8話
「あ……あの……セツ様……お、お帰りなさいませ」
寝泊まり用に作った部屋に入るとメルが小走りに近寄ってきて出迎えてくれた……やばい、なんか良いぞこれ。入退院を繰り返してた前世だと望むべくも無かった新婚生活みたいじゃないか。
いやいや待て待て、メルは前世からすると小学生だぞ、高校生だった俺がそんな気持ちになるわけにもいかん! あ、でも上目遣いがスゲェ可愛い。
にやけそうになる顔を抑えて頑張って冷静に振舞うが、つい頭を撫でてしまったの仕方のない事だろう。
「メル、俺はこれから魔導書を購入するが、欲しい物があれば言え、ついでに買う。俺に言い難い物であればクロに伝えろ、代金は俺が出すから遠慮する事は無い」
悪魔が基本的に使う魔法は現在中級まで知識を埋め込んでいて、氷属性に関しては最上級まで頭の中に入ってる。
だから魔導書とかで学ぶのは人間が使う魔法だ、知識を埋め込まれただけのド素人の俺から見ても、威力を高め素早く発動する事に偏った悪魔の魔法よりかなり魔力のロスが少ない効率的な術だと思う。
何より生き残るためには敵の事を知らないとな、割と脳筋気味な悪魔の魔術体系だと思わぬ搦め手でやられてしまうかもしれないからな。魔導書での勉強は怠れない。
城の防備を備えるための資金とは別に、俺やクロが自由に使える金をお館様から頂いてる。魔王様の娘だからかこの辺は鷹揚と言うか気前が良くて、正直私物を買う程度じゃ使い切れそうにないので、この手の教本とかは積極的に買う事にしてる。
「で、でも、私は囚虜の身でございますし、自由に過ごさせて頂けるだけでも十分でございます」
「俺はそんなつもりはないんだが……」
うーん、どうしたものかな? 毎日部屋の籠ってると段々ネガティブな思考に陥ってくだろうし。俺がいない間くらい気分転換が出来ないと最悪精神を病むんじゃないか?
そう言えばクロとの話し合いでアイツの担当区域に犬を沢山飼うとか言ってたが、ペットでもいれば少しはマシか?
「メル、お前は何か好きな動物とかいるか?」
「ふぇ? あ、えぇっと……猫が好きです」
「そうか、良かった実は人間だった頃俺も猫が好きでな」
通販もどきで買える魔物の欄には、戦力として期待できない愛玩動物枠もあった。一応魔界生物のカテゴリだが人間の子供よりも弱いので問題はあるまい。
なんとなく気に入った猫っぽい魔物を買い、映像をメルにも見せると興味深そうに画像に見入ってる。
「あっこの子可愛い」
メルの目に留まったのは真っ白な毛の長い猫だった。とりあえず買うと驚いたように俺を見た。
「あ、あのセツ様、決して欲しいとか思ったわけではなく……」
「俺も気に入ったからだ、気にするな」
毛の長い奴を合わせて合計6匹の猫が部屋の中に出現した。ついでに飼育方法の書いてある本と、餌やそれを盛る皿、砂トイレ等を買いメルに預ける。
「こうして買った魔物は、俺やお前には危害を加えられないから安心しろ。世話は任せた、餌が足りなくなったらこれを使って買え」
手のひらサイズのタブレットっぽい石板を渡す。これは悪魔でなくても通販もどきが使える魔法道具で、金貨と交換でなくても、この石板は血を垂らし精気を注ぐと欲しいものと交換できる。これを人間の権力者が手にすればどうなるのかは自明の理で、人間の間ではこれを巡って国が亡ぶほどの戦争が起こったことがあるとか。
「こ、これは! この石板はまさか!」
「お前にやる、猫の餌だけでなく欲しい物があれば買って構わん」
何か言いたそうだったが猫たちが餌の催促をするので、餌やりをするように言うと黙って従った。
さて、勉強しないとな、お館様は危なっかしいから生き残るためには怠けてられない。
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ふむ、どうやら本を読んでる最中に寝てしまったようだ。それはそうとソファに枕なんて置いてあったっけ? 妙に柔らかくて温かくて……良い匂いがするな、枕に顔を埋めて温かさを堪能すると何故か、か細い悲鳴が聞こえた。
「……メル……か?」
どうやらメルの膝枕で寝てたのか俺。怖がってる割に意外だな、それともクロの奴に変な事吹き込まれたか?
「お、おはようございます」
「おはよう、膝枕は嬉しいがお前がクロくらいの歳だったら、昨日言ってたように乱暴にしそうだから気をつけろ」
「あぅ……」
メルも怖いからこそ献身的になってるかもしれないが、前世童貞の俺がこのまま耐えきれるとも思えん。クロに相談しても好きにしろとしか言いそうにないし、お館様に言うような話じゃない。
まぁなるようになるだろ、じゃれてきた猫たちを撫でて部屋を出る。一度地表の城に行き、城壁の外に配置してる監視用ゴーレムを操り周囲を確認、四方すべてに人間の集団は見当たらないのを確認してから最下層に向かう。
集合場所になってる朝議の間では、クロが機嫌良さげに紅茶を飲んでいた。昨日のは幼女姿のお館様に合わせた少女趣味のものだったが、彼女が今使ってるのは一目で高級品と分かるものだ。
「おはよう、高そうなカップだけど買ったのか?」
「おはようございますセツ様、只今お茶をお淹れしますね。コレは実家から持ってきた私物ですので遠慮なく使ってください」
なんとなくクロだけに用意させるのも悪いので、ちょっと高めのケーキを通販もどきで購入する。うーん割と嗜好品はコスト高いな、調理器具と材料を買った方が安上がりだなこれ。
悪魔の俺たちに食事はいらないのだが、まぁ嗜好品として商品になるくらいだから、栄養にならないだけで食べられない訳じゃない。
「そう言えば味の好みを聞く前に買ってしまったが、クロはケーキとか大丈夫か?」
「あら、ありがとうございます。甘い物は大好きですので嬉しいですわ」
腰かけお茶を飲むと、良い香りがして素直に美味しいと思えた。悪魔になって嗜好とか変わらなくて良かった、ケーキもそれなりに美味いが、日本のコンビニで売ってるケーキみたいな感じがする。
「うーん、メルに調理器具と材料を与えて作り方も教えた方が良いかもな」
「お口に合いませんか? 美味しいと思いますけど」
「美味いとは思うけどちょっとコストが高いな、こうして集まる時の食い物を用意するのは良いんだが、無駄に浪費するのもな……」
ケーキを摘まみつつ他愛もない話をしてると、奥から眠たそうなお館様がやって来た。俺たちは席を立ち、クロはお茶を淹れ、俺はケーキを買ってテーブルに用意する。
「「おはようございますお館様」」
「おはよう……むにゃ」
ちびっ子なお館様専用の椅子の上に座らせ、目の前にケーキを置くと緩慢な動作でケーキを頬張る。手掴みで行儀が悪いがまぁ寝惚けてるから仕方がない。
「……もっと」
もしゃもしゃとケーキを頬張りながら、皿を俺に寄こしお代わりを要求するお館様。手掴みで食べるならシュークリームみたいな奴があったので複数買って皿に乗せてやる。
身長70センチの見た目幼女がケーキを食べる姿は中々に癒される。口が乾いたのか紅茶を口に含むが眉を顰めたので、多分ストレートの紅茶は口に合わないっぽい。なのでミルクと砂糖を入れると美味しそうに飲んでくれた。
食べてるうちに目が覚めてきたのか、慌てて丸まった背中を伸ばし何とか威厳ある風にしてるが、さっきまでの姿を見せた以上はもう手遅れだと思う。
「ご報告します、先ほど監視用のゴーレムを操作し城の周囲を確認したところ、現在人間の集団は見受けられませんでした」
「うむ、御苦労」
お館様はシュークリームがお気に召したのか、話をしながらも食べている。やっぱお館様も甘い物好きなのか。
増えた階層を迷宮にした以外特に報告することも無いので、朝の集まりはそのまま解散し、俺たちは持ち場に戻る。俺たちのような階層を任された者は自分のフロアであれば、自由に階層移動できるダンジョン機能が便利で良い。
クロはどうせ城の外を飛び回るんだろうから一緒に地表の城まで移動。地下一階に降りる階段の前には、なんか如何にも偉そうな椅子が備え付けてあり、ここで城の全域とダンジョン周辺の草原を監視できるようにしてある。
そこに腰かけ、もう一度監視用ゴーレムで周囲を見渡すと……何やら怪しい小集団が城に接近していた。