無題
ジェニーが14歳で、アランが17歳です。二人の関係性にかんしてはご想像にお任せします。
アランはジェニーに歌を歌って聞かせた。
『前より随分と上達したようだわ。きっと何度も歌っていたに違いないわ』
ジェニーはしばらく、彼の歌声に聴き入った。彼は歌の一番までを歌い終えたが、すぐに二番に移った。いつもは一番で止めてしまうのに。そこでジェニーは、彼の悲痛な叫びを聞いたように思われて、かすかに身震いをした。彼の声はところどころ途切れたが、それでも必死に歌い続けた。ふとジェニーは、自分の目頭がぐっと熱くなったのを感じた。彼の切ない思いが、ジェニーには痛いほど感じられていたのだ。
『あぁ、この人は……どんなに私に恋い焦がれていても、叶うことなんて絶対にないんだわ!……』
ジェニーは無意識に勢いよく部屋中を見渡したあと、ふと窓の外の夜空を見やり、がくんとうなだれた。彼女の目からは涙が滝のように流れ、胸はまるで鋭いナイフを刺されたように、奥が鈍く痛んでいた。
アランはとうとう歌い終わり、遠慮がちに少し笑ったあと、どうでした、と言った。
「あんまりよくなかったでしょう? だって僕、歌いながら泣いていたんですよ……」
やっぱり! とジェニーは思った。
「いいえ。むしろ最高でしたわ。あなたも泣いてらしたの……。実は私も泣いていましたのよ」
「それは本当ですか!」
「ええ……。まだ涙が止まりませんの」
ジェニーはハンケチで目頭を押さえ続けた。
『この人は私よりもはるかに胸が苦しいんだわ……。その元凶は私であると、わかっていらっしゃるのに私にそばにいろとおっしゃるのね』
そう思うとジェニーはその突き刺すような痛みに、突然一種の快感のようなおもを覚えた。
「ごめんなさい。僕……あなたを泣かせるつもりじゃ……」
彼女の声が震えているのを聞き、アランは多少うろたえた。ジェニーは特にそれには答えず、黙って窓の外を見ていた。五分ほど沈黙がつづいた。耐えきれなくなったアランは、彼女の名前を呼んだ。
「ジェニー……」
するとジェニーは、目を病的にぎらぎらさせながら、アラン、とささやきかけた。そしてほとんと呟くようにして一言、
「愛してるわ」
と言った。その瞬間、まるで熱病にでも浮かされたように彼女の全身がぼうっと熱くなり、頭がくらくらし、目眩が起こった。アランはジェニーの顔をはっと見上げ、何かを悟ったようすでかすかに笑った。
「僕もです、ジェニー」
蝋燭の明かりはもう少しで尽きそうになっていた。
「帰るんですか」
ジェニーが椅子を立ち上がり、外套に手をかけたのだ。彼の問いかけには答えず、彼女はゆっくりとアランに近付いた。そして椅子に座ったままの彼の肩を掴み、その弱々し気な表情に見入ったあと、彼の額にそっと接吻をした。
「あなたは何を!……」
アランは目を大きく見開き、少し震えた。
「またすぐに来ますよ」
ジェニーはゆがんだ笑みを見せ、彼を一人残し、部屋を立ち去った。
二人は恋人じゃなく、ジェニーには何が? アランはそれを知っていてもなお……