4話・裏
「あぁ心配だ! 紅雪鬼が怪我して痛い思いさせるくらいなら、もっと早く分身を戻すんだった!」
調子に乗って能力を割きすぎた事を今更後悔しても遅く、大量に精気を集めダンジョンを安定させようと、各地に散った無数の分身は相応の戦力を持つが瞬時に戻ってこれる能力はない。
幸いなのは分身を放ったのが今日なので、数時間もすれば元に戻れる。しかしその数時間が黄泉姫にはとてつもなく長い。
「ううう、人間の中に予知能力者か? 天使から情報を得られる能力か? 不覚、ダンジョンを顕現したその時から油断するべきではなかった」
頭を抱える黄泉姫だが周囲は何もない草原、しかも紅雪鬼の肉体と魂が馴染むまでの数日間、野生の獣しか見かけなかったのだ。まさかダンジョンを顕現させたその日のうちに人間の軍勢がやってくるなど想像もしていなかった。
幸いレックスがいる。300人程度であれば蹴散らすのは簡単だ、だから自分の心配はしていない。
しかし今日生まれたばかりの弟が、身代わり人形の効果で戻ってくるときは致命傷を受けたということだ、それが黄泉姫を苛む。
小さくなった身体では開けるのも一苦労のオルゴールの蓋を開け、気分を鎮める音色に少し冷静になる。冷静になったらなったで、弟を心配するあまりより悪い方向に思考が進んでしまう。
「ま、まさか奮闘むなしく捕らえられ、情報を得るために拷問などされぬであろうな? 人間は残虐で野蛮な存在、あり得ないとも言い切れぬ……おのれそんなことになったら国ごと滅ぼしてくれる、いや滅ぼすどころか徹底的に苦しめて……」
オルゴールの効果で冷静になってはさらに悪い想像を働かせてしまい、人間に憎悪を燃やし続け約一時間後。
聖女を捕らえ帰還した眷属の姿を見て、燃やした憎悪は一瞬で忘却した黄泉姫であった。