12話
魔界の商品一覧で鉢植えとかを見てみると、どうにも全体的にデザインが禍々しい。城の内装とか家具とかは俺から見ても上品な感じなので、センスそのものが違うってことはないと思うんだが。
それはそうと、クロはどうか分からんが、花の苗を土産に持って帰ったとしても、メルが好んでこのデザインの鉢を買わないだろうから、この街で良さそうなのをいくつか買って土産にしよう。
そもそも腐葉土とかも買えるけど、魔界の土で地上の植物が育つとも思えないので、まぁ花屋で一通り揃えればいいか。
場違いな鎧姿の俺は花屋でかなり目立つ、っていうか周囲の客に変な目で見られるので、鉢植えから土、苗を全種類まとめ買いして後で宿に届けるようにだけ言って、花屋からすぐさま撤退。
あとはお館様へのお土産だな。いくつかの店を回り、俺から見て美味そうな菓子を全部買ってダンジョンに転送、クロが届けてくれるだろ。そうして少し時間が空いたので散策することにする。
病気で死んでいつの間にか悪魔になってしまったが、こうしてのんびりとあてもなく散歩なんて考えてみれば初めてだな。前世だと病院と学校を往復する生活だったし。
金の小粒を流通してる通貨に換えて、屋台で買い食いしたり雑貨屋などを見て回っている時の事だった。ふと裏通りから客引きの声が聞こえ足を向けてみると、表通りの店よりいくらか薄汚れた感じの奴隷市場があった。
表通りの店は若い男や美少女など、誰もが求める奴隷を売っていたが。裏通りの店は幼い子供や老人等見るからに訳ありな奴隷が鎖に繋がれていた。
ある意味で俺の想像する『奴隷市場』そのものの光景に、軽い気持ちで見て回ってみる。浮浪者じみた連中がちらちらこちらを見てくるが、いかにもヤバそうな全身鎧の男に絡んでは来ない。
市場の片隅で身なりの整った、見るからに人の良さそうな少年がチンピラに絡まれて……おっ? 一瞬で返り討ちにしたか、倒れたチンピラは周囲のチンピラにナイフやら服やらを持っていかれてる、まぁ俺には関係ないか。
目的もないのでなんとなく少年の向かった方へ歩いていくと、売っている奴隷が子供や老人から、地上の魔物になっていき奥に行くほど頑丈な檻に入れられている。見れば客層も武器を持っていたり鎧姿の人間が多い。
とはいえ地上の魔物は魔界から呼び出した魔界生物に比べ大分弱い。値札を見ても同額で魔界から呼び出した方が間違いなく強い。
さらに奥へと向かうと、先程の少年が薄汚い男から、狐のような尻尾が印象的な少女を受け取っていた。ん? あれって悪魔じゃないのか?
気になってこっそり新しく買った鑑定の魔法道具で、狐少女のステータスを確認してみると『種族:半魔族』となっていた。物陰からクロに連絡をして半魔族について聞いてみる。聞き覚えがないようなので詳しい容姿を説明すると、どうやら亜人と呼ばれる被差別種族らしい。
ふむ? お館様の分身が奴隷を受け取りに来るときに聞いてみるか。戦力になるなら試しに一人か二人買ってみてもいいけど、見る限り衰弱してるし、何というか人間に対する恐れが見て取れる。まして被差別種族じゃ情報を集めるのも難しいだろう。
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「あぁ、半魔族とはダンジョンを失い、魔界に帰ることのできなくなったはぐれ悪魔が、地上の生き物と交わって生まれた者たちだ。我ならば魂に干渉し魔性を強め悪魔の姿に戻することができる、さして消耗はしない故、全員買ってまいれ。地上の残された同胞を掬い上げるのも魔将の、そして後に貴族になる我の義務よ」
なんでも地上からの生命力を集めないと、作物はおろか子供を作ることもできない上に殺し合いが多い魔界では、人口が少ないので強力な悪魔の庇護下なら、弱い半魔族も普通に生活することはできるそうだ。
「では明日半魔族たちを全員購入いたします。それとお館様お身体の具合はいかがですか?」
「うむ、人間の身体でも若く精気に溢れているおかげか良く馴染む、大儀であるぞ」
普通に生活してる人間に憑りつく事もできるみたいだけど、人間の身体は悪魔を拒絶するため抵抗も激しい。その為能力に大幅な制限のかかる分身体では、下手すれば抵抗で消滅してしまうこともあるらしい。
しかし、主人に逆らえないように呪縛をかけられている奴隷は、抵抗も少なく簡単に肉体を乗っ取れる。
この近くにいた分身体30体分、人間に憑りついたお館様の分身が宿から出ていきオルザインの人混みに紛れていくのを見送り、半魔族の受け入れに関してクロと相談したらさっさと休む。
次の日、昨日の裏通りの奴隷市へ向かい亜人を販売してる奥に向かう。途中鎧をよこせば見逃してやるなどと人数ばかり多いチンピラに囲まれたが、殺さない程度に殴り飛ばしてさっさと進む。
昨日と同じように気絶して放置された途端、別のチンピラが身包みを剥いでるが俺には関係ないから放っておく。
件の奴隷屋の近くまで来ると、鎖で繋がれた亜人たちが路上に並んでいて怯えた目で俺を見ている。全員買うのはお館様の命令だけど役に立つのかな?
なんでも地上の生き物と混ざってしまった魂から、悪魔のものだけを取り出し覚醒させると言っていた。お館様ならすぐで、魔界でも一日程度の時間はかかるが簡単にできるらしい。
彼らの扱いについて考えながら店に入ると、どうやら先客のようで、俺に目を向けた店主が椅子の方を向いて顎をしゃくるから多分待ってろと言いたいのだろう。
ボロくかび臭いソファに座り、先客をなんとなく見てみると、昨日狐耳の少女を買っていった少年だった、昨日とはうって変わって綺麗な服を着た狐耳の少女が隣にいるから間違いない。
なにやら少年は興奮した様子で店主にまくしたててるが、こちらに声が聞こえないのは何らかの魔法なのかな? ほんと戦闘効率一辺倒の悪魔の魔法に比べて人間の魔法は便利なのが多いなぁ。
別に急いでるわけでもないし、途中で買ってきた菓子でもボリボリ食いつつ、店主と言い合ってる少年のと狐耳少女の様子を見る。狐耳少女はチラチラと外を見てるので、目を向けると多分メルと同年代の12歳くらい、同じ狐耳の少女の痛ましそうな表情が印象的だった。
結局少年は狐耳少女を連れて、いかにも不機嫌そうに店を出て行った。何だったんだろうな? 金銭トラブルかな。一括購入のみとか看板に書いてあるからそういうの多いんだろうな。
「お待たせいたしまして、申し訳ございません」
揉み手をしながらやって来た店主は、少年に対するそれとは違って大分腰が低い。
「先客が優先なのは当然だ、気にするな」
「恐れ入ります、角兜の旦那」
「なんだそれは」
確かに角が目立つデザインの兜だけどさ、たった一日で評判になってるのか?
「お名前も顔も隠すってことは訳ありなのは承知ですが、この街の商人の間で通じるあだ名みたいなもんでさぁ。いやいや大層気前のいい旦那と伺っております。ガキの相手で茶の一つも出さず申し訳ねぇ」
「構わん、それよりこの店の商品はすべて亜人か? 他にも亜人を取り扱う店はあるか?」
「へぃ、奴隷商にも決まりがありまして、堅気の皆さんから見てご不快に思う連中は裏通りで扱う掟がございます。そして汚れ者は、ひとまとめで扱うのもまた掟でございます」
「もう一つ、商人同士の横のつながりがあるのは分かるが、客の情報を共有するのも掟か?」
「タチの悪いのと、払いの良いお客様は自然と噂に流れますな、後者は口止めされればその限りではございません」
要するに金払えば黙ってるってことだな。初対面の人間を信じるわけじゃないけど、小銭で噂にならないならそれに越したことはない。どうせ顔は隠してるんだし。
「この店の亜人全員を買う。どうせ目立つ姿だ俺が買ったのは知られてもいいが、呪縛をかけた後部屋を出て俺のすることを見るな」
純金のインゴットをボロい机に乗せ……あ、重みで壊れてついでに床も抜けた。
「机くらいもう少し頑丈なのを用意しろ」
「へ、へぃ! とんだ粗相をいたしました! 申し訳ねぇ」
主人の行動は早かった、路上に並んでいた亜人たちを全員店に入れたあと扉をすべて閉める。汚れ者とは言っていたが、それなりに清潔にはしていたようで思ったよりも臭いは少ない。
こいつらは全員すでに呪縛を受けていて、人間に対し攻撃できないようになってるらしい。
「少々お時間をいただければ改めまして角兜の旦那専用に呪縛を上掛け致しますが? もちろんお代は結構です」
「いらん、自分でやれる。それはそうと、ここにいるので全員か?」
「まだまだ地下に捕えてございます。ただ今連れてまいりますので、これから角兜の旦那が何をなさろうが見てございません、知るすべもございません」
店主は床板を壊して積み重なった金のインゴットを、金属ならいくらでも収納できる魔法の財布に素早く放り込み、店の奥へと駆けて行った。
クロに連絡した後転送門のカギを使い、全員をダンジョンに送り終わったころ店主が地下から上がってきた。亜人が全員消えてるのに驚いたようだが、何も聞いてこないのはある意味プロ根性と言えるのかな?
全員転送し終え店を出る。路上に並んでた亜人たちがいないとただでさえ人の少ない裏通りは、余計に閑散とした印象があった。