2話・裏
地上に解き放った分身たちから、送られてくる精気を魔界へと運ぶダンジョン。その中枢を水晶の間と呼ぶ。
水晶とはダンジョンコアを指し、ダンジョンの機構の制御や魔界との連絡、また分身の制御を助ける等、正にダンジョンの心臓であり頭脳。また主たる魔将の私室も兼ねる。
そんな自分と生まれたばかりの眷属しか立ち入れない空間で、魔将たる黄泉姫は先程まで自分の膝の上にのせていた眷属を思い出し顔を綻ばせ……見悶え始めた。
「か、可愛い! 可愛いぞ己の眷属とはなんて愛らしいのか!」
黄泉姫は末っ子であった。厳しい教育を施され、その上で才覚を示し、魔将として独立を許された悪魔とは思えない痴態だが、そんな事に気付きもしない。
第一眷属紅雪鬼、己の父親の血肉から作り出された肉体に、己の血を混ぜた魂を組み込んだ存在。黄泉姫は彼を弟と見做し、姉としての愛情を注ぎたいのを必死に我慢していた。
そうしない屁理屈に立場上眷属だからとか、主従のけじめとか自分に言い聞かせていたが、一番の理由は末っ子であるがゆえに、弟に対する態度が分からなかったからである。
そのため彼女はマニュアルに頼った、教育された主人らしい態度で接するしかできなかったのだ。
「ううむ、しかしもう少し親しげにするべきだったか? 紅雪鬼が賢く礼儀正しいのは嬉しいが、あのように壁があっては姉上と呼ばせるのに時間がかかりそうだ、いやお姉さまと呼ばれるのも……」
知識の宝珠を使うと、本人は気づかずとも激しく精神的に疲労するので、霊薬を飲ませソファに寝かせてある。ソファと言っても彼女のサイズに合わせてあるので殆どキングサイズのベッドだが、そこに寝かせてある眷属を見る。
「目覚めたら最初は何をするべきか? 体を洗ってやったり食事を用意するべきか? 臣君の絆を深めるため膝に乗せて触れ合いながら語り合うとか……しかし構いすぎて鬱陶しいと嫌われたら」
魔界のエリートである彼女は頭の回転は早いのだが、どうにも変な方向に空回りしだした。しかし途中で弟を、もとい眷属をペット扱いは拙いと気づき、結局主君として頼れる姿を見せるべきという結論に達した。
頼れる姿とはなにか? 有能な主君として振舞うことだ、多くの精気を集め魔界に送り貢献を積み重ね資金を調達するのだと黄泉姫は思い至り……。
自分の眷属に不自由はさせないのは主君として当然の事なのだ、弟可愛さにやる気に溢れる彼女は、多くの分身をダンジョンから解き放ち……椅子から降りれないほど弱体化した。