10話
案の定というか、お館様はあっさり俺たちの方針に賛成してくれた。部下としては話の早い上司はありがたいけど、今後部下が増えてもこの調子だと拙い気がするので、落ち着いたら注意するとしよう。
クロに留守を任せ、俺は今、東のオルザイン国へとやって来ている。目的は奴隷の購入、この国は雑多な商業国で、奴隷の売買が最も盛んだとクロから聞かされたからだ。
頭に生えた山羊の角を誤魔化す為にそれっぽい兜を被り、悪魔特有の黒い眼球を隠すため、目元を隠せる仮面をつけてる。ついでに兜と仮面だけだとどう見ても不審者なので、金属鎧も纏い見た目だけなら戦士に見える。一応悪魔の気配も隠せる鎧なのでバレないとは思う。まぁバレても逃げるだけだ。
土地勘は無いけど、地元住民に聞けば良い。大通りにある宿を取って、奴隷市場の場所を聞く、ついでに鋳潰した金の板を渡したら案内を申し出てきたので頼んだ、話が早くて助かる。
ちなみに魔王様から送られてきた資金は、魔界で鋳造した金貨で、デザインがやたらと禍々しい。こんなもの使ったら怪しまれるだけなので、鋳潰して小さな延べ板にしたり、細かく砕いて砂金にし袋に小分けにして多く持ってきた。黄金には変わらないので価値は変わらないようで一安心。
「こちらが奴隷市場でございます。それと恐れ入りますが、私どもの宿に連れてくる場合は、購入した際に身綺麗にしてくれるサービスがありますので、そちらを利用されてくださいませ。異臭を放つような者ですと他のお客様のご迷惑になりますので」
「ああ。分かった手間を掛けさせたな、日没前には戻る」
チップ代わりに金の延べ板を渡すと嬉しそうに帰っていく宿の従業員。金の延べ板と言っても小指の爪先くらいの大きさだから、このくらいで便宜を図ってもらえるなら安いもんだ。
金属鎧の見るからに怪しい俺だが、如何にもファンタジー世界の戦士や魔法使いといった衣装の連中が沢山いるので、不自然ではないっぽい。ただ鎧は見るからに業物らしく注目を浴びてしまってる。
くそぉ、クロの奴、何処が普通の鎧だ、目立ってるじゃないか。でもアイツの普通って騎士団、しかも王族を護衛するような見た目重視の鎧だろうから仕方ない面もあるかな?
奴隷市場は目立つ場所にありすぐに分かった。表通りには見目の良い少女が煽情的な服装で檻に入れられている。ちょっと入るのに抵抗はあるが足を止めていても仕方がない、キョロキョロしたりしないで堂々と入る。
「体力のある若い男を、この金の小粒で買えるだけ」
店員らしき男にだいたいこぶし大の布袋に入った砂金の塊を渡すと、急に態度が柔らかくなり個室に通される。しばらく待ってると護衛を引き連れた初老の男がやってきて商会の主マクレガーと名乗った。
「へへっ旦那。このマクレガー奴隷商店を選んでいただきありがとうございます。体力のある若い男がご所望と伺いましたが、うちの店は品ぞろえが豊富で有名でして。へへっ」
いかにも胡散臭いが、金を払ってる限り信用できるとのクロの忠告を信じ店の奥に案内され、若い男ばかりが檻に入った区画に着いた。品ぞろえが豊富とは嘘ではないらしく、約三十房の檻には五人前後それぞれ入っている。単純の若い男だけでも約百五十人か、それだけ売り手も買い手もある商売ってことか。
「へへっ、いただいたご予算ですと十人分ってとこですが、旦那には今後とも御贔屓いただきたいと思いまして、この中から十五人お選びくださいませ、特別サービスでございます。へへっ」
ふむ、砂金がこぶし大の袋一杯でそのくらいか。魔法の知識と情報収集用の使い魔を植え付け、各地から情報を得るための末端。お偉いさんの目に留まるためにもある程度の見目は欲しい。欲しいがある意味使い捨ての人材で質よりも量が重要だ。軍隊や冒険者関係のある程度の動向を探れれば十分。
一応全員目を通しても男の俺から見て、嫌悪がわくほどの醜い見た目な奴はいないし、効果が見込めればその時買い足せばいいか。
「手前の檻から三房に入ってる連中を買う。身綺麗にした後は人数分の旅装と一週間分の水と糧食を用意し持たせろ」
マクレガーにさっきと同じ量の砂金を渡すと先程の三割増しで愛想がよくなり、てきぱきと部下らしい連中に指示を出す。支度が整うまで宿で待ってようかとも思ってたところで、指示を出し終わったらしい店主が他の奴隷を見るなら案内すると申し出てきた。
どうしようかな……あ、そういえばメルの奴がクロは生活力皆無だとか言ってたな。想像する、食事は全部割高な通販もどきで済ませ、連れ込んだ犬ッコロの毛と自分の羽毛で塗れ、ついでにゴミだらけのクロの私室を……よし、家事できる奴買おう。一応お館様の分も買うか、家事できる姿が想像できんし、ちびっ子状態だから世話役はいた方が良いだろう。
「そうだな、ついでだ家事のできる女を五人ほど用意しろ。見目は問わない」
「へへっ、ありがとうございます。ですがこのマクレガー奴隷商店でお売りする商品は、家事なんてできて当然でございます、へへっ」
奴隷って言葉で惑わされがちだが、正直やってることは孤児を教育して就職させる、就業斡旋業者と言った方が近いか? 奴隷側に選択の自由はないけど、高い買い物だけに粗末な扱いは滅多にないそうだ。
「ではこの金で五人用意しろ、家事ができれば細かいことは言わん」
金貨を砂金になるまで砕くのが面倒になったので金貨10枚分を溶かして固めた金塊数個を渡し、個室で待つことにする。
少し待ってると、店主が五人の美少女を連れて紹介してきた。なんでこんなに早いかというと、労働力として求められる男より、「そういう目的」で買われる女奴隷は、毎日風呂に入り身嗜みにも気を使ってるそうだ。
「へへっ、ご要望は家事ができるのと伺ってますが、へへっ、わが商店の女奴隷は全員しっかり躾けておりますので」
前世で言えばアイドルでもやっていけそうな美少女たちだ、お館様に世話役なんて必要ないと言われたら、男連中とは別のルートで町に潜り込ませればいいか。
「宿に戻る、男どもの用意が出来たら表通りにある『女鹿亭』まで連れてこい」
「へへっ旦那。奴隷は呪紋を刻んで裏切れないようにする決まりがあるのですが、呪紋なしで表通りに出すと逃亡の可能性がありますので、お時間をいただきますがよろしいでしょうか?」
そういえば事前説明でクロがそんなこと言ってたな。ただ人間の刻む呪紋は最低限主人を害さず逃がさないだけのものらしいので、こちらであらかじめ用意した魔界道具で縛ることにしてある。
「すまんが、我が主人の傍に侍る者の呪紋を他人に任せることはできない。買った奴隷全員に俺が術をかける。男どもは逃げないように小分けにして連れてこい」
「これは失礼いたしました、へへっ。旦那ほどの方を召し抱えるとは大したお方ですな」
大した方なのは間違いないが、ちょっと目を離すとコロッと騙されそうなので、俺たちがしっかりしないといけないんだがな。奴隷商のオヤジに言っても仕方ないが。
マクレガーが部屋を出たのを確認し、通販もどきから『隷属の宝珠』を五人の少女たちの分購入する。説明によると結構細かく、かつ強力な制約を課せられ、後から追加もできるのか。
とりあえずお館様の命令は最優先で絶対服従、死ねと命じれば即座に喉に刃を突き立てるレベルで強力な呪いだ。次いで俺とクロ、眷属の命令はお館様に次いで優先と……一応メルにも命令権を設定しておくか。
処置を終えて店から出ると、町の人間たちから嫉妬だか羨望だか分からん視線を浴びる。しまった流石に奴隷五人を連れて町を歩くのは目立ちすぎたか? この鎧のせいで最初から目立ってたが。
宿に戻り部屋に入ると、他に部屋を取るか聞かれたが必要ないので断る。なんか物陰から「もげろ」だの「あの子目を付けてたのに」とか悪魔の聴覚でなければ聞こえないような愚痴が聞こえたが気にしない。
部屋のカギをかけ誰も近くにいないのを確認した後で、クロに念話で連絡を取る。
「クロ、予定通りに奴隷を購入した。男を十五人でそれぞれ五人をオルザインを除く三国に送る」
「はい、それでしたら船が一番早く安全ですので手配をお願いします。オルザインの港ならお金を払い、どこに向かうのかだけ言えば大丈夫です。西は海に面しておりませんので、一度ダンジョンに転送した後に徒歩で西のシーガルに向かわせます」
ダンジョンにはこちらから送る専用の転送門を設置してあり、俺が持ってる鍵を押し付けると自動的にダンジョンに瞬間移動する。ダンジョン地下一階に入り口の違う隔離した区画を作ってそこに購入した奴隷などを住まわせる予定だ。
「あと、お館様とお前の身の回りを世話する女奴隷を買った。送るから好きにしろ」
「え? あ……お心遣いありがとうございます」
多分、自分の羽毛と犬の抜け毛まみれの部屋の惨状に気付いたな。クロは使用人の女奴隷に特に抵抗無さそうだが、お館様はどう思うか分からんからクロに任せることにした。
「お館様に対し絶対服従、次いで優先順位は俺とお前、ついでにメルになる。お館様も縮んだままじゃ不便だろうから用意したが確認頼む。細かいことは任せた」
「はっ、お任せください。転送門の用意は整っておりますので、いつでもお送りください」
俺たちの会話を聞いて不安に駆られたのが表情で分かるが、今更逃げようもない。転送門の対となる魔法のカギを押し当てると瞬時に光の粒子と化し部屋から消える。