14話
角を隠す為とは言えあの鎧姿は目立ちすぎるので、別の衣装を検討したが、どうしても角をデザインの一部とみられる兜は外せなかった。
なぜなら転生当初ならターバンとかでも隠せたんだが、魔王の血を飲んで成長した今、角も長く鋭くなってるので隠そうとすると兜以上に不自然になる。よって鎧姿にならざるを得ない。
「傭兵とかは目立つために、奇抜な鎧を着ることが多いですから大丈夫です。それにカッコいいですよ紅雪鬼様」
連れてきた狐耳少女は機嫌よさげに懐きながらそんなことを言うが、俺は目立ちたくないんだよ。お前はお前で固有魔法をつかい美人で色っぽいお姉さんに化けてて別の意味で目立ちそうだ。
この狐耳少女は生まれ変わったから、以前の名前は使いたくないとの事で、便宜上影狐と呼ぶことにした。
「俺はダンジョンをあまり長く空けられないから、転移門の設置の後はお前に拠点を任せることになるだろう。大規模な動きがあればすぐに知らせるのと、拠点の堅守が主な任務だな。それ以外は好きにして構わない」
人間の奴隷は街中に混じって情報を集めさせる。、悪魔である影狐は転移門を守り必要とあれば街中に魔物を放ち軍の動きを鈍らせる。
大軍を動員しては街の守りが疎かになり危険、そう思わせる。ダンジョンの多くのリソースを費やせないようにする。その為に転移門は絶対にバレてはいけない。
「時間が惜しい、半魔族が集まってる区域に案内しろ」
「はい、お任せください」
影狐に連れられ排水溝から侵入した地下道は、魔法を使って水を浄化してるのか思ったよりも臭くはない。
ここから先は人間の姿をしてると先制攻撃される危険があるので、影狐は悪魔になる以前の狐の半魔族の姿になる。彼女の先導でどんどん下水道の奥に進んでいくと……。
「誰だ?」
「ん? お前エルファンか捕まったと聞いたが無事だったんだな。そっちの男は誰だ?」
しばらく進むと見張りらしい、空を飛べなさそうな小さな黒い羽が生えてる男と、口からはみ出るほど長い牙を持つ男二人に止められた。
説明してもどうせ信じないだろうから、さっさとカギを押し当てダンジョンに転送する。この前までクロに予め連絡しないと送れなかったが、今は配下たちがダンジョン側の転送門を開けたままにしてるので何時でも送れる。細かい事は向こうに説明させよう。
転送門のある場所は配下たちの居住区画の下の階層で、最下層に通じるダンジョンとは隔離された場所。何も知らない者をダンジョンの内部に送るリスクを出来るだけ避けた形だ。
尤も、鍛えてない半魔族では覚醒して悪魔にならないと到底ダンジョンは突破できないし、眷族じゃない以上最下層で水晶の間を守るレックスに襲われれば死ぬしかない。
それに悪魔になれば嫌でも俺やクロとの力の差を理解し、内心はどうであれ逆らわないだろう。畏れる者はもいれば、懐いてくる者もいる。
特に影狐は奴隷だったとは思えないほど人懐っこく、積極的に外に出て役に立てるのだとアピールしてくるから、俺の配下として選別された者たちの中では一番目を掛けてる。
「いつの間にか悪魔として覚醒してましたが、ダンジョンの奥におわすお館様はどのような方なのでしょう?」
「すまんがお館様に関しては最重要の機密だ。クロも何も言わなかっただろう? 目通り叶うほど成長するまで待て」
影狐はもっと強くならないと主君について教えて貰えないと思ったのだろうが、俺視点だと主君が身長70センチの幼女だと舐められそうってだけなんだがな。この辺はクロとも示し合わせてる。
例外は世話役の少女たちだが、彼女らは隷属の宝珠で逆らえないからな。
「出過ぎたことを申しました、申し訳ございません」
「気にするな、顔も見せないで忠誠を得られるなんてお館様も思ってない」
話しながら歩いてると、少し広い場所に出た。どこからともなく現れた武器を構えた半魔族の男たちに囲まれるが、以前と変わらぬ姿の影狐に、兜を外し山羊の角を見せると途端に警戒が緩んだ。
「お、おぉ! お前エルファン、エルファンじゃないか。人間に囚われたと聞いたが無事だったんだな。姉のベルフェンはどうした?」
「おじさん久しぶりね、姉さんは無事だけど男に買われてしまって行方は分からないわ」
リーダー格らしい、腕が鱗に覆われた壮年の男に案内される。なんでも影狐が捕まった後に隠蔽の仕方を変えたそうだ。隠れ住んでるだけに一見して分からないよう巧妙に隠蔽された通路を通り抜ける。
その先には地下へ続く階段があり、長い階段を降りると子供の半魔族が笑いながら走り回り、主婦たちが談笑しながらパンを焼く、生活の場がそこにあった。
「意外と言っちゃなんだがそれなりの生活は出来てるのか」
「この国は豊かですから廃棄された物資だけでもなんとか出来るんです。ただ一歩でも縄張り以外に出ると……」
地下道の更に地下に、数が少ないにせよ集団で生活できるくらいの洞窟を掘るのはどれほどの労苦があったのか想像に難くない。あぁ……ホント転移門の設置に理想的な場所だな。
「ところでエルファン、そっちの山羊角のひとは? 新入りか、その割に良い鎧着てるけど」
「アタシがお世話になってるところの偉い人。みんなも、もうビクビク怯えて暮らす生活はお終いだよ」
そこで仮面を外し、悪魔特有の黒い眼球を晒し、影狐もまた変化を解き悪魔としての姿を現す。
「なっ! そ、それはいったい?」
狼狽する半魔族たちを全員ダンジョンに送り、周囲に誰もいない事を確認。広場の中心に転移門を設置すれば、ここはもうダンジョンの一部となる。
「設置完了。影狐、彼らの私物などあれば送ってやれ」
見張り用の魔物と周辺探索用のゴーレムを数十体購入し地下道に解き放つ。地下道の詳細が分かれば役に立つし、地下に住んでるのは殆ど訳アリで、ある日いきなり消えても不審がられないある意味理想的な人材だ。
後は……普通に生活できると言っても、お世辞にも住みやすいとは言えない半魔族の集落を見渡し……お館様の配下にあまりみすぼらしい生活をさせるのも、主人の沽券にかかわるからな、ある程度生活の場を整えよう。
転移門を設置したしフロアは俺に裁量が与えられてるので、ある程度ダンジョンの機能を扱える。掘った地面が剥き出しの洞窟は転移門を中心に、一瞬で石造りの広場に。広場の周囲を堅牢な砦へと造り替える。
転移門を任せる影狐の他に、数名は予備戦力として住まわせるとして……そうだな地下を更に掘って生活空間と物資を保管する倉庫を設置する。
私物を送り終わったたしい影狐がやって来たので、そこに住むよう指示すると……なんか豪華すぎて落ち着かないとか言われた、豪華か? 生前過ごした病室をちょっと広くした程度なんだが。
なにやら不興なので、装飾を取り払いただの灰色の壁に囲まれた部屋にする。倉庫がもう一つ増えたようなものだが、こっちの方が影狐には落ち着くようだ。まぁ家具とか自分で揃えたいのかもしれん。
「まぁいい、当座の予算と地下を根城にしてる人間を従える『隷属の宝珠』を幾つか渡しておく。今のところ表の人間たちになにかする必要はないが、別の縄張りにいる地下集団のリーダー格を隷属させ制圧しておけ」
この宝珠は魔王様から頂いた資金が無ければ、捨て駒みたいに人間の奴隷に使って、情報を集めさせるって使い方は考えも出来ないくらい高価ではある。ホント聖杖手に入れられてよかった、あの資金がなかったら取れる手筋は相当限定されてただろう。
設置した転移門を潜り、ダンジョンに帰る……前にお館様に土産の催促をされたのを思い出した。
「そういえば集落に子供もいたな。影狐、人に化けて高めの菓子でも買ってこい。お館様にお出しするものとダンジョンに送った連中用にな」
オルザインで両替した通貨を渡し人に化けられる影狐にお使いを頼む、アルファストでもこの通貨を使えるのは確認済みだ。
「え? よろしいんですか?」
「よくなかったら渡さない。お前もお館様の配下だ、ダンジョンの不利益にならない限りある程度好きにしろ」
「は、はい! ありがとうございます」
狐のくせに犬みたいにしっぽ振って外に飛び出す影狐。単純な奴め、今のうちに転移門を守り、露見した際には破壊する守護者を呼んでおくか。