24話・裏
がらんとした玉座の間、絢爛に飾り立てられたその場所で、黄泉姫は目の前の出来事についていけなかった。
(何故? どうして? 一体どういうことなのだ?)
紅雪鬼は戻らなくては危険だと言った。黒天姫は声に応え躊躇なく撃った。蒼鏡姫は彼女と同じ心境ながら、実戦慣れした切り替えの早さではぐれ悪魔たちに斬りかかる。
身代わり人形の効果が発動したのは分かる。止めとなった攻撃だけを治癒し、ダンジョン最下層に瞬間移動させる魔法道具。もしもの時の保険として用意した物はこんな状況で使われるものではない筈だ。
(最下層に戻る? 何故だ? ダンジョンは堅牢、人間など、例え勇者であっても、我らが不在でも……人間じゃなかったら?)
そうして思い至る。自分ならダンジョンを攻略できるのだと。自分と同じ魔将格の悪魔であれば、極寒の大気も、迷宮も、罠の数々も、自分なら身体能力に任せ一時間足らずで攻略できる事実に。空間把握能力に長けれいればもっと早いだろう。
「貴様ら邪魔だ!」
「うるせぇ! 眷属一人くらいなら別に構わねぇ! もう俺たちははぐれ悪魔にならねぇ!」
黒天姫は三対の翼で縦横無尽に飛び回り、不可視の槍を連射する。しかし敵も紅雪鬼に撃った一撃で、魔法防御を無効にする魔杖の特性に気付いていた。
防御ではなく身体能力を強化し風の槍を躱す、武具で弾く、実力は黒天姫が上だが敵のはぐれ悪魔も戦い慣れてる。高速で空を飛ぶ優位、しかしそれは室内では活かしきれない。
これが屋内ではなく屋外で戦うのなら、複数の敵が相手でも圧倒できたかもしれない。しかし空を飛ぶには繊細な体捌きを要求し、仮に投げつけられた瓦礫に当たった程度でも致命的な隙を作ってしまい、当たらないための回避行動もまた高速飛行中は危険極まる。
そして空を飛べない堕天使はその実力の半分も発揮できない。空を飛ぶのが堕天使の本領、しかして地に立てば魔界の種族中最も脆弱。
それは黒天姫も、相対する2体のはぐれ悪魔も分かっている。長い赤毛の夜魔族と、亀の甲羅を背負う海魔族の男二人は速度で付いて行けなくても、まるで進路を予想してるかのように瓦礫を放り投げる。そしてその度に体勢は崩れ範囲攻撃を浴びてしまう、威力は弱いがどうしても小さなダメージが蓄積していく。
蒼鏡姫は、二対の翼を持つ堕天使と髪の毛から放電している魔精霊を相手に、授かった魔性の薙刀―――拵えからしてグレイブと呼ぶべきかもしれないが―――を振り回し一見圧倒していた。
総身を闇色に染めたグレイブは、魔王から褒美として与えられた物、地上では破格の武器だ。柄を自由自在に伸ばす。鞭のようにしなる。投げても手元に戻る。所有者の身体能力や魔力の出力を高める……なんて効果は全て高水準で当たり前のように備え、その刃は凶悪そのもの。
所有者の情念に応じてその刀身から毒を生成する魔性の薙刀。所有者が殺気に満ちれば致命毒、憎しみに塗れればより苦しめ死ねない毒、仮に恋慕の情でこの薙刀を振るえば媚薬か惚れ薬にでも成るだろう。この薙刀の効果は魔界でも有名であり、敵手の二人も下位互換品であるが知っていた、まして所持者が情に厚い事で有名な鬼人族の女性なのがなお悪い。
結果堕天使は空を飛び逃げ回り、雷の魔精霊も牽制を放つだけで決して近づかない。早く倒してダンジョンに戻りたい蒼鏡姫としてはやりにくい事この上ない。
「お館様! 急いでください」
「やらせるかよぉ! 時間を稼げば俺たちの勝ちだ!」
戦いは膠着状態、いや黒天姫はこのままではジリ貧で敗れかねない。蒼鏡姫が援護に行こうにも、それを許すはぐれ悪魔たちではない。
大事な弟が、可愛い妹によって胸を貫かれた衝撃で混乱し、戦いを忘れるほどに思考の沼に嵌っていた黄泉姫だったが、ここでようやく一つの結論に達した。
「そうか……一つ聞かせろ、お前たちの主は虎の獣魔族で間違いないな?」
「けっ! 敵に教えてやる事なんざねぇよ!」
やはりはぐれ悪魔たちは戦い慣れてる。眷属の猛攻をいなしつつ、棒立ちになってる黄泉姫に魔法を放つ。魔将格の悪魔に通じないのは先刻承知だが、眷属が庇う仕草をすれば儲けもの、そんな行動だった……が。
「急がねば、急がねば。あぁぁぁぁぁぁ我はなんで呆けていたのだ、紅雪鬼に何かあったら!」
その、魔将らしからぬ子供じみた焦ったセリフが……最も黄泉姫から離れた場所から雷撃を放った魔精霊の……すぐ背後から聞こえた。振り向いた瞬間、雷を放つ頭を掴まれ、握り潰された。
「は?」
はぐれ悪魔たちは理解できなかった。何故なら彼らは黄泉姫の固有魔法を聞いている、魂に干渉するその能力は確かに恐ろしいが直接戦闘に役に立つ能力でもない。
だが、今のはいったいなんだ? 瞬間移動? それは人間の使う魔法で悪魔は道具に頼らなくてはならない、道具を取り出すのは見てないのだから却下。幻覚? 否、実際に瞬く間に背後を取ったのだ。眷属の能力? 否、眷属二人も呆然としている。分身? 否、さっきまで棒立ちしていた場所に誰もいない。
黄泉姫は特に特別な事は何もしていない。ただ彼女は英才教育を受けた悪魔と言うだけ、固有魔法が戦闘を優位にしないと分かった時から、生来の素直さから愚直に鍛錬を続けただけ。
「黒天姫。蒼鏡姫。黄金の鏡を奪取、乃至は破壊せよ。我はこの者たちを始末しダンジョンへ先に戻る」
眷属に早口で命じる声、言い出してから言い終わるまでの間に、亀の海魔族の正面まで間合いを詰めその胸元を貫いた。命令を聞いてから蒼鏡姫が玉座まで一直線に駆けようとしたほんの一瞬で、50メートルは離れていただろう赤毛の夜魔族は手刀で首を飛ばされる。
より近い場所にいた黒天姫が隠し扉を開け振り向くと、事切れた二対翼の堕天使が丁度床に落ち、黄泉姫の姿はどこにもなかった。




