24話
勇者を先頭にしたその軍勢は大国の威を示すが如く勇壮にして絢爛。各砦の放火はすでに町の人々の噂に上がっており、不安を跳ね返すような熱烈な声援を浴びて王都から進軍している。
「予定通りに勇者も一緒だな。しばらく待ったら突入します」
「うむ……み、皆の者、人間ごとき恐れるに足らぬぞ。お前たちは我の眷属なのだからな」
緊張のせいか微妙に声が震えたお館様の激励を受け、最終的な打ち合わせを始める。
「居残りでも騎士団は精強。まともにぶつかって怪我をする必要もないし、お館様の美しいお姿を人間如きに見せてやる義理もない」
言外にエロい格好だから人目に付かないようにしましょうねと、軽いセクハラに気付いたクロに翼で叩かれるが、お館様は褒められたと思ってドヤ顔してるし、気を取りなおしてだな。
「最初は城全体を紅い雪で覆いつくし外部に連絡できないようにするつもりだったが、カガミの固有魔法が勇者だったころから変化したことで、多少変更する」
勇者だったころは、剣や魔法を鏡から鏡へワープさせる能力だったのが、悪魔となり能力が変化というか強化された。
今のカガミは鏡を境界として自ら作り出した異界へと自由に移動できる。それは他人を連れて移動することも可能で、カガミの手でなければ境界を超える事ができないので、完全な隠形が可能となったのだ。
曰く、鬼人族、つまり鬼となった。鬼とは人とは違う領域、闇に潜んで棲む化外であり、闇の中からどこからともなく現れる。カガミは鬼とは『そういうもの』だと認識してるから固有能力もまた変質したのだと。
この説明にお館様とクロは首を傾げてたけど、俺はまぁなんとか分かった。要するに人外は普段人とは別の場所に暮らしてるモノだから、人外になったカガミも別の場所つまり『異界に出入りできるようになった』のだ。
「それじゃ鏡の中の世界を通って侵入する。近くにはクロの部屋があったな大きな姿見はあるだろ?」
「勿論です、案内します」
カガミに手を引かれ入ったその世界は、何もかもが左右反転していて、クロも少し迷ったが何とか自分の部屋に辿り着いた。
「では参るぞ。ここまでくれば小細工は無用、一挙果敢に黄金の鏡を奪取するのだ」
境界の向こう側には人がいないのをカガミが確認し、現実の世界へ飛び出す。
クロを先頭に玉座の間まで駆ける、王族の私室に近いこのフロアは常であれば大勢の使用人がいるけど、今この時は人の気配はない。
ただ数名掃除の為かメイドがいたけど穏便に眠らせ放っておく。時間があれば少々精気でも貰うところだけど急いでるからな。
討伐軍は出立し主のいない玉座の間にはだれもおらず、大きく広い荘厳な空間をクロは翼を広げ一直線に隠し部屋へと……おかしいぞ? なにかがおかしい。
違和感を感じ即座に五感を強化する術をかけ……壁際に血を吸われ干からびた騎士の姿が……。
「クロ! 昇れ!」
先行するクロに声をかると同時に無作為に氷の散弾を飛ばす! 豪奢な部屋は一瞬でズタズタになる。
「おいおい、ヒデェことするな」
「そうだぜ、気を利かせて騎士を殺しといてやったんだからよぉ」
瓦礫から現れたのは種族ばらばらの悪魔たち、その中に翼が二対の堕天使族がいた。全員同格と考えて眷属になってすぐのクロと同等と考えていいか。
「へへへ、俺たちは魔界に帰れなくなったはぐれでして、ここは一つ貴女様の下で働かせていただこうかと」
「ふむ、殊勝な心掛けである」
問題は、一番の問題は何故こいつらがここにいるのか? 先日マーカーを付けたから、そこを目印に待っていた?
騎士の死体を見る限りまだこいつらが現れてそれほど経ってはいない……。
「手柄を奪うような真似は出来ませんので、黄金の鏡を奪取するお役目は……」
へつらったような笑みを浮かべて話しかけてくる一人の言葉に、氷の上級魔法を不意打ちで叩き込む。血液が凝固した牛の角が生えた悪魔は即死した。
「こ、こら紅雪鬼いきなりなにを?」
「おい! お前たちがなぜ黄金の鏡を知っている。魔王様への報告ならば『大戦の遺物』としか伝えていない。黄金の鏡の呼称はダンジョンの最下層か、空飛ぶドラゴンの背の上でしか口にしてないし、部下にも教えてない、俺も、クロも、もちろんお館様も!」
こいつらはこの情報をどこで知った? 援軍を送らないといった魔王様がはぐれ悪魔に手柄を立てるチャンスだと伝えた? 魔界に帰れない落伍者扱いのはぐれ悪魔に、情報だけでも莫大な褒美を与えられるこの件を伝えるわけない!
だったら、盗聴? いつから? 俺が生まれてから眷属以外最下層に降りたものいるけど、はぐれ悪魔に情報を伝える必要は?
「いえいえダンジョンの主が外に出たのだからこれは一大事と思いましてね」
つまり……お館様の動向を監視していた? そんなことをするのは……っ!
「カガミ! 俺を斬れっ! 今すぐダンジョン最下層に水晶の間の前に戻らないと!」
「え? えぇぇ!」
「ど、どういうことなのだ」
「詳しい説明は後! こいつらはお館様がダンジョンの外に出るのを、ダンジョンから眷属全員が出ていくのを待っていた!」
「で、でも仲間を斬るなんて……」
躊躇するカガミを説得しようとする前に、風の上級魔法である見えない空気の槍が俺の心臓を貫き変わり身人形の効果が発動。俺の身体はダンジョンへと瞬間移動する。察してくれてありがとうなクロ。
新しい鎧の魔法防御はたとえ上級の魔法でも無効化しただろうが、クロの持つ魔性の杖で威力が増幅し、しかも対象の魔法防御力を無効にする付加効果のおまけつきだ。
さて俺の勘違いならそれで良し、予想通りだったら……せめて時間くらいは稼ごうかね。




