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転生忍者少年はダンジョンに挑む  作者: 田舎暮らし
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第九話 初めての街へ

 翌日早朝。

 日が昇ると同時に、妹をしっかりと背中に乗せたセディルは男と共に館を出発した。

 目的地は、この辺りの領主クレイム伯爵が治める街『リュームスタット』である。

 館の門からは、踏み固められてある程度整備された山道が続いている。周囲には木々が生い茂り、日が出たと言っても道はまだ薄暗かった。


 「明かりを灯しますね」


 セディルは【照明】の一般魔法を使って、自分達の頭上に光球を浮かばせた。

 光球が照らす場所は真昼と変わらない明るさに変わり、足元をハッキリと照らしてくれる。

 明かりは森の中では目立つが、それを目にして獣や魔物が出て来たとしても、数日前とは違って今は忍者の男が隣にいる。

 その安心感は、兄妹二人にとっても非常にありがたいものであった。

 二メートルの長身を誇る、鍛え抜かれた大男の歩幅は広い。その上、男は子連れだという事を全く意識していない様子で、力強くズンズンと道を進んで行く。

 セディナを背負ったセディルは、男に置いて行かれない様、その歩みに何とかついて行った。


 それ程険しくはない道を進む事、一時間。

 周囲が暗い森である事は変わらないのだが、一行が歩く道は大きな変化を遂げていた。

 山道を進んで来たセディル達は、そこから一本の道路に辿り着いていた。

 森の中を伸びるのは、綺麗に成形された石が敷き詰められて舗装された街道だった。

 道の幅は、約六メートル。

 端には腰掛けられるくらいの高さの石垣や雨水を流す排水路も整備され、石畳も含めてそれら全てが、高度な技術で加工され固められている。


 「随分しっかりと作られた道ですね、師匠。石に歪みも隙間も無いし、草木一本生えていない」


 足を踏み入れた街道をじっくりと眺め、セディルはそうした感想を口にする。

 石造りの道は、鬱蒼と生い茂る自然の森の中を走っているにも関わらず、石の継ぎ目から雑草の一本も生えておらず、木々の根で盛り上がっている場所すら見つからなかった。


 「これが『古代街道』と呼ばれている道だ。一千年以上前に、大陸中、いや世界中に張り巡らされた交通用の街道だな。当時の技術、それも魔法の力で保存、保護されているらしい。一千年の時が経っても、傷みも崩壊もせずに使えているのはその恩恵だろう」


 こんな道が、世界中に敷かれているのだと男が語る。

 古代に共通の規格と魔法技術で作られたこの街道は、今でもレイドリオン大陸の全土を繋ぐ道として活用されていた。

 一千年もの時間が経過しても、街道は朽ちる事も埋もれる事もなく、大陸の端から端まで、意外な辺境の地、森の奥、山の頂、不毛の荒野の果てまでも伸びている。

 古代の魔法文明の時代では、この道の設置こそが各国の版図の拡大、ひいては征服の証となっていたのであった。


 格段に道の状態が良くなった為に、一行の足取りも軽くなった。

 さらに街道を進むと、やがて他の通行人ともすれ違うようになった。

 粗末な荷車を驢馬に引かせる農夫、荷物を担いだ行商人、家畜を連れた豚飼い、武装した傭兵や巡回する兵士。

 森を切り開いて作られた街道沿いの小さな村々も、いくつか目にする事が出来た。


 ジーネボリス帝国の国土を覆う森は、深くて暗く多くの危険を孕んでいるのだが、それでもこの街道を行き交う限りは道に迷う事もなく、確実に何処かの集落に辿り着ける。

 旅人や冒険者にとって、古代街道は命を繋ぐ道なのであった。

 そして、幾度かの休憩を挟み、セディル達は昼を過ぎた頃に目的の場所に辿り着いた。


 クレイム伯爵家が統治する街、『リュームスタット』。

 古代街道を挟むように作られた、人口5千人程度の街である。街の周囲は石壁で囲われ、周囲には耕作地が広がり、人の出入りも多い。

 この世界では良く目にする、中規模クラスの都市だった。


 「これが街なんだ!」


 前世の記憶で知る街と比べれば、規模では十分の一、百分の一程度のものだが、セディルは初めて見るこの世界の都市に興味を抱いていた。


 「賑やかそうな街ですね、師匠」

 「この地域辺りでは、交易の中心になっている街だからな。商人が各地から品物を持って集まり、ここで売り買いして行く」


 男は自分を雇ってくれている伯爵家の街について、簡単に説明してくれた。

 特に伯爵家の領地には、錫の鉱山があり、この街は白鑞製品の産地として有名らしい。商人達は、それを求めて帝国各地、それに国外からもやって来て、様々な製品を買い求めて行くそうだ。


 三人は街の門から中に入る。

 男が伯爵家が発行した通行許可証を持っていたので、街の衛兵もすんなりと彼らを通してくれた。

 リュームスタットの街は賑わっていた。

 男が言った通り、この時期、街は世界各地からやって来た多数の交易商隊によって人口が膨れ上がっていたからだ。

 街の中では、名産である錫製品の他にも、この地方で取れる獣の毛皮や毛織物、ワインや蒸留酒、蜂蜜や薬草、鉄鉱石や金属製品といった様々な物が商われていた。


 「色々な人がいますね、師匠」


 セディルは街の中で、今まで出会って来た『人間』とは違う、別の種族の人々を見掛けていた。

 それはファンタジー世界定番の種族達。


 人間に似た細身に、細く長い耳と美しい姿を持ち、魔力の扱いに長けた種族『エルフ』。

 背は低いが頑強な身体と屈強な筋肉を持つ、怪力と工芸に長けた種族『ドワーフ』。

 身体の一部に獣毛や尻尾という獣のような特徴を持つ、素早い動きに長けた種族『獣人』。

 成人しても人間の子供のような姿をしている、小柄で陽気、運気に長けた種族『小人族』。


 その他、知性を持つ種族は世界に無数に存在しているが、人間も含めたこれらの五種族が、大きな括りの中で『人』と呼ばれていた。

 エルフとドワーフは、それぞれ森や山岳に自らの王国を築いているが、獣人と小人族は人間に比べて圧倒的に数が少ない為か、小さな集落や人間の大きな街で暮らしている。

 そんな街の人々を眺めながら、セディルは背から降ろしたセディナの手を掴んで男の後を歩いていた。


 男が向かった先は、街の市場だった。

 近在の農民達が農産物を売りに来る朝市の時間は、もう過ぎてしまっていたが、市場では多くの店が建ち並んで商売をしている。

 豚や羊、牛等の捌いた動物の肉を売る店、様々な野菜を並べた店、麻袋に詰められた豆や穀物を売る店、仕立て直した古着を吊るした店、簡単な調理を施したパンや焼き菓子を売る露店の屋台等に、人々が集まっていた。


 「この市場で、熊の肉と毛皮を買い取って貰う。【防腐】の一般魔法を掛けてある生肉は、歓迎されるのさ」


 そう言って男は、肉屋に立ち寄った。

 『収納鞄』から大量の熊肉を取り出し、店主と交渉する。

 男の言った通り、新鮮な熊肉はすぐに買い取って貰えた。男が一般魔法を使える事を証明して見せたのも、大きかったのだろう。

 肉屋の店主は、喜んで熊肉を全部引き取ると、代わりに硬貨を幾枚か男に渡した。


 「それが通貨ですか、師匠?」


 セディルは、男が手にした硬貨を覗き込む。

 それは明らかに金、銀、銅の貴金属で作られた、『金貨』『銀貨』『銅貨』だった。

 それぞれ縁にギザギザが刻まれ、誰かの肖像や文字が刻印されている。セディルの目にも、なかなかに精巧そうな作りに見えた。


 「そうだ。通貨の基本は、この銀貨になっている」


 男が一枚の銀貨を、セディルの前に示す。


 「この銀貨一枚を、大陸の共通通貨単位で『シリス』と呼ぶ。1シリスは、銅貨なら二十枚。金貨一枚は、銀貨二十枚。20シリスの価値になるな」


 通貨の呼び名とそれぞれの価値を、セディルは男から教わった。

 銀貨一枚、1シリスあれば街の食堂で三食をお腹一杯に食べられるらしい。普段の生活で一般庶民が主に使うのが、この銀貨と少額硬貨の銅貨なのだ。

 金貨は、庶民には余り縁がないようだった。


 「他に、ドワーフ族だけが鋳造している、『ミスリル銀貨』があるな。一般に使われる硬貨ではなく、専ら貯蓄用に利用されているが、これは一枚で、100シリス。金貨五枚の価値がある」


 貴重な魔法金属である『ミスリル銀』は、ドワーフ族だけが採掘し、製錬し、加工する技術を有している。

 その為、ミスリル銀で作られた銀貨には、どこの国や種族においても、確かな信用と価値が認められているのだ。


 「ふむふむ、ミスリル銀貨一枚で、銀貨百枚。金貨一枚で銀貨二十枚、或いは銅貨四百枚ですか。それなら計算し易いですね、師匠」

 「……………」


 セディルはすぐに硬貨の交換比率を暗算して見せたが、その朗らかな顔を見て男は怪訝そうに眉を顰める。

 ただの村の五歳の幼児が大きな数の計算を、暗算でやってしまったからだ。

 しかし男は今さらだと思ったのか、そこには触れなかった。

 更に熊の毛皮も店で売り払うと、その金でセディルとセディナに、露店の屋台で売っていた食べ物を買ってくれた。


 「美味しいよ、お兄ちゃん」

 「うん、意外と味が濃いよね」


 薄いパンに焼き肉と野菜を包んだ物を妹と一緒に齧りつつ、セディルは街中を歩く。

 市場を抜けた先に、大きな建物を見つけた。

 石畳の敷かれた広場に隣接する、高い塔と大きな三角屋根を持つ石造りの建物で、多くの人々が出入りしている。


 「師匠、あの建物は?」

 「あれは、神々を祀る寺院だ。この国では、筆頭として『天空におわす正しき統治の神』『神々の父にして王』なんていう呼び名を持つ、『天空神ウル・ゼール』を中心に、何柱かの神々が一緒に祀られ、纏めて信仰の対象となっているぞ」


 その建物は、この世界の神々を祀り、神に仕える僧侶や信者が集まる寺院であった。

 この世界は多神教らしく、何柱もの神々が実際に存在し、多くの人々に信仰されている。大多数の人達は、特に拘りがなければ、善性を司る神々を纏めて信仰しているようだ。

 その中心にいるのが、『天空神』と呼ばれる最も偉大な神だった。


 『天空神』は、遥か彼方の天空から地上の全てを見通し、『太陽神』『月の女神』『知識と書物の神』『大地母神』『戦いの神』『鍛冶の神』『愛と美の女神』『獣神』『海神』等々、善性を司る多くの神々を取り纏めていると信じられていた。

 逆に、悪性を司る邪悪な神々も密かに信仰されているらしく、こちらは『名を潜めし者』と呼ばれる邪悪な神の王に率いられている。


 「当然、何処の国でも街でも信仰を許されているのは、善性を司る神々だけだ。邪神への信仰が見つかれば、普通は国の官憲に逮捕される」


 まあ、表向きはな、と男が付け加えた。

 実際には、国ぐるみで邪神を信仰している小国等は過去にあったらしく、思わぬ場所に邪神の寺院や神殿はあり、思わぬ人物が信仰している場合もあるという。


 「へー、神様も色々なんだ」


 元の世界では存在が実証されなかった神々の話を聞き、セディルが感慨深そうに頷く。

 この世界では神に仕える僧侶系の職にある者達が、その信仰心によって発動する『僧侶系魔法』の力によって、神々の存在は実証されている。

 その有効過ぎる現世利益を考えれば、神の存在を疑うという発想自体が生まれないのだろう。


 「寺院は、冒険者にも馴染み深い場所だ。僧侶系の奴を仲間にしたい時や、冒険に必要な『護符』や『聖水』の購入、それに怪我をしたり毒に侵されたり病気になったりした時にも、ここの世話になる」


 但し、その為には金が掛かる、と男が言う。

 冒険者にとって、怪我をしたり毒を射ち込まれたりといった事態は珍しくない。

 仲間に僧侶がいれば、そうした事態にも対処出来るし、いなければ寺院に駆け込み寄付金を支払って魔法で治して貰うしかない。

 それは一般人でも同じであり、寺院は街の施療院としての役割も果たしているのだった。


 「中でも一番重要で、一番金が掛かるのが『蘇生魔法』を掛けて貰う時だな」

 「蘇生魔法……、一度死んだ人でも、本当に生き返る事が出来るんですね?」


 死者を蘇生する僧侶系魔法の存在は知っていたが、冒険者であった男から直接話を聞けた事で、それはより確かな話としてセディルの中に納まった。

 死んでも生き返る事が出来るのなら、危険な冒険者生活にも少しは希望が持てるかも知れない。


 「あるには、ある。だが……、あれを当てにはするな」


 男は忌々しそうに、厳しい表情を浮かべる。


 「蘇生魔法の成功率は低い。レベル0の一般人なら、百人に掛けても一人が生き返るかどうかだ。使う僧侶のレベルと『魔力』が高く、掛けられる側の死者のレベルと『生命』『幸運』も高くなければ、蘇生は失敗する。全ては、運試しだ」


 僧侶の使える蘇生魔法には、二つの種類があった。

 ほぼ完全な状態の死体から、失われた生命だけを復活させる僧侶系第七レベルの魔法【通常蘇生】。

 そして失った生命と同時に、激しく破壊された肉体すらも完全再生させる、僧侶系魔法第十レベルの最上位魔法【完全蘇生】。

 両者の魔法は、効果は違うが成功率は同じ。

 死んで生き返る事が出来るのは嘘ではないが、それらは運任せの要素が強く、【完全蘇生】で失敗した時には肉体が完全に崩壊し、その生命は永久に失われる。


 「冒険者は、生き延びる事を何より優先するべきだ。死ねば、それで終わりだ」


 どこか虚無的に口元を歪め、男はそう呟いた。

 そんな彼の様子を、セディルがじっと見つめ、観察する。


 (蘇生魔法の存在。その成功確率の低さ。師匠が冒険者を辞めて、森の奥に引き籠っちゃった理由も、その辺にあるのかな?)


 当然のように、男は自分の過去の全てを他人に語るようなタイプではない。

 特に苦い過去については、口を閉ざすだろう。

 セディルに話している事は、男にとってはもうどうでもいい事でしかないのだ。


 そんな話をしつつ、三人は目的の場所に近付いていた。

 彼らがこの街に来た目的、それは男が育てられないと言ったセディナを、彼の知り合いの商隊に預ける為だ。

 その商隊が滞在している筈の場所が、『隊商宿』だった。

 交易商人が多く立ち寄る街だけあって、その建物も大きい。それに隊商宿の周囲には、荷馬車が数十台も停まっており、大規模な商隊がいくつも滞在している事が外からも判る。


 「やっぱり、居たな」


 多数の荷馬車は、それぞれどの商隊に属するかを示す旗を掲げている。その中に、男は見知った旗を見つけ出した。


 「あれが南にあるロルドニア王国屈指の商家、カリビング家の商隊だ」


 セディルは、男が指差した荷馬車の一団に視線を向ける。

 それは十台以上の大型馬車からなる大規模な商隊で、一際目立つ偉容を放っていた。


 「カリビング家は、世界中の陸路、海路を使って商隊を送り込み、各国と交易を行なっている。この時期にはリュームスタットに立ち寄って、この近辺の産物を買い集めるのさ」

 「だから、あんなに大規模な隊を組んでいるんですね」


 商隊には商人だけでなく、武装した護衛の戦士や雇われた冒険者も加わっている。

 ここが国家の統治下にあるとはいえ、財貨や貴重品を運んでの長距離移動には様々な危険が付き纏う。山賊や盗賊は言うに及ばず、敵対的な亜人種や魔物による襲撃や自然災害、事故や病気も無視出来ない。

 しかしそれだけの困難を乗り越え運ばれるからこそ、商品の価値は跳ね上がり、商人達は儲ける事が出来るのだ。


 「そのカリビング家って言うのが、師匠の古い知り合いの女の人が嫁いだ家なんですね?」

 「そうだ。冒険者を辞めた俺達の中では、あいつが一番真っ当な人生を歩んだ事になったな」


 意外だったよと、男が何気なく呟いた。

 それから男は、セディナを預ける段取りを付けて来ると言って、商隊に接触しに向かった。その間、セディルは妹と共に、外で待っている事になった。


 「お兄ちゃん、本当にお兄ちゃんとお別れして、セディナだけ遠くに行かなきゃいけないの?」


 二人が外で待つ間、セディナは泣きそうな顔で兄にしがみ付いていた。

 村では家の外に出して貰えず、祖父からは無視されていた為に、セディナガ頼れる人は母と兄しかいなかった。

 しかし今ではその母にも捨てられ、彼女の傍にいるのはセディルだけ。

 その兄とも別れなくてはいけないと言われ、幼児のセディナにとっては暗い森の中に、一人で置き去りにされるような心細さを感じていた。


 「うん、でもずっとお別れじゃないよ。僕がいっぱい修行して師匠と同じ職に就けたら、必ず迎えに行くから。良い子で待っているんだよ、セディナ」


 そんな妹に、セディルは優しい笑顔を向けた。

 自分の言っている事は嘘ではないが、少なくとも何年かは妹を一人にしてしまう事は間違いない。それを自覚しつつも、セディルは不安がる妹を宥めるのであった。 



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[良い点] 街の細かい描写やこの世界の世界観が分かって良かったです。 [一言] せでぃなぁ~TT
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