11話・裏
黒天姫は困っていた。つい先ほど主や自分の世話役として、紅雪鬼が買った奴隷の少女たちが転送門で送られてきた。
それは良い、消耗し幼子の姿になってしまった主は、家具のサイズが合わなくなって困ってると聞いている。まして自分は家事などやった事がないのだから、下手すれば主に迷惑をかけかねない。
家事用のゴーレムもあるにはあるが、魔法道具の分類なので、どうにも融通が利かない。基本的に部屋の状態を維持するのはやってくれるのだが、模様替えをしたとして、しばらくすれば元に戻されるし、新しい私物を捨てられる事もある。
ちゃんと設定すれば大丈夫だと紅雪鬼は言うが、黒天姫にはその設定の仕方がさっぱりなので、口頭で命じれる人間の奴隷はとても助かる。なので可能な限り優しく迎えたのだが……。
泣かれた。ついでに漏らす者までいた。隷属の宝珠はあくまで行動を縛るものであって感情まではどうにもできない。何故なら上級の悪魔である黒天姫の姿は、三対の漆黒の翼に真紅の角が生えていて、黒い眼球に爛々と炎のように揺れる瞳はどこまでも妖しい。ましてクロは人形のような玲瓏な美貌の持ち主、人間たちが思い描く女悪魔そのものなのだ。
恐れられるのは当然と考えていた黒天姫だったが、まさかここまで怯えられるとは思ってもいなかった。
絶対服従なのだから命令し泣き止ませてから待機命令を出し、女奴隷をどうするのかを伺いに向かう気だったが、姿を見ただけで泣かれるのが初めてで混乱し、休んでいなさいとだけ命令しダンジョン9階層にある紅雪鬼の私室にいる妹に助けを求めた。
「メル! メルリーシャ。助けてください!」
「お姉さま? どうなさったんですか?」
普段であれば同僚に生贄として差し出した妹に頼るのは、流石に躊躇する黒天姫だったが、今現在このダンジョンで相談できそうな相手は、主人の他に彼女しかいないのだ。
メルリーシャも堕天使と化した姉のただならぬ姿に、猫にブラッシングしていた手を止める。そして話を聞いて脱力した。
「あー、その……お姉さまは威厳があるから仕方ないですよ」
極力言葉を選んで慰めるが、怖いものは仕方ない、メルリーシャだって怖いのだ。ただ以前は親しく話しかける事すら許されなかったが、予想外の姉のポンコツぶりに安心してる自分に、メルリーシャは気付いていなかった。
悪魔の世話役として連れ去られた事などを奴隷たちに話し、可憐な容姿と棘のない口調が相まって、彼女たちも少しは落ち着いてくれた。
暫くして、ダンジョンの主に、世話役が必要かどうか確認に向かった姉がやってきて、奴隷たち一緒に最下層に向かう事になった。
連れてくるように命じられたらしいが、姉がいると落ち着かせたのが無駄になる。なので転送門の近くで待機して貰い、メルリーシャは送られてきた少女たちを宥めつつ、黄泉姫の許へ連れて行く。
なお、悪魔なのは間違いないが、見た目幼女の黄泉姫は特に恐れられることはなかった。普通に掃除や食事を作るなど真面目に働く彼女たちを見て、黒天姫が少しだけいじけたのは余談である。