17話・裏
黄泉姫は眷属たちの手前何事もないように振る舞っていた。最悪の想像をしてしまった時に顔に出すまいと、ジュースとクッキーを食べて笑って誤魔化したが、この件は今すぐにでも自分の分身を全て呼び戻し、魔将としての能力を十全にしなくてはならない。
「これより分身を呼び戻し万全となって我も向かう、数日かかるがその間無理に攻めるでないぞ。その間にお父様に報告をし援軍を頼むことにする」
そう、正直言って最後の手段とも言える父親に頼るしかないのだ。アルファストに現存する天使の遺物は、現在結ばれている協定の重大な違反として強力な外交カードとなるのだが『魔王の誰が』主導するかで揉めるのが目に見えている。
こういう場合、一応トップとして大魔王が主導するべきなのだが、今代の大魔王の方針は君臨すれども統治せず、そもそも方針と言えるほど政治に関心がない。実質6柱の魔王が魔界を支配していて、魔王同士の主導権争いが激しいのだ。
悪意に疎く世間知らずで箱入りな黄泉姫だが、自分の報告で魔界の情勢がどうなるのか予想する程度は出来る。貴族にもなっていない黄泉姫としては巻き込まれるのだけはいかない、可愛い眷属たちの安全の為にも。
こうなったら先手を打って父親が主導できるように急いで報告するしかない。魔王の配下たちの殆どが万全な黄泉姫以上の強さを持つ魔将級の中でも武闘派ぞろいだ、万が一にも人間に遅れはとるまい。
問題は、地上と繋がった父親のダンジョンからその魔将たちが大挙してやってきた場合、間違いなく天使側にも察知される。間違いなく大規模な戦闘が始まり、その結果として黄泉姫のダンジョンの周辺四ヵ国が更地になりかねない。それは精気を集めるのに支障がでるどころか不可能になる事を意味する。
いざとなったら心機一転、別の場所にダンジョンを新たに顕現する許可でも貰おうか? 黄泉姫からすれば可愛い眷属さえいればどこでも問題ないのだ。そう思わなければやってられない。
姉から貰ったオルゴールの音色で落ち着き半分、もう半分で開き直り、水晶の間から魔界へ連絡をする。非常に重要な緊急案件と伝え、父親を待つこと暫し。思ったよりも早く父親の声が聞こえてきた。
「何事か?」
「はっ、これは我が眷属が入手した情報なのですが、近くの人間の国で勇者とされる者どもは異世界から召喚されたそうです」
この報告だけで察したらしい父親は、暫し考え込むように黙り……。
「魔界からの横やりは入れさせん。遺物の奪取はお前の手勢だけで行え」
父親からの指示はこれだけで、聖杖を手に入れた時の数倍はある資金と、非常に強力な魔性の武具を与えられた。彼女にとってある意味で一番ありがたい、目立つ援軍が無ければ天使に察知される事はないだろう。
「寛大な処置ありがたく」
「よい、遺物奪取の暁にはすぐさま送れ。望むままの褒美を与える」




