5話・裏
クロ―ディア・アルファスト・スカールドは生まれた時から聖女となる道しか許されなかった。
持って生まれた強い聖性と大国アルファストの王女の身分。祭り上げるのにこれ以上の神輿はなく、誰もが聖女に相応しくあるよう求めた。
幼い少女らしい我儘は許されなかった。周囲の望む偶像として大人の言いう事をよく聞く『良い子』である以外認められなかった。
市井で流行っている恋愛小説を読むことが許されなかった。聖女は清らかであり、恋愛など無縁で知る必要がないと叱られた。
同年代の侍女と親しく話す事は禁じられていた。王女は貴き存在であり、下級貴族の子女になど声をかけては委縮してしまうのだと言われた。
末妹とお茶を飲むなんて、とんでもない話らしい。一つ下の妹はともかく、末の妹は聖性が低く出来損ないだから、関わる時間が勿体無いのだと、真顔で言われた。
行事を欠席することは駄目。父の許した人物以外と接触は駄目。許可なく城の外に出るのは駄目。学問は常に完璧でなくては駄目。決められた時間に寝て起きなくては駄目。国の都合以外で動くのは駄目。
駄目。駄目。駄目駄目駄目駄目駄目駄目ダメダメダメダメダメダメだめだめだめだめだめだめ……さぁもう好きにして良い。
「うふっ! あははははははは! 素晴らしいですわ! なんて爽快なのでしょう! ありがとうございます我が主よ、まるで鉛の服を脱ぎ捨てたかのようですわ!」
彼女には翼が生えた、漆黒の二対の翼。自由に動ける喜びに広い部屋の中を飛び回る。目覚めた瞬間に主人と認めた幼い少女と、己を開放してくれた山羊角の青年が苦笑しているが、なにをするにも煩い連中と違い自由を許してくれる笑み。
悪魔となったことで価値観は変質したが人格はそのままに、ただ主と開放してくれた恩人こそ、黒天姫にとって最も大切なものとなった。
そして聖性が反転し魔性に転じたことで、今まで大事なのだと自分に言い聞かせていた国も、家族も、婚約者の最有力であった勇者の少年も、どうすればこの二人の役に立つのか? それ以外何も思い浮かばなくなった。