2話
さて前世病弱であまり社会経験のない俺でも分かった事がある。お館様は物凄い箱入りだ、身長5メートル以上の悪魔でも純真無垢な御令嬢である。
まず疑わない、自分の眷属だからと言う理由で、こっちが不安になるほど無防備に全幅の信頼を寄せてくれる。嬉しいんだがそれトップとしてどうなの?
他にも後ろ盾として魔界の実力者である父親がいて、独立の餞別に多くの資金提供を受けているので、お館様の資産は豊富にある。また幼い頃からの英才教育により同年代の悪魔よりも文武共に優れている。俺は思った、なんだこの死亡フラグしかない出自は。
いやまぁ前世で呼んでた小説や漫画と、俺がいる現実は違うとはいえ、どうにも嫌な予感がする。ぶっちゃけお館様はなりすまし詐欺とかに引っかかりそうなタイプだ。せめて情報収集を怠らないようにするか。
お館様のようなダンジョン持ち悪魔は魔将と呼ばれ、基本的な仕事は自分の分身を人間界に無数に放ち、精気を集めて魔界に定期的に送ること。そうして城の階層をより深くしていくのだ。砕いて言うと精気を送ってその対価でダンジョンを増築する。
この精気と言うのを基本的に血を吸う事で集める、他にも色々あるみたいだけど基本はそうだ。エロエロな精気収集を想像した俺をお許しくださいお館様。病人だったけど、精神的には健全な高校生だったから仕方ないんです。
分身を沢山放てば放つほど自身は弱体化してしまうので、防備を固め身を護るのがダンジョンの意義だけど……回復の為にちょっと寝て起きたらちびっ子になってたお館様に言いたい。城の防備の殆どを俺に丸投げして、自分の能力の大半を分身に費やして、人間界に解き放つとかなに考えてんの!
危機感はトップに重要なんだよ! そりゃ主人だって認識してるけど今日初対面だよ? 人間の意識が多めに残ってるから万が一とか考えないの?
宝珠による学習の後は疲労してるだろうからって薬飲んで横になって起きたら、5メートルもあった巨体が今や50センチまで縮んでて驚いたんなんてもんじゃないよ!
あぁもう! 椅子から降りられず困ってるじゃん! 分身すると縮むんか! 適当な生態だな悪魔は!
いかん、ツッコミの前に椅子から降りれなくなって、ちょっと涙目のお館様を助けてやらんと、俺の身長程度の高さから降りれないくらい弱体化してるしな。
「お館様……椅子から降りるのでしたら私が持ち上げますから」
「うむ! この階層は我の元々の大きさに合わせてあるからちと難儀してしまったの! 紅雪鬼よ地表部分の守りは任せたぞ」
涙目なのに妙に偉そうなのは主人としての矜持か、幼子が背伸びしてるようで微笑ましいなぁ。
とりあえず椅子から降ろして、分身の様子が見える水晶の間まで肩車で連れて行ってあげる。お館様、俺の角は操縦桿じゃないので動かさないでください、角の付け根がちょっと痛いです。
食事とかは大丈夫なのかと尋ねると、基本精気さえ摂取できれば問題ないので世話する必要はないそうだ。しかしお館様用の私室として用意してる部屋は5メートルの身長に合わせてるので世話役は必要だな、あとで考えとかんと。
「それでは地表の城の様子を見てまいります。万が一侵入される可能性を考えて水晶の間に鍵と門番をご用意なされてください」
「ふむ、紅雪鬼は心配性だの。では扉の鍵は我と其方で持つとして……」
お館様の手が光った次の瞬間、魔法陣が虚空に浮かび上がり、その中心に黒いモヤ状のものが集まり徐々に形を成してゆき……それは俺の知識に当て嵌めると恐竜そのもの。
外見はT-レックスの手足を長くしたようなもので、全身が真っ赤な鱗に覆われ、いかにも獰猛そうな目でこちらに目を向けている。
「どうだ、強そうであろう。守護者とする魔界生物は高いものを長く使った方が得だとお父様に教えて頂いたのだ」
どうやらこの恐竜もどきは魔界生物の中でも高価な部類らしい。魔界生物とはダンジョン防衛のために悪魔の血肉を材料に創り出された疑似生物とのこと。
「守護者よ、水晶の間の門番を命じる。また我の眷属を攻撃してはならぬ」
「ぐるるるる……」
流石高価な魔界生物だけに命令が理解できたのか、水晶の間のすぐ脇に寝転がり寝息を立て始める。この恐竜もどきは感覚が鋭く、味方しかいないときは寝てるだけで、餌もいらないエコロジーな魔物なのだそうだ。
一応安全が確保されたので今度こそ地表に向かう。水晶の間にお館様を置いて地表の城に出ると、そこは意外にも普通の人間サイズに合わせた豪奢な城だった。こっちも身長5メートルに合わせてあるかと思った。
悪魔のダンジョンは基本的に最下層に籠る本体と、分身との魔力的な繋がりを維持するために完全な遮断は出来ない。その為護りを突破されると、分身に能力を分けて弱体化した本体が危険なので、俺のような守護者や罠、迷宮などを造り上げ身を守るのだ。
下層に繋がる階段はこの城の玉座のすぐ後ろ、ここが城の中心にして俺の待機場所になるわけだ。間取りの確認とかしたいが、目を離した隙に侵入者でもいたら目も当てられない。ひとまず指示通りに自分の固有魔法『紅い雪』を発動させ、城の敷地全てに雪を降らせる。
室内だろうが雪は降り注ぎ、あっという間に城の中は血のように赤い雪に覆われる。同時に付加効果の『極寒』が発動したようで、中庭に植えてあった観葉植物がガラスの様に砕け散る。
自分の能力だけに俺は平気だがお館様は大丈夫だろうか? 弱体化したお館様が凍死とか洒落にならないぞ。下の階層に降りると雪が降って無いせいか特に冷えてる感じはしない。
下層に向かって冷気が流れるかと思ったけど、固有魔法の効果だから、紅い雪の降って無い場所は冷えないようだ。
さて、一先ず城はこれで良いとして、貰った金貨で色々買い揃える必要があるな。知識の中にある魔界への通信を実行すると、目の前に映像が浮かび上がる。なんか生前の通販のような感じだがまぁ分かり易くて良い。
買える物は日用品から嗜好品、警護する魔界生物等ダンジョンに必要なものは揃っていて、当然強い魔界生物や凶悪な罠などは相応の値段がする。ちなみに恐竜もどきは魔界生物一覧の一番高価な部類で、俺がもらった金貨じゃ手が届かない。
とはいえお館様に貰った金貨もかなりの量なので、欲張らなければ大抵のものは揃う。
先ずは警護を任せる魔物だが、俺の固有魔法で閉ざされたこの城に通常の魔物なんて多分凍死か干乾びるかの2択だ。俺と主人補正で例外なのかお館様以外は魔法も使えなくなるので、まぁゴーレム系以外選択肢はない。
幸い種類が豊富なのが売りのゴーレムなので城内監視用、城外の警備用、それなりに高価な屋内戦闘用を購入しそれぞれ配置する。
お館様の城は出来たばかりだと言うし流石にまだ侵入者はいないようで安心した。一応自分の目で城の間取りを確認する。まぁ紅い雪に覆われてるから遠目だと分かりにくいけどな。