6話
お館様の父親、つまりは魔王様と連絡を付けるべく、水晶の間で神妙に座ってるお館様と俺。もう一人は外に出てはしゃぎながら飛んでる。地味に俺の降らせた紅い雪の積もってる場所だと、翼を持っていても飛べない事が分かった。飛行は魔法扱いなのね。
魔王様は忙しいらしい、前世的に言うと大魔王様を首相と考えてその下の魔王様達は内閣の重鎮とか各省庁の長官みたいなもんか? そりゃ娘が会いたいからってすぐには会えんわな。
一時間くらい座っていただろうか? 魔界の映像が見える水晶越しに凄まじいプレッシャーを感じ、反射的に平伏してしまう。
「お父様、お忙しい中お時間を割いてくださり、恐悦至極にございます」
流石にお嬢様なお館様は挨拶とかには如才が無い。俺はと言うと近くにいないどころか、単なる映像越しなのに動けず口を開けない。
「うむ、恙無くダンジョンを顕現出来たようでなによりだ。地上と魔界を繋ぐダンジョンを築くは魔界への最大の貢献、励むが良い」
「はっ、お父様の激励ありがたく」
物凄く怖いんだが、威厳ある言葉からは、お館様へのなんというか気遣いと言うか、肉親らしい温かみがあった。
「娘の眷属か、今感じている感覚を忘れるな、そして磨け。生き残るには必須だ」
「はっ……ははぁ!」
はい、強い相手を強いと認識できなきゃ、さっくり死ぬんですね分かります。お館様は優しいから勘違いしそうだけど、やっぱ悪魔の世界って殺伐してる。
「我が第一眷属、紅雪鬼にございます。この者が先刻ダンジョンに攻め入って来た賊を殲滅し、この杖を手に入れました」
氷漬けの聖杖を見せると流石の魔王様も驚いたみたいだ。お館様がなにやら魔法陣の上に聖杖を置くと一瞬の発光の後跡形もなく消え、水晶越しの魔王様の手に聖杖があった。
俺の作った氷程度軽く砕いて直接手に持ってるけど、手から煙が上がってるが特に痛がってる素振りは無い。
「何が望みか?」
「はっ! 一つ、我がダンジョンを広くし、階層を増やすよう大魔王様への具申。二つ、上級魔法の知識の宝珠を複数個。三つ、増えた階層の防備を備えるための資金を頂きたく存じます」
城の階層を増やすには、定期的に精気を魔界に送って貢献を重ねないといけない。だがそこは権力があればどうとでも出来るらしく、魔王様が根回しすればすぐにでも階層を増やせる。
知識の宝珠は中級魔法までなら通販もどきで購入できるのだが、上級の魔法は習得に制限というか許可がいる。しかし魔王様の権力があれば許可くらいすぐ出る。
資金は言うまでもない。いくらあっても足りないのだから金持ちから貰えるだけ貰うに限る。ちなみに魔王とか貴族なんて地位にある悪魔の大半は、財産が多すぎて本人もどれだけあるか分かってないらしい。
「許す。城の関しては一刻以内に、宝珠と資金はすぐに送る……他に望みはあるか?」
「……叶うのであれば、我が二人の眷属に魔王の血を……」
「良かろう。聖杖を手に入れた功績として特別に授ける。では娘よ今後も驕ることなく魔界へ貢献を続けよ」
それだけ言って魔王様の姿が水晶から消え。お館様の目の前に魔法陣が浮かび上がり宝箱が出現した。
「お館様、魔王の血とは何でしょうか?」
「ああ、文字通りお父様の血だ、お前が飲めば聖女の血を吸った時とは比較にならんほど魔性が強化され力を得られる。黒天姫も同様だ」
宝箱を開けると、お館様は小瓶に入った血を渡してくれた。ちょっと抵抗があったが意を決して飲み干すと……圧倒的な魔力が体内を駆け巡りそのまま意識を失った。
~~~~~
目が覚めると見知らぬ女の子に膝枕されていた。俺が目を開けると物凄くビビってるみたいだが、とりあえず身を起こして頭を撫でてあげるとする。なんで女の子がいるんだ? ここダンジョンの最下層だぞ?
「目が覚めたか、黒天姫から話を聞くのであろう、こちらに座れ」
そこには悪魔の城には不釣り合いな如何にも少女趣味なティーセット。テーブルの上からは見るからに甘そうな、クッキーみたいな焼き菓子が置いてあった。
「お館様の前で二度も意識を失うとは不覚でございました。お手を煩わせてしまい申し訳ございません」
「我は何もしておらぬ、水晶の間からお前を運んだのは黒天姫よ」
「世話をかけたな、ありがとう」
リラックスした雰囲気で座ってる黒天姫に礼を言うと、嫋やかに微笑んで「お気になさらず」と返された。流石に元お姫様だけあって動作が綺麗だな。
「それで? この女の子はどうしたんだ?」
「ええ、実は私物を取りに国元へ一旦戻ったのですが、たまたま妹を見つけたのでどうかお受け取りください。私も今度の友好関係を構築するのにどうするか考えまして、一先ず贈り物と思った次第ですわ」
ちなみにお館様には母親の形見である首飾りを渡し、男の俺が何を喜ぶのかを考えて、たまたま見つけた妹を連れてきたそうだ。贈り物に妹って選択肢が入るって、やっぱ悪魔になって価値観というか倫理観が変質してるな。
「ん、ありがとう後でお返しを考えとくよ」
「楽しみにしてますわ。優しくて可愛い子なのできっと喜んでいただけるかと」
まぁなんにせよ俺の近くで凍死しないようにだけ気を付けるか、元姉との会話を聞いて哀れなくらい震えてるので、せめて俺くらいは優しくしてやろう。頭を撫でたら縋るようなまで俺を見つめる妹ちゃん。とりあえず落ち着くように通販もどきからシュークリームを買ってあげた。
「それでは城の防衛のためには敵を知る必要がありますので、黒天姫の国元や周辺の情勢を話して貰いたい」
「畏まりました。先ずこの城より南に位置する私と妹の故郷である『アルファスト』は国土も広く肥沃な土地に恵まれ、人口も多く周辺国において最も国力が高い国です」
黒天姫の説明を聞き大雑把な位置関係を書き込みながら、大体の知りたいことは分かった。あの嫌な感じの剣は聖杖と同格の聖剣で、それを手にする少年は勇者でありアルファストの最大戦力との事だ。しかも他にも四人の勇者を擁してるとか。
しかしまだまだ実戦経験が足らないので、経験を積むためと、聖女との仲を深めようと考えこの城を目指していたらしい。
また、何故この城が顕現するとほぼ同時に、騎士を率いてやってこれたかを聞くと、怪しげな風体をした占い師の女が予言を残したために、ダメもとでやって来たそうだ、仮にダンジョンが無くても魔物を狩ることで勇者に経験を積ませるためだったそうだ。
「彼は私の結婚相手として候補の最有力だったんですが。妙に腰が低くて変なところで常識ないので、まるで世間知らずの弟みたいでした、結婚相手としては好みじゃなかったんですよね。まっ以前の私なら我慢して一緒になったとは思います。他の勇者の女性二人は友人だと言える関係でしたが、男二人はなんと言いますが癖が強くて……」
妹ちゃんは元姉の言葉にショックを受けてるみたいだけど、まぁそんなもんか、あの少年の方はコイツに好意を持ってたっぽいけど。
「次は北の『ヴェルスタ』は天使信仰の総本山ともいえる国で、教皇をトップとした聖職者たちが国政を動かしてます。私見ですが……あの国にこの城の存在が知られた場合満場一致で軍の派遣が決まるかと」
宗教か……前世的考えて坊さんが軍事力持ったらアカン事になりそうだなぁ。アレかな? キリスト教の影響力が全盛期のヨーロッパで、すぐ近くに敵対する宗派の集落があるとかバレたようなモンか。
「西には『シーグマ』さらに西方の国と戦争を繰り返し、その版図を年々広げている軍事国家ですわ」
このシーグマは自国より東には余り興味がない、と言うか食料などアルファストから大量に購入してるので関係は友好らしい。ただこの城の存在で輸送に支障が出るとなれば本気で牙をむくだろう。
「東は『オルザイン』海に面し、交易によって成り立つ商業国家ですわ、周辺三国との交易は莫大な利を齎すので、この城の攻略には積極的かと……」
ここまで言って黒天姫も頭を抱える、なんだこの立地。周囲から寄って集って磨り潰されろと? ついでに言うと周囲の草原はどの国も権利を主張してるが、政治的なアレコレがあって中立的な緩衝地帯となってる……仮にこのダンジョン陥落させたら発言力が高まるだろうな。
「うーむ、人目に付かない場所と勧められたのだが情報が古かったのかの? 200年前に独立したお姉さまは、人間界に詳しいと思っていたのだが」
もう疑わしいなんてものじゃない、聖杖を手に入れたのなんて偶然に偶然が重なった結果だ、その結果としてそれなりの防衛体制を築けたけど、何かが一つ違ってれば周辺国に攻め入られ陥落していただろう。
「お館様、一先ずは人間どもの動向を見て動こうと思います」
「任せたぞ、我も分身を通じて人間どもの動きは見ておこう」
そう言ってお館様はまた水晶の間に戻っていった。流石に今の話を聞いて少しは危機感を持ったのかな? 頭を下げて主を見送ると……頭を抱えたままの黒天姫が絞り出すように質問してきた。
「どうしましょう紅雪鬼様……天使信仰の総本山であるヴェルスタには別の勇者や聖女がいると聞いた事がありますし。シーグマ、オルザインには実戦経験豊富な戦士たちを要する騎士団があります……」
「一先ずだが……お前も魔王の血を飲め。お館様が魔王であるお父上から授かったものだ」
お館様から渡された小瓶を黒天姫に渡す。特に疑いもなく飲み干すと俺と同様に意識を失ったので、俺の寝ていたソファに寝かしておいた。
後は妹ちゃんをどうしようかと思ってると、城の階層追加が始まったらしく、城全体が大きく震える。埃でも被ったら可哀そうなので、寝てる黒天姫に毛布を掛けてやり、怯える妹ちゃんを宥めてあげる。
前世日本人の俺からすればちょっと大きめの地震程度にしか思わないが、妹ちゃんの怖がりようからすると地震初体験か? あとなんかお館様も驚いて水晶の間から飛び出てきた。
曰く、俺たちが怯えてないか心配だったそうだが、ちょっと涙目だったのを見るとお館様も地震の経験は無かったようだ、勿論俺がそんな事を指摘するような空気の読めないことを言う訳もなく、お館様に感謝の言葉を言ってる間に揺れは収まった。