26話・裏
ダンジョンに帰還した黒天姫と蒼鏡姫は、急いで黄金の鏡を持って最下層まで戻り、そこで目にしたものは氷に包まれた紅雪鬼と、不機嫌そうに氷を殴る主君の姿だった。
「お前たち無事であったか。首尾は」
「ご安心ください、黄金の鏡はこの通り確保いたしました」
実のところ黄金の鏡は、並の悪魔であれば触れるだけで消し飛ぶほどの聖性を帯びていたので、戦闘音を聞き駆け付けた兵士を、黒天姫がどうにか操り持ってこさせたのだ。
鏡の中にはいるのは蒼鏡姫が触れる必要があり、そもそも鏡の中は彼女の創り出した体内に等しい、そこに黄金の鏡が入ればどうなるか分からない。
操った兵士に黄金の鏡を持たせたまま、担いで飛んで逃げるのも、そもそも近づくだけで激痛に苛まされ、まともに飛べない。
眷属二人で苦労して、居残りの騎士団を相手になんとか王城を脱出。途中で何重にも布で巻き、木の箱に入れてなんとか持ち帰ったのだ。
「うむ、大儀であった。それで帰って早々悪いのだが黒天姫、この氷を何とか解かすのだ、氷の壁は殴る蹴るに滅法強いのでな」
「やはり侵入者。緊急とは言え申し訳ございません紅雪鬼様」
風の槍で胸を貫いたのを気にしてた黒天姫は、魔杖を構え氷の術を溶かす。蒼鏡姫も炎の術ではなく、人間だった頃得意とした破魔の術で氷の壁を破ろうと協力する。
しかし、やはりというか彼の鎧の効果で強化された氷は中々解けずに、なんとか紅雪鬼を開放した頃には黒天姫は自分の足では立てない程消耗した。
達成感と同時に意識が朦朧とする、同じように消耗した蒼鏡姫と一緒に黄泉姫が抱えてソファで休ませてくれる。
意識が落ちるその前に、それにしてもと、黒天姫は思う。紅雪鬼の事を。
身を捨てるように主の帰る場所を守り抜くその姿は、一見して彼の行動は忠義の騎士と言えるだろう。保険があるとはいえ己に致命傷を負わせるよう頼むなんて思っても実行できない、少なくとも黒天姫には無理だ。
かつて主に戯れで聞いた紅雪鬼の前世。病人だったとしか本人に聞いてないので、黄泉姫なら詳しく知ってるだろう、仲良くなるには相手を知るべきだろうと軽い気持ちで聞いた。
不幸な生い立ちとは思う、雁字搦めとは言え健康だった黒天姫には分からない苦悩があっただろう。最も興味を引いたのは黄泉姫が選んだ理由だ。
無数の、それこそ無限としか思えないような魂が集う輪廻の輪にて、唯一『生きたい』と願う意志だけで世の理より外れたその意志力。『生きたい』ただそれだけで輪廻から外れ黄泉姫の呼び声に応える執念。
破格の魂だろう、聖女として訓練を積んだ自分や、勇者だった蒼鏡姫をも圧倒する魔力にも納得だ。だが、それでも思ってしまうのだ。
生きたいと願う魂が、あれほど捨て身になれる理由は? 忠誠心だろうか? 間違ってはいないだろう、生きる喜びをくれた主君に尽くす心理は良く分かる。でも足りない、だって死ぬのは誰よりも怖いはずなのだから。
ふと気づく、彼は自分から危険に飛び込んでないだろうか? 短い付き合いでも、思い当たることはいくらでもある。最初は主人に忠実なのだと思っていたけど……。
黒天姫たちは悪魔だ、だが精神的、人格的には人間に近い。主君も妙に人間味があるし、敵対したはぐれ悪魔も粗暴だが理解できる人格をしていた。
ふと考える、ひょっとして……。
(私の知る中で最も悪魔的、いえ精神的な怪物、化け物は……)
霞んだ思考そこまでで、黒天姫の意識は闇に落ちた。




