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ダンジョンズガーディアン  作者: イチアナゴニトロ
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6話・裏

 大国アルファストの権威を象徴する巨大な城。日中は文武問わず多くの家臣たちが忙しく働いていているが。夜の帳が落ち広い廊下は静寂に満ちている。


 アルファスト第三王女のメルリーシャ・アルファスト・ヴェルウッドは、このアルファスト城に、いやこの城下全体を覆う風の異常なざわめきを聞き、最も頼りとし親しくしている勇者ツムギの部屋を訪ねた。


 ツムギを含め勇者たちは、メルリーシャからすると夜更かしが好きなので、恐らく起きてると思ったのだ。


「ツムギ、私ですメルリーシャです。申し訳ございません開けてください」


「姫様ですか? 今鍵を開けます」


 扉を開けてくれたのは一般の女性よりも背の高い、艶のある黒髪を腰まで伸ばした美しい少女。夜分の来訪にも拘わらずに笑顔で出迎えてくれた。


 メルリーシャを迎えてくれた彼女は、机の上にあった本を片付け、お茶を淹れようとしてくれるが、急ぎなのでと断った。


 それでも敬愛する勇者がどんな本を読んでるのか興味があって、チラリと見ると大陸公用語の辞典と絵本など子供向けのもの。


 そして木の箱に砂を詰めたものを床に置く、これは紙は高級品なので文字の練習をするのに用意したそうで、城下で子供に文字を教えるのに便利だからと流行り始めている。


 異世界から召喚された際に、言語や読み書きに不自由がないようにする魔法道具を与えられていても、それに甘えず文字を学ぼうとする姿勢の彼女は5人の勇者の中で最も信用されているのは間違いない。


「お勉強中でしたか、申し訳ございません」


「構いませんよ、そろそろ休憩しようかと思ってたところですから」


 勇者ツムギは17歳、対してメルリーシャは12歳だが、年齢以上に大人びて優しいツムギに、普段周囲の大人に軽んじられてるメルリーシャは特に懐いていた。


「それでどうしたのですか? 日が落ちてから動くとはよっぽどだと思いますが」


「はい、実はとても強大な存在がこの城に迫ってきている感覚がするのです。風の精霊が慌てて逃げ出す魔性の風が迫ってくるのです」


 実のところメルリーシャは聖性が弱いだけで、魔術の才能、特に風に関する魔法には、ずば抜けた才覚を示していた。その彼女が禍々しい風の気配を感じ城下全てを風で覆いつくし防いでいるのだが、長くは持たないと感じ、ツムギに助けを求めたのだ。


「魔性の風とは穏やかではありませんね、破魔の結界を少し強くし……」


 そこまで言いかけた時だった、空気そのものが悲鳴をあげたような轟音が王宮に響き渡る。自分の術を強引に破られたメルリーシャは崩れ落ちるが、なんとか意識を繋ぎ、禍々しい風を追い返そうとするが……敵の足止めが精一杯だ。


「くっ、ツムギ王宮への侵入を許しました。敵の向かう先は……クロ―ディア姉様の部屋です!」


 二人は侵入者が真っすぐに向かうクロ―ディアの部屋へ急ぐ。ここは王族の居住区で多くの警備兵が常駐しているが、彼らは侵入者が王宮に近づいた時点で王の休む後宮の守りに向かっている。


 一体遠征中のクロ―ディアの部屋に何用だろうか? 彼女の部屋へ慎重に近づくと……いる。何者かが王女の部屋の中に。


 メルリーシャが風を操り物音を消し、ツムギは独特な反りの入った片刃の剣を抜く。扉を斬り侵入者を制圧するべく機を窺ってると、何故か聞き覚えのある声が聞こえた。


「あら? メルリーシャにツムギですか? ひょっとして驚かせてしまったかしら? ちょっと忘れ物を取りに戻っただけだから気にしないでね」


 あっさりと、風を操り音が立たないようにしてる筈なのに、壁の向こうから声が聞こえる。忘れようもない聖女らしい穏やかな口調で、姉と全く同じ声が聞こえた。


 ありえない、ありえる筈がない。クロ―ディアは勇者の少年と騎士団と共に遠征に出掛けてる筈なのだ。帰ってくるはずがなく、まして隠しもしない強烈な魔性が壁越しでも分かるのだ!


「姫を騙るならせめて魔の気配くらい消すが良い!」


 ツムギの剣が一閃し扉を切り裂く、そして突入するが、メルリーシャの術より遥かに強固な風の壁に遮られ部屋に入る事ができない。


「そんな、詠唱もなくこんな強力な術を……」


 ただの風の壁でなく、まるで意思を持つかのように絡みついてくるそれは、まるで目に見えない大蛇のように二人の身を縛る。そして部屋から現れる黒いローブで身を包む魔性の存在。


「聖の気を帯びた剣、怖いわね」


 拘束を斬り侵入者へ向かうツムギだが強固な風の壁に遮られ近づけない。切り裂けないと分かるや否や、懐から取り出した破魔の効果を込めた護符で結界を破る。


 しかし、術を行使した一瞬の弛緩の隙を突き、詠唱もしないで放った風が、彼女を長い廊下の果てまで吹き飛ばす。彼女を助けようとするメルリーシャだったが黒ローブの魔性が立ち塞がり……。


「あぁそうだ、貴女を贈り物にしましょう。あの方も男性ですもの、メルリーシャは賢いし可憐だから、きっと喜んでくださるでしょう」


 黒ローブの奥から聞こえる姉と全く同じ声、同じ口調、そして正反対の雰囲気。頼みの勇者もすぐには駆け付ける事ができず。急いでいたからと言って、迂闊にもツムギの固有魔法で助けられる条件を満たさずにやって来たのが痛恨だった。


「あぁ裏面が鏡のブローチを持ってきてないのね、彼女の固有魔法はどんなに距離があっても油断できないから良かったわ」


 まるで世間話でもするように、王族とごく一部の者しか知りえない彼女の固有魔法を言い当てる。足が竦んで動けないメルリーシャを優しく漆黒の翼が包み込む。


「心配しないで、あの方たちはお優しいから、きっとメルリーシャを大事にしてくださるわ」


 黒ローブを脱いで微笑みかけてくるその顔は、姉クロ―ディアで間違いない。間違いないが、しかし、その目は、優しく慈しんでくれた姉の目は真っ黒な眼球をしていた。

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