その8
読者さん達へご案内致します。
前提として、この作品はフィクションです。
その上で、作中、ある部屋の中を撮影するシーンがありますが、登場人物達はきちんと許可を得た上で撮影しておりますのでご安心下さいませ。
それでは、その8をお楽しみ下さいませ!
黒川達4人が第1大隊及び第2大隊学生舎の見学を終え、第3大隊学生舎へ移動を始めた頃、防衛大学校を象徴する時計搭そばの構内道路では、白川達“3人”が見上げながら、森はスマホで撮影し、小谷はコンパクトデジカメで撮影した画像をスマホへと転送する。
所で、ここに姿の無い新町が今どうしているのかというと、第1大隊学生舎の外で陸将補と1陸佐2名、2陸佐1名に出くわしてしまい、彼等と行動を共にしているのである。
本来、白川達がいたために挨拶だけで離れたかった新町だが、相手が陸将補と1陸佐の1人が同期の潮静であったため、流石にそういう訳にもいかなかった。
この陸将補は、朝に本部庁舎へ向かう途中の車内で新町を見かけたため午前中に1度、理工学3号館へ足を運んでいた。
そこには学生当時の行動を知っていた同期の潮静も、偶然ではあったがその場にいたため、陸将補はその後、潮静とも行動を共にしていたのである。
そして陸将補からの情報で、新町の理工学3号館へ行きたいという気持ちを、彼等に随伴する方へ強く傾かせる内容を聞かされる。
それは米海軍のある佐官が防衛大学校へ来ていて、これから会いに行くというものであった。
新町は佐官の名前を聞いて目を輝かせながら、白川達に案内出来ない事を平身低頭に謝罪し、その場で別れたのである。
この時新町は、潮静から補足のように何かを言われていて、たまたま近くにいた白川だけが、新町の行動を決定付ける【イージス・アショア】というキーワードを潮静の口から聞いている。
白川は自分だけで、新町の行動と目を輝かせている理由、それに陸将補が米海軍佐官と会うことの意味が薄ぼんやりとだが想像出来たため、新町の謝罪を受け入れたうえで、3人で理工学3号館へ向かう事にしたのである。
「新町3佐、白瀬1尉と雰囲気がとても似ていましたよね!?もしも“しらせ”の乗員だったら、とても楽しい航海になりそうですよね!?」
「本当に僕もそう思うねぇ、小谷君!新町君が陸自にいるのは、すごく勿体無いと思うんだよねぇ!?」
と、楽しそうにする白川と小谷の横で、疲れきった表情の森が、どんよりと暗い表情になっている。
「本当に似てましたよ、白川さんと性格が・・・。疲れました・・・。それと、もう1つ別の意味でも疲れましたよ・・・」
森は、新町が白瀬を疑っている節があった事を、小谷に聞かれないように伝えると、露見する前で良かったと笑う。
白川は森と小谷へ手を差し出して繋ぐと、ようやく行ける事が嬉しいのか、子供のように大きく手を振りながら「理工学ぅ~♪3号館♪いろんなの~♪見たいねぇ~♪」と、適当な歌詞に思い付きの曲を付けて、それを繰り返して歌いながら歩き始める。
森はいよいよ3号館へ向かってしまう事に、南緯60度、別名【絶叫する60度】へと連行されているという気持ちを抱きながら、足取り重くついていかされる。
小谷の方は森とは対照的に、繰り返される白川の歌を一緒に楽しそうに歌いながら向かっていくのであった。
理工学3号館の建物に到着すると、白川と小谷は外観を眺め始める。
一見すると理工学2号館・4号館とそっくりで、構内道路に設置された案内図を見なければ見間違える程である。
しかし、注意深く観察すると3号館の屋上には、ここの建物には本来あるとは思えない設備が稼働している。
稼働『しているように見える』ではなく、稼働『している』とはっきり言える状態である。
屋上に白色の長い棒と、それと似た短い棒が少し早い速度で回転しているのが下からも見えている。
艦艇や船舶で見た事があるようなその設備が地上の建物に設置されている事に、3人は不思議そうな表情で眺めている。
時折、学生の家族や自衛官達等が理工学館前の構内道路を往来しているのだが、設備が稼働しているのに気付いているのはこの場では白川達3人だけのようである。
先程の時計搭と同じ様に写真を撮影すると、彼女達は案内に従って、玄関を入ってすぐそばの階段を上がっていく。
「屋上の設備、新町3佐が教えてくれた通りですね!中も気になりますね!?白瀬1尉!?」
「想像はつくけども、やっぱり、とっても気になるねぇ!?」
3階に到着して廊下の奥に向かって歩いていくと、正面の部屋から防大生を含めた数名の人物達が出て来てきて振り返り、部屋の中に向かってお辞儀をしている。
どうやら学生の家族が、身内の学生の案内で理工学館内を巡っている場面であったようで、楽しそうに会話しながら白川達の方へ向かってくる。
白川達は邪魔にならないよう、廊下の左側へ1列になって進むと相手も左側へ寄って道を開け、すれ違い様に会釈していく。
廊下の突き当たりにくると白川は、先程の家族が出て来た“電波暗室”と書かれた案内板が置いてあった部屋の中を軽く見て、首を横に振って右側を指差す。
廊下は白川の指差した方向に続いていて、彼女達から少し近い部屋にも案内板が置かれている。
3人がそちらに向かうと、白川の目的にしていたであろう部屋の入り口に到着する。
「・・・という訳なんです。他に質問等はありますか?」
中からは男性の声が聞こえてきて、先に入室していた見学者達の案内が終わった事を告げている。
先の見学者達は一通り質問が終わったようで、中学生と小学生の家族連れや数名の男性達がそれぞれに、カーテンが引かれ薄暗くされた部屋から出てくる。
小谷は部屋の印象を護衛艦のCICのように思い、表情を引き締めると緊張感を漂わせて入っていく。
森は同じ緊張感で張り詰めているが小谷とは内容は異なり、白川の好奇心をいかに抑えるかに注力をしているためである。
そして白川はというと緊張感を微塵も感じさせず、森はその様子に更に緊張感を高めてしまう。
全員が出て来たと思って中に入った3人であったが、スーツ姿の男性と、ジーンズに長袖ポロシャツ姿のメガネをかけた男性が話しをしている姿があった。
それぞれが先客達の邪魔にならないよう、入り口の脇に立って話が終わるのを待つ事にする。
「・・・なるほど。分かりました。では、画面の一覧から調べてみましょう。」
「ありがとうございます!」
男性は大袈裟にお辞儀をすると、何かの装置の上にある小さい画面を食い入るように見始める。
「呟きサイトの情報では、12時40分現在ですけどまだ横須賀に停泊してるみたいなんです。」
そして静かな部屋だったため、スーツ姿の男性の小さな呟く声も3人の耳に届いたのだが、続く言葉に3人が反応する。
「AISのスイッチが入っていると良いんですけど・・・しらせ・・・しらせは・・・どこかな?」
小谷と森も驚いたのだが、1番驚いているのは名前を呼ばれた“しらせ”である。
「も、もしかして、今探しているのは“しらせ”なのかねぇ!?」
そう言うや否や森が止めるのも聞かずに、突然話しかけられて驚いている2人の男性の元へと駆け出す。
白川の後に続いて、小谷も駆け寄っていく。
「あの!もしよかったら、“しらせ”の情報、私達にも見せて下さい!お願いします!」
小谷は白川の隣で深々と頭を下げ、懇願している。
森は小谷の事に対しても、自分では思わぬ状況になってしまい、ほとんど諦めの境地に至っている風である。
「ええ、良いですよ。ちょっと待って下さいね?この画面には、AISの情報を発信している、ここから近い船舶の順に表示されてるんです。距離で言うと、もうすぐ横須賀港ですね・・・」
スーツ姿の男性は小さな画面横にあるボタンで、LNG船やコンテナ船といった民間船舶らしきローマ字の名前を次々に表示していく。
船舶の名前の他に距離も表示されていて、もうすぐ防衛大学校から見て横須賀港付近の距離になり、AISが起動していれば横須賀地方隊も表示される頃合いであった。
「もうすぐ晴海に移動するからAISも入れてて、そっちの緑の画面の方で見たら分かるかもしれないけど、Y1バースに“しらせ”がいるんだよねぇ!」
白川は興奮のあまり、早口で説明をしてしまう。
スーツの男性は小さな画面の方で“しらせ”を探しているため視線は画面に集中したままだが、メガネの男性は嬉しそうに白川へ顔を向ける。
「いつものY1、良いですよね!?昨日の夜、仕事終わってすぐに写真撮りに行ったんですけど、夜の“しらせ”も良いんですよ!」
メガネの男性はスマホを出すと、夜景の“しらせ”を表示させる。
「一眼ではないので、あまり良くは撮影出来ていないんですけど、よかったら見て下さい!」
そこには、逸見桟橋H1に着桟している護衛艦“いずも”と、吉倉桟橋Y1に着桟している砕氷艦“しらせ”が撮影されている。
「灯りが綺麗ですね!」
「一眼レフですと調整出来るので、もっと綺麗に撮影出来ると思います。早く欲しいんですけど、予算が・・・あはは・・・」
「本当に綺麗だねぇ!夜のヴェルニー公園からはこういう風に見えるんだねぇ!」
男性のスマホの画面を覗き込んでいると、スーツの男性から“しらせ”が見つかったと言われて、3人は小さい画面を急いで注視する。
小さい画面には複数の船舶の名前が一覧表示されているのだが、その中程にお目当てである『SHIRASE』という文字と、距離が表示されている。
スーツの男性は、下の大きな画面の方で“しらせ”を探し始めるとすぐに見つけて、大きな画面の情報をプロジェクターで壁に拡大して表示させる。
「こっちの方が見やすいと思います。Sバンドレーダーで見た中心は3号館です。“しらせ”は、大体ここになります。」
緑色で地図も表示された画面の、中心に近い左上をレーザーポインターの赤い光を当てて示している。
そこには、いくつかの船舶を表す三角形が表示されているのだが、そのうちの1つに赤いレーザー光で分かるように動かして注目させる。
白川は、レーダーの画面に関して見慣れてはいるものの、その中心が“しらせ”ではない事に新鮮さを感じながら、自分の位置を防大のレーダーで確認している。
「うわあ!ありがとうございます!これは貴重な資料になりそうです!!」
ポロシャツの男性はそう言うと、スーツの男性に許可を求めて、プロジェクターで投影された“しらせ”の表示と、右横に表示されている船舶の詳細情報を撮影し始める。
小谷はそれにつられて、スーツの男性へ撮影していいか聞いて、数枚撮影するとレーダーの表示に釘付けになる。
白川の方は画面も気にしていたようだが、それよりも男性の言う“貴重な資料”の意味が知りたくなり、質問をする。
「えっ?意味ですか?実は私、小説家でして・・・これ、自分の名刺です。どうぞ。」
銀色の名刺ケースから出てきたのは、上側が白、下側がオレンジ色の名刺で、それを男性は両手で白川に差し出してくる。
「へぇ、月夜野・・・出雲?小説家って、本当に書いてあるんだねぇ?」
白川が両手で受け取り、男性の名前を読み上げていると、月夜野は小谷にも渡している。
「あ、思い出した!月夜野出雲さんって、横須賀の艦艇公開の時にサンドレット聞いてきた人ですよね!?」
突然の大声に、白川、小谷、月夜野は森に注目する。
月夜野は数秒ほど間を開けると、驚きの表情に変えて森に近寄る。
「森士長さん、ですよね!?ご挨拶遅れて失礼しました!その節はありがとうございました!」
月夜野の驚く声に、白川も何か思い出して森の方を向く。
「森君が僕に・・・じゃなかった、“しらせ”に興味持ってる小説家君がいるって言っていたのは、もしかして彼の事かねぇ!?」
「はい、そうです!」
白川は目を輝かせると、月夜野の名刺と本人を交互に見る。
彼は森にも自らの名刺を渡すと、名刺ケースを胸ポケットへとしまう。
「月夜野さん、名刺作られたんですね!?あの時は作らないって言ってましたよね?」
森の言葉に月夜野は、やや恥ずかしそうにしながら返答をする。
「事情が変わった、と言うか、吹っ切れた、と言うか。今後は、兼業ですけど小説家を名乗る事にしたんです。」
森と月夜野がそうに雑談をしていると、白川が話の途切れたタイミングで、月夜野の名刺を指差しながら入ってくる。
「月夜野君?ちょっと質問だけど、この名刺って“しらせ”をイメージしているんだよねぇ?」
「はい、そうなんです!それもちゃんと主要色が揃ってるので、これを選んだんです!」
「主要色?白とオレンジと・・・ああ、3色目はこれで、場所はあれより上の部分、だよねぇ?確かに同じ色だねぇ!よく見ているねぇ!」
白川が名刺のある部分を指差してから天井を指差すと、月夜野は驚いた表情で固まる。
「ご、ご名答です!いきなり当てられるだなんて・・・。あれのあの部分が、艦艇船舶の決まりであの色になってるって知って拘ってみたんですよ!」
「よく知っているねぇ!決まりでそうなってるって、気付いていない人も多いみたいでねぇ。いやぁ、驚いたねぇ!」
「いえいえ。私は、艦艇知ってる人達やプラモデル作ってる人達から教わったので、自分で気づいた訳じゃないんですけど、“しらせ”が好きなので、とにかく拘ったんです!」
そこから森と小谷を置いてきぼりにして、白川と月夜野の“しらせ”談義が始まってしまう。
森は腕時計を確認すると、一旦部屋の外に出て電話し、すぐに戻ってくると白川を引っ張って部屋の外に連れ出す。
「森君、また僕の邪魔をするのかねぇ?君は本当に無粋なんだよねぇ・・・」
「そんな事はどうでもいいです。さっき黒川3曹に連絡入れました。今ここに向かってますので、動かないで下さいよ?」
「あれ?もうそんな時間かねぇ?」
白川は森が差し出して見せてくる腕時計で、時刻を確認すると1343iであった。
「バスの時間もあるので、早めに呼びました。黒川3曹達に、くれぐれも!迷惑かけないで下さいよ!?良いですね!?民間人の白川さん!!」
声を抑えて理工学館という場をわきまえつつも、森は白川にそう告げると腕を組んで怒ったように、いや、実際に怒った表情をしている。
「やれやれ。まるで、森君は僕の保護者みたいだねぇ・・・」
「『やれやれ』はこっちの台詞ですよ!?それに、保護者“みたい”じゃなくて、艦長指名の保護者なんです!私は“しらせ”に帰りますけど、絶対迷惑かけないで下さいね!?来年ここに来られなくなっても、私は知りませんからね!?」
森と白川が部屋の外で話していると、月夜野はスーツの男性と小谷に頭を下げて部屋の出入り口に向かってくる。
「森士長。白川さん。私はこれで失礼します。」
月夜野から声をかけられ森が会釈すると、白川は月夜野へ笑顔で右手を差し出す。
「月夜野君。僕は君の描く南極観測船“しらせ”の話、楽しみにしているからねぇ?」
月夜野は白川と握手しながら、彼女へ礼を述べると共に思いも付け加える。
「ありがとうございます。もし、本にする事が出来たら、真っ先に渡しにいきますよ。白川さんと、小谷さんと、森士長と、それに忘れちゃいけない彼女にも。」
「彼女?他に誰か、いるのかねぇ?」
「ええ。砕氷艦であり南極観測船である彼女、二代目“しらせ”にも忘れずに渡さないといけないって、思ってるんですよ。」
月夜野の言葉に、白川は少しだけ瞑目すると、小さく数回頷いて目を開け、視線を月夜野へ戻す。
「きっと“しらせ”なら、こう言うだろうねぇ?『お気持ちありがとうございます!是非その時をお待ちしています!』ってねぇ?それも挙手敬礼付きかもねぇ?」
口では冗談ぽく言ってはいるが、無帽であるにも関わらず挙手敬礼した白川に、月夜野は白川からは冗談ぽさを感じず、彼がやや戸惑っているようにも見える。
「もしかしたら、『僕が南極に行く前に作ってくれたら、もっと嬉しいんだよねぇ?旅のお供にできるねぇ!?』って、言うかも知れないけどねぇ?」
白川は先程の真剣な雰囲気を書き消すように、月夜野へ普段の言い方で誤魔化す。
「白川さんも、随分と無茶な事を混ぜてきましたね?“しらせ”は明日出港ですから、どんなに急いでも間に合わないですよ。でも、気持ちは嬉しいです。色々と頑張ってみます。」
そう言って月夜野は深く頭を下げると、各大隊学生舎を見学すると言ってその場を後にした。
「白瀬1尉。さっきの“気持ち”の代弁ですけど、最初の方は、もう1人の白瀬1尉が仰ってたんですか?」
森は月夜野が廊下の突き当たりを左に曲がっていくのを見ながら、白川に実際はどうなのかと聞いてくる。
白川は迷いながらも、廊下の天井を見上げると自分達の本心だと森へ伝える。
「どうしても彼女が伝えたいって言ったからねぇ。それと『旅のお供に~』っていうのも、僕の本当の気持ちなんだよねぇ。」
森はもう一度時刻を確認すると、白川に黒川達の言うことをきちんと聞くよう言い含めてから、小谷とスーツの男性に挨拶して“しらせ”へと帰っていった。
白川が森を見送って部屋の中へ戻ると、男性が小谷へレーダーに関する講義を始めていた。
「貴女が外で撮影した屋上で回ってる物は、ご存知と思いますが両方航海用のレーダーと全く同じです。長いアンテナの方がSバンドレーダーで、今見てもらってる画面の見え方です。短いアンテナの方がXバンドレーダーで、Sバンドより広範囲を見る時に使います。」
そう言ったスーツの男性が、装置の画面をXバンドレーダーの方へ切り替えると、プロジェクターの方も同時に同じ画面に切り替わる。
そこにはSバンドレーダーよりも広い範囲が映し出されている。
小谷は何か疑問に思ったのか、小さく手を上げてスーツの男性に質問を投げ掛ける。
「あの、何故SバンドレーダーとXバンドレーダー、両方使ってるんですか?XバンドはSバンドより広く見る事が出来るんですよね?なのに両方使うのは、何故なんですか?」
そう質問した小谷に、スーツの男性はレーザーポインターでプロジェクターに表示された、東京湾の晴海埠頭付近を見るようにと指し示す。
「全ての船舶が両方搭載しているとは限らないので、両方搭載している場合としますが、この一帯を見てください。ここは東京湾で海の上なんですが、どうなっているように見えますか?」
晴海埠頭付近のXバンドレーダーの画面表示は、その付近がまるで霞がかったようになっていて、AISでの船舶位置情報は表示されているのだが、船舶個別の光点は浦賀水道を航行する船舶と違い、判読不能である。
「もやもやしているように見えます・・・。何かあるみたいですけど、こんなに大きなのは・・・雲の塊ですか?」
小谷がプロジェクターの表示を食い入るように見ている横で、白川は大人しく小谷の様子を伺っている風である。
普段から何に対しても好奇心旺盛な白川とは、とても思えない態度をとっている。
「残念ですが、違うんです。実はこれ波しぶきなんです。」
「波しぶきですか!?この雲みたいに見えるのがですか!?」
「今日はここ防大では弱い風ですが、晴海埠頭の辺りは少し強い風が吹いているのと、波も少し高いので波しぶきがあがっているそうで、Xバンドレーダーの画面ではこのように見えるんです。Xバンドは性能が良いが故に、こういった事も起きてしまうんです。対してSバンドレーダーはレーダー波が届く距離も短く、Xバンドのレーダーに比べてしまうと劣っているように見えますが、逆にそのお陰で、今日の天気のような場合には、Xバンドよりも見易い時もあるんです。ですから、このように使い分けるんです。」
「そうなんですか!?性能が良ければ良いと言うわけでも無いんですね?勉強になります!それから、この画面の・・・」
(小谷君は、学習に凄く熱心だねぇ?彼女の乗艦が、今から楽しみで仕方ないねぇ!)
笑顔を浮かべはするものの、ここでも小谷へ余計な口を挟まないでいるのには、白川にとって大きく分けて3つ理由がある。
1つは防大へ出かける直前、航海士と一緒に気象長の今日の横須賀から晴海埠頭付近の天気予報を聞いていて、この事実を知っていた為である事。
もう1つは2分隊の、特に船務に対して興味を持っている小谷の自習を邪魔してはいけないと思ったからである事によるのである。
(・・・それに、僕よりもこの教授らしい先生の方が、とっても教え方が上手だねぇ。今後の参考にさせてもらおうかねぇ?)
最後の1つはこの男性、実は白川が思った通りに教授であるのだが、彼の小谷への教え方を、白川もレーダーと一緒に指導方法も自ら学習しているからである。
「ありがとうございました!とても勉強になりました!」
2人への特別講義が終了したため、小谷は教授に対して深く頭を下げて礼を述べると、白川も同じように礼を言って退室していく。
「それじゃあ白瀬1尉?次はさっき通り過ぎた部屋での展示、見に行きましょうか?」
白川は慌てて、廊下の突き当たりの部屋で行っている電波暗室の展示を見に行こうと歩き始める小谷の袖を掴んで、それを止める。
「小谷君!ちょっと待って欲しいんだよねぇ!?」
白川は小声で小谷に話しかけると、廊下のある1点を指差す。
「えっ?どうされたんですか?あっちに何かありますか?特に展示とか変わった物とか、何も見えないですけど・・・」
指差された方向を目を凝らして見ているのだが、小谷には全く白川が興味を引くような物が見えず、困った顔をする。
だが、白川には何かが見えているのか、指差す方向が上下左右に追跡しているように動いている。
「あれなんだよねぇ!あの飛んでいる紫のは、もしかしたら、幻の!小谷君、追いかけて正体を掴もうじゃないかねぇ!!」
「あぁ!白川1尉!間違えた!白瀬さん!?どこ行くんですか!?待って下さい!」
小谷は突然走り始めた白川に対して、慌てているせいか、偽名をわざわざ訂正して本名を呼んでいる事にも気付かぬまま、追いかけ始めるのであった。
もうすぐ1話が終わりなんですけど、それでも白川(白瀬)さん、後先考えず房総はn・・・もとへ、暴走しちゃって・・・
小谷さんも、森士長のポジションに近付きつつあって、申し訳ない気が・・・
そ、それでは、次回『その9』をお楽しみに!




