13話
数日ぶりにダンジョンに戻ると、クロを先頭に整列で出迎えられた。全員眼球が黒いから、無事にお館様の手により亜人から悪魔へと無事に生まれ変わったようだ。
「おかえりなさいませ」
「ただいま、クロ。留守中になにかあったか?」
「様子見らしい者達が何人か侵入しましたけど、第一城壁にも辿りつけませんでしたわ」
クロの固有魔法は自身の支配下にある者達と意識や感覚を共有できる。この数日配下たちと、この固有魔法も使って指揮し侵入者を撃退していたそうだ。
「ご苦労様。あぁ、土産を買ってきたぞ」
「あら、ありがとうございます……ちゃんとした鉢植えも買ってきてくれて嬉しいですわ」
「やっぱりお前から見ても魔界で売ってるのは、禍々しい造形だよな」
悪魔になって価値観や意識が変化はしたけど、この手のセンスはまだ人間らしさが残ってるな俺たち。ちなみに部下たちは意外と普通な会話に驚いてる様子だった。
出迎えてくれた配下たちを下がらせ、二人で最下層に向かいながら話を続ける。
「実は陶芸に挑戦するのも考えてました」
「俺だったら木を削ったり組み立てたりするな」
実は第一城壁内の城の家具などはお館様のセンスらしく、普通に過ごせるのだが。魔界の商品を買おうとすると鉢植えに限らずデザインが禍々しくて落ち着かない。小物を買おうとしてメルがちょっと涙目になってたのは内緒だ。
「必要になれば地上で購入すればいいだろう、魔界から取り寄せると割り高だからな、資金も無限では無いし、部下が増えたから出費もな」
「そうですね、幾つか腹案もありますので、物資の調達に関してはお館様との朝議の際に奏上してみましょう」
「朝議と言えばお館様は水晶の間に籠ったままか? 送った土産は渡してくれたか?」
「勿論ですわ、お館様ったら甘いものに目が無いご様子で大層ご機嫌でした。それとオルザインで分身体に人間の身体を用意なさったでしょう? 命令するだけである程度奴隷の判断で動くので、操作が楽になったとお喜びでした。セツ様が戻られたら声をかけるようにと仰せつかってます」
「負担が減るなら結構だ、もう少しくらい回復して貰いたいものだ」
流石にちびっ子状態のお館様を、ダンジョンを支配する魔将だと部下たちに紹介したら舐められそうだし。せめてもう少し身長を伸ばしてもらいたい。
「恐らく東以外の三国に放った分身の分も用意するよう命じられるのでは?」
「報告ついでに聞いてみる。その場合分身は一度ダンジョンに戻ってもらう必要があるがな」
オルザインだと商業国家なせいか商人同士の横のつながりが強く、俺の事は大分噂になったかもしれないが、正体がばれさえしなければ『お大尽に仕えてる顔を隠した鎧男』にすぎない。
金払いが良ければ商人たちはそれほど悪印象は無いだろう、怪しくても金さえ払えばお客様なのは世界が異なっても同じのようだ。
しかし他の三国ではそんな怪しい奴は目を付けられるだろう。大勢の奴隷を買って、宿に訪ねて来た人間と入れ替わり、奴隷が自由に出歩くなんて監視されてもおかしくない。
「それと、配下たちの扱いについてお館様はなんと?」
「私に預けるそうです。恐らくは固有魔法がそういうのに向いてるからでしょうが……」
なんか申し訳なさそうにしてるが、俺の固有魔法は配下まで巻き込むからなダンジョンの防衛じゃ使えない。そもそも前世病弱で対人経験の少ない俺に任されても困る。
「お前の方が配下を纏めるのに向いてるのだから当然だ。中には階層の防衛を任せられる者もいるだろうから、その辺も明日の朝議で上奏してみよう」
「しかし私ばかり部下がいるのは……第一の眷属はセツ様ですし。そもそも彼らを買ったのはセツ様です」
「そうだな、それならダンジョンの外、街中で活動出来そうな、見た目が人間に近いのを何人か俺に預けろ。情報収集、物資の調達、破壊活動や離間工作等々。手が必要な事はいくらでもある」
「分かりました。ではまた後程……」
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「天晴であるぞ紅雪鬼。分身の依り代となる人間の確保で我の負担も減り、半魔族の保護したことで配下も増えた。褒美をとらすぞ、なにが良い?」
俺がお土産に買ったなんか羊羹っぽいものを満面の笑顔で食べながら、お館様は上機嫌に聞いてきた。うーむ、ダンジョン防衛の為の活動だから気にしなくていいのになぁ。
とは言え働きに報いるのが正しい在り方だと教育されたお館様の手前、褒美はいらないとか言えないし……うーん。
「そうですね、お館様が召し上がってるお菓子など、黒天姫や配下たちも欲しいでしょう。ダンジョンの外と自由に行き来できる双方向転移門の設置をお許しいただけますか? 無論人間どもには露見せぬよう十分に注意し、場合によっては即座に破壊いたします」
鍵を使って送る転送門だけならフロア管理者権限で簡単なんだけど、ダンジョンの外と内を自由に出入りできる双方向転移門に関してはダンジョンの主の許しが無くては出来ない。
前者は鍵を使う方と、送られた先が転送門に魔力を注いで開かなければ効果がないため最低限のセキュリティは確保できるのに対し。後者は人や物を問わずに自由に出入りできるからだ。
「うむ、奴隷居住区はダンジョンとは隔離されてる故、そこに転移門の設置を許そう。幾つ必要だ?」
「東西南北のそれぞれの国で活動を行いますので、四つお願いいたします」
「うむ。転移門はそなたへの褒美だ、裁量は任せる。これは黒天姫にも伝えたのだが、半魔族を見つけたら全て保護せよ。戦力としては心許なくても召し抱える臣下が多ければ我の名声も上がるというものよ」
聞こえの良い建前を一切口にしないあたりが悪魔らしいと言うべきか。
詳しい話はクロも交えて明日の朝議で詰めるとして。地上の半魔族について部下たちに聞いて……その前にメルに土産を渡すついでに聞いてみるか。
数日ぶりに部屋に戻るとメルの出迎えはなく気になって奥を覗いて見ると……愛玩用の猫たちと一緒にベッドで昼寝をしていた。その表情は穏やかなもので起こす気にはならなかった。
土産に買ってきた鉢植えを始めとした園芸セットを置くと、猫の一匹が気付いたようでベッドから降りて園芸セットを弄り始める……ちなみに俺の事は無視しやがる、俺が世話してる訳じゃないから懐かれてないのは仕方がない、そう自分に言い聞かせた。
ただ猫が動いたせいでメルは目を覚まし……俺と目が合うとベッドから飛び降りた。
「ももっ申し訳ございません!」
「好きに過ごせと言ったのは俺だ、気にするな。それに寝顔は可愛かったぞ」
顔を真っ赤にして俯くメルから話を聞くの時間を置く必要がありそうだな。とりあえず園芸セットとは別に街の市場で見つけた華美な装飾が施された櫛と手鏡を渡し部屋を出た。
土産を受け取った途端更に赤くなったが……むぅ年頃の女の子って良く分からん。
「少しクロと打ち合わせをした後また戻る。飯の支度をしておけ」
「は、はい。行ってらっしゃいませ」
メルに見送られ上層の城に戻り、クロの拠点である第二城壁内部の砦に入ると、部下たちが実戦さながらの訓練をしている。奴隷は男女問わずに戦場の最前線に送り込まれる事が多いせいか、それなりにさまになってる。
俺の姿を見た途端一瞬訓練が止まるが、そのまま続けさせる。クロのいる部屋に入ると、なにやら勉強を教えていた。
「あら、セツ様、お館様はなんと?」
「お褒めの言葉と、褒美として自由に行き来できる双方向転移門の設置を許していただいた。東西南北それぞれに設置し拠点とするつもりだが、アルファストに良い設置場所の心当たりはあるか?」
「人目に付きにくい廃村など……は不便ですよね」
「何をするにせよ街中の方が良いな」
「私も詳しくはないのですが、王都のスラムなどでしたら怪しい風体の者が出入りしても怪しまれないかと」
「為政者の都合で掃除の可能性があるんじゃないか?」
「こっそり家などを購入は……地域住民同士の繋がりで怪しまれてバレそうですね」
「奴隷になにか商売でも……新規の店は警戒されるか」
思いついたことを言い合ってると、熱心に勉強をしていた一人が声をかけてきた。
「あ、あの……アルファストでしたら地下はどうでしょうか?」
声をかけてきた少女は狐の耳をしていた、ん? 少年に買われた狐耳少女が目を向けていた娘か。
「王都の地下には下水道があって、訳アリの人達が住んでるんです」
「定期的に清掃してると聞いてますが?」
「お金だけ受け取って掃除したと報告だけしてるって聞きました。役人も地下の住民には関わりたくないらしいです」
「詳しいなアルファストの出身か?」
「はい、姉と一緒に地下で暮らしていましたが、捕まって奴隷にされました」
「地下の下水道には半魔族も多く住んでるのか?」
「はい、私達姉妹の住処の近くは殆どが亜人……半魔族ばかりでした。下水道と言ってもかなり広くある程度棲み分けされていたようです」
「では準備ができ次第、アルファストに向かう。コイツも道案内に連れて行く。構わないかクロ?」
「はい、今ここにいる者達はセツ様の部下として役に立つと判断し、選別した者たちです。それぞれ固有魔法は隠密などに向いてると思いますので、後程確認してください」
部屋で勉強している連中の能力をまとめた資料を渡され、部屋を出る。歩きながら確認すると幻覚を見せたり壁を歩けたりと、確かに隠密に向いてそうだな。ん? あの狐耳は会った事のある他人に化ける事ができるのか。街中での活動では便利そうだ。




