25話・裏
黄泉姫は魔法が苦手だった、固有魔法こそ魔界最高峰の希少度を誇るが、それは肝心要の戦闘であまり役には立たない。
黄泉姫は道具を上手く扱うには不器用だった。魔法道具を上手に扱うのは不測の事態を打破するために必要で、どうしてもワンテンポ遅れる不器用さは致命的だろう。
黄泉姫は駆け引きが苦手だった。頭の回転は早く知識もある。だが素直な性根が災いしてか、フェイントなどに極端に弱く、近接戦闘では格下に後れを取るのはしょっちゅうだ。
だから鍛えた。だから学んだ。苦手を努力で補いひたすら、ただひたすら愚直に続けた。
結果として、魔法はそれなりに優秀、道具の扱いは普通、駆け引きは苦手なままだが及第点。それだけならただ凡百の悪魔、とても魔王の娘とも思えないなどと影口を叩かれ続け、嘲られ、侮られて……いつの間にか彼女は同年代の中で最強と呼ばれるようになった。
魔法も、道具も、駆け引きも、特筆すべき技術は何も持たずに。ただ、桁外れの身体能力だけで誰も黄泉姫に勝てなくなり、独立を早々に許されたのだ。
魔法? 相手が術を放ってから到達するまでの一瞬の間に相手を殴れた。
道具? 相手が取り出すのを見てから、取り上げることができた。
駆け引き? 確かに交渉事は苦手かもしれないが、殴り合える間合いに入った時点でそんなものは不要だ。
要するに……黄泉姫の戦闘スタイルはただ単に足が速いだけ。超スピードで近づいて思い切り殴る、以上。シンプル過ぎる故に対抗する手段も少ない。
これが単なる特化型であれば嵌める手段は無数にあるが、黄泉姫は愚直な努力でどの分野でもそれなりだった。魔法に長けた者が相手でもそれなりに対抗でき、優れた技巧を持つ相手でもそれなりになんとかなる。
どうしてこういうスタイルになったのか? 黄泉姫自身も良く分かっていなかったが、可愛い眷属の危機に駆け付けるのに便利だからもうどうでもいい。
音速を遥かに超える速度でアルファスト王都からダンジョンまで到達。途中ナニかを轢いた感触があった気もするが、気付かなかったものはいないも同然。ダンジョン管理者権限で一瞬で最下層まで移動する。
「まだダンジョン権限は我のもの! 間に合ったか」
これが紅雪鬼の思い過ごしであったなら、許しつつも暫くはこのネタで弄ってやろう。そうではないと半ば確信しつつ黄泉姫が最下層で目にしたものは……。
「やめよ紅雪鬼。もうよいのだ」
幾重にも重なった氷の檻の中でお互いに血を吸い合う紅雪鬼と、力を失い弱体化した己の姉の姿だった。
黄泉姫の声が聞こえたのだろう。紅雪鬼はこちらに視線を向け安心したように目を閉じて、姉もまた観念したようにその牙を離した。
「あぁ! こらまだ気を失うんじゃない、お前の氷を溶かすのがどれだけ大変か分かっておるのか」
一刻も早く弟を抱きしめ安心させたい。しかし彼自身が作り出した氷の檻は厄介だ。恐らくは氷の防御壁で姉ごと閉じ込めとようとしたのだろうが、厄介な事に紅雪鬼の鎧はこの手の防御用の術を増幅させる効果があり、黄泉姫でも容易に砕けない。
黄泉姫は魔法はそれなりに優秀だ、だがそれなりではただでさえ強力な紅雪鬼の防御、まして魔性の鎧で強化されたそれを溶かしたり解除するのは不可能。拳で砕くことも出来なくはないが加減を誤れば弟が深刻なダメージを受けるだろう。
「お姉さま、氷が解けたら説明して頂きますよ?」
手が出せない苛立ちが弱体化した姉に向けられる。あぁ実に腹立たしい、教えてないから弟は知らないだろう、相手と自身の性質が混ざるほど血を吸い合うのは、人間で言う夫婦に見なされる事を。
ダンジョンの乗っ取りに成功すれば、黄泉姫は死んで自分が姉として受け継いだ等と誤魔化し、時間が経てば有耶無耶にできる。しかし失敗し彼女が父に報告すれば、死罪は免れない罪だ。罪だがしかし、この場合紅雪鬼も共犯と見做される。何故なら深い関係なのだと、事実を無視して混ざった姿が証明してるのだから。




