20話
拠点に戻ると、影狐が尻尾を振りながら笑顔で出迎えてくれたが、小脇に抱えた紡を見るて、いきなり不機嫌になった。
「おかえりなさいま……なんですかこの嫌な感じ!」
「勇者だから聖性は強いし、剣も触れるだけで危険な代物だからな。触るなよ火傷より痛いから」
「勇者ですか! 流石です、凄いです、カッコイイです!」
不機嫌から一転、尊敬のまなざしを俺に向ける影狐。なんとなくくすぐったくて頭を撫でてやると、上機嫌にすり寄って来る。まぁ懐かれて悪い気はしない。
「運良く一対一の状況になれてな。ダンジョンに戻る……あぁそうだ、すまないな忘れてた」
「お忘れ物ですか?」
「お前を追い掛け回した男が持ってた剣、アレを献上したら大層お喜びでな褒美をくださるそうだ、それでお前にも分け前があるんだが、なにが良い? お館様にはまだ目通り叶わないから、俺からお前の欲しい物を頼むぞ」
「そんなっ! 恐れ多いです私如き……」
遠慮がちなので、影狐の頭を撫でる手で髪の毛を乱暴にかき混ぜて、まだなにか言いたげな少女を黙らせる。そう言えばコイツ歳いくつだ? 半魔族の身体の成長は人間と同じようなものだと聞いてるし、中学生くらいだろうか?
「欲しいものが思いつかないのなら、とりあえず金にするか?」
「い、いいえ! 欲しいものあります!」
「そうか、余り無茶なものでなければなんでもいいぞ」
頭に乗せたままの手を少し優しく撫でると、嬉しそうに尻尾を振る影狐。手触りが良くて癖になりそうだ。
「はい! 私を……私を紅雪鬼様の直属の部下にしてください!」
「構わないと言うか、この拠点を任せてる時点で俺の部下扱いなんだが? それと紅雪鬼じゃ長いからセツで良いぞ」
「はい! セツ様!」
欲しいものは立場か、成程過酷な奴隷の身分だったから、上の立場にいる全員から良いように扱われるよりは、誰かの麾下ならその心配はないと考えたのか? 意外としっかりものを考えてるんだな。
心底嬉しそうな笑顔でダンジョンに戻る俺を見送る影狐の姿に、なんであんなに懐かれたんだろうか? そこまで優しくした覚えはないんだが。つい呟いた一言に小脇に抱えた捕虜が呆れたような声を出す。
「貴方病院に通ってばかりだったらしいから仕方ないけど、あの子憧れの先輩に頑張ってアピールする後輩って感じよ? 可愛いものね」
「意識が戻ったか」
「色々あり過ぎて混乱したし、こんな状況になったら逆に冷静になったわ。まだ割り切れないけどね、まぁ悪魔も割と人間っぽい所があるのが分かったわ。それで私どうなるの? 痛いのは勘弁してほしいけど」
「悪魔になって俺たちの仲間になって貰う。すまないな勇者なんて危険すぎて野放しに出来ないんだ、自分で言うのもなんだが待遇は良いぞ、主人のお館様は良い子だし」
「悪魔が良い子と言われてもね……まぁ死ぬよりはマシだと思っておくわ」
話をしながら最下層に着くと、丁度クロがお館様と話していた。
「あら? ツムギではないですか」
「ク、クロ―ディア姫? その姿は……」
「今の私は黒天姫よ、ここに来たと言う事は貴女も仲間になるのね、頼もしいわ。私の事はクロって呼んでね」
お館様の前に手足を拘束した紡を座らせる。俺たちの主人が身長80センチの幼女とは流石に想像してなかったようだ。
「お館様、黒天姫から奏上したとは思いますが……」
「うむ、この者を眷属として転生させるのであろう? 傍に侍る者は吟味せよと以前言われたが、黒天姫が好ましい人柄と言うのなら我はそれを信じようではないか」
紡がなにか言う前にお館様の小さな唇が首筋に触れる。そしてさっきのレオンと同じように血を吸い尽され、お館様の手により肉体から魂が引きずり出される。
勇者の血は流石に精気が桁外れなのか、血を吸いながらお館様は俺たちとそう変わらない身長にまで伸び、顔つきも体つきも大人びていく。
「この魂の形なら……紅雪鬼、『鬼神王の角』を用意せよ」
手にした魂にお館様の血の一滴が触れると途端に、深紅に染まる。それを見ながらお館様に命じられた『鬼神王の角』を購入し渡す。なんでも6大魔王の一柱鬼人族の王の角で、生え代わりの時期に抜け落ちた角らしい。鬼の角って生え代わるのか……。
魂に鬼神王の角を組み込まれ、肉体に戻されるとクロの時と同じように、血を吸われ干乾びた姿がビデオの巻き戻しのように戻っていく。翼が生えたり耳が長くなったりもせず、ただ額から青く脈動するように光る角が生えただけ。しかしその気配は勇者だった頃の清浄なものではなく、反転し濃密な魔性のそれ。
「第三の眷属としていつか名前は我が与えよう。今は『蒼鏡姫』と名乗るが良い」
蒼鏡姫は青い一本角が額から生えてる事と、悪魔特有の黒い眼球へ変化した以外は以前と変わらない。彼女は床に正座するとそのまま頭を垂れる。
「魂に触れた折に見えた、其方はいつでも自分を犠牲にしてきた。退魔師として弟や妹に危険が及ばないようにしていたのも、神職としてやりたいことを我慢していたことも……辛かったであろう、魂が泣いていたぞ」
やっと適正な身長に戻ったお館様は、椅子に腰かけたまま語りかける。
「聖性の強さゆえに勇者として召喚され、もう二度と戻れないのに中途半端な希望を持たされ、元の世界に残された者たちを想い、戦争に加担させられた。お前に責任はない、ないがお前の能力で得た武勲を称えられるたびに苦しんだ」
綺麗にお辞儀したまま蒼鏡姫の身体が震えている。傍で待機してる俺たちは、押し殺したような嗚咽を聞こえないふりをしていた。
「もう我慢するな、悪魔は自由なのだ」
「……申し訳ございません、気持ちの整理をつけるのに休ませていただいても宜しいでしょうか」
「うむ。黒天姫よ部屋を用意してやり侍女を一人付けてやれ」
「かしこまりました。蒼鏡姫さん、こちらへ……」
クロに連れられて部屋を出る蒼鏡姫、長いからカガミで良いか、元の姓と同じだし。二人が部屋を出て少しすると、お館様は上機嫌で自分の手足を眺め出した。
「うむ! うむうむ! やはり家具が適切な大きさだと過ごしやすいな。勇者の血とはこれほどのものだったか、分身を戻すまでもなく万全にまで回復し魔力が昂り滾っておる」
「今度は分身に能力を割き過ぎないようお願いいたしますよ? それと初めてお会いした時の巨体にはまだ遠いのでは?」
「威厳を見せるために大きくなっていたが、あの姿では一緒に茶を飲むのもままなるまい? 魔力の密度を高めこの大きさになってるのだ」
密度を高めて大きさ自在って、適当な生態だなぁ。それとも魔将格にまで成長すると俺もこうなるんだろうか?
「紅雪鬼」
「はい」
ヤバい、不敬な考えがバレたか?
「ありがとう。我の為に頑張ってくれて嬉しいぞ」
席を立ったお館様が俺の傍に立ち、優しく頭を撫でてくれる、なんというか照れくさいので止めて欲しいが、お館様がご機嫌なので言い出せない。なにか、なにか手ごろな気を逸らす話題は……。
「そ、そうだ。あとこちら、蒼鏡姫の使っていた刀をお納めください」
「大義である。聖属性の武具は魔界では価値がある。先程の剣と合わせて我の手元に置いておいて、有事の際お父様に献上し便宜を図ってもらう事にするぞ。紅雪鬼は良い子だ、もっと撫でてやるぞ」
ううう……頭を撫でるのを止めてくれない。
「それと……剣を献上した褒美についてですが」
「うむ、なんなりと申せ」
「では恐れ入りますが金子と……元半魔族の一人、影狐を手前の直属の配下とするお許しを頂きたい」
「影狐? あぁ、好きな姿に化けられる獣魔族か許すぞ、お前は我の第一眷属なのだから部下の一人や二人好きにいたせ。ほれ褒美の金子だ」
そして目の前に積まれる金貨の山。コレが資産のほんの一部というのだから、魔王様の資産ってどれほど凄まじいかを物語ってる。
「ありがたき幸せ」
「それと援軍が来れない件なのだが。我が前線に立つとはいえ、後4人の勇者に大国の軍となるとお前たちに危険があるからな、黒天姫と蒼鏡姫にも後で渡すが、これがお父様から授かった武具だ、お前に授けよう」
そして渡されたのは、俺が今装備してる鎧より遥かに禍々しい全身鎧。浮かび上がり、飛んで来たかと思えば次の瞬間魔性の鎧を身にまとっていた。この鎧は一言で言えば刺々しい。二言で言えば全身刃物だらけだ。これでソファとか座ったらあっという間ボロボロになるのは間違いない。脱げるんだろうな? 呪われてないよな?
「あ、ありがとうございます」
「うむ、我の眷属に相応しい格好良さだ! お前は武器の扱いは慣れてないからな、それを纏えばより安全だが、勇者が相手だとまだ不安だからな我に任せるのだぞ」
「大丈夫ですよお館様。ほら不意討ちでしたけど、勇者の一人を捕らえて見せたではないですか」
なんとなく撫でられ続けたお返しに、ちびっ子状態と同じような感じで頭を撫でて……し、しまった! これ普通に無礼じゃね? パワーアップしたお館様に無礼討ちはされないまでも殴られんじゃね?
「も、申し訳ございません!」
「う……うむ許す。許すからもう少し、もう少しだけこのままでいるのだ」
もう少しと言いつつ、お互いに頭を撫で合うのは、カガミを寝かしつけたクロが部屋に戻ってきた瞬間、俺でも反応できない超スピードで水晶の間に戻るまで続いた。
うーん影狐もだが頭撫では悪魔としてはありなんだろうか? クロに話したらなんか馬鹿を見る目で見られた……解せぬ。なんかお前最近俺の扱いが雑になってないか?




