15話
探索用のゴーレムから送られてくる情報をもとに、地下道の地図を描きながら待っていたが、一向に影狐が帰ってこない。道にでも迷ったか? あの能力で人間に捕まるほど間抜けじゃないとは思うが。
気になったので下水道に放っていたゴーレムを地上に向かわせ、影狐を探す。一応ついさっきまで化けていた人物に化けるように打ち合わせしているので、そこら中に飛ばしながら影狐を探す。
ふむ、豊かな国とは聞いてたけど結構立派な街並みだ。大勢で賑わう大通りにはちゃんと手入れされた街路樹が並び、店舗に並ぶ商品もバラエティーに富んでいる、これは流通がしっかりしてる証拠だな。
影狐を探すべく見渡してると、いきなり大きな音がしたのでそちらに向かわせると、警備兵らしき男を追い回す、身なりの良いというか派手な鎧の騎士の姿。
音声を拾うと警備兵を悪魔と断定して追い回してるようだ……つまりあの警備兵は影狐の化けた姿で、騎士は何らかの手段で影狐の正体を暴いたのか。
流石に大国、人に化けれるだけじゃ侵入し放題というわけにはいかないか。見殺しにするわけにもいかないので、ゴーレムで影狐を誘導、同時に地下道を出て排水溝からかなり離れた森の中へ移動する。
意図を察したらしい影狐は街から外れ、森の中へ入り俺のいる方向へ向かってくる。
「も、申し訳ございません!」
「いや、今の時点でお前を見破れる者がいると分かっただけでも十分、お前はひとまず戻れ」
カギを使い、影狐をダンジョンへと帰らせる。まぁ転移門を設置したからすぐ拠点に戻ってこれるが。
「また悪魔か、しかも山羊の角をもつ悪魔……答えろ第一王女クローディア様はいずこか!」
やっぱり俺のことは知られてるのか、しかしここまで派手に影狐を追跡してきたからには監視や盗聴もされてると思うべき。しかも人間に化ければ人間並みの身体能力になる影狐を、つかず離れず追ってきたってことは……。
「クロ、聞こえるか。影狐を逃がすためにそっちに送ったんだが、監視や盗聴の術をかけられてる可能性がある、洗え」
「増援を呼ぶ気か! そうはさせんぞ」
クロからの返答の後、騎士の剣を躱しながら少しして、俺の紅い雪が積もってる場所に放り込んだら、影狐の身体から黒い靄が這い出てきて、すぐに消滅したらしい。あいつの血を吸い尽す前に助けてやれよ?
「部下に何らかの術をかけていたようだが、解除できたようだ。中々やるじゃないか」
「ちっ! 悪魔の分際で知恵が回る。やはり貴様がクローディア様を浚った悪魔だな」
多分いつでも影狐を捕殺できたけど、拠点に逃げるの期待して加減して追ってやがったか。
「まぁ俺のことはバレてるようだから一応名乗っておこう、紅雪鬼と呼ばれている。お前は?」
「悪魔などに名乗る名はない!」
「本名がわかれば呪いをかけやすいのに残念だ。それはそうと第一王女だけじゃなく第三王女のことは聞かないのか?」
「ふんっ! あんな落ちこぼれどうでもいい! それより王女にして聖女であるクローディア様は無事なのだろうな!」
落ちこぼれねぇ? 頭は良いしクロ以上に世情に詳しいのに、変な事情でもあるのかね?
「では彼女について教える代わりに一つだけ質問する。俺の手の者の変化を見破れたのは何故だ?」
「むっ、答えればクローディア様のことを教えるのだな?」
「約束しよう」
「……私の剣は聖剣ほどの格はないが、悪魔が近くにいると震えて知らせてくれる。どれほど巧妙に隠蔽しても悪魔の存在そのものを感知できるのだ。さぁ答えたぞクロ―ディア様はどうした!」
「聖女はな……聖なる者の血は悪魔にとって至上の贄なのだ」
「なに! ま、まさか……」
「そのまさかだ、聖女は血を吸って殺した。どうせ嘘を暴く類の術か道具を使ってるんだろう? もう一度勘違いの余地のないようはっきり言うぞ、聖女は殺した」
正確にはお館様の能力で、魂を取り出したあと堕天使に生まれ変わらせたんだがな。聖女が死んだのは嘘じゃない、価値観は反転しても、記憶も意識もそのままだから死んでないのも嘘じゃないが。
「きっ……貴様ぁぁぁぁぁぐあっ!」
まぁ流石にただ突っ立って対話する訳もなく、見るからに剣士っぽいから俺の周囲には剣山のように鋭く尖った霜で覆っている。正式名称は知らないが俺が装備してるのは足裏まで金属製のブーツだからともかく、目の前の男は革製のブーツ履いてるから効果あるだろう。
「流石になんの備えもなく対話には応じんよ。さてその剣は厄介だ、捨てて逃げるなら追わないと約束するがどうだ?」
「フンっ……ふざけるな!」
血で染まった足を庇うような体勢から剣を一閃。到底剣が届く間合いでないが、振るった剣は一瞬でその刀身を伸ばす。警戒していたのと、魔王様の血を飲んで五感が強化されたおかげか間一髪躱す事ができた。
「ちぃぃぃ!」
剣が長くなれば一振りごとに大きな隙ができるものだが、奴の剣は伸びた時と同様一瞬で縮み、流れるように伸縮自在の剣を振るう。しかし一歩歩けば尖った氷が足に突き刺さる状況では、踏み込む事ができずに何とか躱すことは出来る。
全身鎧着てるから、鎧で受け止めて掴んでしまおうとも考えたけど、この剣も聖なる気を帯びてるせいか、斬られたらただでは済みそうにない。
大きく後ろに飛ぶと同時に、無数の氷の礫を撃ちだすが相手も反撃は想定していたようで、剣と同様に一瞬で広がった銀の盾で礫を防ぐ、防いだ後もさらに広がり、まるで城壁のような大きさの盾が、こちらに向かって倒れてくる!
なっ! 盾で押し潰す気か? 一瞬更に後ろに飛び退いてから気付いた、これは押し潰すんじゃない! 倒した盾を足場にこっちに踏み込んでくる気だ!
「姫様の仇! 死ねぇぇぇ!」
刃で敷き詰めた地面の上を巨大化した盾で踏み越えてくる騎士。飛び退いたせいで回避できない俺に向かって振るわれる伸縮自在の聖なる剣。盾になるゴーレムを呼び出す時間もなく……。
「殺った!」
正確に首を狙って放たれる斬撃、しかし咄嗟に氷で自分を包んで首が飛ぶのは塞ぐ。しかし勢いよく弾き飛ばされ氷に包まれ受け身も取れないまま地面に叩きつけられた。
とは言え人間とは頑強さが全く違う悪魔の身体はそれほどダメージは受けていない。氷を解いて何事も無いように立ち上がり鎧に付いた土ぼこりを払う。
「おのれぇぇぇ! 小癪な!」
間髪入れずに斬りかかって来る騎士の攻撃を躱しつつ、氷の礫を撃って反撃。しかし足場が万全であればこの騎士は剣を振るいながら回避するし、鎧もただの金属鎧じゃないのか氷の礫が当たってもよろめくだけでダメージは少ない。闘志も尋常じゃないが、反面頭に血が上って攻撃が雑である。
剣を躱す、退く、間合いを詰めてまた斬りかかって来る。礫を撃って、躱しながら剣を振るう。退いて、突っ込んできて……さっきの尖った霜で覆われた場所に足を踏み入れる。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
流れるような連続攻撃が止まった瞬間、足元から氷で包み込み動きを封じる。全身が凍る前にまた剣を振るうが、下半身が動かない状態で振る剣は先程までの鋭さはない。
「くっ! 殺せ!」
「構わんぞ、だが死ぬ前に王女の成れの果てと会わせてやろう」
まだ何か言いたそうではあったが、呼吸の為の鼻だけ残し全身が氷に覆われては何もできはしない。
捕らえた騎士をダンジョンに転送しその場をあとにする。ここまで派手に暴れたら監視されてる可能性は無視できないから、転移門のある拠点には戻らず、走ってダンジョンへと帰還する。