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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第十一話 年上の未亡人

 クレイム伯爵が統治する街『リュームスタット』に赴き、セディルは師匠ことライガ・ツキカゲの知り合い、カリビング夫人に出会った。

 彼女を信用したセディルは、妹のセディナを預けると、その養育をお願いしたのである。

 その後セディルとライガは街の宿に一晩泊り、翌日街で必要な生活用品を買い足してから、森の中の別荘へと戻ったのであった。


 それから数日後。

 季節は、初夏。

 日差しが暖かく、気温が心地良く上昇する日々の館に、二台の馬車がやって来た。


 「師匠、あの馬車は何なの?」


 館の窓から外を覗き、門扉から見える馬車の来訪を確認したセディルが、ライガに訊ねる。


 「今年も、この時期が来たというだけだ」


 ライガはそう言うと、馬車に乗って来た者達を出迎える為に、施錠された門に向かった。

 馬車から降りて来たのは、十人程の男女だった。

 その身形から、職人や使用人のように見える。


 「ここは伯爵家の別荘だと、話しただろう。毎年この時期になると、クレイム伯爵が家族と一緒にこの別荘にやって来る。いつも忙しい方だが、夏の数日間だけは、ここで家族と静かに過ごす事を伯爵家の年中行事としているのだ」


 今年もその日が近付いた為に、その準備が始まったと、ライガがセディルに教えてくれた。


 「それじゃあ、あの人達は?」

 「伯爵家の使用人達だ。伯爵一家を迎える為に、館の修繕や清掃、庭の手入れにしに来たのさ」


 この古い館を維持する為に、クレイム伯爵家では定期的にそうした人達をここへ送り、館の状態を整備し続けているのだった。


 「ふーん、師匠って本当に、ただここに住んでいるだけなんだね」


 やっぱり自宅警備員なのかと、セディルはライガの鋭い目や引き締まった顔をまじまじと見つめる。これ程にその言葉が似合わない見た目なのにと、残念に思う。

 馬車から降りた使用人達は、門の傍に佇むライガとセディルの方をチラリと見ただけで、何も言わずに館の中へと入って行く。


 「あれ? もしかして師匠、皆さんに嫌われているの?」


 この別荘の管理人を務めるライガに、挨拶もしない使用人達の様子に、セディルは首を捻る。

 それに見知らぬ子供である彼の事も、無視されていた。


 「そうかもしれんが、俺はただの管理人だ。この館の存在を守るのが仕事で、彼らはこの館の清掃や修繕が仕事だ。お互いに、仕事に口出しする権限はないな」


 使用人達は、クレイム伯爵から直接ここの管理人を任されている流れ者のライガの事を怪しみ、距離を置いているらしかった。

 セディルの事に触れて来ないのも、それがこの館内の事である限り、全てはライガの勝手だからという事で片付けられているのが理由なのだ。

 ライガ自身、その方が気楽な様子なので、セディルもそれ以上は訊かなかった。

  

 しかし馬車から最後に降りて来た使用人の女性だけは、彼らに対する反応が少し違った。二人を見つけると、控え目な笑みを浮かべ、軽く会釈をしてくれたのだ。

 他の使用人の女性達と同じお着せの仕事服を着ているが、彼女には、他の者達とは違う華やかさがあった。

 女性にしては少し高めで、百七十二、三センチはある背丈、年齢はまだ二十歳くらいだろう。

 少し波打った腰まである長く豊かな栗色の髪に、緑色の大きな瞳を持つ切れ長の目。

 整った鼻筋を持つしっとりと落ち着いた細面の美貌に、ふくよかな紅い唇がクッキリと目立ち、大理石のような白い肌に良く映えていた。

 胸元を押し上げる豊かな膨らみ、細くくびれて引き締まった腰、服の上からでも身体の凹凸がハッキリと見て取れる成熟した女性美。

 品良く穏やかな若妻風の美女なのだが、同時に女の色香も濃く漂わせている。表情にどこか憂いと寂しさが感じられるのも、ポイントが高い。


 それは正にセディルの好みど真ん中の、綺麗なお姉さんだった。


 「師匠、あの人は誰?」


 館の玄関に入って行く彼女の後姿を眺めつつ、黒い瞳を輝かせたセディルがライガに訊ねる。


 「ん? ああ、彼女は伯爵家で働いている使用人の一人で、アンナといったか。元々夫婦で伯爵家に雇われていたが、確か去年、その夫を亡くしたと聞いたな」


 妙にそわそわし出したセディルの様子を訝しみながらも、ライガはいくつかの事を教えてくれた。

 彼女の名は、アンナ・ハーベルス。

 年齢は二十歳。

 伯爵家に仕えていた料理人の男と五年前に結婚し、一緒に厨房で働いていたらしい。

 しかし去年、夫が事故死した為に、アンナは若くして未亡人となってしまった。

 彼女には他の身内も既に無く、行く当てのなくなったアンナを不憫に思った伯爵の奥方が、改めて使用人として雇い入れてくれたのだ。

 今は伯爵家で料理人の一人として働きつつ、奥方付きの雑用係のような事をしているらしい。


 「へえー、未亡人のアンナさんか~」


 その彼女にとっては不幸な筈の単語を聞き、セディルはキラキラと輝くような良い笑顔を浮かべる。


 「再婚の予定とか、あるのかな? もう好きな人がいたりとかは?」

 「そんな事を、俺が詳しく知っていると思うのか?」


 ライガはそう呆れつつも使用人達の噂話として、死んだ夫との間に子供もいなかったので奥方が再婚を勧めているらしいが、アンナがそれを拒否しているらしい、とは語ってくれた。

 詳しく知らないと言いつつも、ライガがそれを知っていたのは、無意識に何でも聞いて記憶して置く忍者の性のようなものである。


 「ふーん、勿体無いよね、まだ若いのに。アンナさんくらい美人なら、僕がお嫁さんに欲しいな~」


 あくまで無邪気に、玩具を欲しがる子供のようにセディルがそんな台詞を口にする。


 「……お前、いくつだ?」

 「え、五歳ですよ。間違いなく」


 ライガの疑問に、平然とした顔でそう答えるセディル。

 転生によって得た新たな肉体に適応し、彼の精神や感性は子供にまで若返っているのだが、その『本性』だけは元のまま変わっていない。

 その影響は女性の好みにも出ており、未亡人の美女アンナを、セディルは一目で気に入ってしまったのであった。


 「師匠、僕がアンナさんと仲良くしても良いですか?」


 アンナと仲良くなる事を勝手に決めたセディルが、ライガにそう訊く。


 「……好きにしろ」


 我関せずとばかりに、ライガはセディルの勝手に目を瞑る。


 「はい、そうします」


 徐々にライガとの付き合い方を学びつつあるセディルは、彼との遣り取りを軽快にこなしていた。

 師匠と弟子。

 その関係以上には、お互いの中には深くは関わらない。

 それが、今の二人の暗黙の了解なのであった。




 それから数日間。

 セディルは、全力で良い子を演じきった。

 使用人達には、親に疎まれ森に捨てられた可哀想な子供と紹介され、皆からの同情を買うと、館の掃除を積極的に手伝う。

 子供離れした力と手際の良さで仕事をこなし、使用人達からの信用を得つつ、アンナに近付く隙を見い出す為だった。


 「アンナさん、お芋洗いましたよ」


 そして今、セディルは館の厨房でアンナを手伝い、手桶で芋を洗っていた。

 薄茶色い芋は、握り拳大の丸っこい形をしている。それは前世で良く見知った、『ジャガイモ』そのものだった。

 魔法文明華やかりし頃は、ここレイドリオン大陸も世界中の大陸と行き来があったらしく、隔絶された地の固有種でも、有用な植物や動物は導入され品種改良も行われていた。

 セディルにとってもありがたい事に、この地の食材の種類が豊富なのは、過去にあった世界的な大陸間交流の影響なのである。


 「ありがとう、セディル君。助かるわ」

 「いえ、僕もお世話になっている身ですから。これくらい、どんどんやりますよ」


 小皿にすくったスープの味見をするアンナの横に立ち、にこやかに自分の可愛さと真面目さをアピールするセディル。

 ここ数日、館の手入れを手伝いながら、徐々にアンナに近付いたセディルは、厨房でのお手伝いで彼女の傍に居付く事に成功していた。

 アンナが料理人として働いており、使用人達の食事の用意を担当していたからだ。


 「それにしてもアンナさんの料理、とっても美味しいですね」


 セディルはお世辞抜きで、彼女の料理を褒める。この何日かアンナの作る料理を食べてみての、素直な感想だった。


 「そう言って喜んで貰えると、私も嬉しいわ」


 料理を褒められ、アンナも柔らかく微笑む。

 丁寧に鍋のスープを掻き混ぜるその穏やかな動作といい、主婦業が彼女にはとても似合っているように見える。

 顔を包帯で隠す怪しい子供の事情については、彼女にも話してある。

 無論、『悪魔の子』という辺りに事情は伏せたまま、親の虐待と迫害の果てに森に捨てられたという、用意していた筋書きを説明したのだ。

 それを信じたアンナはすんなりとセディルに対して同情心を発揮し、こうして自分の傍に近付くのも母親恋しさなのだろうと、好意的に解釈してしまった。

 その結果、セディルは堂々と彼女の傍に近寄れるようになったのだ。


 「ところで、アンナさん。アンナさんは、職に就いているって、他の人達が言っていたんですけど、本当ですか?」


 彼女に関する情報を使用人達からいくつか仕入れていたセディルが、一番関心を持ったのは、やはり職に関わる話だった。


 「ええ、本当よ」


 子供の質問に頷き、アンナは鍋から顔を上げて窓の外を見つめる。


 「私ね、去年夫を亡くしたの」


 少し哀しげな声で、アンナが話し出す。

 彼女は、十五歳の時に幼馴染だった男と結婚し、その夫と一緒に伯爵家で働いていたのだ。


 「最初は哀しくて呆然としていたけれど、哀しんでいるだけでは人生って済まないのよね。私の両親はもう亡くなっていたし、他に身寄りも無かったから、私は一人きりになってしまったの……」


 この世界は、弱者には厳しい。

 女が一人で生きて行くならば、男顔負けの能力や意志が必要になる世界なのだ。


 「でも、私は運が良かった方だと思うわ。伯爵様や奥方様が良い人で、私をそのまま雇ってくれたから」


 アンナは未亡人になってしまったが、そのまま伯爵家に住み込みで奉公し、衣食住には不自由しない生活を送る事が出来るようになった。


 「それで、どうしてもそのご恩に報いたくて、伯爵家の料理長の下で修業をさせて貰ったの」


 職に就く為には、既にその職に就いている先達の指導が必要になる。

 アンナは、料理長の下で勉強と修行に励んだ。


 「それで、アンナさんは職に就けたんだ」

 「ええ、私にも少しは才能があったのか、一生懸命努力したからかは判らないけれど、『厨房師』という職に就けたのよ」


 アンナは悲しみを振り切り、少し誇らしげに笑みを浮かべる。

 主に冒険者が就く、『戦士』『盗賊』『僧侶』『魔術師』という四つの職を『基本職』と呼び、様々な職がここから派生し、複合して生まれている。

 その中でも盗賊系の職は、『盗賊』を中心として殺し技に長けた『暗殺者』や、剣の扱いに長けた『盗賊剣士』、弓矢の扱いに精通する『レンジャー』等が存在していた。


 だが、盗賊系という呼称は主に冒険者が使用するもので、この系統の職は、正確には『職人系』と呼ばれている。

 この職の中には、所謂『冒険者』向けの職の他に、戦う事は前提としていない特殊な『専門職』も含まれているのだ。


 普通の武具を作る職人としての鍛冶師とは異なる、魔力を持った武器を作る『魔力鍛冶師』や、魔法の道具を加工する『魔道具師』等がそれに当たる。

 アンナが就いた『厨房師』という職もその一つであり、普通の料理人とは異なり、魔力を宿した特殊な料理を作り出す事が出来る専門職なのである。


 彼ら厨房師の作る料理は『魔素料理』と呼ばれ、その料理を食べると、HPやMPの回復効果が得られたり、一定時間、特殊なスキルを獲得する事が出来る。

 その効果は厨房師のレベルに応じて高まって行くので、もしも高レベルの厨房師が作った料理を食べる事が出来れば、冒険ではかなり有効な力を得られる事になる。


 「私はまだレベル1だから『魔素料理』は作れないけれど、これから少しはレベルを上げて、伯爵様の御一家が健康になれるような料理をお作り出来たら良いなって、思っているのよ」


 厨房師は、レベル2以降から『魔素料理』を作れるようになるので、レベル1のアンナではまだ特殊な効果を持つ料理は作れない。

 それでもアンナは、伯爵家から受けた恩を返そうと、日々の仕事を頑張っているのであった。


 「やっぱり、アンナさん良い人ですね」


 彼女の外見の美人さを一目で気に入ったセディルだったが、ここ数日の付き合いで、その能力や内面も好きになっていた。

 家庭的で優しく、義理堅くて真面目な美人。

 オマケに珍しい職にも就いていて、冒険の役にも立ちそうな人。


 「僕、アンナさんと結婚したいな~。アンナさんの手料理なら、毎日食べたいから」


 嘘と本音にはあくまで正直なセディルが、ストレートな想いをアンナに告げる。好きなものを好きと言う事には、一切の迷いが無いのが彼の持ち味なのだ。

 そんな舌足らずな幼い子供の求婚に、アンナは優しく微笑む。


 「ふふふっ、セディル君が格好の良い大人になる頃には、私はもうおばさんになっているわよ。セディル君と結婚する女の子は、別に探さないとね」

 「えー、残念だな~」


 アンナはセディルが五歳児だという事を微塵も疑っていないので、自分への求婚話も本気にはせず、子供の憧れや、母親に通じる年上の女性への思慕の情の一つだと思い込んでいた。

 当然、彼の中のもっとドス黒い本音には、気付きもしなかったのである。


 「そうだわ。女の子と言えば、もうすぐここに伯爵様の御一家が来る事は、知っているかしら?」

 「うん、聞いているよ」


 この館は、元々この辺り一帯の領主であるクレイム伯爵の別荘であり、伯爵一家が年に一度、一家総出でここに来て静かに時を過ごすと、セディルはライガから聞いていた。


 「クレイム伯爵様の御一家は、伯爵様と奥方様、それに伯爵様の子供で、二人のご子息と幼いお嬢様がいらっしゃるの。ご子息のお二人は、もう十五歳を過ぎて成人しておられるけど、お嬢様はセディル君と同じでまだ五歳の女の子だから、仲良くしてあげてね」


 アンナが伯爵家の家族構成を、セディルに教えてくれた。

 彼女も十五歳で結婚したように、この世界では、一般的に十五歳になれば大人の一員としても認められ、働きに出たり結婚したりも出来るのだった。


 「ふーん、伯爵家の御令嬢か。でもそれだと、上の二人と随分年齢が離れているね」


 兄二人が十五歳以上で、妹が五歳なら、十歳以上も歳の差がある兄妹になる。


 「??……。セディル君、細かい事に気が付くのね。ええそうよ、お二人のご子息は、伯爵様の前妻の子なの。伯爵様は前の奥様を若い頃に亡くされて、今の奥様を六年前に娶られたのよ」


 セディルの子供らしからぬ思考にふと疑問を覚えたアンナだったが、それ以上は気にせずに、伯爵家の家族構成の事情を話してくれた。

 つまり伯爵家の上の兄二人と下の妹は、異母兄妹の関係になるのだ。


 「伯爵様も奥方様も、とても良い方々よ。お二人のご子息も、立派な男性になられたわ。お嬢様は……、少し難しい子だけれど、とても可愛らしくてクレイム伯爵家にとっても大事な子なの。セディル君も、その……気を付けて仲良くしてね」


 伯爵家の御令嬢とはいえ、セディルと同い年の五歳の女の子がここにやって来る。

 アンナは、その子とセディルに仲良くして欲しいようなのだが、そのお嬢様に関して話す時、今までよりもほんの少し話の歯切れが悪かった。


 「判りました。他ならぬアンナさんの頼みなら、何でも引き受けますよ。女の子と仲良くなるのは得意な方ですから、任せて下さい!」


 そう言いつつ、セディルは背筋を伸ばし、軽く自分の胸を拳で叩いた。

 いくらライガが彼の滞在を許してくれたとしても、この館の所有者はあくまでクレイム伯爵なのである。 その伯爵家の一員に嫌われれば、流れ者のセディルは、ここを追い出される可能性が高い。


 (何とかしてクレイム伯爵家の御一家に気に入られて、居場所を確保しなきゃ。その為には、まず子供から『懐柔』するのも、手だもんね)


 セディルは次に取り入る相手として、その御令嬢をターゲットの一人に選定した。


 「頼もしいわ、お願いねセディル君」

 「はい、アンナさん」


 自信ありげに自分の話を聞いてくれた少年を見て、アンナは笑顔で彼の黒髪に手を当て、優しく撫でるのであった。

   

 

 

  

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[一言] 厳しい修行はどうしたんだセディルくん!
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