達が寝室に入った後は、明日の仕事に備えて早々に部屋に入る。

 護衛の騎士達が日替わり交代で不寝番をしてはいるが、彼らも館の一角にある待機室から出て来る事はまずない。

 夜が更けた頃には、館の中は音も無くシーンと静まり返った。

 窓の外には星が煌き、森の奥からは狼の遠吠えや梟の鳴く声が木霊する。

 森の中の館に滞在する者達は皆、眠りの妖精の声に導かれるようにして寝静まったのであった。


 「キィィ」


 微かな扉の開閉音が、二階の廊下に響く。

 それは本当に小さな音だった為に、誰にも気付かれる恐れはない。

 それでも、部屋から出て来た幼い少女は、用心するように一歩ずつ廊下に足を踏み出した。

 昼間着ていたドレスから、動き易い質素な部屋着に着替えているエリーエルは、夜の館を徘徊する子供の幽霊のように、音も立てずにゆっくりと廊下を歩く。

 天使である彼女は、背中に翼を顕現していなくても、普通の人間よりも身が軽いのだ。


 「お父様達も、もう眠ってしまわれましたわね……」


 つい数時間前、エリーエルは両親と兄達にお休みの挨拶をしてから、寝室に入っている。

 彼らは娘が朝までスヤスヤと眠っていると、夢の中でも信じて疑っていない筈だった。

 その両親が眠る寝室の前を歩きながら、エリーエルは小さな胸を軽く抑えた。

 午後に皆には眠くなったと言ってお昼寝をしておいたので、特に眠気も感じない。寧ろ、少し興奮気味であった。

 心臓の音がいつもより大きいのが、自分でも判るのだ。

 去年、あの部屋の鍵を見つけ、地下へと続く隠し階段を見た時、彼女の中に湧き上がって来たものが、今再び小さな胸に宿ったからだろう。


 もっと幼い頃から、早々と物心がついていたエリーエルは、自分の立場や果たすべき役割について完全に理解してしまっていた。

 クレイム伯爵家の令嬢にして、人々から敬意を持って迎えられる存在、『天使』である事。


 そして父と母から教えられた、自分の血筋に関わる高貴な秘密についてもしかり。


 それらを自覚した時から、彼女に自由は許されなくなった。

 少なくとも、エリーエル自身はそう確信していた。

 自分は、他の有象無象の者達とは違う、『選ばれし血を持つ者』なのだと。

 そう意識してから、彼女は自らが考える斯くあるべき理想の貴族令嬢の姿を試行錯誤していた。

 ある意味、彼女は自分の本当の顔を隠して生きる事を決めたのである。


 そんなエリーエルにとっては、毎年家族だけでほんの数日間滞在するこの森の中の別荘だけが、自分を偽らずに過ごせる特別な場所であった。

 その別荘で今年、エリーエルは奇妙な男の子に出会った。

 何処からともなくやって来た流れ者の子供で、包帯をグルグル巻きにして顔を隠している文字通りに怪しい奴。

 その怪しい子供は伯爵一家の前で、館の管理人の弟子になり、職に就いて冒険者になると宣言した。

 それはエリーエルの人生とはおよそ何の接点もない、子供の戯言。


 しかし、何故かそのフレーズに心惹かれる想いを彼女は感じた。

 だからだろうか、開かずの間の地下へと続く秘密の通路の探検に、彼女は何気なくその子供を誘ってしまったのだ。

 この館に居る時だけのエリーエルが見つけた、小さな秘密。

 それを共有する相手としてだ。


 (まあ、どうでもいい下民の子ですもの。役に立って貰えれば、幸いなだけですわ)


 天使の貴族令嬢にとっては、それはただの気紛れに過ぎない。

 好奇心を満たすついでに得た、ただの下僕であった。




 「待っていましたよ、お嬢様」


 セディルは館の一階の奥、開かずの間となっていた古い書庫の前で、エリーエルを待っていた。

 約束していた時間通り、館の人々が寝静まり夢の中の住人となった時刻に、彼女はこの場所にやって来た。


 「ええ、わたくしよりも遅れずに先に来ていたのは、褒めてあげますわ」


 部屋着姿のエリーエルが、軽やかな足取りでセディルの前まで近付いて来る。

 廊下の窓から僅かに差し込む月明かりが、二人の子供の影を不気味に壁に映す。


 「さあ、行きますわよ。使用人達が起き出すまでには、探索を終わらせるのです」

 「その時間までが、タイムリミットですね」


 そう言いつつ、セディルはこの冒険の見通しに少しだけ不安を抱えていた。

 この世界に満ちる危険は、まだ職にも就いていないレベル0の子供達の手に追えるものではないからだ。


 (まあ、地下がどうなっているのかちょっと確認して、もしも何か変なものが居たら、気付かれないように逃げ出して来る。今の僕達じゃ、その辺りが落としどころかな……)


 本格的な冒険に挑むには、いくら何でも幼すぎるし準備不足。

 それだけは、自覚せざるを得ないセディルであった。


 二人は書庫の扉の鍵を開けると、その扉を押し開いて部屋の中へと入った。

 そして昼間と同じように、絨毯の下の鍵穴に鍵を差し込み、地下へと続く階段を出現させる絡繰りを作動させる。

 仕掛けは何度動かしても正確に作動し、書庫の床に急階段を作り出す。

 その階段を下った先には、アーチ状をした地下通路への入り口が開いていた。


 「行きますよ、お嬢様」

 「ええ……」


 緊張しているのか、エリーエルの返事が少し震える。

 彼女は頭上で輝かせている【照明】の魔法で作った光球をチラリと確認すると、キュッと小さな唇を引き締めて前を見る。

 一般魔法を使っても、MPはほとんど消費しない。その消費量は、職に就く者が使うレベル1の魔法に比べれば、十分の一に過ぎない。

 その為、おそらくはMPがまだ1、2点くらいしか無い筈のエリーエルでも、日に複数回使用する事が出来るのだ。

 暗い通路も、明かりの心配がなければ迷わず歩く事が出来る。


 「下りる時は、気を付けて下さい」


 先に隠し階段を下りようとしたセディルは、エリーエルに手を差し出した。急な階段なので、転ばないように手を繋いで支えようとしたのだ。

 その手を、エリーエルがじっと見つめ、眉を顰める。


 「わたくしの手を取れるのは、身分ある男性だけですわ。下民のお前に預ける手はありません」


 そう言ってセディルの支えを拒否し、エリーエルは自分で階段を下ろうとする。


 「……判りました。お手には触れません」


 内心溜め息を吐きつつ、セディルは階段に足を踏み出す。

 二人の子供は、慎重に階段を下りるとアーチ状の通路の入り口を潜った。

 通路はわずかに傾斜しつつ、真っ直ぐに伸びている。


 「この方向は、館の中庭の方に続いているのかな?」


 セディルは書庫の場所と通路の伸びる方向を見て、位置関係を特定する。


 「中庭の下に、何かがあるのですわね」


 エリーエルも同じように考えたのか、暗い通路の奥を見つめている。

 【照明】の魔法で作る光球は、昼間の太陽のように明るい光を放つものの、その光は指向性を持っている訳ではない。

 その為、光球から明かりの恩恵を十分に受けられるのは、精々半径三メートル程の範囲に留まるのであった。


 地下の通路は、館と同じ灰色の石を成形して形作られている。

 かなり精巧な作りで、相当な歳月を経ている筈なのに、その石組みには何の歪みも見られなかった。  


 「こんな場所が、今まで何で見つからなかったんだろう?」


 通路を歩き、その壁面を調べながらセディルが呟く。

 この館は、クレイム伯爵家が祖先から受け継いでいる物件らしい。

 現当主の伯爵は、館の伝承は失われてしまったと言っていたが、何か理由があったのだろうかとセディルは考えた。


 「お父様が話しているのを、聞いた事がありますわ。この館はお父様の先代、お爺様の時代に改修されたもので、それ以前は何十年も誰かに貸していたらしい、と……」


 セディルの呟きを耳にし、エリーエルは自分が聞きかじった館の歴史を口にした。


 「誰かって、誰ですか?」

 「わたくしもお父様も、知りませんわ」


 この古い館の過去の借り手。

 それはもう、誰も知らない情報だった。


 二人はひんやりとした空気が漂う、古い石造りの通路を先に進む。幸い通路は一本道で、迷う心配はない。

 そして中庭の方角に三十メートル程進むと、先は行き止まりになり、左側に進む大きめの階段が見つかった。

 天井までの高さは三メートル程、幅も二メートルあり、ここまでの通路よりも空間が開けている。


 「ここって、本格的に遺跡ですよ」

 「歩き易くなりましたわ」


 セディルは、エリーエルに先んじて階段を下った。

 特に罠のようなものは仕掛けられていないと判断しているのだが、油断は出来ない。

 通路でも階段でも、鼠一匹も見当たらない為か、空間に響くのは子供達の息遣いと服擦れの音だけだった。

 二十段程の階段を下ると、そこには大きな扉があった。

 分厚い木の板が鉄板で補強された両開きの扉で、本来ならば頑丈な閂と錠が掛けられている筈の扉だ。


 「壊れていますね」

 「何があったのかしら?」


 しかしその頑丈そうな扉も今は破壊され、扉の片側が外れて床に横倒しとなっていた。見れば大人でも通るのに支障がない隙間が開けている。

 扉の残骸を踏み越え、二人は奥に入った。


 「広い……」

 「中庭の下に、こんな場所があるなんて……」


 館の地下に潜った二人が、通路と階段の先で目にしたものは、広々とした一室であった。

 壊れた扉から五メートル程通路を進むと、急に空間が広がり、壁からテラスのように張り出した場所に出たのだ。

 張り出したテラスからは、部屋まで下りられる石造りの短い階段も見える。

 部屋の四隅には太い石柱が立っているらしく、床から六メートル程もあるドーム型の天井をしっかりとした石組みで支えていた。

 二人は部屋の半ばから床を見下ろす形になっているが、【照明】の光球では部屋の全体像は良く見渡せず、奥の方が確認出来ない。


 「お嬢様、光球をもう二つ、三つ作れませんか?」


 部屋全体を調べるには、明かりが足りない。

 セディルも一般魔法を使えるという事は、プライドの高いエリーエルには言わない方が良さそうだった。なので、彼は一応彼女に頼んでみる事にした。


 「……一度に作って置ける光球は、一つだけですわ。二つ以上作るには、まだ一般魔法のレベルが足りませんの」


 未熟を指摘され、エリーエルが少し悔しそうに柳眉を吊り上げ、セディルを蒼い瞳で睨む。

 五歳児が魔法を使えるだけでも凄い事なので、魔法レベルが足りない事は全く恥ではないのだが、それでも彼女は自分の力不足に納得していない様子だった。


 「失礼しました、お嬢様。お嬢様なら、いずれはいくらでも魔法が使えるようになりますよね」


 お世辞ではなく、確かな彼女の将来を予見して、セディルはエリーエルに謝る。


 「行きますわよ、この部屋に何があるのか調べますわ」


 ぷいっと気紛れな猫のように顔を振ると、エリーエルは先立って階段を下りようとする。


 「僕が行きます」


 それを制して、セディルは先に階段を下りる。エリーエルも、これには何も言わなかった。

 短い階段を下りて、地下の部屋の床に降り立つ二人。

 部屋の中は、やはり長い間放置された地下の黴臭く澱んだ空気が漂っている。エリーエルはその嫌な臭いに顔を顰め、ハンカチを取り出して鼻と口に当てた。


 「結局この部屋は、何なのかしら?」

 「人が使っていた痕跡らしきものは、あるんですけどね」


 光球の明かりが照らす部屋は、八メートル四方の正方形をしていた。

 部屋の中には朽ち掛けた古い机や椅子、空っぽの戸棚や足の折れたテーブルが置かれ、石張りの床には、壊れた壷や大きな襤褸布の塊、風化した紙切れなどが散乱している。

 片隅には暖炉が設置され、一人用のベッドの残骸まで置かれていた。誰かがここで生活していた事は、確かなようだ。

 それらは全て厚い埃を被っており、この場所が放置されて来たであろう、長い年月を二人に教えてくれる。

 しかしそれらガラクタ以外に、何か珍しい物や価値のありそうな物は見つかりそうもない。


 「あそこの壁に、扉がありますよ」


 セディルは部屋を見回し、壁の一箇所に閉ざされた扉を見つけた。

 ここから先に、まだ通路や部屋は続いているようだ。


 「どうしますか、お嬢様? まだ先に行ってみますか」


 この部屋まで一本道でやって来たが、この場所以外に特に目を引くような発見はない。

 罠はおろか鼠一匹も見当たらず、精々積もった埃と黴臭さ、所々に張った蜘蛛の巣が厄介なだけの探索であった。


 「当然ですわ、まだ何も見つけていませんもの」


 一年待った念願の地下探索でここまで何も成果が出ていない為か、エリーエルはハンカチで口元を押さえつつ、不機嫌そうに言い切る。

 そして次の探索先として、見つけた扉に二人の視線が向く。

 幾枚もの鉄板で構成された、頑丈そうな扉だ。

 セディルは扉に近付き、両手を添えて押し開こうとした。

 だが、扉は僅かに軋む音を立てるだけで、全く開かない。


 「この扉、鍵が掛かっていますね」


 セディルは扉に開いた鍵穴に書庫と隠し階段の鍵を差し込み、捻ろうとした。

 しかし、鍵は全く動いてはくれなかった。


 「開きませんの?」

 「開きませんね。この扉を開けるには、別の鍵が必要みたいです」


 ここまで二人を導いて来た真鍮製の古い鍵も、新しい扉は開けてくれなかった。

 鉄の扉の表面には薄く錆が浮いているが、その強度は健在で、子供二人が何をしようとこの先への浸入を拒絶している。


 (お嬢様には悪いけど、今晩の探索はここまでかな……)


 扉を開ける事が出来なければ、これ以上は進めない。

 この扉の鍵が何処にあるのかは不明だが、もしもこの部屋に住んでいた大昔の住人が持って行ったのだとすれば、正しい手順で扉を開ける事はもう出来ない。


 「師匠なら、道具を使って鍵開けが出来る筈ですけど、僕はまだ職に就いていないので鍵や罠は外せないんです」


 この先を調べるなら、もうライガを呼んで来る他ない。

 その事実に突き当り、流石のエリーエルもこれ以上の探索は不可能と判断したのか、恨めしそうに鉄の扉を見上げる。


 「わたくしが賢者に成りさえすれば、鍵くらい開けられますのに……」


 口元を押さえていたハンカチを外し、それを強く握り締めるエリーエル。

 『魔術師系魔法』の第三レベルの魔法には、【門扉開錠】の呪文が存在する。

 それは扉や宝箱に鍵を掛ける事や、逆に鍵を外す事が出来る魔法だった。

 それらは本来、盗賊系の職に就いた者が手業で行なう技術なのだが、魔術師達はそれを魔法で代用する事が出来るのだ。

 尤も、あくまで鍵を外す事が出来るだけで、罠を解除出来る訳ではない。

 危険な罠に対処出来るのは、専門の技術とスキルを習得した盗賊達だけなのである。


 「それじゃあ帰りましょうか、お嬢様」

 「……つまらない冒険でしたわ。お前は、本当にこんな事がしたいのかしら?」


 確かに地下通路の先には、見た事の無い地下室があった。

 それだけでも驚きの発見であり、普通の子供達にとっては未知への冒険と呼んで良いものだった筈である。

 しかし何か珍しい物でも見つかるかも知れないと、一年前から期待していたエリーエルにとっては、不満の残る結果となった。

 初めての地下探索の冒険は、彼女にとって危険も発見もない、ただの平凡な夜の散歩でしかなかったのである。


 「まあ、実際はこんなもんなんですよ。冒険者だって、いつもいつも危険やお宝に遭遇する訳じゃないんです。良い時もあれば、悪い時もある。大儲けの時も、空振りの時もある。でも、だから面白いんですよ、冒険は」


 落胆する女の子に、セディルは朗らかな調子で冒険者の心得を披露した。

 彼自身、まだ本職の冒険者ではないのだが、前世では小説やゲームで、様々な冒険を疑似体験して来た歴戦の冒険者だったので、期待外れにも慣れている。

 さらに鉄の扉の奥へ行けば、何らかの危険に遭遇する可能性はあるが、その危機に対処するには彼らのレベルが足りなさ過ぎるのだ。

 この先に進むのは、職に就いてレベルを上げ、自力で扉を開けられるようになってからだろう。


 「仕方ありませんわね。帰りますわ」


 セディルの話を聞き、ふんっと可愛く鼻を鳴らしたエリーエルは、そう言い放って踵を返し、元来た通路に戻ろうと歩き出した。


 「僕は楽しかったですよ、お嬢様」


 何も見つけられなかったとはいえ、異世界に来てから初めての地下探索。おそらくこのような場所は、世界の至る所に無数に存在するのだろう。

 これから職に就き、レベルを上げ、仲間を揃え、そうした場所を踏破して行く事がセディルの望みなので、子供時代に体験するダンジョン探索の予行練習としては、これで十分なのであった。

 そんな事を思いつつ、セディルも彼女の後に続いて通路に戻ろうとする。


 その時だった。


 部屋の片隅に無造作に積み上げられ、放置されていた襤褸布の塊。

 何の変哲もない、ただの塵の山。


 それが、動いた。  


 「え?」


 俄かに、部屋の中の空気が張り詰める。

 セディルは、背筋がゾワッっと冷えるのを感じた。

 黴と埃の臭いが漂うひんやりとした空気の中に、獰猛にして異質な気配が、突如として紛れ込んで来たのだ。


 「お嬢様、逃げてっ! 館まで、走ってっ!」


 セディルは即座に、エリーエルにこの場から逃亡するように叫んだ。

 何が出て来たのかは、彼にもまだ判断がついていない。

 だが、それが子供二人に対処出来るような『何か』ではない、とセディルの直感が告げていた。


 「何ですの、突然?」


 いきなり大きな声で下民から命令されるような事を言われ、エリーエルが訝しげに眉を吊り上げて後ろを振り向く。

 いくら天才児であったとしても、彼女はまだまだ本物の子供に過ぎない。これから起こるであろう緊急事態を、想像出来ていないのだ。


 (これがゲームなら、音楽が変わったっ!)


 セディルは、自分の心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。

 このような緊迫した状況を前世のゲームでは、体験した事があったからだ。


 襤褸布が、跳ね上がった。


 埃が舞い散り、光球に照らされて灰色の煙がムワッと立ち昇る。

 塵の山だと思っていたものは、どうやら襤褸布を被せられて蹲っていた人型の何かだったらしい。


 「人間……の戦士?」


 地下室の床に立ち上がった人影を確認し、セディルは包帯の下で表情を険しくする。

 埃と蜘蛛の巣に覆われているが、その者は、成人した人間の男のように見えた。

 右手には重たい戦斧を握り締め、左手には厚い円形盾を持っている。

 身体には鉄の胸当てを着け、無数の金属の輪を編み上げた鎖鎧を纏い、頭には角付き兜を被り、籠手や鉄靴を身に着けて完全武装した長身の男。

 下ろされた兜の面貌の隙間からは、人間的な感情を全く映さない無機質な目だけが不気味に光っている。


 「やっぱり、子供だけで冒険は危ないよね」


 セディルの額に、冷や汗が流れる。

 これは、ゲームでも体験した事がある状況。

 レベルが全く足りていない時に、未知の場所に足を踏み入れ、想定外の強敵に出くわしてしまった時の状況にそっくりだった。


 「それも、セーブし忘れた時に限って起こるんだよ」


 そして最悪なのは、今のセディルはゲームをしている訳ではなく、従ってセーブデータその物が無い事。

 今のセディルは、プレイヤーにしてキャラクター。

 死は、そのまま本物の死となりえるのであった。    

 

    

 

 

 

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