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ダンジョンズガーディアン  作者: イチアナゴニトロ
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25話

 貫かれた胸の痛みを無視して周囲を見渡し、朝議の間を出ると、普段水晶の間の前で眠っている恐竜もどき、レックスの姿がない。


 轟音が響き振り向くと、最下層の入り口がある大広場でレックスが巨体に見合わない俊敏さで、一つの小さな影に襲い掛かっている。


 間に合った。ほんのちょっとでも気づくのが遅れたら取り返しのつかない事態だっただろう。なにしろ強大な戦力を持つはずのレックスは今、影のようなものに纏わりつかれ、みるみる縮んで……いやあれは血を奪われている。


 すまないレックス。侵入者に力を与えるくらいなら俺の手で殺す。影に拘束され動けないレックスの血液をすべて凍結させる氷の上級魔法で苦しませず即死させる。


 レックスの巨体の陰に隠れるように、呼び出しておいたゴーレムを侵入者に嗾けるが、ただ腕の一振りで破壊され足止めにもならない。


「ちっ、貴様アレの供で外に出たのではなかったのか」


 言葉を交わす時間が惜しい、入り口の広場を紅い雪で覆いつくし氷柱の散弾で牽制する。侵入者は咄嗟に魔法で防御しようとするが発動せず、氷柱が無数にその体に突き刺さる。


 刺さった、刺さりはしたが纏うローブ、そして下に着こんだ鎧の防御力が高く致命傷にはならない。しかし撃ちだした氷柱の勢いでローブは破れその素顔を露わにした。


 黒い眼球なので悪魔なのは間違いない。一見して人間の女性に近いと思ったがよく見れば縞模様の尻尾と顔に刻まれた特徴的な紋様は虎の獣魔族か。長くて黄色い髪に隠れてトラ耳もあるかもしれない。


 この際種族はどうでもいい、問題はこのダンジョン10階層をお館様と一緒に留守にした僅かな時間で、最下層まで突破してきた事だ。


「氷? ふん、途中のやたらと冷える階層はお前の仕業か」


「だったらなんだ、ダンジョンの主に跪いて臣従を望むなら取りなしてやっても良いぞ?」


「跪く? このアタシがアレに……死ねよカス!」


 激高した侵入者が俺に向かって駆け出したかと思うと、一瞬で間合いを詰められ、その細腕からは考えられない剛腕の一撃で後ろに弾き飛ばされ……飛ばされた俺に追いついて更に蹴り上げる!


 なっ! なんてデタラメな! クロが自由に飛び回れるくらい高い天井に叩きつけられ落下する途中で蹴り落とされ、加速をつけて床にも叩き付けられる。高い防御力の鎧を着てなかったら行動不能になっていただろう。


「生まれて間もない眷属如きが、アタシに舐めた口を叩いた以上死ね。元々アレの眷族は皆殺しにするつもりだったがな」


 顔面を踏み付けながらお館様への憎悪露わにする侵入者。


「お館様の姉……か? 情報が筒抜けだったのはダンジョンを顕現する前に何か仕込んだか」


「へぇ? 気付いたか。そうさアタシは魔界に帰って貴族となる為にアレのダンジョンを乗っ取ってやるのさ」


 多分お館様の私物に盗聴器のようなものを仕込んでいたのか。


 多分攻略されお館様が殺されるかはぐれ悪魔にならそれでよし。もしくはある程度ダンジョンの形が整うまで生き残れば、今回のようにお館様が眷属を連れてダンジョンから離れたら、乗っ取る。


 そのために常時監視し、タイミングを見計らって侵入するつもりだったのか。


 流石に5階層まで自分のダンジョンを拡充させておいて、攻略され失敗したとはいえ、分身に能力を割いてない魔将格の悪魔なら10階層くらい突破も出来るか。


「そうだ、お前はぐれになったアレの血を吸い殺せ。そうすればアタシの下僕として飼ってやってもいいぞ」


「……」


「くひひ、アレのことだから眷属のことを信じ切ってやがるんだろうな。泣きながら助けてって叫ぶんだろうなぁ」


「……れ」


「眷属に裏切られた時、いつものすまし顔が絶望に歪むんだろうなぁ。ふひひひひひ……ん?」


「黙れ!」


 妄想で悦に浸ってる間に足元を凍らせ踏みつけられた状態から脱出する。


「はンっ、まだ抵抗する気かよ」


 軽く体を揺するだけで全力を費やした氷の拘束にヒビが入る。長くは足止めは出来ないし、距離を取っても一瞬で詰められる……退けば、死ぬ!


 王宮に攻めるために用意した水蒸気玉を全部この場で壊し、最下層の広場が瞬く間に白く染まる。そして紅い雪の効果で極寒となった大気は水蒸気を瞬時に凝固させ流石の魔将もその動きを止める。


 今だ、視界がまだ霧で塞がれてる今しかない! 侵入者の背後に回りその首筋に牙を突き立てる!


「なっ! て、てめぇ分際を弁え……」


 本来は防御用の、自分の身体を氷で覆う術で侵入者ごと凝結する。一枚や二枚で効果がないのなら何重にも術を展開する。


 侵入者は逃れようと全力で暴れるが、氷の層一枚を砕く間にさらに氷の壁を作り出す! 鎧の効果なのかいつもよりも氷壁は強固で展開速度も速い。魔将の血を啜りながら必死に氷を生み続ける!


「き……さ……ま……」


 背後からしがみついている俺の背中に激痛が走る、視線を向けると侵入者の影がまるで獣のような異形と化し俺の背に、腕に、足に、首筋に噛みつき血を奪う。レックスから血を奪った影! これがこの女の固有魔法か!


 血を奪いつつ、血を奪われる。ただ幸いなのは固有魔法による血の奪取よりも、直接噛みついてる俺の方が早く大量に奪うことができる。そしてお館様から貰った鎧の防御力のお陰で、影から奪われる精気はごく僅か。


 それを理解している女は噛みつかれたまま、しかも氷に覆われてるというのに無理やり体の向きを変え、虎の獣魔族らしい鋭く巨大な牙は俺の肩に、魔性の鎧を貫通し喰らいつく。


 自分から血と精気を奪われる感覚、しかし格上の悪魔から奪う血と精気は俺の体中に満ちてくる。


 本来であれば体の向きを変えられれば、俺を絞め殺すことも可能だっただろう。しかし彼女の血を吸い続けたせいで、純粋な身体能力は及ばなくても圧殺されない程度に相手は弱まり、自分が鎧も含めて強化されてるのに気づいたのは事が終わってからのことだ。今はただ死なないように必死に敵から血を奪う。


 どれだけそうしていただろうか? 不意に侵入者の力が弱まり、背後から噛みついていた影の獣が消えていく。


「ゆ、ゆるして……わるかった」


 すまないがいくらお館様の姉とはいえ、見逃せない。いつの間にか小柄な体はさらに小さく、分身に能力を割きすぎて弱体化したお館様と同じくらい縮んでいた。


「ゆるして……したがう。おまえのものになるから……」


 命乞いされて見逃しても寝首を掻かれたらたまったものじゃない。止めを刺すべくさらに牙に力を籠めると……。


「やめよ紅雪鬼。もうよいのだ」


 お館様の声が聞こえ、もう大丈夫だと安心した途端、意識が急速に暗くなっていく。


「あぁ! こらまだ気を失うんじゃないお前の氷を溶かすのがどれだけ大変か……」


 なんか言われた気がしたが、眠いからもういいや。


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